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2.二人で捜索中、のはず
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案内されるままにやってきたのは、修練場という所でした。
高い壁に周囲を囲まれて、なかなか威圧感満載の場所です。そういえば、騎士団は城壁沿いにあるのでしたっけ。
ではこの壁の向こうは堀ですか。なるほど、と首を90度仰向けて壁を見上げるも、遠すぎて上の様子はわかりません。
太陽が眩しいです。
そうそう、人探しに来たのでした。地上に目を戻すと、奥の方で数人の騎士様方が固まって何やらしているようです。
「あの方たちの中に、ラインハルト様はおられるのでしょうか?」
横にいる案内人さんを窺えば、目を細めてこちらを見ていました。これは、私に聞きに行けということですね。
いってきます。
「では、聞いてきますね!」
本人は大丈夫だと言っていますが、仕事をおいて付き合ってくれている人のために、時間を無駄にするわけにはいきません。
ところが、騎士様の集団に向かって走りだした私の後ろから案内人さんがすごい速さで走ってきます。そして、追い抜きざまに、僕が代わりに行くからそこで待っててと言い捨て、あっという間に豆粒のようになってしまいました。
あれ?そりゃ、私は鈍足かもしれませんが、自分の用くらい、自分で果たすつもりです。私の全力でもって、追いつこうと走りましたが、何ここ、広すぎる。
割と手前で息が上がってしまい、膝に手を当て休んでいると顎で結んだほっかむりがずれて落ちてしまいました。それと同時に髪がバサッと顔に掛かって前が見えなくなります。
どうすりゃいいのよ。
とりあえず、落ちたハンカチを拾い上げて、そのまま、首を後ろに振って髪を背に流すと、目の前が明るくなりました。その開けた視界にはいつの間に戻ってきたのか、案内人さんの姿が。急いできたらしく、少し息が上がっているようです。
「大丈夫?入口で待っててと言ったのに。」
「だ、大丈夫です。私の用ですので、自分で行きたかったのですが、ここは広いですね。私ももっと体力をつけないといけませんね。」
こちらはまだ息が整わず、ぜーぜー言っています。
本当に明日から運動を増やすことを検討しましょう。
手に持ったハンカチでざっくり髪の毛をまとめていると、案内人さんの後方から声が聞こえてきました。
「おーかわいいじゃないか。この子が例のお姫様か。」
「副団長!」
案内人さんが焦ったように振り返って、声の主に抗議しています。
お姫様とは誰のことです?後ろを振り返ってみましたが、誰もいません。ここにいる私はただの伯爵令嬢です。
よくわかりませんが、とりあえずここは、副団長様にご挨拶しておきましょう。
「初めまして。ブラウエルの姪のリーディア・エーデルと申します。叔父がいつもお世話になっております。本日は私の我儘でお邪魔させて頂き、ご迷惑をおかけします。用事が済み次第すぐに退出いたしますので、ご寛恕くださいませ。」
ワンピースをちょっと摘んで礼をすると、副団長様は破顔して大げさに騎士の礼をとってくださった。
「団長に似ず、可憐なお嬢さんですね。お会いできて光栄です。私は副団長を務めております、ドミニク・カシュニーです。本日は婚約の件で来られたとか。貴方にとって人生を決める大事なことですから、気の済むまでここにいて下さい。まあ、ラインハルトの奴を貴方が捕まえて下さると、独身の男達が喜びますが。」
「ええと…それはどういう?」
「ああ、すみません。アイツは女性に大変人気がありまして、婚約者が決まればアイツに懸想しているご令嬢方も、諦めて他を見る余裕ができるでしょうからね。」
「なるほど。ラインハルト様はそんなに女性に人気があるのですね。そのような方が私と婚約するなどということはありえません。やはり叔父の無理強いですのね。独身の方々には申し訳ありませんが、遠慮なく断って下さるよう伝えなくては。」
私の考えは間違っていなかったようなので、ラインハルト様には気兼ねなく断ってもらいたいですね。
それを聞いた副団長様は、急に狼狽して私の手を握り、早まらないで、本人とちゃんと話してから決めるよう懇願してきました。
いつの間にか周りに集まっていた他の団員達も一様に頷いて副団長に同意を表しています。
皆さん、独身なの?
「ここにはいなかったから、次に行こうか。副団長、後で大事なお話がありますから。」
それまで静観していた案内人さんが、私の手を握ったままの副団長の手を叩き落とし、間に入ってきました。
副団長様達が身体をのけぞらせ、後退っています。
皆さんどうしました?案内人さん、なんだか怒ってます?
「あの、お話があるならどうぞ。後は私一人で探します。お手数おかけして申し訳ありませんでした。」
案内人さんの様子から危険を察知した私は、身を翻して逃げ出しました。ええ、先程のかけっこの結果を思えば、この逃亡がうまくいくはずはありません。数歩も行かない内に捕まり、そのままずるずると引きずられて人気のない通路に連れて来られました。
通路と言うより、薄暗いトンネルのような場所で、こういうところに来るのは初めてな私が周囲を観察していると、どん、と身体を壁に押し付けられました。
この態勢は何事?
そろっと視線だけで上を窺うと、案内人さんがにっこりと、こっちを見下ろしています。笑顔がこんなにも怖いと思うのは初めてかもしれません。
笑顔なのに、無表情の父より怖いってどういうことなの?
「リーディア嬢、ラインハルトがこの縁談を断わりたいと言っていたかい?君、会ってもいないのに彼がどう思っているかなんて、知らないよね?よく知りもしない相手の気持ちを、勝手に決めつけるのはどうかと思うよ。大体、君の気持ちはどうなの。そっちの方を聞かせてもらいたいのだけど?」
私の気持ち?思ってもみなかったことを言われて顔を上げてしまい、つい真正面から案内人さんを見つめてしまいました。慌てて俯いてそっと息を吐きます。
危ない、私が人の顔をじっと見るなんて失礼をしてはいけない。
黙って俯く私に業を煮やしたのか、顔の横にあった手が顎に添えられて、上を向かされてしまいました。思わずぎゅっと目を瞑ったら、うわ、やばい、という小さな叫びとともに、ぱっと手が離れ、顎ががくんと落ちます。
ああ、痛い。
ヤバい変顔で悪かったわねと顎を擦っていたら、戸惑った声で謝罪されました。
「ごめん。勝手なこと言ってるとは、わかってるのだけど、探す前に君の気持ちを聞いておいたほうがいいかと思って。本当に嫌だったら、僕から伝えることも出来る訳だし。」
「そんなことを貴方にしていただくわけにはいきません。確かに相手の気持ちを勝手に決めつけ過ぎたかもしれません。不愉快に思われたのであれば謝ります。私は、自分の気持ち云々の前に相手をよく知らないのですから、やはり直接会ってみないと何も言えません。」
「うん、わかった。じゃあ、探そう。」
強張っていた場の空気が和らいで、二人でふっと詰めていた息を吐きだしました。
私はもちろん、ものすごく緊張しておりましたが、案内人さんも?
断ってもらってもいいと伝えに行くつもりが、いつの間にか会ってみたいに変わっていたのですが、探すということは同じなので深く考えずにいました。
それから、私は、会ったことを忘れるような薄情な人間なので、人気者の婚約者なんて恐れ多い、という気持ちは言いませんでした。なんだか、この人に言ったらいけない気がしたので。
「ここからなら図書室が近いかな。覗いてみよう。」
「ラインハルト様は、図書室にもよくおいでになるのですか?」
「うん、まあ、いる方だと思うよ。」
「そうなのですね。」
「なんだか嬉しそうだね?」
こういう会話からラインハルトという人物のことが、徐々にわかっていくこともなんだか面白い。そう言うと、案内人さんもふわっと微笑み返してくれます。
そういえば、まだこの人の名前を知らないままでした。このまま案内をしてもらうなら知っておいたほうがいいかもしれませんね。
「あの、貴方のことはなんとお呼びしたらいいですか?」
思いきって尋ねると、案内人さんは虚をつかれた顔をしてこっちを見てきたのです。
そこまで驚きます?聞いてはいけなかったの?
「あ、いえ、どうしても知りたいという訳ではなく、ですね。」
撤回しようと言葉を重ねれば、一瞬逡巡した案内人さんが先に決断されました。
「じゃあ、レイ、と呼んでくれる?」
「レイ様」
「ただの仮の呼び名だから、レイ、だけで。」
「仮の呼び名、ですか。では、レイとお呼びしますね。」
まあ、本当の名前を名乗る必要もありませんが。仮の名とはなかなかやりますね。私も仮の名を呼んでもらおうかしらと思いましたが、本当の名前を知っている相手にそれもどうかとやめました。
トンネルの様な通路を抜けてすぐの建物のニ階が次の目的地でした。
「ここが図書室。ああ、誰もいないな。まあ、騎士団のだから蔵書の殆どがそっち系なんだけどね。」
「いいえ、そっち系でもあっち系でも構いません!なんてたくさんの本!あれは、貴重な歴史書ではないですか!?こちらは家にある武術書の特別編です!すごい!」
読書も趣味の一つである私にとって、ここは宝の山でした。読みたかった本があちこちに見えます。
目的を忘れ、興奮して本棚の間を歩き回る私をレイが見守っていることに気がついた時、うっかり頭に浮かんだことをそのまま口に出してしまいました。
「レイは、どんな本を読むのですか?」
「僕、が読む本?ラインハルトじゃなくて?」
「あ、いえ、ラインハルト様で…。」
なんてこと。うっかり気安くレイについて聞いてしまいました。案内してもらっているだけの関係なのですから、個人的なことを聞いてはいけなかったのです。これではラインハルト様より、レイが気になっているみたいではないですか。
やっぱりいいです、忘れてくださいと慌てて取り消しましたが、僕の読む本ねえ、とレイが首を傾げ、返事をくれてしまいました。
「僕はこういう、仕事関係の本以外なら旅行記とか好きかな。ラインハルトには直接聞いてみるといいよ。」
「旅行記、私は余り読んだことがないので、今度、読んでみます。ラインハルト様に、お好きな本を直接聞いてもいいのでしょうか。」
「そこは是非聞いてやってよ。彼も君の好きなもの知りたいと思うだろうし。」
「ええっ、そうでしょうか?」
耳を疑うようなことを言われて、随分、訝しげな声が出てしまいました。だってそれだと、ラインハルト様と私が仲良くおしゃべりする展開になるではないですか。
信じられません。
レイは、小さくため息をついて近づいてくるとたしなめるような声を降らせてきました。
「そう頑なに相手が断りたがっていると思うのはやめて、向こうはこの婚約を望んでいるという場合も考えてみたら?」
「ええっ!それはありえません。だって、ラインハルト様は、とてもおモテになるそうじゃないですか!よりどりみどり、選びたい放題なのに、何を好き好んでこんな、社交界にでてもいない、ごくごく平凡な私と結婚したいと思うでしょうか!」
「社交界にはもうすぐ出る訳だし、ごくごく平凡なんて僕は思わないけれど、誰かそんなこと言ったの?」
「誰かに言われた、という訳では。でも、お友達は皆、可愛くて綺麗でいろいろお出来になるのに、私は特にこれと言って何も秀でるものを持っていないから、いつも気が引けて。」
今度は盛大なため息が落ちてきて、私は身を竦めました。怒られると思ったのに、レイは纏めていた私の髪を解くと一束すくい上げてキスを一つ落とします。私の心は悲鳴を上げて倒れました。何をしてるのですかっ!
「この綺麗な赤味がかった金の髪も、その夕焼けのような瞳も美しいと思うよ。何より、君は物事に一生懸命だし、素直に感情を表現する。社交界でそれは良くないことかもしれないけれども、僕はとてもかわいいと思う。もっと自信を持ってよ。」
そんなことを言われたのは初めてですし、こんな状況になったのも初めてです。
もう、頭が沸騰して何を言ったらいいのやら、どうすればいいのやら、とっさに逃げ出してしまいました。
高い壁に周囲を囲まれて、なかなか威圧感満載の場所です。そういえば、騎士団は城壁沿いにあるのでしたっけ。
ではこの壁の向こうは堀ですか。なるほど、と首を90度仰向けて壁を見上げるも、遠すぎて上の様子はわかりません。
太陽が眩しいです。
そうそう、人探しに来たのでした。地上に目を戻すと、奥の方で数人の騎士様方が固まって何やらしているようです。
「あの方たちの中に、ラインハルト様はおられるのでしょうか?」
横にいる案内人さんを窺えば、目を細めてこちらを見ていました。これは、私に聞きに行けということですね。
いってきます。
「では、聞いてきますね!」
本人は大丈夫だと言っていますが、仕事をおいて付き合ってくれている人のために、時間を無駄にするわけにはいきません。
ところが、騎士様の集団に向かって走りだした私の後ろから案内人さんがすごい速さで走ってきます。そして、追い抜きざまに、僕が代わりに行くからそこで待っててと言い捨て、あっという間に豆粒のようになってしまいました。
あれ?そりゃ、私は鈍足かもしれませんが、自分の用くらい、自分で果たすつもりです。私の全力でもって、追いつこうと走りましたが、何ここ、広すぎる。
割と手前で息が上がってしまい、膝に手を当て休んでいると顎で結んだほっかむりがずれて落ちてしまいました。それと同時に髪がバサッと顔に掛かって前が見えなくなります。
どうすりゃいいのよ。
とりあえず、落ちたハンカチを拾い上げて、そのまま、首を後ろに振って髪を背に流すと、目の前が明るくなりました。その開けた視界にはいつの間に戻ってきたのか、案内人さんの姿が。急いできたらしく、少し息が上がっているようです。
「大丈夫?入口で待っててと言ったのに。」
「だ、大丈夫です。私の用ですので、自分で行きたかったのですが、ここは広いですね。私ももっと体力をつけないといけませんね。」
こちらはまだ息が整わず、ぜーぜー言っています。
本当に明日から運動を増やすことを検討しましょう。
手に持ったハンカチでざっくり髪の毛をまとめていると、案内人さんの後方から声が聞こえてきました。
「おーかわいいじゃないか。この子が例のお姫様か。」
「副団長!」
案内人さんが焦ったように振り返って、声の主に抗議しています。
お姫様とは誰のことです?後ろを振り返ってみましたが、誰もいません。ここにいる私はただの伯爵令嬢です。
よくわかりませんが、とりあえずここは、副団長様にご挨拶しておきましょう。
「初めまして。ブラウエルの姪のリーディア・エーデルと申します。叔父がいつもお世話になっております。本日は私の我儘でお邪魔させて頂き、ご迷惑をおかけします。用事が済み次第すぐに退出いたしますので、ご寛恕くださいませ。」
ワンピースをちょっと摘んで礼をすると、副団長様は破顔して大げさに騎士の礼をとってくださった。
「団長に似ず、可憐なお嬢さんですね。お会いできて光栄です。私は副団長を務めております、ドミニク・カシュニーです。本日は婚約の件で来られたとか。貴方にとって人生を決める大事なことですから、気の済むまでここにいて下さい。まあ、ラインハルトの奴を貴方が捕まえて下さると、独身の男達が喜びますが。」
「ええと…それはどういう?」
「ああ、すみません。アイツは女性に大変人気がありまして、婚約者が決まればアイツに懸想しているご令嬢方も、諦めて他を見る余裕ができるでしょうからね。」
「なるほど。ラインハルト様はそんなに女性に人気があるのですね。そのような方が私と婚約するなどということはありえません。やはり叔父の無理強いですのね。独身の方々には申し訳ありませんが、遠慮なく断って下さるよう伝えなくては。」
私の考えは間違っていなかったようなので、ラインハルト様には気兼ねなく断ってもらいたいですね。
それを聞いた副団長様は、急に狼狽して私の手を握り、早まらないで、本人とちゃんと話してから決めるよう懇願してきました。
いつの間にか周りに集まっていた他の団員達も一様に頷いて副団長に同意を表しています。
皆さん、独身なの?
「ここにはいなかったから、次に行こうか。副団長、後で大事なお話がありますから。」
それまで静観していた案内人さんが、私の手を握ったままの副団長の手を叩き落とし、間に入ってきました。
副団長様達が身体をのけぞらせ、後退っています。
皆さんどうしました?案内人さん、なんだか怒ってます?
「あの、お話があるならどうぞ。後は私一人で探します。お手数おかけして申し訳ありませんでした。」
案内人さんの様子から危険を察知した私は、身を翻して逃げ出しました。ええ、先程のかけっこの結果を思えば、この逃亡がうまくいくはずはありません。数歩も行かない内に捕まり、そのままずるずると引きずられて人気のない通路に連れて来られました。
通路と言うより、薄暗いトンネルのような場所で、こういうところに来るのは初めてな私が周囲を観察していると、どん、と身体を壁に押し付けられました。
この態勢は何事?
そろっと視線だけで上を窺うと、案内人さんがにっこりと、こっちを見下ろしています。笑顔がこんなにも怖いと思うのは初めてかもしれません。
笑顔なのに、無表情の父より怖いってどういうことなの?
「リーディア嬢、ラインハルトがこの縁談を断わりたいと言っていたかい?君、会ってもいないのに彼がどう思っているかなんて、知らないよね?よく知りもしない相手の気持ちを、勝手に決めつけるのはどうかと思うよ。大体、君の気持ちはどうなの。そっちの方を聞かせてもらいたいのだけど?」
私の気持ち?思ってもみなかったことを言われて顔を上げてしまい、つい真正面から案内人さんを見つめてしまいました。慌てて俯いてそっと息を吐きます。
危ない、私が人の顔をじっと見るなんて失礼をしてはいけない。
黙って俯く私に業を煮やしたのか、顔の横にあった手が顎に添えられて、上を向かされてしまいました。思わずぎゅっと目を瞑ったら、うわ、やばい、という小さな叫びとともに、ぱっと手が離れ、顎ががくんと落ちます。
ああ、痛い。
ヤバい変顔で悪かったわねと顎を擦っていたら、戸惑った声で謝罪されました。
「ごめん。勝手なこと言ってるとは、わかってるのだけど、探す前に君の気持ちを聞いておいたほうがいいかと思って。本当に嫌だったら、僕から伝えることも出来る訳だし。」
「そんなことを貴方にしていただくわけにはいきません。確かに相手の気持ちを勝手に決めつけ過ぎたかもしれません。不愉快に思われたのであれば謝ります。私は、自分の気持ち云々の前に相手をよく知らないのですから、やはり直接会ってみないと何も言えません。」
「うん、わかった。じゃあ、探そう。」
強張っていた場の空気が和らいで、二人でふっと詰めていた息を吐きだしました。
私はもちろん、ものすごく緊張しておりましたが、案内人さんも?
断ってもらってもいいと伝えに行くつもりが、いつの間にか会ってみたいに変わっていたのですが、探すということは同じなので深く考えずにいました。
それから、私は、会ったことを忘れるような薄情な人間なので、人気者の婚約者なんて恐れ多い、という気持ちは言いませんでした。なんだか、この人に言ったらいけない気がしたので。
「ここからなら図書室が近いかな。覗いてみよう。」
「ラインハルト様は、図書室にもよくおいでになるのですか?」
「うん、まあ、いる方だと思うよ。」
「そうなのですね。」
「なんだか嬉しそうだね?」
こういう会話からラインハルトという人物のことが、徐々にわかっていくこともなんだか面白い。そう言うと、案内人さんもふわっと微笑み返してくれます。
そういえば、まだこの人の名前を知らないままでした。このまま案内をしてもらうなら知っておいたほうがいいかもしれませんね。
「あの、貴方のことはなんとお呼びしたらいいですか?」
思いきって尋ねると、案内人さんは虚をつかれた顔をしてこっちを見てきたのです。
そこまで驚きます?聞いてはいけなかったの?
「あ、いえ、どうしても知りたいという訳ではなく、ですね。」
撤回しようと言葉を重ねれば、一瞬逡巡した案内人さんが先に決断されました。
「じゃあ、レイ、と呼んでくれる?」
「レイ様」
「ただの仮の呼び名だから、レイ、だけで。」
「仮の呼び名、ですか。では、レイとお呼びしますね。」
まあ、本当の名前を名乗る必要もありませんが。仮の名とはなかなかやりますね。私も仮の名を呼んでもらおうかしらと思いましたが、本当の名前を知っている相手にそれもどうかとやめました。
トンネルの様な通路を抜けてすぐの建物のニ階が次の目的地でした。
「ここが図書室。ああ、誰もいないな。まあ、騎士団のだから蔵書の殆どがそっち系なんだけどね。」
「いいえ、そっち系でもあっち系でも構いません!なんてたくさんの本!あれは、貴重な歴史書ではないですか!?こちらは家にある武術書の特別編です!すごい!」
読書も趣味の一つである私にとって、ここは宝の山でした。読みたかった本があちこちに見えます。
目的を忘れ、興奮して本棚の間を歩き回る私をレイが見守っていることに気がついた時、うっかり頭に浮かんだことをそのまま口に出してしまいました。
「レイは、どんな本を読むのですか?」
「僕、が読む本?ラインハルトじゃなくて?」
「あ、いえ、ラインハルト様で…。」
なんてこと。うっかり気安くレイについて聞いてしまいました。案内してもらっているだけの関係なのですから、個人的なことを聞いてはいけなかったのです。これではラインハルト様より、レイが気になっているみたいではないですか。
やっぱりいいです、忘れてくださいと慌てて取り消しましたが、僕の読む本ねえ、とレイが首を傾げ、返事をくれてしまいました。
「僕はこういう、仕事関係の本以外なら旅行記とか好きかな。ラインハルトには直接聞いてみるといいよ。」
「旅行記、私は余り読んだことがないので、今度、読んでみます。ラインハルト様に、お好きな本を直接聞いてもいいのでしょうか。」
「そこは是非聞いてやってよ。彼も君の好きなもの知りたいと思うだろうし。」
「ええっ、そうでしょうか?」
耳を疑うようなことを言われて、随分、訝しげな声が出てしまいました。だってそれだと、ラインハルト様と私が仲良くおしゃべりする展開になるではないですか。
信じられません。
レイは、小さくため息をついて近づいてくるとたしなめるような声を降らせてきました。
「そう頑なに相手が断りたがっていると思うのはやめて、向こうはこの婚約を望んでいるという場合も考えてみたら?」
「ええっ!それはありえません。だって、ラインハルト様は、とてもおモテになるそうじゃないですか!よりどりみどり、選びたい放題なのに、何を好き好んでこんな、社交界にでてもいない、ごくごく平凡な私と結婚したいと思うでしょうか!」
「社交界にはもうすぐ出る訳だし、ごくごく平凡なんて僕は思わないけれど、誰かそんなこと言ったの?」
「誰かに言われた、という訳では。でも、お友達は皆、可愛くて綺麗でいろいろお出来になるのに、私は特にこれと言って何も秀でるものを持っていないから、いつも気が引けて。」
今度は盛大なため息が落ちてきて、私は身を竦めました。怒られると思ったのに、レイは纏めていた私の髪を解くと一束すくい上げてキスを一つ落とします。私の心は悲鳴を上げて倒れました。何をしてるのですかっ!
「この綺麗な赤味がかった金の髪も、その夕焼けのような瞳も美しいと思うよ。何より、君は物事に一生懸命だし、素直に感情を表現する。社交界でそれは良くないことかもしれないけれども、僕はとてもかわいいと思う。もっと自信を持ってよ。」
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