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夕顔別当
第十一夜
しおりを挟む「アタシの歌、入ってないけど」
彼女の声が寂しさを伴って震えた。
「それでも、一緒行ってくれる?」
「当たり前じゃないですか。『マダム・ルージュ』の曲にも興味ありますけど、私、割と音楽は何でも好きですし、本人以外のカバーを好きなだけ聴けちゃうのがカラオケの良い所です。素人とかプロとか関係なく『この人にこれ歌ってほしい!』って思った事ありません?」
喋りながら思う。
『彼女を励ますためにならいくらでも前向きに物事を考えられるというのに、普段のネガティブ思考は何なのか』と。
「今、初めて思った。アタシも翠に合いそうな歌、さっきから色々思い付くし、聴きたいのも沢山ある」
だが、それを取っ掛かりにして、少しずつでも元の考え方を改善出来るかもしれないし、彼女の返事こそ一番の報酬だ。
今は不問としておこう。
「え、嬉しいです! じゃあ、お互いのリクエスト曲歌いまくるのとか楽しそうじゃないですか? 好きな歌歌うのも良いですけど、大体毎回固定されちゃって飽きてくるし。知ってる範囲でリクエスト縛りしてみるのとかどうでしょう?」
「しよ。絶対楽しい。お酒も欲しくなっちゃいそう」
気分だけでも上げたくて飲酒する人もいるが、只今の発言に鑑みるに、彼女は楽しい気持ちになると飲みたくなるタイプのようだ。
「あー、わかります! 気持ちはめちゃくちゃわかりますけど、どうせ外で飲むならあの店がよくないですか?」
「だね。最近、行ってなかった気するし」
「それは流石に気のせいじゃないですか?」
「かも。……でも、多分、意識しないと行かなくなると思う。近いうちに」
彼女は鏡を見つめて言う。
予言のような言葉に思わず鏡の中の美女に焦点を合わせたが、特におかしなものは見当たらなかった。
「どうしてです?」
「待ち合わせる必要、ないから。今は」
「そ、うです……ね……」
図々しくもずっと一緒にいられる気になっていたが、この生活は期限付き。
彼女との関係がそれ以降も続くとしても、特別な関係から降ろされるように感じたその時、冷たい風が吹いて。
知らぬ間に始業していたエアコンが部屋を涼しくしてくれている事に、たった今気付いた。
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