39 / 68
37話 支えるもの
しおりを挟む
選挙戦が始まった。
といっても誰も本格的な選挙というものをしたことがない。
だから探り探りで結構アバウトな――というより、何も決まっていないまま始まった。
『それでは1週間後のこの時間に、次の筆頭大臣が誰が良いかを決める投票を行うことにする』
という国王陛下の言葉であとは何も決まっていないのだった。
これで本当にいいのか? という思いもあるけど、それは裏を返せば“なにをやってもいい”ということ。
実弾(裏金)をばらまこうが、組織票を取り込もうが、票田を青田買いしようがなんでもござれ。公職選挙法? 何語ですか? というくらいに、人死にさえなければなんでもOKなバリートゥードの世界。
しかも期限が1週間と、市長選挙並みの告示日の早さ。
まっとうな選挙なんてやっていたら、敗けは決定のもの。
しかもぶっちゃけて言えば、これはガーヒルとアード伯爵の反カシュトルゼの内部闘争よ。大量の票を買う必要はなく、どれだけ味方に引き込み、どれだけ敵から裏切らせるかが肝の一騎討ち。
まともな選挙になるはずがない。
――そこが狙い目なんだけど。
「一応私も候補として挙がっている以上、何かしらのアクションは起こした方がいいわけで。ただ下手に動くと相手はこっちに狙いをつけてくる。だからここはまずは水面下で動いて、それから本格的に動き出すべき。うん、ということはまずやるのは敵の切り崩し。一方的になってはダメ。できるだけ互角に見せておいて、そこで横からかっさらうべきかしら。いえ、それより重要なのは相手にカウンターアタックを仕掛けるタイミング。あの2人を叩き潰して、こっちに味方を引き寄せるには――」
コンコン
ノックがした。
ここは私の部屋。夜も更けた中を、机に向かってランプの灯りを頼りに選挙戦略を紙に走らせる。
この世界。やっぱり電気がないのが不便だけど、なによりボールペンがないのが辛い。なに、羽ペンって。こんなのでどうやって書くのよ。私は文豪か。
コンコン
なんてつまらないことを考えていると、再びノックがした。
「誰?」
といっても私の部屋に来る人は限られている。
今パパか今ママ。あとは執事長のワルドゥか、メイドのアーニィ。
そして今パパと今ママはノックなんてしないから、後者の2人のどちらか。そしてこの深夜に婦女子の部屋を尋ねるとなれば――
「アーニィでございます」
扉の向こうからやっぱりの声が響く。
「鍵開いてるから、勝手に入って」
「失礼します」
ガチャリと、重厚な音を立ててドアが開く。
そしてアーニィが遠慮がちに一歩、部屋に踏み込んでくる。
「お嬢様、まだお休みになられていないのですね」
「ええ。やらなくちゃいけないことがたくさんあるもの」
この1週間が勝負。
時間はいくらあっても足りないわけ。
「しかし、お嬢様がそこまでなさらずとも……。それに寝不足は美容の敵です」
「これは私にしかできないことよ」
そう。この家に、というかこの国に、今のこの選挙の未来絵図を描ける人間はいない。
私も本職じゃもちろんないけど、前パパのやってきたことはずっと見てきた。だからある程度は分かる。選挙の辛さ、そして怖さも。
「それに、ここで負ければ……カシュトルゼ家は没落するわ。いえ、没落するだけならマシね。命もないかもしれないわけだし」
「そ、そうなのですか……」
そこまでは考えていなかっただろう。
いや、むしろそう考えているのはおそらく今パパだけだろう。そのうえで私に全部丸投げしたんだから、親バカというかバカ親というか。まぁ肝が据わってるってことにしましょう。
「そ。命がかかってるんだから、美容とか健康とかは二の次よ。この1週間で生き延びたら、100時間だって寝続けてやるわ」
「…………」
言葉もないアーニィ。
それほど切羽詰まった状況だとは思っていなかったみたいね。
「お嬢様。私は少なくとも、旦那様をはじめ、皆様に良くしてもらっています。平民なのに、このような屋敷に住まわせていただいて、お食事も出て」
「やめてよ。別に私のおかげじゃないし。あなたがその職場を勝ち取ったんでしょう」
「いえ、そんなことは……たまたま、運がよかっただけで」
「だとしたらその運を大事にしなさい。二度と幸運が来ないことだってあるんだから」
「…………」
再び言葉を失ってしまった。
けどそれは別にショックを受けたわけでもなく、どちらかというと覚悟を決めるために必要な沈黙だったみたいで。アーニィはやがて決意に満ちた顔をあげると、
「あの、私にも手伝わせてください」
「アーニィ?」
「旦那様や奥様、お嬢様たちが頑張っているのに、私だけ蚊帳の外でなにもしないなんてできません。クロイツェル様たちもお手伝いなさるのですよね。でしたら私も何か……いえ、お手伝いさせてください。お嬢様のすべきこと。そのお手伝いを!」
「…………」
今度は私が言葉を失う番だった。
これほど真摯な、そして真剣な瞳を選挙という泥と汚物が混ざった場所で見たことがあっただろうか。
誰もが利権と出世、己の欲を満たすことでしかつながることがなかった人たちを思う。
今で言うクロイツェルとダウンゼンも、言ってしまえばそれだ。
クロイツェルは影響力の向上を。
ダウンゼンは貴族とのつながりを。
それで彼らは私の手伝いをしている。
そしてそれは分かりやすい。だって利で繋がるのは一番裏切る可能性が低い。なぜなら利益があるから。
けどこの子。
アーニィの言葉は私には理解がしづらい。
いや、一応彼女にも利はある。
私たちが失脚すれば、彼女の衣食住と仕事がなくなり路頭に迷う可能性がある。
だから手伝う。
それはとてもよく分かる。
けど彼女はきっと違う。
別に負けてもいい。けど手伝いたい。それが彼女の希望の骨子にあるもの。
……面白いわね。
不確定の要素。それを取り込むのは愚か者のすることだけど、これからすることのハードルの高さを考えれば、それくらいのことが必要なのかもしれない。
まぁもともと彼女には何かしらやってもらうつもりだったし。
「いいわ。あなたにもやってもらいましょう。けど難しい、危険なこともしてもらうつもりだけど、いい?」
「……! はい!」
その言葉を聞いたアーニィは、夜なのに太陽を浴びたような活気にあふれた顔をしてそう答えた。
といっても誰も本格的な選挙というものをしたことがない。
だから探り探りで結構アバウトな――というより、何も決まっていないまま始まった。
『それでは1週間後のこの時間に、次の筆頭大臣が誰が良いかを決める投票を行うことにする』
という国王陛下の言葉であとは何も決まっていないのだった。
これで本当にいいのか? という思いもあるけど、それは裏を返せば“なにをやってもいい”ということ。
実弾(裏金)をばらまこうが、組織票を取り込もうが、票田を青田買いしようがなんでもござれ。公職選挙法? 何語ですか? というくらいに、人死にさえなければなんでもOKなバリートゥードの世界。
しかも期限が1週間と、市長選挙並みの告示日の早さ。
まっとうな選挙なんてやっていたら、敗けは決定のもの。
しかもぶっちゃけて言えば、これはガーヒルとアード伯爵の反カシュトルゼの内部闘争よ。大量の票を買う必要はなく、どれだけ味方に引き込み、どれだけ敵から裏切らせるかが肝の一騎討ち。
まともな選挙になるはずがない。
――そこが狙い目なんだけど。
「一応私も候補として挙がっている以上、何かしらのアクションは起こした方がいいわけで。ただ下手に動くと相手はこっちに狙いをつけてくる。だからここはまずは水面下で動いて、それから本格的に動き出すべき。うん、ということはまずやるのは敵の切り崩し。一方的になってはダメ。できるだけ互角に見せておいて、そこで横からかっさらうべきかしら。いえ、それより重要なのは相手にカウンターアタックを仕掛けるタイミング。あの2人を叩き潰して、こっちに味方を引き寄せるには――」
コンコン
ノックがした。
ここは私の部屋。夜も更けた中を、机に向かってランプの灯りを頼りに選挙戦略を紙に走らせる。
この世界。やっぱり電気がないのが不便だけど、なによりボールペンがないのが辛い。なに、羽ペンって。こんなのでどうやって書くのよ。私は文豪か。
コンコン
なんてつまらないことを考えていると、再びノックがした。
「誰?」
といっても私の部屋に来る人は限られている。
今パパか今ママ。あとは執事長のワルドゥか、メイドのアーニィ。
そして今パパと今ママはノックなんてしないから、後者の2人のどちらか。そしてこの深夜に婦女子の部屋を尋ねるとなれば――
「アーニィでございます」
扉の向こうからやっぱりの声が響く。
「鍵開いてるから、勝手に入って」
「失礼します」
ガチャリと、重厚な音を立ててドアが開く。
そしてアーニィが遠慮がちに一歩、部屋に踏み込んでくる。
「お嬢様、まだお休みになられていないのですね」
「ええ。やらなくちゃいけないことがたくさんあるもの」
この1週間が勝負。
時間はいくらあっても足りないわけ。
「しかし、お嬢様がそこまでなさらずとも……。それに寝不足は美容の敵です」
「これは私にしかできないことよ」
そう。この家に、というかこの国に、今のこの選挙の未来絵図を描ける人間はいない。
私も本職じゃもちろんないけど、前パパのやってきたことはずっと見てきた。だからある程度は分かる。選挙の辛さ、そして怖さも。
「それに、ここで負ければ……カシュトルゼ家は没落するわ。いえ、没落するだけならマシね。命もないかもしれないわけだし」
「そ、そうなのですか……」
そこまでは考えていなかっただろう。
いや、むしろそう考えているのはおそらく今パパだけだろう。そのうえで私に全部丸投げしたんだから、親バカというかバカ親というか。まぁ肝が据わってるってことにしましょう。
「そ。命がかかってるんだから、美容とか健康とかは二の次よ。この1週間で生き延びたら、100時間だって寝続けてやるわ」
「…………」
言葉もないアーニィ。
それほど切羽詰まった状況だとは思っていなかったみたいね。
「お嬢様。私は少なくとも、旦那様をはじめ、皆様に良くしてもらっています。平民なのに、このような屋敷に住まわせていただいて、お食事も出て」
「やめてよ。別に私のおかげじゃないし。あなたがその職場を勝ち取ったんでしょう」
「いえ、そんなことは……たまたま、運がよかっただけで」
「だとしたらその運を大事にしなさい。二度と幸運が来ないことだってあるんだから」
「…………」
再び言葉を失ってしまった。
けどそれは別にショックを受けたわけでもなく、どちらかというと覚悟を決めるために必要な沈黙だったみたいで。アーニィはやがて決意に満ちた顔をあげると、
「あの、私にも手伝わせてください」
「アーニィ?」
「旦那様や奥様、お嬢様たちが頑張っているのに、私だけ蚊帳の外でなにもしないなんてできません。クロイツェル様たちもお手伝いなさるのですよね。でしたら私も何か……いえ、お手伝いさせてください。お嬢様のすべきこと。そのお手伝いを!」
「…………」
今度は私が言葉を失う番だった。
これほど真摯な、そして真剣な瞳を選挙という泥と汚物が混ざった場所で見たことがあっただろうか。
誰もが利権と出世、己の欲を満たすことでしかつながることがなかった人たちを思う。
今で言うクロイツェルとダウンゼンも、言ってしまえばそれだ。
クロイツェルは影響力の向上を。
ダウンゼンは貴族とのつながりを。
それで彼らは私の手伝いをしている。
そしてそれは分かりやすい。だって利で繋がるのは一番裏切る可能性が低い。なぜなら利益があるから。
けどこの子。
アーニィの言葉は私には理解がしづらい。
いや、一応彼女にも利はある。
私たちが失脚すれば、彼女の衣食住と仕事がなくなり路頭に迷う可能性がある。
だから手伝う。
それはとてもよく分かる。
けど彼女はきっと違う。
別に負けてもいい。けど手伝いたい。それが彼女の希望の骨子にあるもの。
……面白いわね。
不確定の要素。それを取り込むのは愚か者のすることだけど、これからすることのハードルの高さを考えれば、それくらいのことが必要なのかもしれない。
まぁもともと彼女には何かしらやってもらうつもりだったし。
「いいわ。あなたにもやってもらいましょう。けど難しい、危険なこともしてもらうつもりだけど、いい?」
「……! はい!」
その言葉を聞いたアーニィは、夜なのに太陽を浴びたような活気にあふれた顔をしてそう答えた。
0
あなたにおすすめの小説
悪徳領主の息子に転生しました
アルト
ファンタジー
悪徳領主。その息子として現代っ子であった一人の青年が転生を果たす。
領民からは嫌われ、私腹を肥やす為にと過分過ぎる税を搾り取った結果、家の外に出た瞬間にその息子である『ナガレ』が領民にデカイ石を投げつけられ、意識不明の重体に。
そんな折に転生を果たすという不遇っぷり。
「ちょ、ま、死亡フラグ立ち過ぎだろおおおおお?!」
こんな状態ではいつ死ぬか分かったもんじゃない。
一刻も早い改善を……!と四苦八苦するも、転生前の人格からは末期過ぎる口調だけは受け継いでる始末。
これなんて無理ゲー??
転生してチートを手に入れました!!生まれた時から精霊王に囲まれてます…やだ
如月花恋
ファンタジー
…目の前がめっちゃ明るくなったと思ったら今度は…真っ白?
「え~…大丈夫?」
…大丈夫じゃないです
というかあなた誰?
「神。ごめんね~?合コンしてたら死んじゃってた~」
…合…コン
私の死因…神様の合コン…
…かない
「てことで…好きな所に転生していいよ!!」
好きな所…転生
じゃ異世界で
「異世界ってそんな子供みたいな…」
子供だし
小2
「まっいっか。分かった。知り合いのところ送るね」
よろです
魔法使えるところがいいな
「更に注文!?」
…神様のせいで死んだのに…
「あぁ!!分かりました!!」
やたね
「君…結構策士だな」
そう?
作戦とかは楽しいけど…
「う~ん…だったらあそこでも大丈夫かな。ちょうど人が足りないって言ってたし」
…あそこ?
「…うん。君ならやれるよ。頑張って」
…んな他人事みたいな…
「あ。爵位は結構高めだからね」
しゃくい…?
「じゃ!!」
え?
ちょ…しゃくいの説明ぃぃぃぃ!!
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。
転生したら、実家が養鶏場から養コカトリス場にかわり、知らない牧場経営型乙女ゲームがはじまりました
空飛ぶひよこ
恋愛
実家の養鶏場を手伝いながら育ち、後継ぎになることを夢見ていていた梨花。
結局、できちゃった婚を果たした元ヤンの兄(改心済)が後を継ぐことになり、進路に迷っていた矢先、運悪く事故死してしまう。
転生した先は、ゲームのようなファンタジーな世界。
しかし、実家は養鶏場ならぬ、養コカトリス場だった……!
「やった! 今度こそ跡継ぎ……え? 姉さんが婿を取って、跡を継ぐ?」
農家の後継不足が心配される昨今。何故私の周りばかり、後継に恵まれているのか……。
「勤労意欲溢れる素敵なお嬢さん。そんな貴女に御朗報です。新規国営牧場のオーナーになってみませんか? ーー条件は、ただ一つ。牧場でドラゴンの卵も一緒に育てることです」
ーーそして謎の牧場経営型乙女ゲームが始まった。(解せない)
【完結】異世界で神の元カノのゴミ屋敷を片付けたら世界の秘密が出てきました
小豆缶
ファンタジー
父の遺したゴミ屋敷を片付けていたはずが、気づけば異世界に転移していた私・飛鳥。
しかも、神の元カノと顔がそっくりという理由で、いきなり死刑寸前!?
助けてくれた太陽神ソラリクスから頼まれた仕事は、
「500年前に別れた元恋人のゴミ屋敷を片付けてほしい」というとんでもない依頼だった。
幽霊になった元神、罠だらけの屋敷、歪んだ世界のシステム。
ポンコツだけど諦めの悪い主人公が、ゴミ屋敷を片付けながら異世界の謎を暴いていく!
ほのぼのお仕事×異世界コメディ×世界の秘密解明ファンタジー
知識スキルで異世界らいふ
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる