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夕顔別当
第十夜
しおりを挟む「良いんですけどね、何曲だって。めちゃくちゃ好きな声の人が歌ってるデータが存在してて、しかもそれがちゃんと形になってるってすごい事ですもん」
私自身には熱狂的に応援しているアーティストなどいた事はないが、大人の事情で推しグループの昔のCDが悉く廃盤になっているのを嘆いていた友人の受け売りだ。
「ホント。有り難いよね。余っちゃってても、『欲しい』って人がいて、『売れる』って判断してくれた人がいたから、CD出せてるんだよね。一回だけじゃなくて、何回も。忘れそうになってた。思い出させてくれて、ありがと」
一度は形になったからといって、必ず現物を手に入れられるという訳ではない事を知っているが故の発言だったが、言われてみたらアーティスト側はファンより嬉しく思っているだろうし、有り難みだってもっと強く感じている筈で。
「聴きたい? アタシの歌」
どちらからともなく固い握手を交わした後に、彼女はそう尋ねてきた。
「はい。私、紅さんの声大好きですし。欲を言えば、音源とか画面越しとかじゃなくて、歌ってるの聴きたいです」
CDがもし別の部屋にあるとしても、取って来させるのは申し訳ないし、見た感じ、この部屋にはそれを再生するための機器は置かれていない。
そういった事も混ぜ込んで『次のライブは絶対行くので、教えてくださいね』という意味で言ったのだが。
「じゃ、今度カラオケ行かない?」
彼女から出てきたのは少しズレた提案だった。
「良いですね! カラオケとかいつぶりだろ」
しかし、不特定多数に向けたものではなく、私個人に向けた歌を聴ける機会を向こうから与えられたのだ。
断るという選択肢はなかった。
最後に行ったのはきっと、マッチングアプリを始める前。
激務で疲労困憊だった頃は、近い時期に繁忙期を迎える職種に就いている同性の友達と連絡を取り合っていた。
最後にカラオケ店に訪れたのも、彼女とだった。
その子の当時のブームだった韓流アイドルを布教される合間に、音楽系サブスクで聞き流している曲をうろ覚えで披露するのがやけに楽しかったのが記憶に残っている。
だが、男遊びを始めてからというもの、せっかく誘ってもらっても断ってばかりいたら、だんだん遊びに誘われなくなり、ついには連絡も途絶えてしまった。
自業自得だし、寂しいとは思っていなかったはずだが、紅さんと過ごしていると楽しいのは、女友達との交流に心の奥底では飢えていたからという理由もあるのかもしれない。
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