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鶯音を入る
第五十夜
しおりを挟む「…………個人より、法人? それなら、よくある事…………かも。ひどい話だけど、どの業界も多分」
元々高くない声のトーンが、がくっと下がった。
無名の歌手である彼女がどのような仕打ちを受けてきたかは、察するにあまりあった。
――――が、私はその事に憤りを感じるとともに、共感をおぼえていた。
「紅さんもそう思います? ……私、後回しにされてばっかりかもしれません。こんな可愛くない性格なんで、『緊急性が低い』って思われるんでしょうね。だって、困ってなさそうですもん。……こう言っちゃうと、本格的に負け犬の遠吠えみたいなんですけど。放置されて困った事なんてないから別に良いんですけど、悔しいですよね。やっぱり。リアルに『ぎゃふん!』って言わせたとしても、多分、溜飲下がりません」
「…………嘘。翠は可愛い。顔の事だけ言ってる訳じゃない。ホントは寂しがり屋でしょ。アタシの事言えないくらい、独りが嫌なタイプ。平気そうに見えるけど、独りにしたらいけないタイプ」
「何ですか、それ。……じゃあ、なんですか。紅さんが一緒にいてくれるとでも言うんですか? 独りにしたらいけないから? 同情で優しい言葉掛けられても、私はちっとも嬉しくなんて――――!」
図星を突かれ、横に逃げる。
二人の間に空いたスペースは映画館のシートの一人分にも満たないが、恋人と並んでいるようには見えない距離感を確保して、少しだけ頭が冷えた。
こんな事が言いたかった訳じゃない、彼女を傷付けたい訳じゃないのに、私は何をしているんだろう。
自分に苛立って、血色の悪い唇を噛んだ。
「同情じゃない、愛情。……アタシの気持ちは、翠の方が知ってる。……でしょ? 少しだけ、親から子供に……みたいなのも、混ざっちゃってるかもだけど」
「…………そうですね。すみません」
「ん、良いよ。――――さっきの答え、聞く?」
「さっきの答え…………って、何でしたっけ」
「エアコンのキャンセル。間に合う、かも。……翠はまだ、アタシと一緒にいてくれる?」
二人を乗せたベッドが揺れる。地震ではない。私が揺らしたのでもない。
今のは、やはり私の思惑を見破っていた彼女が、せっかく広くしたパーソナルスペースを一瞬で元に戻してくれた事により起きた揺れだ。
(私も落ち着かなかったし、良いけど…………)
命令にしておけば逆らわなかったのに、逆らう余地をくれるなんて。
やっぱり貴女は、玉座に君臨するには優しすぎる女性。――――私の可愛い、人。
「…………紅さん。『言い出しっぺが何言ってるんだ』って自分でも思うんですけど、私、キャンセルをキャンセルする事にしました」
彼女は一貫して素直な気持ちを伝えて来てくれているのだから、私もこのあたりで覚悟を決めるべきだ。
――――まずは、状況云々ではなく、私の気持ちを一番の行動原理にする事から。
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