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『言葉を持たぬ国と、性別未確定の誘惑』編
第97話『無言の誘惑と、戸惑う流星』
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「……なんで、こんなにドキドキしてるんだ俺は……!」
流星は、部屋の隅で体育座りをしていた。
泊まることになったのは、国境付近の中規模ホステル──“イヴの風亭”という名前の、香りをテーマにした宿だった。部屋には清潔な寝具、静かな照明、そして控えめに香るラベンダーと柑橘のアロマが漂っている。
だけど──問題はそこじゃない。
「……あの接客係が……」
ベッドの向こう、ドアを閉めた直後の残り香。
彼(あるいは彼女?)の存在が、流星の理性を揺さぶっていた。
◆
チェックインの際、応対に現れたのは、年齢不詳の美形スタッフだった。
腰まで届く艶やかな黒髪、まっすぐな睫毛、陶器のように滑らかな肌。中性的な顔立ちに、ややくびれた腰と、しなやかな動き。
──だが、どこか声を発する素振りもなく、表情はうっすらと微笑をたたえているだけ。
「ご案内いたします」
無言のまま、そう言ったかのように視線と手のひらを差し出され、流星はそのまま部屋へと誘導された。
──そして、香ったのだ。
その人の身に纏っていたのは、どこか“中毒性”のある香り。
ムスクのような重さの奥に、バニラの甘さ、微かにスパイス。何か、どこかで嗅いだことがあるような、それでいて決して他人とは思えない──“何かを想起させる”香りだった。
(やばい、何なんだあの人……)
◆
「お休みなさいませ」
口にしたわけではない。
けれど確かに、最後に振り返ったその視線が、そう語っていたような気がした。
──そして、去っていった。
「あの人、男……女……それとも……」
ベッドに横たわった流星は、腕を枕にして、じっと天井を見つめた。
アリシアやリリアのように、女だと分かっていれば動揺はしない。
ヴァネッサみたいな“押せ押せ姉御”なら、警戒心をフルに張れる。
だが、あの人は──何もかもが“曖昧”だった。
言葉も性別も感情も、どこにも決定打がない。
だけどその“あいまいさ”が、妙に心地よく、かつ危うい。
(……落ち着け、俺……風俗好きの勇者である以前に、理性を持つ男だぞ)
──そのときだった。
ふ、と香りが変わった。
夢の中だった。
◆
──ラベンダー。
──サンダルウッド。
──ミルクティーのような甘さに、すうっと沈む感覚。
「……おやすみなさい、流星さま」
誰かの声が、耳元で囁いた。
だが、姿が見えない。
薄暗い空間の中、白く揺れるカーテンのような帳の向こうに、誰かがいる。
シルエットだけが見える。
──柔らかな曲線。けれど、どこか筋が通っている。
──長い髪。だが、その流れは男性のそれにも見えた。
──細い手。だが、確かな熱を持つ。
「……誰だ、あんた……!」
流星は、夢の中でも身を起こそうとする。
だが、体が動かない。
香りが、心を緩めすぎている。
「言葉は必要ありません。香りと、触れ合いだけで──すべては伝わる」
「……いや、伝わってない! 全然わかんねぇ!! っていうか服が……服がないのはなんで!?」
夢の中の流星は、なぜか上半身裸だった。
目の前のシルエットが、そっと彼に手を伸ばす。
──そして、指先に触れた瞬間。
「“あなたの本当の欲望”を、香りで暴きます」
甘い囁きと共に、空気の成分が変わった。
──一瞬で、流星の脳裏に“過去に通った全ての風俗嬢の笑顔”が蘇る。
「……うわああああああ!!!」
◆
「うわああああああああああ!!!!!!」
──ガバッ!!
現実のベッドで、流星は跳ね起きた。
「っはぁ……っはぁ……夢、か……?」
辺りは暗いままだが、窓の向こうから薄明かりが差している。
朝だった。
シーツは汗でしっとりと濡れていた。
──そして。
ドアの向こうから、またふわりと“あの香り”が漂ってきた。
「……おはようございます」
まるで言葉のように、香りがそう囁いた気がした。
「この国……一番やべぇかもしれねぇ……」
流星は、静かに顔を覆った。
香りと沈黙だけで心を揺さぶるこの国で、彼の煩悩はいつまで持つのか──。
流星は、部屋の隅で体育座りをしていた。
泊まることになったのは、国境付近の中規模ホステル──“イヴの風亭”という名前の、香りをテーマにした宿だった。部屋には清潔な寝具、静かな照明、そして控えめに香るラベンダーと柑橘のアロマが漂っている。
だけど──問題はそこじゃない。
「……あの接客係が……」
ベッドの向こう、ドアを閉めた直後の残り香。
彼(あるいは彼女?)の存在が、流星の理性を揺さぶっていた。
◆
チェックインの際、応対に現れたのは、年齢不詳の美形スタッフだった。
腰まで届く艶やかな黒髪、まっすぐな睫毛、陶器のように滑らかな肌。中性的な顔立ちに、ややくびれた腰と、しなやかな動き。
──だが、どこか声を発する素振りもなく、表情はうっすらと微笑をたたえているだけ。
「ご案内いたします」
無言のまま、そう言ったかのように視線と手のひらを差し出され、流星はそのまま部屋へと誘導された。
──そして、香ったのだ。
その人の身に纏っていたのは、どこか“中毒性”のある香り。
ムスクのような重さの奥に、バニラの甘さ、微かにスパイス。何か、どこかで嗅いだことがあるような、それでいて決して他人とは思えない──“何かを想起させる”香りだった。
(やばい、何なんだあの人……)
◆
「お休みなさいませ」
口にしたわけではない。
けれど確かに、最後に振り返ったその視線が、そう語っていたような気がした。
──そして、去っていった。
「あの人、男……女……それとも……」
ベッドに横たわった流星は、腕を枕にして、じっと天井を見つめた。
アリシアやリリアのように、女だと分かっていれば動揺はしない。
ヴァネッサみたいな“押せ押せ姉御”なら、警戒心をフルに張れる。
だが、あの人は──何もかもが“曖昧”だった。
言葉も性別も感情も、どこにも決定打がない。
だけどその“あいまいさ”が、妙に心地よく、かつ危うい。
(……落ち着け、俺……風俗好きの勇者である以前に、理性を持つ男だぞ)
──そのときだった。
ふ、と香りが変わった。
夢の中だった。
◆
──ラベンダー。
──サンダルウッド。
──ミルクティーのような甘さに、すうっと沈む感覚。
「……おやすみなさい、流星さま」
誰かの声が、耳元で囁いた。
だが、姿が見えない。
薄暗い空間の中、白く揺れるカーテンのような帳の向こうに、誰かがいる。
シルエットだけが見える。
──柔らかな曲線。けれど、どこか筋が通っている。
──長い髪。だが、その流れは男性のそれにも見えた。
──細い手。だが、確かな熱を持つ。
「……誰だ、あんた……!」
流星は、夢の中でも身を起こそうとする。
だが、体が動かない。
香りが、心を緩めすぎている。
「言葉は必要ありません。香りと、触れ合いだけで──すべては伝わる」
「……いや、伝わってない! 全然わかんねぇ!! っていうか服が……服がないのはなんで!?」
夢の中の流星は、なぜか上半身裸だった。
目の前のシルエットが、そっと彼に手を伸ばす。
──そして、指先に触れた瞬間。
「“あなたの本当の欲望”を、香りで暴きます」
甘い囁きと共に、空気の成分が変わった。
──一瞬で、流星の脳裏に“過去に通った全ての風俗嬢の笑顔”が蘇る。
「……うわああああああ!!!」
◆
「うわああああああああああ!!!!!!」
──ガバッ!!
現実のベッドで、流星は跳ね起きた。
「っはぁ……っはぁ……夢、か……?」
辺りは暗いままだが、窓の向こうから薄明かりが差している。
朝だった。
シーツは汗でしっとりと濡れていた。
──そして。
ドアの向こうから、またふわりと“あの香り”が漂ってきた。
「……おはようございます」
まるで言葉のように、香りがそう囁いた気がした。
「この国……一番やべぇかもしれねぇ……」
流星は、静かに顔を覆った。
香りと沈黙だけで心を揺さぶるこの国で、彼の煩悩はいつまで持つのか──。
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