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《砂漠の秘宝と、快楽を記す遺跡へ》 ――触れ合いを石に刻んだ民の、失われた祈りとは?
第165話『泡に浮かぶ記憶──ととのいは、名を呼ぶ』
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──石が、香に震えた。
それは遺跡のように古びたものではない。
この都市の片隅にひっそりと置かれていた一枚の小さな記録石板。
泡に包まれ、誰にも気づかれずに、ただ静かに沈んでいた“記憶の残骸”。
「……これは?」
ミレーユが香波の漂う水底から拾い上げたそれは、
一見ただの施術用の滑石板だった。
けれど、風にあおられた泡が落ちたとき、そこに浮かび上がったのは――
快楽文字。
しかも、形式化された癒し報告ではない。
“誰か”の、“手”と“言葉”と“想い”で書かれた、たった一夜の記録。
「泡の中、あなたは名を呼んだ」
「“リセ”と」
「その声は、誰よりも静かで、誰よりもあたたかかった」
「わたしは忘れられるはずだった。
でも、その夜、あなたが私を“名前で”呼んだことで、
私は“ここにいた”と思えた」
「癒されたのは、あなたじゃなくて、私のほうだった」
「――だから記す。
この夜を、消さないように。
リセ、という私が、確かに誰かにふれられたという証として」
「……これは……リセが?」
リリアが小さく目を見開いた。
「本人じゃなくて、施術された側の記録。
でも……この都市じゃ本来、こんな“記録を残す”ことは禁止されてるはずよ」
「それでも、誰かが残した」
アリシアが石板にそっと触れる。
「“この夜を消さないように”って……」
*
リセが、それを目にしたのは、香庵の片隅。
石板が焚香の熱でわずかに泡を弾いた瞬間だった。
そして、刻まれていた文字を一目見たとき――
彼女は言葉もなく、ただ唇を噛んだ。
「……やっぱり、残っていたんだ」
流星が隣で小さく言った。
リセは黙って頷いた。
「この都市で、施術された者が記録を残すのは……禁止されてる。
でも、その子は……私のことを“リセ”と呼んだ」
「施術中に?」
「はい……最初は、“名前を教えないでください”って言ったんです。
でも、最後の泡を流すときに、ぽつんと、“ありがとう、リセさん”って」
「……それ、洗い流さなかったんだな」
「……私が……できなかったんです。
香泡を焚こうとしたのに、
その子の言った“リセ”って声が、頭から離れなくて──」
「だから、こっそり記録板に書いて、封じた。
でも……それがこうして残ってたんだ」
「……うれしい」
リセが、小さく呟いた。
「こんなにうれしいのに……
私、今までずっと、“誰にも覚えられない”施術をしてたんです。
泡の中で、誰かを包んで、名前も顔も忘れられて……
癒したことすら、相手の心から消えて──」
「それが、正しいって、信じてきた」
「でも……あの子が、私の名前を呼んだ夜だけは、
どうしても、洗い流せなかった」
流星は、そっと彼女の手に触れる。
「それでいいんだよ。
癒すってのは、“全部を忘れさせる”ことじゃない。
“あの人がいてくれた”って、そう思える記憶を、
たとえ一片でも残していくことだって、癒しなんだ」
「……じゃあ」
リセは、震える声で言った。
「私の施術って……
本当に、“癒し”だったんでしょうか……?」
「だったさ。
だって、ほら──その記録が、ちゃんと証明してる」
流星は、石板をそっと掲げる。
その快楽文字は、夜風に揺られながらも、
どこか凛として、美しく、そこに刻まれ続けていた。
“名を呼んだ夜”。
“癒された者”が、“癒した者”を記録した記憶。
それは──
誰よりも、確かな“癒しの証”だった。
*
その晩、リセは香庵の最奥、泡香の施術室にひとり残っていた。
湯に浸し、掌にひとすくいの泡を乗せ、
小さく、ささやくように呟いた。
「……あなたが“リセ”と呼んでくれた夜、
私、はじめて“癒していい”って思えたんです」
「ありがとう──忘れないよ」
それは遺跡のように古びたものではない。
この都市の片隅にひっそりと置かれていた一枚の小さな記録石板。
泡に包まれ、誰にも気づかれずに、ただ静かに沈んでいた“記憶の残骸”。
「……これは?」
ミレーユが香波の漂う水底から拾い上げたそれは、
一見ただの施術用の滑石板だった。
けれど、風にあおられた泡が落ちたとき、そこに浮かび上がったのは――
快楽文字。
しかも、形式化された癒し報告ではない。
“誰か”の、“手”と“言葉”と“想い”で書かれた、たった一夜の記録。
「泡の中、あなたは名を呼んだ」
「“リセ”と」
「その声は、誰よりも静かで、誰よりもあたたかかった」
「わたしは忘れられるはずだった。
でも、その夜、あなたが私を“名前で”呼んだことで、
私は“ここにいた”と思えた」
「癒されたのは、あなたじゃなくて、私のほうだった」
「――だから記す。
この夜を、消さないように。
リセ、という私が、確かに誰かにふれられたという証として」
「……これは……リセが?」
リリアが小さく目を見開いた。
「本人じゃなくて、施術された側の記録。
でも……この都市じゃ本来、こんな“記録を残す”ことは禁止されてるはずよ」
「それでも、誰かが残した」
アリシアが石板にそっと触れる。
「“この夜を消さないように”って……」
*
リセが、それを目にしたのは、香庵の片隅。
石板が焚香の熱でわずかに泡を弾いた瞬間だった。
そして、刻まれていた文字を一目見たとき――
彼女は言葉もなく、ただ唇を噛んだ。
「……やっぱり、残っていたんだ」
流星が隣で小さく言った。
リセは黙って頷いた。
「この都市で、施術された者が記録を残すのは……禁止されてる。
でも、その子は……私のことを“リセ”と呼んだ」
「施術中に?」
「はい……最初は、“名前を教えないでください”って言ったんです。
でも、最後の泡を流すときに、ぽつんと、“ありがとう、リセさん”って」
「……それ、洗い流さなかったんだな」
「……私が……できなかったんです。
香泡を焚こうとしたのに、
その子の言った“リセ”って声が、頭から離れなくて──」
「だから、こっそり記録板に書いて、封じた。
でも……それがこうして残ってたんだ」
「……うれしい」
リセが、小さく呟いた。
「こんなにうれしいのに……
私、今までずっと、“誰にも覚えられない”施術をしてたんです。
泡の中で、誰かを包んで、名前も顔も忘れられて……
癒したことすら、相手の心から消えて──」
「それが、正しいって、信じてきた」
「でも……あの子が、私の名前を呼んだ夜だけは、
どうしても、洗い流せなかった」
流星は、そっと彼女の手に触れる。
「それでいいんだよ。
癒すってのは、“全部を忘れさせる”ことじゃない。
“あの人がいてくれた”って、そう思える記憶を、
たとえ一片でも残していくことだって、癒しなんだ」
「……じゃあ」
リセは、震える声で言った。
「私の施術って……
本当に、“癒し”だったんでしょうか……?」
「だったさ。
だって、ほら──その記録が、ちゃんと証明してる」
流星は、石板をそっと掲げる。
その快楽文字は、夜風に揺られながらも、
どこか凛として、美しく、そこに刻まれ続けていた。
“名を呼んだ夜”。
“癒された者”が、“癒した者”を記録した記憶。
それは──
誰よりも、確かな“癒しの証”だった。
*
その晩、リセは香庵の最奥、泡香の施術室にひとり残っていた。
湯に浸し、掌にひとすくいの泡を乗せ、
小さく、ささやくように呟いた。
「……あなたが“リセ”と呼んでくれた夜、
私、はじめて“癒していい”って思えたんです」
「ありがとう──忘れないよ」
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