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《帰社後の波乱編──出張の余韻と、恋とトイレのリベンジ戦》
第195話『出社、そして現実が返ってくる』
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月曜のオフィスには、いつもより重たい空気が漂っていた。
──あの出張から、まだ二日しか経っていないのに。
ハルカは、デスクの端にそっと腰を下ろすと、PCを立ち上げる指がわずかに震えているのを自覚した。モニターの光が、いつもより白く感じるのは、眠り足りないからなのか、それとも心のなかが整理しきれていないからなのか。
出張帰りの月曜日。社員たちは疲れた表情を浮かべていたが、なぜかその視線のいくつかが、自分のほうへ向いているのがわかった。
──あれ? なんか視線……多くない?
「ねえ、ハルカちゃん」
背後からひょいと顔を出したのはミキだった。小声で囁くように続ける。
「ケントさんと……なにか、あった?」
ピクリ、と肩が跳ねた。
「な、なにも……っ!」
「ほんとに? だってさ、出張の帰りのバスで、隣に座ってたっていうの、みんな知ってるよ?」
「……だって、それはたまたまで……!」
苦しすぎる言い訳だった。むしろ言わないほうがよかったかもしれない。
視線の先、部署をまたいだ反対側に、彼──ケントの姿が見える。目が合いそうになって、慌ててそらす。
でも、一瞬だけ。ほんの一瞬だけ、彼の口元が──わずかに、笑った気がした。
……どうしよう。このままじゃ、顔をまともに見れない。
「やっぱり、あったんじゃん……」とミキが小声でクスクス笑う。
「ミキ、もうほんとやめて!」
「やめないよー。だって青春じゃん?」
机の引き出しを開けるふりをして、顔を隠す。胸の奥が、きゅうっと痛んだ。
だがその直後だった。
「ハルカちゃん、おはよう」
その声に、ビクッと背中が反応する。
──ケントだ。
ゆっくりと顔を上げると、彼はいつものように穏やかな笑みを浮かべていた。けれど、その目だけは、どこか少しだけ、いつもと違う色を宿しているように見えた。
「お、おはようございます……」
声が震えた。それに気づいたのか、彼の表情が一瞬だけ驚きに染まるが、すぐに元の笑みに戻った。
「今日から、また現実だね。……がんばろう」
「は、はいっ」
彼が去ったあとも、心臓の鼓動が治まらない。まるで、トイレを我慢してるときのような──いや、それよりももっとずっと、深くて苦しい高鳴りだった。
午前中の会議でも、集中力が散漫だった。ケントが同じ部屋にいるだけで、変な緊張が走る。視線を合わせるたびに、あの出張の夜、トイレ前でのやり取りが脳裏によみがえる。
──「あんたのせいで、トイレ我慢してる気がする」
あの言葉は、今になって思えば、ある種の“告白”だったのかもしれない。でも、だからといって何かが始まったわけじゃない。ただ心に、ふんわりとした重みが乗っただけ。
「──ハルカさん」
「へっ!?」
急に名前を呼ばれ、椅子ごと飛び上がるように振り返ると、そこには人事部のナナが立っていた。
「……なんか、様子変じゃない?」
「な、なにが?」
ナナはいつものように冷静だが、ほんのわずかに目の奥が揺れていた。
「ケントさんと……進展したの?」
「し、してないよ!」
「ふぅん……」
その“ふぅん”が、やたらと意味深に聞こえたのは、気のせいだろうか。
昼休み、ミキとナナと三人でカフェに入った。
「……なんか、うちらってほんと、変わらないよね」とミキがサンドイッチをかじりながら笑った。
「出張してもさ、結局トイレで一喜一憂して、恋愛で悩んで、結局……昔と同じ」
ナナもスープを啜りながら、ふ、と微笑む。
「……でもそれが、ちょっと嬉しいんだよ
──あの出張から、まだ二日しか経っていないのに。
ハルカは、デスクの端にそっと腰を下ろすと、PCを立ち上げる指がわずかに震えているのを自覚した。モニターの光が、いつもより白く感じるのは、眠り足りないからなのか、それとも心のなかが整理しきれていないからなのか。
出張帰りの月曜日。社員たちは疲れた表情を浮かべていたが、なぜかその視線のいくつかが、自分のほうへ向いているのがわかった。
──あれ? なんか視線……多くない?
「ねえ、ハルカちゃん」
背後からひょいと顔を出したのはミキだった。小声で囁くように続ける。
「ケントさんと……なにか、あった?」
ピクリ、と肩が跳ねた。
「な、なにも……っ!」
「ほんとに? だってさ、出張の帰りのバスで、隣に座ってたっていうの、みんな知ってるよ?」
「……だって、それはたまたまで……!」
苦しすぎる言い訳だった。むしろ言わないほうがよかったかもしれない。
視線の先、部署をまたいだ反対側に、彼──ケントの姿が見える。目が合いそうになって、慌ててそらす。
でも、一瞬だけ。ほんの一瞬だけ、彼の口元が──わずかに、笑った気がした。
……どうしよう。このままじゃ、顔をまともに見れない。
「やっぱり、あったんじゃん……」とミキが小声でクスクス笑う。
「ミキ、もうほんとやめて!」
「やめないよー。だって青春じゃん?」
机の引き出しを開けるふりをして、顔を隠す。胸の奥が、きゅうっと痛んだ。
だがその直後だった。
「ハルカちゃん、おはよう」
その声に、ビクッと背中が反応する。
──ケントだ。
ゆっくりと顔を上げると、彼はいつものように穏やかな笑みを浮かべていた。けれど、その目だけは、どこか少しだけ、いつもと違う色を宿しているように見えた。
「お、おはようございます……」
声が震えた。それに気づいたのか、彼の表情が一瞬だけ驚きに染まるが、すぐに元の笑みに戻った。
「今日から、また現実だね。……がんばろう」
「は、はいっ」
彼が去ったあとも、心臓の鼓動が治まらない。まるで、トイレを我慢してるときのような──いや、それよりももっとずっと、深くて苦しい高鳴りだった。
午前中の会議でも、集中力が散漫だった。ケントが同じ部屋にいるだけで、変な緊張が走る。視線を合わせるたびに、あの出張の夜、トイレ前でのやり取りが脳裏によみがえる。
──「あんたのせいで、トイレ我慢してる気がする」
あの言葉は、今になって思えば、ある種の“告白”だったのかもしれない。でも、だからといって何かが始まったわけじゃない。ただ心に、ふんわりとした重みが乗っただけ。
「──ハルカさん」
「へっ!?」
急に名前を呼ばれ、椅子ごと飛び上がるように振り返ると、そこには人事部のナナが立っていた。
「……なんか、様子変じゃない?」
「な、なにが?」
ナナはいつものように冷静だが、ほんのわずかに目の奥が揺れていた。
「ケントさんと……進展したの?」
「し、してないよ!」
「ふぅん……」
その“ふぅん”が、やたらと意味深に聞こえたのは、気のせいだろうか。
昼休み、ミキとナナと三人でカフェに入った。
「……なんか、うちらってほんと、変わらないよね」とミキがサンドイッチをかじりながら笑った。
「出張してもさ、結局トイレで一喜一憂して、恋愛で悩んで、結局……昔と同じ」
ナナもスープを啜りながら、ふ、と微笑む。
「……でもそれが、ちょっと嬉しいんだよ
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