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《ふれあい風俗解禁──恋と肌と音のエレジー》
第205話『“お名前、なぞってもいいですか?”──ティフェリア、初“ふれ”嬢に』
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無名国の朝は、霧と沈黙で始まる。
仮面義務が緩和されたとはいえ、人々はまだ互いの素顔と名前を伏せたまま暮らしていた。名乗ることは“縛られること”だと信じられてきたこの国で、ついに“ふれあい施術”が公式に解禁された。
それはまるで、小さな革命だった。
そして──その最初の施術嬢として名乗りを上げたのが、ティフェリアだった。
仮面を脱ぎ、名を得た彼女は、今では「名を持つ娼婦」として街の話題をさらっていた。かつての彼女を知る者たちからすれば、それはまるで、別人のような成長だった。
だが、ティフェリアは震えていた。
自分の指が、誰かの背中に触れ──その名をなぞることが、どれほどの意味を持つか。
その重さを、彼女は深く知っていた。
施術部屋は香の香りで満ちていた。ふれあい施術初日。彼女の元に来た客は、年若い青年だった。
「は、初めまして……その、お願いします」
声は震えていた。だが、その目は、確かに何かを求めていた。
ティフェリアは、そっとうなずいた。
「背中を、こちらへどうぞ。今日は……あなたのお名前を、背中に書かせていただきます」
青年がうつ伏せになる。
薄布の上から伝わる体温。その微細な震え。
ティフェリアは指先を合わせる。人差し指と中指、そして意識。名前を知らぬまま生きてきたこの国の人々にとって、“名”とは、それだけで魂に触れるものだ。
だからこそ──愛しく、怖い。
「……いきますね」
彼女の指が、背中をなぞる。
一画、一画。まるで筆のように、静かに、慎重に。
“ユウ”。
それは、青年の希望した“仮の名”だった。
「……ユウさん……」
その声に、彼の背筋が震えた。
「……なぞられるだけなのに、脳が痺れる……」
青年は思わず、そう呟いた。
言葉では伝えられない。
触れることも許されなかったこの国で、名前をなぞられることは、もはや“接触”を超えた快感であり、感情の奔流だった。
「……今度は、私にも、お願いしてもいいですか?」
ティフェリアの声が、震える。
「……私の背中に、ユウさんの指で、私の名前を……なぞって、いただけますか?」
青年が、顔を上げた。
「それは……僕なんかが、していいんですか?」
「“あなた”が、してくれるから意味があるんです」
そう言って、ティフェリアは自ら布を捲った。
彼女の背中に、白く、繊細な肌があらわになる。
青年の指が、震えながら触れた。
ひと画、またひと画。
“ティフェリア”。
その名が、丁寧に、肌の上に刻まれていく。
──まるで、告白だった。
「……これが、“ふれあい”なんですね」
青年の声は、涙を含んでいた。
ティフェリアもまた、目を伏せながら、うなずいた。
「はい。でもこれは、ただの“施術”じゃありません。わたしにとっては……あなたと“想いを交わす”時間なんです」
そのとき、部屋の外で、誰かがそっと扉に貼られた札を読み上げた。
『本日、“ふれあい施術”は満席となりました。ご希望の方は、明日の朝にお並びください』
新たな時代の訪れを、人々が肌で感じ始めていた。
それは、“ふれずに愛し合う国”が、“ふれあって許し合う国”へと変わりゆく、最初の音だった。
ルセナがかつて言った言葉が、ティフェリアの胸に甦る。
──「名前を刻むことは、愛を許すこと。ふれることは、想いを受け取ること」
名もなき国に、“ふれあい”という名の恋が咲き始めた。
そしてその中心には、名前を得た少女──ティフェリアがいた。
仮面義務が緩和されたとはいえ、人々はまだ互いの素顔と名前を伏せたまま暮らしていた。名乗ることは“縛られること”だと信じられてきたこの国で、ついに“ふれあい施術”が公式に解禁された。
それはまるで、小さな革命だった。
そして──その最初の施術嬢として名乗りを上げたのが、ティフェリアだった。
仮面を脱ぎ、名を得た彼女は、今では「名を持つ娼婦」として街の話題をさらっていた。かつての彼女を知る者たちからすれば、それはまるで、別人のような成長だった。
だが、ティフェリアは震えていた。
自分の指が、誰かの背中に触れ──その名をなぞることが、どれほどの意味を持つか。
その重さを、彼女は深く知っていた。
施術部屋は香の香りで満ちていた。ふれあい施術初日。彼女の元に来た客は、年若い青年だった。
「は、初めまして……その、お願いします」
声は震えていた。だが、その目は、確かに何かを求めていた。
ティフェリアは、そっとうなずいた。
「背中を、こちらへどうぞ。今日は……あなたのお名前を、背中に書かせていただきます」
青年がうつ伏せになる。
薄布の上から伝わる体温。その微細な震え。
ティフェリアは指先を合わせる。人差し指と中指、そして意識。名前を知らぬまま生きてきたこの国の人々にとって、“名”とは、それだけで魂に触れるものだ。
だからこそ──愛しく、怖い。
「……いきますね」
彼女の指が、背中をなぞる。
一画、一画。まるで筆のように、静かに、慎重に。
“ユウ”。
それは、青年の希望した“仮の名”だった。
「……ユウさん……」
その声に、彼の背筋が震えた。
「……なぞられるだけなのに、脳が痺れる……」
青年は思わず、そう呟いた。
言葉では伝えられない。
触れることも許されなかったこの国で、名前をなぞられることは、もはや“接触”を超えた快感であり、感情の奔流だった。
「……今度は、私にも、お願いしてもいいですか?」
ティフェリアの声が、震える。
「……私の背中に、ユウさんの指で、私の名前を……なぞって、いただけますか?」
青年が、顔を上げた。
「それは……僕なんかが、していいんですか?」
「“あなた”が、してくれるから意味があるんです」
そう言って、ティフェリアは自ら布を捲った。
彼女の背中に、白く、繊細な肌があらわになる。
青年の指が、震えながら触れた。
ひと画、またひと画。
“ティフェリア”。
その名が、丁寧に、肌の上に刻まれていく。
──まるで、告白だった。
「……これが、“ふれあい”なんですね」
青年の声は、涙を含んでいた。
ティフェリアもまた、目を伏せながら、うなずいた。
「はい。でもこれは、ただの“施術”じゃありません。わたしにとっては……あなたと“想いを交わす”時間なんです」
そのとき、部屋の外で、誰かがそっと扉に貼られた札を読み上げた。
『本日、“ふれあい施術”は満席となりました。ご希望の方は、明日の朝にお並びください』
新たな時代の訪れを、人々が肌で感じ始めていた。
それは、“ふれずに愛し合う国”が、“ふれあって許し合う国”へと変わりゆく、最初の音だった。
ルセナがかつて言った言葉が、ティフェリアの胸に甦る。
──「名前を刻むことは、愛を許すこと。ふれることは、想いを受け取ること」
名もなき国に、“ふれあい”という名の恋が咲き始めた。
そしてその中心には、名前を得た少女──ティフェリアがいた。
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