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《「ふれない快楽」から「ふれ合う覚悟」へ》
第203話『名を持たぬ国に、“恋の名”が芽吹いた夜』
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名もなき国《シィアス・ナーム》が揺れていた。
「ふれない快楽」が、街を埋め尽くして久しい。
快楽に名前はいらない。
声も、触れる手も、顔さえも。
ただ、音と波動、感覚の“共鳴”だけが、悦びを運ぶこの国に――
たったひとつ、名前を持つ娼婦が、誕生した。
◆
その夜、評議会前の広場には異様な熱気が満ちていた。
静かなる快楽を愛する国で、
市民たちは“言葉”を持ち始めていたのだ。
「私は彼女の名を呼びたい」
「“ふれない幸福”も素敵だった。でも……名前を呼んで、恋したいんだ!」
「わたしも! わたしも、名前で呼ばれたい……っ!」
その中心に立つひとりの少女――ティフェリア。
仮面を外したままの顔に、かすかな羞恥と、確かな誇りがあった。
「わたし……名をもらいました」
街の空気が、ひとつ息をのむ。
「“ティフェリア”って、名乗っていいって。
ふれられなくても、名を呼ばれるだけで、胸が震えるの……」
ルセナが人々の中を進み、静かにティフェリアの横に立った。
「彼女は、最初の“名持ち娼婦”です」
その声に、誰もが沈黙した。
「名を与えることは、“個”を許すこと。
恋や執着、嫉妬……すべてを、もう一度国に取り戻すこと」
風が、ふたりの髪を揺らす。
ルセナはティフェリアの手を握り――、泣いた。
「名前を呼ばれることが、こんなにも温かくて……
こんなにも、胸が痛いなんて……」
ティフェリアは、そんなルセナを見て、静かに笑った。
「あなたが、わたしに名前をくれた。
わたしは、それだけで、もう生きていいと思えた」
それは、ふれない愛の国が、はじめて認めた“ふれたがる心”だった。
評議会の決議は、翌朝には出た。
――“名持ち施術士制度”の設立。
これにより、“ふれずに”“名で呼ぶ”快楽の提供が正式に認められた。
無名の国に、名前が咲いた夜だった。
◆
その夜、ルセナは小さな灯りだけの部屋で、静かに椅子に座っていた。
流星は、部屋の扉をノックしても応えなかった彼女のもとに、そっと近づく。
「……泣いてたのか?」
問いかけに、ルセナはただ首を横に振った。
「違うの。ただ、こんなに心が動いたのは、久しぶりで……」
灯りが、彼女の頬をやわらかく照らしていた。
薄紅に染まった目元、ふるえる睫毛、まだ残る施術着の匂い。
流星は、彼女の傍らに腰を下ろし、ぽつりと言った。
「俺の名前……知りたいって言ってたよな」
ルセナが顔を上げた。
「……教えるよ」
耳元へそっと顔を寄せて。
「今夜、ふたりきりの時に」
ルセナは、小さな息を吐いた。
唇がふるえた。
そして、泣きそうな声で笑った。
「……ほんとに? 名前を、私だけに……?」
流星は頷いた。
「俺は、君にだけ教えるつもりで、ずっとここまで来たんだ」
仮面を外した彼女の目に、愛が宿った。
無名の快楽に揺られ続けた国で、
たったひとつの恋が、ようやく言葉を手にした瞬間だった。
――その夜、ふたりは触れなかった。
けれど、愛した。
名前を伝える準備を、心と身体で確かめ合うように。
◆
そして翌朝、風は新たな章を告げた。
国の標が、わずかに塗り替えられる。
『名を持たぬ国』ではなく、
『恋を許された国』
ふれない愛の楽園に、ついに“ふれたい”という渇望が咲き始めたのだ。
「ふれない快楽」が、街を埋め尽くして久しい。
快楽に名前はいらない。
声も、触れる手も、顔さえも。
ただ、音と波動、感覚の“共鳴”だけが、悦びを運ぶこの国に――
たったひとつ、名前を持つ娼婦が、誕生した。
◆
その夜、評議会前の広場には異様な熱気が満ちていた。
静かなる快楽を愛する国で、
市民たちは“言葉”を持ち始めていたのだ。
「私は彼女の名を呼びたい」
「“ふれない幸福”も素敵だった。でも……名前を呼んで、恋したいんだ!」
「わたしも! わたしも、名前で呼ばれたい……っ!」
その中心に立つひとりの少女――ティフェリア。
仮面を外したままの顔に、かすかな羞恥と、確かな誇りがあった。
「わたし……名をもらいました」
街の空気が、ひとつ息をのむ。
「“ティフェリア”って、名乗っていいって。
ふれられなくても、名を呼ばれるだけで、胸が震えるの……」
ルセナが人々の中を進み、静かにティフェリアの横に立った。
「彼女は、最初の“名持ち娼婦”です」
その声に、誰もが沈黙した。
「名を与えることは、“個”を許すこと。
恋や執着、嫉妬……すべてを、もう一度国に取り戻すこと」
風が、ふたりの髪を揺らす。
ルセナはティフェリアの手を握り――、泣いた。
「名前を呼ばれることが、こんなにも温かくて……
こんなにも、胸が痛いなんて……」
ティフェリアは、そんなルセナを見て、静かに笑った。
「あなたが、わたしに名前をくれた。
わたしは、それだけで、もう生きていいと思えた」
それは、ふれない愛の国が、はじめて認めた“ふれたがる心”だった。
評議会の決議は、翌朝には出た。
――“名持ち施術士制度”の設立。
これにより、“ふれずに”“名で呼ぶ”快楽の提供が正式に認められた。
無名の国に、名前が咲いた夜だった。
◆
その夜、ルセナは小さな灯りだけの部屋で、静かに椅子に座っていた。
流星は、部屋の扉をノックしても応えなかった彼女のもとに、そっと近づく。
「……泣いてたのか?」
問いかけに、ルセナはただ首を横に振った。
「違うの。ただ、こんなに心が動いたのは、久しぶりで……」
灯りが、彼女の頬をやわらかく照らしていた。
薄紅に染まった目元、ふるえる睫毛、まだ残る施術着の匂い。
流星は、彼女の傍らに腰を下ろし、ぽつりと言った。
「俺の名前……知りたいって言ってたよな」
ルセナが顔を上げた。
「……教えるよ」
耳元へそっと顔を寄せて。
「今夜、ふたりきりの時に」
ルセナは、小さな息を吐いた。
唇がふるえた。
そして、泣きそうな声で笑った。
「……ほんとに? 名前を、私だけに……?」
流星は頷いた。
「俺は、君にだけ教えるつもりで、ずっとここまで来たんだ」
仮面を外した彼女の目に、愛が宿った。
無名の快楽に揺られ続けた国で、
たったひとつの恋が、ようやく言葉を手にした瞬間だった。
――その夜、ふたりは触れなかった。
けれど、愛した。
名前を伝える準備を、心と身体で確かめ合うように。
◆
そして翌朝、風は新たな章を告げた。
国の標が、わずかに塗り替えられる。
『名を持たぬ国』ではなく、
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