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『言葉を持たぬ国と、性別未確定の誘惑』編
第96話『境界を越えて──中性的な民と無言の文化』
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その地に、一歩足を踏み入れた瞬間だった。
──空気が変わった。
空は晴れているのに、どこか音が遠くなるような、静寂に包まれた空間。木々は柔らかな葉音を立てて揺れ、花々が風に乗せてほのかに甘い香りを漂わせていた。
「ここが……“言葉を持たぬ国”か」
流星は一歩を踏み出し、周囲を見渡す。
そこに広がっていたのは、まるで童話の挿絵のような街並みだった。丸みを帯びた建物の屋根は淡いピンクや青に彩られ、石畳には香草が植え込まれ、歩くたびにふわりと香りが立ち上がる。
「……妙に、静かね」
アリシアがぽつりと呟く。
そう、この街には──言葉がなかった。
街の人々は誰一人、声を発していない。
だが、その代わりに──
すれ違うたびに、彼らは穏やかな微笑みを浮かべ、胸元に手を当てるように挨拶する。その指先には、色とりどりの香り袋。
そこからは、柑橘系、バニラ系、ウッディな香りなど、さまざまな匂いが流れ出していた。
「香りで……感情を伝えてるのか?」
ミレーユが小声で言うと、近くの若者が小さく微笑み、ひとつ頷くような動きを見せる。そして、自分の香り袋を開いて、ふわりと流星たちに香りを漂わせてくる。
「これは……ライチの香り?」
「“歓迎”の意味ね。さっき読んだ資料に書いてあったわ」
アリシアが小冊子を取り出して、手早くページをめくる。
「ライチ系は“歓迎”や“心地よさ”を伝える香り。他にも──あ、レモングラスは“疑問”の意味らしいわよ」
リリアが顔をしかめた。
「えーと、じゃあこのピンクっぽい甘い匂いは……?」
「“興味”と“好意”」
「……流星に向けて振ってたわよね、その香り」
全員の視線が一点に集中する。
「な、なんだよ!? 俺、なにもしてないぞ!」
そのとき──
「ねえねえねえ、イケメン多くない!? あたし、男役でいける気がする!」
ヴァネッサが突然きらめくような笑顔で割り込んできた。
彼女の視線の先には、確かに“中性的な美しさ”を持つ住民たちが数人、柔らかな目でこちらを見つめていた。男女の区別がつきづらい、まるで“性”の境界を越えたような姿。
「ちょっと、あたしこういうのドストライクなんだけど! 鍛えてるのに細身で、顔立ちも整ってて……!」
「落ち着け、ヴァネッサ。今は調査中だ」
アリシアが静かにたしなめるが、ヴァネッサは「ご褒美が目の前にあるんだもん!」と笑いながらぐるぐる回っていた。
──しかし。
流星の鼻が、ふと“妙な違和感”を捉えた。
甘すぎる。街の香りのなかに、ひとつだけ……明らかに“酔わせる”香りが混じっていた。
「アリシア、リリア……あれ。あの香り袋、他と違うぞ」
視線の先には、一人の人物が立っていた。
長身、くすんだ銀髪、無表情──だが、こちらをじっと見つめるその瞳は、何かを試すように冷ややかだった。
その者が使っていた香りは、濃密なジャスミンと、どこか湿った甘さ──明らかに、通常の“挨拶”や“歓迎”を超えている。
「……何かが始まってるな。この国、ただの“言葉がない文化”ってだけじゃない」
流星は、そう確信した。
中性的な香りと表情の裏に、確かな“意図”が隠されている──。
そしてこの地で、性の境界すら曖昧にする“未確定の誘惑”が始まろうとしていた──。
──空気が変わった。
空は晴れているのに、どこか音が遠くなるような、静寂に包まれた空間。木々は柔らかな葉音を立てて揺れ、花々が風に乗せてほのかに甘い香りを漂わせていた。
「ここが……“言葉を持たぬ国”か」
流星は一歩を踏み出し、周囲を見渡す。
そこに広がっていたのは、まるで童話の挿絵のような街並みだった。丸みを帯びた建物の屋根は淡いピンクや青に彩られ、石畳には香草が植え込まれ、歩くたびにふわりと香りが立ち上がる。
「……妙に、静かね」
アリシアがぽつりと呟く。
そう、この街には──言葉がなかった。
街の人々は誰一人、声を発していない。
だが、その代わりに──
すれ違うたびに、彼らは穏やかな微笑みを浮かべ、胸元に手を当てるように挨拶する。その指先には、色とりどりの香り袋。
そこからは、柑橘系、バニラ系、ウッディな香りなど、さまざまな匂いが流れ出していた。
「香りで……感情を伝えてるのか?」
ミレーユが小声で言うと、近くの若者が小さく微笑み、ひとつ頷くような動きを見せる。そして、自分の香り袋を開いて、ふわりと流星たちに香りを漂わせてくる。
「これは……ライチの香り?」
「“歓迎”の意味ね。さっき読んだ資料に書いてあったわ」
アリシアが小冊子を取り出して、手早くページをめくる。
「ライチ系は“歓迎”や“心地よさ”を伝える香り。他にも──あ、レモングラスは“疑問”の意味らしいわよ」
リリアが顔をしかめた。
「えーと、じゃあこのピンクっぽい甘い匂いは……?」
「“興味”と“好意”」
「……流星に向けて振ってたわよね、その香り」
全員の視線が一点に集中する。
「な、なんだよ!? 俺、なにもしてないぞ!」
そのとき──
「ねえねえねえ、イケメン多くない!? あたし、男役でいける気がする!」
ヴァネッサが突然きらめくような笑顔で割り込んできた。
彼女の視線の先には、確かに“中性的な美しさ”を持つ住民たちが数人、柔らかな目でこちらを見つめていた。男女の区別がつきづらい、まるで“性”の境界を越えたような姿。
「ちょっと、あたしこういうのドストライクなんだけど! 鍛えてるのに細身で、顔立ちも整ってて……!」
「落ち着け、ヴァネッサ。今は調査中だ」
アリシアが静かにたしなめるが、ヴァネッサは「ご褒美が目の前にあるんだもん!」と笑いながらぐるぐる回っていた。
──しかし。
流星の鼻が、ふと“妙な違和感”を捉えた。
甘すぎる。街の香りのなかに、ひとつだけ……明らかに“酔わせる”香りが混じっていた。
「アリシア、リリア……あれ。あの香り袋、他と違うぞ」
視線の先には、一人の人物が立っていた。
長身、くすんだ銀髪、無表情──だが、こちらをじっと見つめるその瞳は、何かを試すように冷ややかだった。
その者が使っていた香りは、濃密なジャスミンと、どこか湿った甘さ──明らかに、通常の“挨拶”や“歓迎”を超えている。
「……何かが始まってるな。この国、ただの“言葉がない文化”ってだけじゃない」
流星は、そう確信した。
中性的な香りと表情の裏に、確かな“意図”が隠されている──。
そしてこの地で、性の境界すら曖昧にする“未確定の誘惑”が始まろうとしていた──。
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