知力99の美少女に転生したので、孔明しながらジャンヌ・ダルクをしてみた

巫叶月良成

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第4章 ジャンヌの西進

第58話 夢と現実の狭間で

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 夢を見た。

 夢だと分かったのは、その光景を見たことがないからだ。
 見晴らしのいい田園風景。
 そこで俺は麦の刈り取りをしていた。

 そんな記憶はない。だから夢。そう思った。

 あるいはこれは――もとの体ジャンヌ・ダルクの記憶なのだろうか?

 考えてすぐに打ち消す。
 馬鹿らしい。ジャンヌ・ダルクは俺が勝手につけた名前だ。
 それなのに、その夢を見るなんて筋が通らない。

「お母さん、こんなにたくさんとれたよ!」

 俺の声が見知らぬ女性に対して声をかける。
 振り返ったのは30前後の女性。もちろん俺の母親なんかじゃない。ずきんの下には西洋の顔立ちに、碧い瞳。毛皮のショールを肩にかけている姿は、中世ヨーロッパの農民の姿を思わせる。

「まあ、偉いわねぇ×××」

「本当、×××ちゃんは働き者ねぇ。うちの息子と大違い」

 母親らしき女性も、その隣にいる女性も笑顔で答える。

 誰だ。知らない。
 もちろんジャンヌ・ダルクに母親がいたのは当然だけど、その名前も顔も知らないのだから。

 ただどことなく平和なその一風景。おそらく何百年前にもあっただろう、どこにでもある家族の光景が、なぜか俺の前で展開されている。

 ――だが。

「あら?」

 母親の女性が顔をあげ、俺の背後を見やる。
 振り返る。
 そこには村の外に続く道があり、そこに何か黒いものが見えた。

 それは振動と殺意を持っていて、

「帝国軍だぁ!」

 悲鳴が響いた。
 それからは地獄絵図だ。

 村を蹂躙する騎馬隊は、次々に村人たちを血祭りにあげていく。
 村人たちはなすすべもなく、1人、また1人と倒れて行った。

 そして、俺も――

「お母さん! お母さん!」

 必死に泣き叫ぶ少女の俺。
 そんなことしなくていいから早く逃げろ。そう言いたかったが、俺自身の声は出ないし、もちろん体も動かない。

 くそ、なんなんだ、これ。
 映画でも見せられているにしてはリアリティがありすぎる。耳をつんざく悲鳴。鼻が曲がるような血の匂い。煙にやられて涙が出る。

 不意に、影が落ちた。
 見上げると鎧を全身にまとった騎兵が、こちらに槍を向けているのが見えた。
 槍が来た。それを俺は茫洋ぼうようとして受け入れた。

 そこで景色は途切れた。
 一面が真っ暗になる。

 違う。
 これはジャンヌ・ダルクの記憶じゃない。
 だって、こんなこと知らない。ジャンヌ・ダルクの物語はこんな始まり方じゃない。

 むしろ終わりだ。ここでジャンヌ・ダルクが死んだら。ジャンヌ・ダルクの物語が始まらない。
 けど死んだ。あんなにもあっさりと、何の救いもなく、ただただ殺された。
 意味が分からなかった。ジャンヌ・ダルクは、神の啓示を受けて村から旅立つはず。村が襲われるなんてくだり、なかったはずだ。

 だからこれはジャンヌ・ダルクの記憶ではない。
 なら誰のだ?
 俺のか?
 そんなわけない。俺は日本で生まれて日本で育った。
 こんな田園風景知らないし、こんな母親知らないし、こんな襲撃も知らなければ、槍を受けたことなんてない。

 すべてが訳の分からないまま、意識が浮かんでいく感覚。
 そして小さな光が、次第に大きくなり俺を飲み込んで――

「――――――――うっ」

 軽い振動で目が覚めた。
 揺れている何かに乗っているのか。
 衝撃で痛みが走った。頭と左肩。そうだ。俺は撃たれて……。

「よぉ、ジャンヌちゃん。起きたか?」

 サカキだ。
 耳元で声がするなと思ったら、彼の顔が真横にある。それもそのはず。俺は彼におぶられていて、彼が一歩一歩足を進めるたびに衝撃が腹に響いて痛みを発するのだ。

 目が覚めて飛び込んできたのは一面の森だ。
 うっそうと茂る木々の中、槍を杖にしてサカキはゆっくりと歩んでいく。
 移動の邪魔になるからか、彼自慢の鎧も脱ぎ捨ててしまったようだ。

 どこからか鳥の鳴き声がする。
 陽の光が見えるが、今が何時ごろか分からない。

「痛むか?」

「……少し」

「もうちっと……辛抱してくれよ。もう少しだからよ」

 あえぐように言葉を吐き出すサカキ。
 俺を背負ってこんな森を歩いてるんだ。
 疲れるに決まっている……いや、それ以上に苦しそうだ。
 もしかして――

「お前、傷を受けたんじゃないよな」

「まさかよ。こんなんかすり傷だぜ」

「それ、傷を受けたって言ってるぞ」

「ああ、そうとも言うな。さすがジャンヌちゃん。へへ」

 サカキの笑いも力がない。
 駄目だ。こんなの。

「……おろしてくれ。俺なんて捨てて逃げてくれ」

「へっ、そりゃ無茶な要求だ。それにかすり傷ってのは本当だぜ……?」

「でも……」

「俺がそうしてぇからそうしてんだ。だったら黙っておぶられてな」

「……」

 何も言えなかった。抗う元気もない。
 そんなこと言っておいて、俺はやっぱりまだ死にたくないのだろうか。なんてあさましい。

 あれだけ人を殺してきた俺だ。こんな終わり方でも文句の1つもあっちゃいけないはずなのに。
 馬に乗って目立つなというフレールの忠告も聞かない阿呆にはおあつらえ向きな最期だというのに。

「って、そうだ、あいつは……フレール、いや、皆は!?」

「あぁ? あの役立たずは知らん。ジャンヌちゃんを守れなかった責任感じて、今頃クルレーンとクロスらと一緒に汚名挽回だって殿軍でんぐんしてるよ」

 汚名返上だろうけど、言っている意味は分かった。
 あの敗走の中で踏みとどまって味方を守ろうとするなんて、なぜあいつらが……。

「殿軍……無事、じゃあないよな」

「ああ。多分な。しかも騎馬隊が来てどうにもならなかった。ブリーダたちがなんとか防ごうとしたけど、結局追いつかれたな」

「……そうか」

「あと他のやつらも知らん。みんな散り散りだよ。敵の追撃が執拗しつようだった。最終的にはこっちが軍でいられないほどにな」

「そう、か……」

「ま、大丈夫だろう。どいつもこいつも死にぞこないの奴らだからな。だからジャンヌちゃんもこんなとこで死んでんなよ? 敵の進軍を少しでも遅らせることが、ジャンヌちゃんを、そしてその夢を守ることにつながると信じた馬鹿たちのためにもよ」

「……ああ」

 それ以上は何と言ったらいいか分からなくなって押し黙る。
 俺のせいで死ななくてもいいやつが死んでいく。
 本当に、もっと俺に力があれば。
 こんなことは止められた……はずなのに……。

 体が重い。まぶたが重い。若干の悪寒もする。血が足りない。
 銃弾は貫通してくれたみたいだが、それでも相当の血が流れたのだろう。衣類でで代用したらしき包帯で止血はされているが、それでもいまだに濡れた感じがする。

 だから目を閉じたら二度と開かないんじゃないかと思い、なんとか歯を食いしばって意識を保ちながらサカキの背に揺られる。

「サカキ……」

「どうした、ジャンヌちゃん」

「なんか喋ってくれ」

「ん……そうか……」

 彼も歩いて疲れているだろうに酷なことを言った。
 けどそうでもしないと、本当に気を失いそうだった。
 そしてそれはとても怖い事だった。

「じゃあ聞くけどよ、ジャンヌちゃん」

「…………なんだ」

「ジーンとは、どうなんだ?」

 いきなり核心をぶっこまれて咳き込む。それが腹に響いてもんどりうつ。

「だ、大丈夫か、ジャンヌちゃん!?」

 大丈夫じゃない。けど痛みで逆に目が覚めた。
 てかいきなり何言い始めやがった、この馬鹿。

 あぁ、くそ。
 こんなやつにフリートークさせるんじゃなかった。

 とはいえ一度振った手前、答えないのはそれはそれで色々問題になりそうだ。

「別に、なんともだよ」

「……本当か?」

「嘘言ってどうなんだよ」

「でもよ、去年の末に……イイ感じだったから」

 あぁ、そんなこともあったか。
 あれからもうほぼ1年も経った。

 あの時。確かにジルのことを意識しなかったと言ったら嘘になる。
 それでもやっぱり俺は男だし、里奈のこともあったしで俺はそれを否定した。

 結局ジルもそこまで深く考えてなかったようで、その後も普通にやり取りはできているわけだけど。

「なんもなかったよ」

「本当か? 本当に本当なのか?」

 まだ疑うのかよ。

 こいつを黙らせるのは……仕方ない。もしかしたらこのまま俺は死ぬかもしれない。
 それなら、誰かこの世界の人間に知っておいてもらってもいいのかもと思った。

 けどやっぱり少し逡巡。そして覚悟。
 うん、大丈夫。言おう。

「なぁ、サカキ」

「なんだい?」

 だから、これまでこの世界には誰にも言ってないことを、初めて口にした。

「俺……本当は男なんだよ」

「…………へ?」

「だからジルとは何もない」

「…………ごめん、ちょっと何言ってるか分からない」

 まぁそりゃそうだろうな。
 いきなり女の格好してるのが男だって言われても、そうほいほいと信じられないだろう。

「本当だ。俺は男なんだ。写楽明彦しゃらくあきひこ。それが本当の俺の名前だ」

「嘘だ。だって、顔も、体も、胸も……それにウィットも見たって、女だって」

「後でウィットはボコるとして。嘘じゃない。男の俺が、女の体になった。それが俺なんだ」

 だからジルとは何もない。
 そして――お前も諦めてくれ。
 そう言ったつもりだった。

 ふと振動が止まっているのに気づく。
 サカキの足が止まっていた。

「……そうやって俺の気持ちを諦めさせようってのか」

「違う、そういうわけじゃ――」

「知ってるだろ。オレが、ジャンヌちゃんのこと好きだってこと。愛してるってこと。これこそ、嘘じゃあないんだぜ」

「…………」

 言われて、焦る。
 俺は、なんて答え方をしたんだ。
 こいつの気持ちは分かってたはずなのに。
 最初から今まで、包み隠さず言葉にされてきたのに。

 時が、止まったような気がした。
 森の中。鳥や虫の鳴き声以外は、風に揺れる葉の音くらいしかない。

 その中でぽつりと2人だけがいる。
 それが俺たち以外に人はいないんじゃないかと錯覚させる。

「俺は、別の世界から来たんだ」

 もうこれ以上、黙ってはいられない。
 そう思って、サカキに打ち明けることにした。
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