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『言葉を持たぬ国と、性別未確定の誘惑』編
第98話『香りが語る意思──“恋文”のような空気』
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朝の空気は、どこまでも澄んでいた。
それでいて、ほんのりと花と樹の香りが混ざる──そんな柔らかさがあった。
「……ふぁぁ……昨日の夢、変な内容だったな……」
ホステルの一室。
流星は眠たげに目をこすりながら、起き上がる。
──だが、手を止めた。
「……まだ、香りが残ってる……?」
それは、夜の夢に導いたあの香り。
部屋のカーテンから差し込む朝光に乗って、ふわりと彼の鼻腔をくすぐった。
(まさか……あれは、偶然じゃない?)
その直感は、的中していた。
◆
「やっぱりね。これ……“恋文”の構造に似てるのよ」
アリシアの言葉に、テーブルの上に集まっていた全員が驚いた顔をした。
ここは、村の“調香堂”。
この国で最も由緒ある、香りによる意思伝達と感情記録の研究施設だ。
「恋文? どういうこと?」
リリアが、眉をひそめながら尋ねる。
「この国では、言葉じゃなく“香り”で気持ちを伝えるの。香料を混ぜて、誰かに嗅がせることで、想いを伝える……いわば、“香りの告白”」
「まさか……じゃあ、あの夢に出てきた香りって……?」
流星が思わず口を開く。
「そう。あなたへの“恋文”だったのよ。無言で、香りだけで伝えられる──愛のメッセージ」
アリシアの声は、妙に真剣だった。
「ただし、この香りにはもう一つ……“依存性”があるの。夢の中で心地よかったって感じたでしょ?」
「う、うん……まぁ」
「香りで感情を誘導し、潜在意識の扉を開く──その手法は“芳香魔術”と呼ばれるものに近いわ」
「つまり、俺……告白されて、かつ洗脳しかけられてたってこと……?」
「まぁ……言い方次第だけど」
アリシアが冷ややかに肩をすくめる。
「私は、恋文だと思ってる。“あなたに寄せられた純粋な好意”……それが香りに乗って届いた。そんな印象を受けたわ」
◆
「……わたし、ちょっと思い出しちゃった」
リリアがぽつりとつぶやく。
「昔さ、田舎の村で、好きな人にこっそり干し草の匂いを染み込ませた布、渡すっていう風習があったの。想いを伝える香りって、案外身近なんだよね」
「香りって……ほんとに言葉みたいなんだな……」
流星が呟く。
彼の脳裏に、夢の中で自分を包んだあの香りが蘇る。
言葉はなかった。
でも、確かにそこに“想い”はあった。
(俺に何かを伝えたかった。伝えようとしてくれた)
──でも、それは“誰”だったのか。
◆
その夜。
再び部屋に戻った流星は、窓を少しだけ開けた。
星空が広がっている。
風が、ひんやりとした夜気と共にカーテンを揺らす。
──ふと。
香った。
またしても、あの甘く、そして懐かしい香り。
「……いるのか?」
言葉にしてしまうと、壊れてしまいそうな気がして。
けれど、言わずにはいられなかった。
──と、そのとき。
扉の向こう、廊下の奥に“影”が立っていた。
“彼”──もしくは“彼女”──は、相変わらず中性的な美貌と、静かな微笑をたたえていた。
無言のまま、ただ軽く一礼する。
「……ま、待ってくれ!」
流星が立ち上がると、影は少しだけ振り返った。
そして、右手にそっと小瓶を掲げる。
──琥珀色の香水瓶だった。
蓋を開けると、ふわりと香る──今までで一番、濃密で、切ない香り。
まるで、過去の初恋と未来の愛が同時に届いたような。
「それ……何の香りなんだ?」
問いかけには、やはり答えはなかった。
ただ、その人は“少しだけ笑った”。
──それが答えだったのかもしれない。
◆
「俺……この国、嫌いじゃないかもな」
朝になって、流星はそう呟いた。
言葉がない。性別も曖昧。想いは香りで、全ては行間に漂う。
けれど──だからこそ、わかることがある。
「本当に伝えたいものって、言葉より先に、空気に乗ってるもんなんだな」
アリシアが微笑む。
「あなた、ちょっとだけ詩人みたいなこと言うのね」
リリアが頬をふくらませる。
「でもね、それでも“声”で伝えたい想いもあるからね。だから──今度は、ちゃんとこっちにも、言葉で伝えてよ」
「え? な、何を?」
「“好き”かどうかに決まってんでしょッ!!」
──パンッ!!
流星の頭にリリアの手が振り下ろされる。
「香りだけじゃ、伝わらないことだってあるの!! バーカ!!」
そんな風に始まった一日。
この国の“無言の恋文”は、まだ彼に何かを伝えようとしていた。
それでいて、ほんのりと花と樹の香りが混ざる──そんな柔らかさがあった。
「……ふぁぁ……昨日の夢、変な内容だったな……」
ホステルの一室。
流星は眠たげに目をこすりながら、起き上がる。
──だが、手を止めた。
「……まだ、香りが残ってる……?」
それは、夜の夢に導いたあの香り。
部屋のカーテンから差し込む朝光に乗って、ふわりと彼の鼻腔をくすぐった。
(まさか……あれは、偶然じゃない?)
その直感は、的中していた。
◆
「やっぱりね。これ……“恋文”の構造に似てるのよ」
アリシアの言葉に、テーブルの上に集まっていた全員が驚いた顔をした。
ここは、村の“調香堂”。
この国で最も由緒ある、香りによる意思伝達と感情記録の研究施設だ。
「恋文? どういうこと?」
リリアが、眉をひそめながら尋ねる。
「この国では、言葉じゃなく“香り”で気持ちを伝えるの。香料を混ぜて、誰かに嗅がせることで、想いを伝える……いわば、“香りの告白”」
「まさか……じゃあ、あの夢に出てきた香りって……?」
流星が思わず口を開く。
「そう。あなたへの“恋文”だったのよ。無言で、香りだけで伝えられる──愛のメッセージ」
アリシアの声は、妙に真剣だった。
「ただし、この香りにはもう一つ……“依存性”があるの。夢の中で心地よかったって感じたでしょ?」
「う、うん……まぁ」
「香りで感情を誘導し、潜在意識の扉を開く──その手法は“芳香魔術”と呼ばれるものに近いわ」
「つまり、俺……告白されて、かつ洗脳しかけられてたってこと……?」
「まぁ……言い方次第だけど」
アリシアが冷ややかに肩をすくめる。
「私は、恋文だと思ってる。“あなたに寄せられた純粋な好意”……それが香りに乗って届いた。そんな印象を受けたわ」
◆
「……わたし、ちょっと思い出しちゃった」
リリアがぽつりとつぶやく。
「昔さ、田舎の村で、好きな人にこっそり干し草の匂いを染み込ませた布、渡すっていう風習があったの。想いを伝える香りって、案外身近なんだよね」
「香りって……ほんとに言葉みたいなんだな……」
流星が呟く。
彼の脳裏に、夢の中で自分を包んだあの香りが蘇る。
言葉はなかった。
でも、確かにそこに“想い”はあった。
(俺に何かを伝えたかった。伝えようとしてくれた)
──でも、それは“誰”だったのか。
◆
その夜。
再び部屋に戻った流星は、窓を少しだけ開けた。
星空が広がっている。
風が、ひんやりとした夜気と共にカーテンを揺らす。
──ふと。
香った。
またしても、あの甘く、そして懐かしい香り。
「……いるのか?」
言葉にしてしまうと、壊れてしまいそうな気がして。
けれど、言わずにはいられなかった。
──と、そのとき。
扉の向こう、廊下の奥に“影”が立っていた。
“彼”──もしくは“彼女”──は、相変わらず中性的な美貌と、静かな微笑をたたえていた。
無言のまま、ただ軽く一礼する。
「……ま、待ってくれ!」
流星が立ち上がると、影は少しだけ振り返った。
そして、右手にそっと小瓶を掲げる。
──琥珀色の香水瓶だった。
蓋を開けると、ふわりと香る──今までで一番、濃密で、切ない香り。
まるで、過去の初恋と未来の愛が同時に届いたような。
「それ……何の香りなんだ?」
問いかけには、やはり答えはなかった。
ただ、その人は“少しだけ笑った”。
──それが答えだったのかもしれない。
◆
「俺……この国、嫌いじゃないかもな」
朝になって、流星はそう呟いた。
言葉がない。性別も曖昧。想いは香りで、全ては行間に漂う。
けれど──だからこそ、わかることがある。
「本当に伝えたいものって、言葉より先に、空気に乗ってるもんなんだな」
アリシアが微笑む。
「あなた、ちょっとだけ詩人みたいなこと言うのね」
リリアが頬をふくらませる。
「でもね、それでも“声”で伝えたい想いもあるからね。だから──今度は、ちゃんとこっちにも、言葉で伝えてよ」
「え? な、何を?」
「“好き”かどうかに決まってんでしょッ!!」
──パンッ!!
流星の頭にリリアの手が振り下ろされる。
「香りだけじゃ、伝わらないことだってあるの!! バーカ!!」
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