『おしっこパニックで恋が始まる!?』

本能寺から始める常陸之介寛浩

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第105話『恥ずかしさの向こう側』

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 ガヤガヤ、わいわい。

 教室は、
 まだちょっと騒がしかった。

 でも──

 その中に、
 ふっと、柔らかい空気が流れ始めていた。

「いやー、意外だったなぁー」

「ケントが小四までとか、マジでギャップ萌え!」

「てか、みんなけっこうギリギリまでしてたじゃん!」

「人類みなおもらし経験者説!」

 ミキたちが笑いながらまとめにかかっている。

「なんだ、結局……」

「似たようなもんじゃん!」

 その一言で、
 さらに教室に笑い声が広がった。

(……あれ?)

 ハルカは、
 机に突っ伏しながら、そっと顔を上げた。

(……怒られるとか、バカにされるとか、もっと最悪な空気になるかと思ったけど)

(なんか……思ってたより、ぜんぜん、平気……)

 びくびくしてたのが、
 ちょっとだけ、バカみたいに思えてきた。

(みんな、笑ってる……)

(私も……笑っていいのかな)

 そっと、胸に手を当てた。

 ドキドキしてた鼓動が、
 少しずつ、あたたかいものに変わっていく。

 そして──

 ふと。

 隣の席。

 ケントの横顔が、
 目に入った。

 ぼんやりと窓の外を見ているケント。
 無表情。
 でも、耳が──

 赤い。

(……ぷっ)

 思わず、吹き出しそうになった。

(ケントも……やっぱ恥ずかしいんじゃん)

 ちょっとだけ、嬉しくなった。

 気づいたら、
 体が勝手に動いていた。

 ハルカは、
 椅子の上でそっと体を傾け、
 ケントに近づいた。

 声を、
 できるだけ小さくして──

「……ありがと」

 ぽそっ、と。

 それだけ。

 でも、
 ハルカにとっては、
 ものすごく、ものすごく、勇気のいる言葉だった。

 耳まで真っ赤になりながら、
 それでも、ちゃんと、言った。

 ケントは、
 びくっと小さく肩を揺らした。

 そして──

 こっちを見ずに、
 ぽつりと返した。

「……べつに」

 そっぽを向いたまま。
 でも、耳はさらに真っ赤だった。

(……ああ)

 ハルカは思った。

(なんだろう、これ)

 胸の奥が、
 じんわりと、あたたかい。

 恥ずかしいけど、
 怖くない。

 むしろ、
 ちょっとだけ、嬉しい。

(ケント、ちゃんと、聞いてくれたんだ……)

(ちゃんと、受け止めてくれたんだ)

 それだけで、
 世界が少し、優しくなった気がした。

 ***

「おーし、じゃあ次の遊び行こうぜー!」

「放課後カラオケ大会だー!!」

「ハルカ、十八番何だー!?」

 ミキたちが叫びながら、
 わちゃわちゃと教室を飛び出していく。

「ちょ、ちょっと待ってよー!」

「勝手に決めないでー!」

 ハルカもあわてて追いかけた。

 でも──

 教室を出る直前。

 もう一度だけ、
 振り返る。

 ケントも、
 荷物を抱えながら、
 ゆっくり立ち上がっていた。

 ちらりと、目が合った。

 ──何も言わなかった。

 でも。

 ハルカは、
 にこっ、と笑った。

 ケントも、
 ほんの少しだけ──
 口の端を、ふっと上げた。

 そんな小さな、小さな、やりとり。

 誰も気づかない。
 誰も見ていない。

 でも、二人だけに流れる、
 柔らかい空気が、そこにはあった。

(……よし)

 ハルカは、胸の中で小さくガッツポーズをした。

(まだまだ、恥ずかしいこといっぱいあるかもしれないけど──)

(でも、少しずつ、少しずつ……)

(ケントとなら、乗り越えていけるかもしれない)

 冬の夕暮れ。
 白い息を吐きながら、
 ハルカは走り出した。

 その背中に、
 誰にも聞こえない、小さな勇気が宿っていた。

(続く)
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