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3.私、困惑してます。

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 図書室から飛び出て、闇雲に走り廊下を曲がった所でどなたかとぶつかってしまいました。



「おっと失礼。大丈夫ですか、お嬢さん?」



相手の方はしっかりと立っておられますが、私はぶつかった弾みで、ころんと転がってしまいました。

さすが騎士団の人たちといいますか、私の鈍臭さが浮き彫りになるような場所ですね、ここは。



「すみません、ありがとうございます。」



落ち込みつつも、私は差し出された手をお借りして立ち上がろうとそちらへ手を伸ばしました。

ところが、突然ぐいっと後ろから引き起こされ、そのまま腰に手を回されて捕まってしまいました。後ろを見なくても、それが誰かはわかります。

レイが追いかけてきたのでしょう。

現在の体勢に加えて、図書室でのことを思い出して、顔がどんどん熱を帯びるのがわかります。

そして、何より人前なのに逃げられないこの状況!



「やあヴィート。僕の連れが失礼したね。」



逃げてぶつかった私が悪いのに、レイが私の代わりに謝っています。

これはいけません、私が自分で、謝罪しなければ!

意気込んだものの、口を開く前に正面の人からやや呆れたような声が飛んできました。私にではなく、背後のレイに。



「この子が噂のご令嬢か。ら…っとと、お前、その目つき、怖いな!なんかベタベタしてっけど、もう口説き落としたのか?さすが、百戦錬磨のモテ男。早かったな。」

「何を言ってんだか。僕は彼女を口説いてなんかいないよ。」

「え、口説いてないのにそれなの!?お前、独占欲めちゃくちゃ強かったんだな。おー、怖い。お嬢さん、気の毒なほど真っ赤だぞ。いい加減、離してやれよ。」

「ああ、まあ、そうだね。逃げないと約束してくれるなら離すけど?」



これは私に言っているのですよね。恥ずかしすぎて声が出ませんでしたので、腕の中でぶんぶん首を縦に振って、逃げないという意思表示をしました。



「仕方ないな。離すよ。でも、また逃げられたら困るから。」

と言いながら、レイが私の右手を握ってきました。

ああ、信用されてないことを嘆けばいいのか、手を繋がれていることに怒ればいいのか。

羞恥で、頭が混乱中の私を置き去りにして、レイとヴィート様の会話が頭上で続いています。



「おいおい、手は繋いだままかよ…。しっかし、お前が女に逃げられて、必死で追いかけてる現場を見る日が来ようとは。長生きはするもんだな。」

「長生きって僕とそう違わないじゃないか。ヴィートも結婚まだだっけ。早くした方がいいんじゃない?」

「自分が結婚できそうだからって、いらん世話だ。」

「できそう、じゃなくて絶対するんだよ。」

「結婚はゴールじゃなくてスタートらしいぞ。」

「ああ、最高に幸せな人生のね。」

「お前、そんなやつだったっけ…。」

「そうそう、僕達はまだラインハルトを探している途中なんだよね。」

「まだ見つかんないの?そっかー、頑張れ。そういや、昼食べたか?今日は庭園開放日だし、天気もいいし、連れて行ってあげたらどうだ?いい雰囲気に…ふがっ」

「ああ、僕もそうするつもりだったとも!いらない助言をありがとう。」



口を挟む隙がなく、いつ謝罪しようか気を揉んでいたのですが、ヴィート様の声がおかしくなったので、何が起こったかとそちらを見れば、レイが、ヴィート様の口を空いている右手で覆っています。

息ができないのか、ヴィート様の顔がどんどん青褪めていっているような?!



「レイ、手を離して!窒息します!」

「あ、本当だ。すまない、ちょっと手元が狂った。じゃあ僕達はこれで。」



レイが、何事もなかったようにヴィート様から手を離して、歩きだしたので、手を繋がれたままの私は自動的に引っ張られて行きます。

このままでは不味いと、慌ててヴィート様に謝罪と挨拶をしました。



「ヴィート様、ぶつかってごめんなさい。申し訳ありませんが、これで失礼致します。」



最後の方は声だけしか聞こえてなかったと思います。

いずれ改めてお詫びに伺わねばなりませんね。

レイに引っ張られるままについて行っていますが、歩幅の違いか、私は小走りになっていて、そろそろ限界です。



「レイ、離してください。手が痛いし、もう、走れません。」

「えっ、ごめん、走らせてた!?ちょっと他の事で頭がいっぱいで気が付かなかった。」



ようやく手が離されて、私はその場に座り込んでしまいました。もう、息が続きません。



「本当にごめんね。何か飲み物持ってくるよ。っとその前に、ちょっと失礼。」

「!!」



私の身体がひょいっと宙に浮いて、レイの顔がすぐ近くにありますよ?

ぷちパニックに陥っている間に、近くの部屋に連れて行かれて、置いてあるソファにそっと下ろされました。



「じゃあ、ここで休んで待っててね。」



ぱたん、と閉じた扉を呆然と見つめる。

今、何があった?

ええと、まず落ち着け私。さっきのあれ、いわゆるお姫様だっこってやつですよね。

一つ、言わせてもらいましょう。途中から思ってましたが、レイ、女性に対する行動が過剰過ぎではないですか?手を繋いだり、抱き上げたり、髪にキスしたり、あんなに接触が多いものなの?

あいにく、私には男女間の普通がわからないのですが。



ラインハルト様も、皆さんの話を聞く限り、とてもおモテになる方のようですので、レイのように女性の扱いに慣れているのでしょうか。そういう方の婚約者になるのは、私には荷が重そうですね。

段々暗くなってきた気持ちと共に、ソファで膝を抱えて座っていると、外の廊下を通る人達の話し声が聞こえてきました。



「そいや、聞いたか?今、ラインハルトの婚約者がここに来ているらしいぜ。」

「いやいや、まだ婚約者じゃないって。」

「え、だって、あの男が必死に団長に頼み込んでたって聞いたぜ。あいつが断られることあんの?」

「相手のご令嬢は、あいつのことを知らん上に、断るよう勧めにきたのだとよ。」

「嘘だろ、マジか。団長どう伝えたんだよ。実は婚約させたくないとか。」

「可愛がってるらしいからな。あり得る。」

「なんだか、初めてあいつが可哀相になったわ。」

「まあ、あの一途さに免じて、せいぜい協力してやらんとなあ。」



さすが騎士の方たち、足が早いです。声は、あっという間に遠ざかって行きました。

ラインハルト様と私、の話のようですが、内容が、思ってたのと違う気が、するのですが?!

ラインハルト様が叔父に、私との婚約を頼み込んだ?もし、それが本当なら、思っていた事と随分違ってきます。

レイに言われた、相手がこの婚約を望んでいる場合を真剣に考えないといけなくなったようですが、そんなバカな!信じられません。

だって私との結婚が彼に何をもたらすというのでしょうか。



私は裕福でも貧乏でもない伯爵家の、美女でもない、なんの取り柄もない女です。どっちかというと鈍臭い。あ、さらに今日一日ではっきりわかった、体力もない。いいとこなさ過ぎる。

全力で断った方が彼のためになりそうな気もしてきました。

ですが、向こうが望んでくださるというのなら、まずその理由を聞いてから断るか決めましょう。そうしましょう。

とにかく私はラインハルト様に会わねばならないようです。全てはそれから。

うんうん、と一人で結論を出したところで、扉がノックされてレイが入ってきました。

コップに入った水を差し出しながら、心配そうに尋ねてきます。



「はい、これ飲んで。無理させてごめんね。気分はどう?」

「ありがとうございます。あ、美味しい。」



飲んだ水はほんのり爽やかなレモンの味がした。わざわざ作ってくれたのだろうか?



「場所柄レモンと水は用意されててね。さっぱりしていいかなと思って。」

「いろいろお気遣い頂いてありがとうございます。あの、私、ラインハルト様に断ってくれるようにと言うことを止めようと思います。」



唐突でしたが、一緒に探してくれているのだし、言っておいたほうがいいかと先程の決心を伝えたら、レイが固まりました。なんだか絶望的な顔をして、こちらを見下ろしてきます。



「もう、探すのをやめてしまうの?婚約はどうするの?」



声が強張っています。

何をそんなに驚いているのでしょうか。とりあえず、先に誤解を解いておきましょう。



「いえ、断ってもらうとかではなくて、先入観なしで、ただ、婚約者候補として会ってみようと思いまして。」



がくんと膝を折ってレイがしゃがみこみ、呻いています。



「レイ?どうしました?大丈夫ですか?」



尋ねると、しゃがんだままのレイが、今度は一転して期待に満ちた目で、こちらを見上げてきます。

慌てて目を逸らすも、コップを持ったままの手を両手で包み込むように握られて、今度は私が固まります。



「リーディア嬢、それは婚約を前向きに考えるってことだよね?君の気持ちを変える何かがあった?」



瞬間で看破され、仕方なく、わざとではなかったけれど盗み聞きしてしまったことを白状し、私は素晴らしい令嬢ではないけれど、この婚約をラインハルト様が望んでくれているのなら、会ってその理由を聞いてみたいと思ったのです、と言うようなことを話しましたが、うまく伝えられたかわかりません。



レイは最初怖い顔をしていましたが、私がそれで意見を変えたと言うとまあいいか、と呟いて手を離してくれました。

やれやれ。

その時です。私のお腹が鳴りました。

レイは私の前にしゃがんだままですので、丸聞こえです。

私は恥ずかしくて手でお腹を抑えましたが、無駄だとわかっています。

相手は音ですものね!

レイは、笑いを堪えながら腕時計を確認し、私の頭に手を乗せました。

穴があったら入りたい!



「遅くなったけどお昼ごはんにしよう。今日は庭園開放日だから、そこで食べようと思うのだけど、もう少し歩ける?」



恥ずかしさに小さくなりながら、私は大きく頷きました。今日はこんなのばっかり!
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