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第4章 ジャンヌの西進
第75話 北門の激闘
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北門はまさに修羅場と化していた。
城壁にはしごがかかり、群がるように兵が登っている。
さらには井蘭車(巨大な移動式の櫓。上から城壁の上にいる兵を弓で撃つ)が数台取りつこうとしていた。
城門はもっとすごい。
衝車(先をとがらせ鉄で覆った丸太に、車輪を付けたもの)を城門に打ち付けつつ、さらには槌を持った兵が、城壁城門関係なしに破壊しようと群がっている。
それを城壁の上から岩を落としたり矢を降らしたりしているが、帝国軍の物量の前ではその抵抗もむなしく響く。
いかに30万の兵とはいえ、城壁で一度に戦える人数は限られているわけで、こうも愚直に来られると弱いところがあるようだ。
ぽつぽつと来た雨は、今やしとしとと降り注ぐ小雨になっていたのに、攻める方も守る方も必死で泣き言1つ言わずに黙々と戦っている。
鉄砲の音はまったくしない。
きっと晴れていても必要としていなかっただろう。
「おいおい、このままなら本当に今日か明日で落ちるぞ」
それが率直な感想だった。
クロエたちはその圧倒的な光景に押されて声が出ない。
あるいは去年の自分たちと比べてしまっているのかもしれない。
時刻はそろそろ昼だ。
太陽は雲で隠れてしまっているが、早朝から始められただろうこの戦闘は、もう山場を迎えているようだ。
俺たちはそれを北門を攻める帝国軍、からさらに500メートルほど離れた丘の上で観戦していた。
木々の茂った丘のうえにこの雨模様だから、今のところ帝国軍に気づかれる様子はない。
いや、今やだれもが佳境となっている城攻めに夢中でこちらには誰も注意を払っていないようだ。
俺は喜志田から餞別にもらった小型の望遠鏡に目を当てて、城攻めの様子を細かく見ている。
「これは……すごいですね」
マールがつぶやく。
「うーん、やっぱりあの大将すごいですね。私にはできる、みたいな自信満々でしたし」
「なんだ、帝国の元帥ってのはそんな自意識過剰だったのか?」
「そうですね。ま、でもウィットには負けますが」
「どういう意味だ、貴様!」
「まーまー、クロエには悪気があったわけじゃないしー。ねぇ、クロエ」
「そりゃもう。悪意と悪気100パーセントの冗談だって」
「悪しかないじゃないか!」
こいつら、ピクニックにでも来てるつもりか……。
とはいえ、こんな城攻めを注目してても気分が滅入るだけだ。
城攻めと簡単に言ってるけど、戦場が動かないだけで野戦と同じように人は死ぬのだ。
それを双眼鏡で細かく見たところで、気分が悪くなるだけだ。
だから俺は望遠鏡から目を離そうとして、気づいた。
「門が!」
城門が観音開きみたいに勢いよく内側に跳ね、ついに城内への道を開いてしまった。
そこから当然のように帝国軍が突っ込む。
対するは死を恐れず向かってくる30万の兵。
それとどれだけ戦えるのか。
ここからが本当の城攻めが始まるのだ。
――だが
激しい爆発音が鳴った。
銃声。
遠く離れていても、騒々しくけたたましく響くそれは、城門に群がる帝国兵をなぎ倒した。
俺は急いで丘の東端へ向かう。
そこから見る。門の中がどうなっているのか。
さらに銃声。
門の前に陣取った帝国兵が倒れる。
「そういう……ことか」
あまりにも早い城門の陥落。
それに対して手を打っていないわけではなかった。
城門の開いたすぐそこに、鉄砲隊が待ち構えていたのだ。
城壁の上からでは、先込め式の銃ではうまく敵を狙えない。
さらにこの雨では火縄がしけてしまう。
だが城門の中であれば話は別だ。
敵は必ず門の幅に合わせて一直線に入ってくるわけだし、何より城壁の厚さだけ屋根が存在して雨を気にせず撃つことができるのだ。
たとえ火縄銃に毛が生えたようなものでも、こうまですればほぼ必中の必殺武器となる。
もちろんそもそもが城門を抜かせる前提だから、まさに肉を切らせて骨を断つ捨て身の戦法なわけだが。
その効果は抜群だったようだ。
しかも攻撃はそれだけで終わらない。
鉄砲隊の裏から兵が飛び出し、帝国軍の前線に突っ込んだ。
決死隊だ。
辺りは一気に混戦となった。
ユートピア軍の数は200ほど。
だが鉄砲の斉射で機先を制され、押すな退くなの状況で混乱している帝国軍では兵力差がはっきりとしている。
またたくまに一角が崩れ、城門を攻撃していた兵たちが逃げ去る。
そこを城門ギリギリまで出てきた鉄砲隊がさらに斉射を浴びせる。
鉄砲隊は織田信長の三段撃ちよろしく交代撃ち(1人が撃っている間にもう1人が弾込めをして撃ち終わった銃を好感して絶え間なく撃つ)を行っているらしく、その銃弾に間隙はない。
対して帝国軍は反撃できない。
弓兵は城壁を狙っているし、鉄砲はこの雨で使えない。
歩兵は崩されたばかりで、仮に反撃に出たとしても、この間断ない銃撃の前にはたどり着く前に壊滅することもありえるのだ。
一方、その間に先に出た200は横に移動した。
今まさに城壁へ乗り込もうとする兵たちを送り出す梯子を叩き壊したり、井蘭車に火をつけたりして攻城の妨害を始めたのだ。
もちろんそこだけでも帝国軍は数千はいる。混乱から回復し逆襲されると一気に押し返されてしまった。
しかもそれからは悲惨で、帝国軍の部隊が動いてその決死隊を包囲。最期には帝国軍に飲み込まれてしまう。つまり全滅。生存者ゼロ。
だが戦果は甚だしいものだ。
最初の奇襲で討ち取った敵や、梯子を壊されて転落した兵を合わせれば死傷者は1千近くになる。
さらに井蘭車が3台燃えたのだから、戦果としては上々だ。
しかも決死隊が暴れている間に、城門の方では補修が終わっていた。
といっても壊れた門が直るわけがない。
行われるのは防御壁の補修。
すなわち土嚢(袋に土を入れた土木用資材)を積み、臨時の城門を形成したのだ。
臨時とはいえ、ただの城門とは勝手が違う。
この土嚢は崩そうと思えばどうとでもなる。
だがその間に上から鉄砲が撃ちおろされ、隙間からは槍が飛び出し、少しでも隙を見せれば再び決死隊が突っ込んでくる。
帝国軍とすれば、なんの反撃もしない城門より厄介なものだろう。
強い。
正直、反吐が出そうな、人の命を斬り捨てた最低の策だがその効果は見ての通り。
その後も、帝国軍は攻め続けるが、鉄砲や場内から打って出た決死隊らに手を焼き、日が傾き始めた時には撤退の鉦が鳴らされていた。
こうして籠城戦1日目は、ユートピア軍は北門を破壊されるも、鉄砲と決死隊でギリギリ踏みとどまった。
対して帝国軍は2千近くの犠牲と井蘭車3台という多くの犠牲を産み、決して勝利とは言えない結果となった。
「隊長殿……」
「どうした、クロエ」
隣にいたクロエが聞いてくるが、どうも元気がないようだ。
「なんだか、去年のことを思い出してしまいますね」
去年。
まさに俺たちがあのユートピア軍と同じ立場だったわけだ。
「そうだな」
「だからなんか、あのユートピアという国を応援したい気になります」
「クロエ、同情は――」
「分かってます。あの人たちは、操られているんでしたよね。でも、それだけであんなことできるんでしょうか?」
あんなこと。
全滅すると知って、確実に死ぬと分かって、外に出るということ。
「……できる。理由は話せないけど、そういうものだって俺は知ってるから」
「そうなんですか……」
スキル。
それを言っても、この場にいる誰も信じないだろう。
「でも、敵は同じなら、協力くらいは――」
「やめておけ、クロエ。貴様も聞いただろう。ビンゴ王国の王太子が奴らに殺されたのを」
「っ……!」
そうなのだ。
ウィットの言う通り、彼らとは相いれない。
だがそれは、操られた彼らであって、そこから解き放たれればその限りではないのだ。
「元ビンゴの国民を操っている奴。その黒幕を倒すことができれば、あるいは帝国軍を一緒に倒すなんてことはできるだろうな」
「黒幕……」
丹姉弟と呼ばれるプレイヤー。
俺はその2人に会ったことはない。
だがはっきり言おう。俺は彼らを許さない。
なぜこんな無駄なことをさせるのか。
俺たちと協力できれば、こんな無駄に民を死なせることもなかっただろうに。
滅びしかない終わりの国にしがみついて、一体何を考えている。
未だにその姿を現さないのも気に食わない。
俺が言えたことじゃないけど、俺には俺のルールがある。
この世界で戦うにあたっての、最低限の決め事。
基本、合意が取れたことしか命令をしない。
もし無茶をさせるなら、俺も共に危地に赴く。
そうでもなきゃ、この俺が誰かを使役するなんて、命を扱うだなんて、おこがましくてやっていられない。
それが行き過ぎて、こないだの瀕死につながるから少しは反省したけど。
それでも俺の根本は変わらない。
だからこの姉弟のやり方は受け入れられない。
自分だけ安全なところにいて、人が死ぬのを楽しんでいるような退廃的な思考の持ち主。
コロッセオで剣闘士たちを殺し合わせた、享楽主義のような古代ローマ皇帝に似た思考。
そんな人間を、野放しにはできない。
とはいえ彼らを殺そうという思いはない。
これでもプレイヤーだ。同じ世界から来た同郷だ。
二度とスキルを悪用できないよう、この世界が平和になるまで軟禁させてもらうかもしれないが、命を取ろうとまでは思わない。
とはいえ、まだ彼らを捕らえる作戦ができたわけでもない。
あの帝国軍を撃退する方法が浮かんだわけでもない。
そもそも、それを考えるためにこうして色々見て回っているわけで。
とはいえ見えてくるのは、帝国軍の精強さと驚異的な粘りを見せるユートピア軍というもの。
正直、ちょっとやそっとの策では勝てないと思う。
だとすればどうするか。
決まってる。
考える。
それだけだ。
俺にはそれしかできないのだから。
それをやるまで。
「……ふぅ」
俺は『古の魔導書』を開いて、その場で座り込んだ。
開くのは地図。
雨の中、本を開くなんて自殺行為だが、生憎これはスキル。
濡れようが燃えようが、本としてそこに存在するし、変質することもない。
ある意味、理想的な書籍だ。
話がずれた。
この周辺の地図、おおよそのところは見て回った。
兵数で劣り、さらに尋常じゃない城の守りをする相手に、どうやって勝つか。
このままじゃ無理だ。
なら地の利か天の時を借りるしかない。
あるいは――それらによる恐怖を与えれば、この戦いはもっと違う姿を見せるのではないか。
人の殺意によるものではなく、もっと原始的な恐怖。
たとえば火。
たとえば水。
たとえば雷。
雨、風、雪、地震、雪崩、土石流、陥没、爆発、雹、洪水、噴火、竜巻などなど。
……いや、ないな。天候を自在に操れるスキルがあるわけでもないし。
でも考えろ。
他に何か。
目の前にあるもの。
帝国軍。城壁。盆地。川。梯子。井蘭車。衝車。死体の壁。用水路。山。森。雪。草。
考えろ。
集中して、考え抜け。
「やはり忍び込んで敵の大将をなんとかすればいいんですよ!」
「貴様、俺たちが城壁に取りついてもどうにもならんだろう」
「ふっふっふ、まだまだねウィット。こういう時のスーパーミラクル攻城兵器を忘れるなんて。そう、リンドーに頼みましょう!」
「た、他力本願かよ……いや、でも確かに……」
「あれ、でもリンドーは砦に残してこなかった?」
「ガーン! なんてこった……あぁ、なんでリンドーつれてこなかったし!?」
「はぁ、やはり猿知恵だったか」
「猿って言うなー! ウキャー!」
「そこらへんが猿だと言うのだ!」
こいつらは本当に平常運転。
まぁ、あれを見て、委縮しないだけ俺よりかなりマシだけど。
しかし……そうだ、竜胆。
あいつがいれば確かに城壁は崩せる。
だがそれでどうする? そのあとにどうする?
いや、待て。いいんじゃないか。竜胆のスキルは城壁を崩すだけじゃない。
1つピースがはまると、次々と組みあがってくる流れを止めることはできない。
いけるか。いや、やれるはず。
これが決まれば、敵の士気を下げるだけじゃなく、ユートピアの国民の目を覚まさせることができるかもしれない。
ここにきて竜胆に頼るのはいかがなものかと思うが……仕方ない。
それに合わせてこの地形、この天候を利用する。
そう、ここは荀攸公達や黒田官兵衛に倣うとするか。
城壁にはしごがかかり、群がるように兵が登っている。
さらには井蘭車(巨大な移動式の櫓。上から城壁の上にいる兵を弓で撃つ)が数台取りつこうとしていた。
城門はもっとすごい。
衝車(先をとがらせ鉄で覆った丸太に、車輪を付けたもの)を城門に打ち付けつつ、さらには槌を持った兵が、城壁城門関係なしに破壊しようと群がっている。
それを城壁の上から岩を落としたり矢を降らしたりしているが、帝国軍の物量の前ではその抵抗もむなしく響く。
いかに30万の兵とはいえ、城壁で一度に戦える人数は限られているわけで、こうも愚直に来られると弱いところがあるようだ。
ぽつぽつと来た雨は、今やしとしとと降り注ぐ小雨になっていたのに、攻める方も守る方も必死で泣き言1つ言わずに黙々と戦っている。
鉄砲の音はまったくしない。
きっと晴れていても必要としていなかっただろう。
「おいおい、このままなら本当に今日か明日で落ちるぞ」
それが率直な感想だった。
クロエたちはその圧倒的な光景に押されて声が出ない。
あるいは去年の自分たちと比べてしまっているのかもしれない。
時刻はそろそろ昼だ。
太陽は雲で隠れてしまっているが、早朝から始められただろうこの戦闘は、もう山場を迎えているようだ。
俺たちはそれを北門を攻める帝国軍、からさらに500メートルほど離れた丘の上で観戦していた。
木々の茂った丘のうえにこの雨模様だから、今のところ帝国軍に気づかれる様子はない。
いや、今やだれもが佳境となっている城攻めに夢中でこちらには誰も注意を払っていないようだ。
俺は喜志田から餞別にもらった小型の望遠鏡に目を当てて、城攻めの様子を細かく見ている。
「これは……すごいですね」
マールがつぶやく。
「うーん、やっぱりあの大将すごいですね。私にはできる、みたいな自信満々でしたし」
「なんだ、帝国の元帥ってのはそんな自意識過剰だったのか?」
「そうですね。ま、でもウィットには負けますが」
「どういう意味だ、貴様!」
「まーまー、クロエには悪気があったわけじゃないしー。ねぇ、クロエ」
「そりゃもう。悪意と悪気100パーセントの冗談だって」
「悪しかないじゃないか!」
こいつら、ピクニックにでも来てるつもりか……。
とはいえ、こんな城攻めを注目してても気分が滅入るだけだ。
城攻めと簡単に言ってるけど、戦場が動かないだけで野戦と同じように人は死ぬのだ。
それを双眼鏡で細かく見たところで、気分が悪くなるだけだ。
だから俺は望遠鏡から目を離そうとして、気づいた。
「門が!」
城門が観音開きみたいに勢いよく内側に跳ね、ついに城内への道を開いてしまった。
そこから当然のように帝国軍が突っ込む。
対するは死を恐れず向かってくる30万の兵。
それとどれだけ戦えるのか。
ここからが本当の城攻めが始まるのだ。
――だが
激しい爆発音が鳴った。
銃声。
遠く離れていても、騒々しくけたたましく響くそれは、城門に群がる帝国兵をなぎ倒した。
俺は急いで丘の東端へ向かう。
そこから見る。門の中がどうなっているのか。
さらに銃声。
門の前に陣取った帝国兵が倒れる。
「そういう……ことか」
あまりにも早い城門の陥落。
それに対して手を打っていないわけではなかった。
城門の開いたすぐそこに、鉄砲隊が待ち構えていたのだ。
城壁の上からでは、先込め式の銃ではうまく敵を狙えない。
さらにこの雨では火縄がしけてしまう。
だが城門の中であれば話は別だ。
敵は必ず門の幅に合わせて一直線に入ってくるわけだし、何より城壁の厚さだけ屋根が存在して雨を気にせず撃つことができるのだ。
たとえ火縄銃に毛が生えたようなものでも、こうまですればほぼ必中の必殺武器となる。
もちろんそもそもが城門を抜かせる前提だから、まさに肉を切らせて骨を断つ捨て身の戦法なわけだが。
その効果は抜群だったようだ。
しかも攻撃はそれだけで終わらない。
鉄砲隊の裏から兵が飛び出し、帝国軍の前線に突っ込んだ。
決死隊だ。
辺りは一気に混戦となった。
ユートピア軍の数は200ほど。
だが鉄砲の斉射で機先を制され、押すな退くなの状況で混乱している帝国軍では兵力差がはっきりとしている。
またたくまに一角が崩れ、城門を攻撃していた兵たちが逃げ去る。
そこを城門ギリギリまで出てきた鉄砲隊がさらに斉射を浴びせる。
鉄砲隊は織田信長の三段撃ちよろしく交代撃ち(1人が撃っている間にもう1人が弾込めをして撃ち終わった銃を好感して絶え間なく撃つ)を行っているらしく、その銃弾に間隙はない。
対して帝国軍は反撃できない。
弓兵は城壁を狙っているし、鉄砲はこの雨で使えない。
歩兵は崩されたばかりで、仮に反撃に出たとしても、この間断ない銃撃の前にはたどり着く前に壊滅することもありえるのだ。
一方、その間に先に出た200は横に移動した。
今まさに城壁へ乗り込もうとする兵たちを送り出す梯子を叩き壊したり、井蘭車に火をつけたりして攻城の妨害を始めたのだ。
もちろんそこだけでも帝国軍は数千はいる。混乱から回復し逆襲されると一気に押し返されてしまった。
しかもそれからは悲惨で、帝国軍の部隊が動いてその決死隊を包囲。最期には帝国軍に飲み込まれてしまう。つまり全滅。生存者ゼロ。
だが戦果は甚だしいものだ。
最初の奇襲で討ち取った敵や、梯子を壊されて転落した兵を合わせれば死傷者は1千近くになる。
さらに井蘭車が3台燃えたのだから、戦果としては上々だ。
しかも決死隊が暴れている間に、城門の方では補修が終わっていた。
といっても壊れた門が直るわけがない。
行われるのは防御壁の補修。
すなわち土嚢(袋に土を入れた土木用資材)を積み、臨時の城門を形成したのだ。
臨時とはいえ、ただの城門とは勝手が違う。
この土嚢は崩そうと思えばどうとでもなる。
だがその間に上から鉄砲が撃ちおろされ、隙間からは槍が飛び出し、少しでも隙を見せれば再び決死隊が突っ込んでくる。
帝国軍とすれば、なんの反撃もしない城門より厄介なものだろう。
強い。
正直、反吐が出そうな、人の命を斬り捨てた最低の策だがその効果は見ての通り。
その後も、帝国軍は攻め続けるが、鉄砲や場内から打って出た決死隊らに手を焼き、日が傾き始めた時には撤退の鉦が鳴らされていた。
こうして籠城戦1日目は、ユートピア軍は北門を破壊されるも、鉄砲と決死隊でギリギリ踏みとどまった。
対して帝国軍は2千近くの犠牲と井蘭車3台という多くの犠牲を産み、決して勝利とは言えない結果となった。
「隊長殿……」
「どうした、クロエ」
隣にいたクロエが聞いてくるが、どうも元気がないようだ。
「なんだか、去年のことを思い出してしまいますね」
去年。
まさに俺たちがあのユートピア軍と同じ立場だったわけだ。
「そうだな」
「だからなんか、あのユートピアという国を応援したい気になります」
「クロエ、同情は――」
「分かってます。あの人たちは、操られているんでしたよね。でも、それだけであんなことできるんでしょうか?」
あんなこと。
全滅すると知って、確実に死ぬと分かって、外に出るということ。
「……できる。理由は話せないけど、そういうものだって俺は知ってるから」
「そうなんですか……」
スキル。
それを言っても、この場にいる誰も信じないだろう。
「でも、敵は同じなら、協力くらいは――」
「やめておけ、クロエ。貴様も聞いただろう。ビンゴ王国の王太子が奴らに殺されたのを」
「っ……!」
そうなのだ。
ウィットの言う通り、彼らとは相いれない。
だがそれは、操られた彼らであって、そこから解き放たれればその限りではないのだ。
「元ビンゴの国民を操っている奴。その黒幕を倒すことができれば、あるいは帝国軍を一緒に倒すなんてことはできるだろうな」
「黒幕……」
丹姉弟と呼ばれるプレイヤー。
俺はその2人に会ったことはない。
だがはっきり言おう。俺は彼らを許さない。
なぜこんな無駄なことをさせるのか。
俺たちと協力できれば、こんな無駄に民を死なせることもなかっただろうに。
滅びしかない終わりの国にしがみついて、一体何を考えている。
未だにその姿を現さないのも気に食わない。
俺が言えたことじゃないけど、俺には俺のルールがある。
この世界で戦うにあたっての、最低限の決め事。
基本、合意が取れたことしか命令をしない。
もし無茶をさせるなら、俺も共に危地に赴く。
そうでもなきゃ、この俺が誰かを使役するなんて、命を扱うだなんて、おこがましくてやっていられない。
それが行き過ぎて、こないだの瀕死につながるから少しは反省したけど。
それでも俺の根本は変わらない。
だからこの姉弟のやり方は受け入れられない。
自分だけ安全なところにいて、人が死ぬのを楽しんでいるような退廃的な思考の持ち主。
コロッセオで剣闘士たちを殺し合わせた、享楽主義のような古代ローマ皇帝に似た思考。
そんな人間を、野放しにはできない。
とはいえ彼らを殺そうという思いはない。
これでもプレイヤーだ。同じ世界から来た同郷だ。
二度とスキルを悪用できないよう、この世界が平和になるまで軟禁させてもらうかもしれないが、命を取ろうとまでは思わない。
とはいえ、まだ彼らを捕らえる作戦ができたわけでもない。
あの帝国軍を撃退する方法が浮かんだわけでもない。
そもそも、それを考えるためにこうして色々見て回っているわけで。
とはいえ見えてくるのは、帝国軍の精強さと驚異的な粘りを見せるユートピア軍というもの。
正直、ちょっとやそっとの策では勝てないと思う。
だとすればどうするか。
決まってる。
考える。
それだけだ。
俺にはそれしかできないのだから。
それをやるまで。
「……ふぅ」
俺は『古の魔導書』を開いて、その場で座り込んだ。
開くのは地図。
雨の中、本を開くなんて自殺行為だが、生憎これはスキル。
濡れようが燃えようが、本としてそこに存在するし、変質することもない。
ある意味、理想的な書籍だ。
話がずれた。
この周辺の地図、おおよそのところは見て回った。
兵数で劣り、さらに尋常じゃない城の守りをする相手に、どうやって勝つか。
このままじゃ無理だ。
なら地の利か天の時を借りるしかない。
あるいは――それらによる恐怖を与えれば、この戦いはもっと違う姿を見せるのではないか。
人の殺意によるものではなく、もっと原始的な恐怖。
たとえば火。
たとえば水。
たとえば雷。
雨、風、雪、地震、雪崩、土石流、陥没、爆発、雹、洪水、噴火、竜巻などなど。
……いや、ないな。天候を自在に操れるスキルがあるわけでもないし。
でも考えろ。
他に何か。
目の前にあるもの。
帝国軍。城壁。盆地。川。梯子。井蘭車。衝車。死体の壁。用水路。山。森。雪。草。
考えろ。
集中して、考え抜け。
「やはり忍び込んで敵の大将をなんとかすればいいんですよ!」
「貴様、俺たちが城壁に取りついてもどうにもならんだろう」
「ふっふっふ、まだまだねウィット。こういう時のスーパーミラクル攻城兵器を忘れるなんて。そう、リンドーに頼みましょう!」
「た、他力本願かよ……いや、でも確かに……」
「あれ、でもリンドーは砦に残してこなかった?」
「ガーン! なんてこった……あぁ、なんでリンドーつれてこなかったし!?」
「はぁ、やはり猿知恵だったか」
「猿って言うなー! ウキャー!」
「そこらへんが猿だと言うのだ!」
こいつらは本当に平常運転。
まぁ、あれを見て、委縮しないだけ俺よりかなりマシだけど。
しかし……そうだ、竜胆。
あいつがいれば確かに城壁は崩せる。
だがそれでどうする? そのあとにどうする?
いや、待て。いいんじゃないか。竜胆のスキルは城壁を崩すだけじゃない。
1つピースがはまると、次々と組みあがってくる流れを止めることはできない。
いけるか。いや、やれるはず。
これが決まれば、敵の士気を下げるだけじゃなく、ユートピアの国民の目を覚まさせることができるかもしれない。
ここにきて竜胆に頼るのはいかがなものかと思うが……仕方ない。
それに合わせてこの地形、この天候を利用する。
そう、ここは荀攸公達や黒田官兵衛に倣うとするか。
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と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
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また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
ガチャと異世界転生 システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!
よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。
獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。
俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。
単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。
ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。
大抵ガチャがあるんだよな。
幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。
だが俺は運がなかった。
ゲームの話ではないぞ?
現実で、だ。
疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。
そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。
そのまま帰らぬ人となったようだ。
で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。
どうやら異世界だ。
魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。
しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。
10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。
そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。
5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。
残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。
そんなある日、変化がやってきた。
疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。
その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。
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