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第4章 ジャンヌの西進
第74話 ジャンヌ調査隊
会議の翌日。
斥候の知らせで、帝国軍が城攻めを開始したのを知った。
相手は部隊を3つに分けた。
3万を北門の攻略に当て、1万を東門およびこちらへの警戒に当てる。
そして残り1万が本陣らしく、それらより後ろにいるという。
本陣でありながら、どちらにも対応できる援軍であり遊軍であり、そして退路を確保する役目もあるのだろう。
昨日俺が想定した部隊を2つに分ける策より、かなり柔軟性に富んだ布陣だ。
「ますます攻めにくいねぇ。ところでアッキー。相手の布陣全然違うじゃん? あれだけ自信満々に言い切ったのに、外した気分はどう?」
「お前も同調してたじゃねぇか!」
「えー? しらなーい」
いつもの調子を取り戻した喜志田にいら立ちを覚えながらも、俺は思考を切り替える。
どちらにせよこちらから仕掛けるなんてもってのほか。
一刻も早い陣の完成と、補給路の確保が目下の最重要課題だ。
ただそれはサカキとか実働隊に任せればいいことで、俺は俺でやることがある。
「しっかし、本当に行くの? あれ、完全に雨雲だよね」
喜志田が西の山脈にかかる黒い雲を指し示す。
風の流れ的にもこちらに来ることは間違いないだろう。
「しょうがないだろ。俺はここらの地形を知らないんだ」
「地図ならあるじゃん。グロスの話を聞いてもいいし」
「実地で見るのは全然違うんだよ。見ると聞くとは大違いってやつだ」
「ま、いいけどね。しばらく戦闘ないってことは休んでていいでしょ」
「昨日のやる気はどこいったんだよ」
「さぁ、10年後ぐらいに置いてきたんじゃない?」
「お前……」
「大丈夫大丈夫。あの女をギッタギタにしてやりたいのは本気だから。だからこっちもこっちで考えとくよ。だからアッキーもよろしく。帝国軍を一方的にボコれて、あの女の頭蓋骨で敦盛ダンス踊れて、ビンゴ国民はあまり殺さず、あの丹とかいう舐めた奴らを屈服させられる作戦をさ」
「わがままか!」
どれだけ都合のいい作戦だよ。
てかそれは作戦じゃなく奇跡だ。
それに俺は別にあの人を殺したいわけじゃない。
住む世界が違って、もし道が交わらなくても、何かを介してそれがつながることもあるんじゃないかと思うわけで。
殺し合う以外の選択肢も、あっていいんじゃないかと思うわけで。
とはいえ、動かなければ始まらない。
そんな話をしたうえで俺はクロエたちを連れて巡察に出る。
北には帝国軍が1万で待ち受けているから、必然進路は西へ。
右手、1キロ先に首都スィート・スィトンを見ながら馬を走らせる。
今回は各地から補充した馬に全員が乗っているから、移動はそれなりに早い。
「あれがビンゴ王国の首都ですか……小さくないです?」
マールが疑問を口にする。
確かに遠く離れているといっても、どこか小ぶりだ。
オムカの王都バーベルと比べるのがいけないのだろうか。
北門を攻められているのに、こっちはまるで静かだからということも影響してそうだ。
「んん? 言われてみれば確かに小さい? てゆうか門小さくない?」
「はっ……それは貴様の眼が悪いということだ。そんな小さな門で一国の首都が…………小さいな」
「ほらー! ウィットは否定から入るの、よくないと思います!」
「う、うるさい! お前がいつも適当なことを言うからだろ!」
「にゃにおー!」
「こらこら、お前ら。喧嘩は後にしろ。うーん、でも不思議だ。もうちょっと近づいてみるか?」
「た、隊長。それは危険かと」
慌てたマールの制止に、クロエもウィットも同時に頷く。
ただ、そこに答えを出してくれたのが馬上で背伸びをしていたルックだ。
「いやー、あれ。ちょっとくぼんでるみたいですよー」
「くぼんでる?」
「はい。城門の手前辺りのラインになっているところ。あそこが斜面になって、そこから下がった窪地に城があるみたいです」
「あー、本当ですね。そこからガクって下がってるから、低く、小さく見えるんですね」
「なるほど、盆地になっててそこに建ってるってことか」
これは1つ重要な情報だ。
けど疑問は残る。
「なんであんなところに首都を置いたんだ? 攻められやすくなるだけだろ」
「え? なんでですか、隊長殿。あぁやった方がカッコいーじゃないですか」
「馬鹿か貴様。城壁ってのは高ければ高いほどいいんだ。それをわざわざ低くして、敵に矢を撃ってくださいと言ってるようなものだろ」
「まぁー、どれくらいかわからないけど。あの高さなら届くかなー」
「はっ、分かりました。きっとあそこは落とし穴なんですよ。敵が来たら落ちる感じの!」
「貴様以外誰も引っかからないだろうな」
クロエのトンデモ論はとりあえずスルーするとして。
おそらく俺が見るにこれは――
「そもそもが敵に侵略されづらいところだからじゃないですか。この周囲の山脈自体が大きな城壁だって、前に隊長が言ってましたし。それにこの高低の激しい盆地部分で、広く場所をとれるのはあそこくらいしかなかったとか」
「さすがマール。その通りだと俺は思ってる」
「あ、はい! ありがとうございます! やりました、うふふ」
「む、むむーマールー! よくも隊長殿から褒められやがりましたねー!」
どういう恨み節だよ、クロエ。
けどおそらくそれが正解だ。
そもそもこの地域は、山々が連なりかなり軍としては移動しづらい。
ここに到達するまでに整備された道は俺たち、喜志田、それから帝国軍が入ってきた3つしかない。しかもかなり険しい山道だ。
だから敵が攻めてくれば、その3路を押さえれば事足りるので、首都それ自体に防衛機構は必要ないのだろう。
そうでなくてもこの山々に囲まれた盆地だ。
もともとの面積があるわけではなく、さらにそこら中に丘や川があり、平地となる部分が少ない。
俺たちの滞在している場所も少し狭く感じるのに、20万もの人が暮らす場所となったらそこくらいしかなかったのだろう。
一通り城の周りを観察して再び進みだす。
南門を通り過ぎ、ビンゴ軍の陣地も素通りすると、目の前に大きな川が現れた。
「また、川か」
「ゾイ川よりは小さいですが、流れは急ですね。あの山から何本かが合流しているようです」
ウィットが視線を向けるのは、黒い雲を宿した西の山脈。
雲の隙間から覗くその頂上部分は、雪化粧をまとっているらしく白く染まっている。
「川はうねって、首都に近いところも通っているようです。おそらく生活水はそこで汲み上げるか、引き入れているのでしょう」
確かに『古の魔導書』で確認してみれば、この川の一部が首都スィート・スィトンの西、数百メートルの部分を通っている。
そこから細い水路を作り、それがスィート・スィトンのところまで伸びていた。
西側には門がないので、ここらの地形はそこまで重要じゃなさそうだが……。
もうちょっと首都の近辺を直に見てみないと分からないな。
だがマールはかなり渋っているようで、
「隊長、それはやはり危険です」
「ふふん、ならマールはここで留守番ですね。何かあったら私たちが隊長殿を守ればいいんだから」
「クロエ、貴様に同意するのは癪だが、西門はない。城壁からの狙撃さえ気を付ければ問題ないだろう」
「敵がいたら自分が最初に見つけるから大丈夫だよー」
「う、うぅ……みんなして楽天的な……。なら、もう言いません。隊長は私が守ります!」
というわけで、首都スィート・スィトンに西から近づく。
城壁が大きくなり、その石のカタチまで認識できるまで近づいたところで、大きな穴が目の前に広がった。
いや、穴ではない。
目の前の地面が急斜面になって、落ち込んでいるのだ。
ルックが見た窪地はこれか。
一番高低差があるところでは2メートル近くある。
そのへこんだ部分に、首都スィート・スィトンは鎮座しているのだ。
この高いところからは城壁の上に届きやすいと思えたが、意外と城壁まで距離はある。長いところで100メートルくらいはあるだろう。
「ルック、ここから城壁、届くか?」
「うーん、撃ってみないとわからないですねー。ギリギリ届くかもですけど、威力はないかもですー」
「なるほど……」
弓の射程距離は数百メートル以上あるというが、それは仰角に射て落下した時の距離だ。
盆地にあるとはいえ、窪地の高さを差し引いても城壁は10メートル弱ある。
そんな距離と高さで、城壁の上の敵を射殺すほどの弓を射ることができるのは、そう多くないだろう。
なら近づけば、となるがそうなると城壁は2メートル近く高くなるから王都バーベルまではいかないものの、通常の城攻めと同じくらい困難にはなる。
ちなみに鉄砲は、と思うが、この世界の鉄砲は100メートルが殺傷範囲だろうから、こちらも無理だろう。
となるとこれはこれで意外と守城に向いているのかもしれない。
一見、堀も何もなく、城門だけの脆弱な守り。
だが仮にこの城を攻める場合、まず弓の援護は効果的に得られない。
さらに攻める時は斜面を駆け下りればいいが、退くときはこの斜面を登らないといけない。
その時に後ろから襲われればひとたまりもないだろう。
そしてもう1つ。
西門の土台の部分に小さなくぼみのようなものがある。
そこから石畳が一直線にこちらに向かって伸びている。
それは俺たちの背後。降りてきた斜面に達し、そこでさらに傾斜をつけて登って行っている。
石畳を外せないか試してみたが、難しそうだ。
これが何かを見てみたかったが、おおよそ検討はついている。
先ほど地図で見た、川から引き込んだ水路だろう。
それをあの斜面を使って首都に流し込むようにしている。
水が汚れないよう、また敵に毒を盛られないよう、石で蓋をしているということらしい。
うぅん、やっぱり見ると聞くとじゃ大違いだ。
俺が西門をじっと見てあれこれ考えていると、クロエがふいに馬を左に走らせる。
何かと思ったが、戻ってきたクロエが言うには、
「帝国軍が北門を攻めてます」
「ん、そうか……なら行くか」
ここまで来たんだ。
もうやれることは最後までやっておこう。
その時だ。
ふと、ぽつりと水滴が落ちてきた。
見上げればどんよりと曇った灰色の雲が俺たちの上空を覆い尽くしている。
「雨か……」
ぽつぽつと雨だれが落ちてきて、いずれは本降りになりそうな気配だ。
「どうしますか。ここで切り上げて雨に備えた方がよいのでは。お体が冷えて風邪でも惹かれれば、我が国の大事です。病み上がりなのですからなおさら」
「はっ、隊長殿がお風邪をひいては大変! すぐに暖めましょう! 人肌で!」
「貴様は真面目な話ができんのか!」
ウィットの言う通り、これで体を壊しても仕方ない。
だが俺たちはスポーツ選手じゃない。
土砂降りの雨の中でも、敵が攻めてきたら戦わなければ殺されるだけなのだ。
だからこんな雨で文句を言ってられないだろう。
「いや、行こう。帝国最強の城攻め。この目でしっかり見てみようじゃないか」
その俺の言葉に、クロエはふんふんと鼻を鳴らして、ウィットは何度もうなずき、ルックはぼうっとして、マールは小さくため息をついた。
空元気で言ったんじゃない。
こいつらがいればなんとなかなる。
こんな行き詰った状況でもそんな気が、俺にはしているんだ。
斥候の知らせで、帝国軍が城攻めを開始したのを知った。
相手は部隊を3つに分けた。
3万を北門の攻略に当て、1万を東門およびこちらへの警戒に当てる。
そして残り1万が本陣らしく、それらより後ろにいるという。
本陣でありながら、どちらにも対応できる援軍であり遊軍であり、そして退路を確保する役目もあるのだろう。
昨日俺が想定した部隊を2つに分ける策より、かなり柔軟性に富んだ布陣だ。
「ますます攻めにくいねぇ。ところでアッキー。相手の布陣全然違うじゃん? あれだけ自信満々に言い切ったのに、外した気分はどう?」
「お前も同調してたじゃねぇか!」
「えー? しらなーい」
いつもの調子を取り戻した喜志田にいら立ちを覚えながらも、俺は思考を切り替える。
どちらにせよこちらから仕掛けるなんてもってのほか。
一刻も早い陣の完成と、補給路の確保が目下の最重要課題だ。
ただそれはサカキとか実働隊に任せればいいことで、俺は俺でやることがある。
「しっかし、本当に行くの? あれ、完全に雨雲だよね」
喜志田が西の山脈にかかる黒い雲を指し示す。
風の流れ的にもこちらに来ることは間違いないだろう。
「しょうがないだろ。俺はここらの地形を知らないんだ」
「地図ならあるじゃん。グロスの話を聞いてもいいし」
「実地で見るのは全然違うんだよ。見ると聞くとは大違いってやつだ」
「ま、いいけどね。しばらく戦闘ないってことは休んでていいでしょ」
「昨日のやる気はどこいったんだよ」
「さぁ、10年後ぐらいに置いてきたんじゃない?」
「お前……」
「大丈夫大丈夫。あの女をギッタギタにしてやりたいのは本気だから。だからこっちもこっちで考えとくよ。だからアッキーもよろしく。帝国軍を一方的にボコれて、あの女の頭蓋骨で敦盛ダンス踊れて、ビンゴ国民はあまり殺さず、あの丹とかいう舐めた奴らを屈服させられる作戦をさ」
「わがままか!」
どれだけ都合のいい作戦だよ。
てかそれは作戦じゃなく奇跡だ。
それに俺は別にあの人を殺したいわけじゃない。
住む世界が違って、もし道が交わらなくても、何かを介してそれがつながることもあるんじゃないかと思うわけで。
殺し合う以外の選択肢も、あっていいんじゃないかと思うわけで。
とはいえ、動かなければ始まらない。
そんな話をしたうえで俺はクロエたちを連れて巡察に出る。
北には帝国軍が1万で待ち受けているから、必然進路は西へ。
右手、1キロ先に首都スィート・スィトンを見ながら馬を走らせる。
今回は各地から補充した馬に全員が乗っているから、移動はそれなりに早い。
「あれがビンゴ王国の首都ですか……小さくないです?」
マールが疑問を口にする。
確かに遠く離れているといっても、どこか小ぶりだ。
オムカの王都バーベルと比べるのがいけないのだろうか。
北門を攻められているのに、こっちはまるで静かだからということも影響してそうだ。
「んん? 言われてみれば確かに小さい? てゆうか門小さくない?」
「はっ……それは貴様の眼が悪いということだ。そんな小さな門で一国の首都が…………小さいな」
「ほらー! ウィットは否定から入るの、よくないと思います!」
「う、うるさい! お前がいつも適当なことを言うからだろ!」
「にゃにおー!」
「こらこら、お前ら。喧嘩は後にしろ。うーん、でも不思議だ。もうちょっと近づいてみるか?」
「た、隊長。それは危険かと」
慌てたマールの制止に、クロエもウィットも同時に頷く。
ただ、そこに答えを出してくれたのが馬上で背伸びをしていたルックだ。
「いやー、あれ。ちょっとくぼんでるみたいですよー」
「くぼんでる?」
「はい。城門の手前辺りのラインになっているところ。あそこが斜面になって、そこから下がった窪地に城があるみたいです」
「あー、本当ですね。そこからガクって下がってるから、低く、小さく見えるんですね」
「なるほど、盆地になっててそこに建ってるってことか」
これは1つ重要な情報だ。
けど疑問は残る。
「なんであんなところに首都を置いたんだ? 攻められやすくなるだけだろ」
「え? なんでですか、隊長殿。あぁやった方がカッコいーじゃないですか」
「馬鹿か貴様。城壁ってのは高ければ高いほどいいんだ。それをわざわざ低くして、敵に矢を撃ってくださいと言ってるようなものだろ」
「まぁー、どれくらいかわからないけど。あの高さなら届くかなー」
「はっ、分かりました。きっとあそこは落とし穴なんですよ。敵が来たら落ちる感じの!」
「貴様以外誰も引っかからないだろうな」
クロエのトンデモ論はとりあえずスルーするとして。
おそらく俺が見るにこれは――
「そもそもが敵に侵略されづらいところだからじゃないですか。この周囲の山脈自体が大きな城壁だって、前に隊長が言ってましたし。それにこの高低の激しい盆地部分で、広く場所をとれるのはあそこくらいしかなかったとか」
「さすがマール。その通りだと俺は思ってる」
「あ、はい! ありがとうございます! やりました、うふふ」
「む、むむーマールー! よくも隊長殿から褒められやがりましたねー!」
どういう恨み節だよ、クロエ。
けどおそらくそれが正解だ。
そもそもこの地域は、山々が連なりかなり軍としては移動しづらい。
ここに到達するまでに整備された道は俺たち、喜志田、それから帝国軍が入ってきた3つしかない。しかもかなり険しい山道だ。
だから敵が攻めてくれば、その3路を押さえれば事足りるので、首都それ自体に防衛機構は必要ないのだろう。
そうでなくてもこの山々に囲まれた盆地だ。
もともとの面積があるわけではなく、さらにそこら中に丘や川があり、平地となる部分が少ない。
俺たちの滞在している場所も少し狭く感じるのに、20万もの人が暮らす場所となったらそこくらいしかなかったのだろう。
一通り城の周りを観察して再び進みだす。
南門を通り過ぎ、ビンゴ軍の陣地も素通りすると、目の前に大きな川が現れた。
「また、川か」
「ゾイ川よりは小さいですが、流れは急ですね。あの山から何本かが合流しているようです」
ウィットが視線を向けるのは、黒い雲を宿した西の山脈。
雲の隙間から覗くその頂上部分は、雪化粧をまとっているらしく白く染まっている。
「川はうねって、首都に近いところも通っているようです。おそらく生活水はそこで汲み上げるか、引き入れているのでしょう」
確かに『古の魔導書』で確認してみれば、この川の一部が首都スィート・スィトンの西、数百メートルの部分を通っている。
そこから細い水路を作り、それがスィート・スィトンのところまで伸びていた。
西側には門がないので、ここらの地形はそこまで重要じゃなさそうだが……。
もうちょっと首都の近辺を直に見てみないと分からないな。
だがマールはかなり渋っているようで、
「隊長、それはやはり危険です」
「ふふん、ならマールはここで留守番ですね。何かあったら私たちが隊長殿を守ればいいんだから」
「クロエ、貴様に同意するのは癪だが、西門はない。城壁からの狙撃さえ気を付ければ問題ないだろう」
「敵がいたら自分が最初に見つけるから大丈夫だよー」
「う、うぅ……みんなして楽天的な……。なら、もう言いません。隊長は私が守ります!」
というわけで、首都スィート・スィトンに西から近づく。
城壁が大きくなり、その石のカタチまで認識できるまで近づいたところで、大きな穴が目の前に広がった。
いや、穴ではない。
目の前の地面が急斜面になって、落ち込んでいるのだ。
ルックが見た窪地はこれか。
一番高低差があるところでは2メートル近くある。
そのへこんだ部分に、首都スィート・スィトンは鎮座しているのだ。
この高いところからは城壁の上に届きやすいと思えたが、意外と城壁まで距離はある。長いところで100メートルくらいはあるだろう。
「ルック、ここから城壁、届くか?」
「うーん、撃ってみないとわからないですねー。ギリギリ届くかもですけど、威力はないかもですー」
「なるほど……」
弓の射程距離は数百メートル以上あるというが、それは仰角に射て落下した時の距離だ。
盆地にあるとはいえ、窪地の高さを差し引いても城壁は10メートル弱ある。
そんな距離と高さで、城壁の上の敵を射殺すほどの弓を射ることができるのは、そう多くないだろう。
なら近づけば、となるがそうなると城壁は2メートル近く高くなるから王都バーベルまではいかないものの、通常の城攻めと同じくらい困難にはなる。
ちなみに鉄砲は、と思うが、この世界の鉄砲は100メートルが殺傷範囲だろうから、こちらも無理だろう。
となるとこれはこれで意外と守城に向いているのかもしれない。
一見、堀も何もなく、城門だけの脆弱な守り。
だが仮にこの城を攻める場合、まず弓の援護は効果的に得られない。
さらに攻める時は斜面を駆け下りればいいが、退くときはこの斜面を登らないといけない。
その時に後ろから襲われればひとたまりもないだろう。
そしてもう1つ。
西門の土台の部分に小さなくぼみのようなものがある。
そこから石畳が一直線にこちらに向かって伸びている。
それは俺たちの背後。降りてきた斜面に達し、そこでさらに傾斜をつけて登って行っている。
石畳を外せないか試してみたが、難しそうだ。
これが何かを見てみたかったが、おおよそ検討はついている。
先ほど地図で見た、川から引き込んだ水路だろう。
それをあの斜面を使って首都に流し込むようにしている。
水が汚れないよう、また敵に毒を盛られないよう、石で蓋をしているということらしい。
うぅん、やっぱり見ると聞くとじゃ大違いだ。
俺が西門をじっと見てあれこれ考えていると、クロエがふいに馬を左に走らせる。
何かと思ったが、戻ってきたクロエが言うには、
「帝国軍が北門を攻めてます」
「ん、そうか……なら行くか」
ここまで来たんだ。
もうやれることは最後までやっておこう。
その時だ。
ふと、ぽつりと水滴が落ちてきた。
見上げればどんよりと曇った灰色の雲が俺たちの上空を覆い尽くしている。
「雨か……」
ぽつぽつと雨だれが落ちてきて、いずれは本降りになりそうな気配だ。
「どうしますか。ここで切り上げて雨に備えた方がよいのでは。お体が冷えて風邪でも惹かれれば、我が国の大事です。病み上がりなのですからなおさら」
「はっ、隊長殿がお風邪をひいては大変! すぐに暖めましょう! 人肌で!」
「貴様は真面目な話ができんのか!」
ウィットの言う通り、これで体を壊しても仕方ない。
だが俺たちはスポーツ選手じゃない。
土砂降りの雨の中でも、敵が攻めてきたら戦わなければ殺されるだけなのだ。
だからこんな雨で文句を言ってられないだろう。
「いや、行こう。帝国最強の城攻め。この目でしっかり見てみようじゃないか」
その俺の言葉に、クロエはふんふんと鼻を鳴らして、ウィットは何度もうなずき、ルックはぼうっとして、マールは小さくため息をついた。
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複数箇所での保存のため、カクヨム様とハーメルン様でも投稿しています