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第4章 ジャンヌの西進
閑話46 堂島美柑(エイン帝国軍元帥)
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最後の最後で油断した。
いや、油断したつもりはない。
ただどこかで気が抜けたのは確か。
あの何があろうとこちらを殺すという殺意が、一瞬薄れたのだ。
それでこちらの気もそがれて、一瞬迷った。
相手は会見で会った時の男。前にビンゴ軍を率いて戦った、いきのいい相手だ。それをこんな形で終わらせるのがもったいない。そう思ったのかもしれない。
そのせいで手元が狂い、不要な手傷を負った。
「元帥!」
椎葉くんが駆けてくる。
心配そうな表情は、自分の左肩を見てその色が濃くなった。
「一度引きましょう。ここはもう、十分です」
何が十分なものか。
そう言いたかったが、左腕に激痛が走った。意外と傷は深いようだ。
思えばこの世界に来て、これほどの傷を負ったことはなかった。
その事実が、痛みの中に新鮮さを呼び起こした。
「あの男は?」
「はっ。あの男は部下によって連れ出されました。そのために踏みとどまった人物は討ちましたが。おそらくビンゴ軍の将グロス・クロスと思われます」
副官のボージャンが淡々と告げる。
私に手傷を負わせたあの男。
できればとどめを刺してやりたかったがしょうがない。
とはいえ手ごたえはあったのは確か。あれならばよほどの幸運がない限り生きてはいないだろう。
戦況はどうやら五分。
いや、若干押されているか。
兵数では勝っているが、挟撃の形だし、何よりあの水によって士気が落ちている。
これ以上は、兵の無駄死にでしかない。
ここが引き際か。
この水攻め。私たちに向ける以上に、ユートピア軍にもその効果は絶大だろう。おそらく、一両日中にユートピア軍は壊滅し、開城する。あのジャンヌ・ダルクの手によって。
煌夜の要請に完璧に応えられなかったのは残念だが、あの双子の国の亡びは確定した以上はこれでよしとするべきか。
それに、少しは楽しみであるのだ。
これでオムカは本国と南郡、そして旧ビンゴ領を併呑することになる。
私がビンゴ領を制圧するより、そちらの方が面白い。
互角の力をもって、あの少女が立ちはだかるのだ。
だからかもしれない。この戦いにあまり乗り気になれなかったのは。
ここで勝ってしまったら、あとはつまらない掃討戦が残るのみになる。だから。
ともあれ、望んだ形になりつつあるのだから、ここでこれ以上損耗しても無意味だろう。
ふふっ、しかしやるものだ。
ジャンヌ・ダルク、それから喜志田と言ったか。
あの時の姿からはこのいかにも殺してやると言わんばかりの攻勢は想像もつかない。
あるいは、化けたか。
ならば今後はちゃんとした場所で、真っ向から叩きのめす。
その時に初めて、私は本気を出せる。そんな気がした。
だからここはもう、店じまいだ。
「ここでの目的は果たせたな」
「ああ。あの双子の王国は滅ぶだろう。だから今は手当を」
「ふっ、優しいな椎葉は。どうだ? しばらく不自由する私の世話をしてくれないか?」
喜びがそんな軽口も可能にしていた。
「なっ!」
「そ、それはどういう意味でしょうか、元帥!」
椎葉より、その横にいる彼の副官の方が慌てているようだ。
その様子を見ているのは、どこか滑稽で、だが人間味があって、胸を揺り動かす。
あるいは、自分が失ってしまった感覚。遠く、閉ざしてしまった記憶。
「冗談だ。では、撤退の鉦を鳴らせ」
鉦が鳴る。
そして各所で戦っていた部下たちがゆっくりと、堅実に退いてくるのを、ボージャンが取り出した包帯で応急手当をされながら待った。
敵はこちらの退却に合わせて追ってくるようだ。
「椎葉。敵の先頭を焼けるか?」
「目くらまし程度なら」
「それでいい」
「了解した」
椎葉が馬を走らせる。その後ろを彼の副官がぴったりとついていく。
ふむ。2人の関係は、どうやらそういうことらしい。
十数秒後、自軍の最後尾に炎が上がった。
それは追撃を阻止するかのように、壁のように2メートルほどの高さまで舞い上がる。
驚いた敵兵は追撃を中止するが、それによって死傷者までは出ていないようだ。
「相変わらず忠実だな」
「は……しかし火薬の使い方がお上手ですな」
「火薬、か」
ボージャンの言葉に吹き出してしまうところだった。
まぁこの世界の人間にスキルのことをしゃべってもどうにもならないだろう。
ともあれこれで相手の追撃はやむだろう。
ほっとしたところに、歌声が聞こえた。
アヤか。
いや、違う。彼女は死んだ。
一度、彼女の歌を聞きに行った時があったが、あれは本物だ。だからこそ、その彼女が無粋なテロで亡くなったと聞いたときは、心底惜しんだものだ。
そこで思い当たる。
林檎だ。
そうだ。完全に忘れていた。
陣で待つよう言っておいた彼女。
さすがに従軍させるわけにもいかなかったから、そういう措置にしたが完全に裏目に出てしまった。
今から陣に戻っては敵のど真ん中に戻ることになる。
全軍で取って返せば取り返せないことはないが、その時は陣が戦闘の真っ只中ということになる。
つまり林檎の身にも危険が及ぶ。
思えば私もひどい人間だ。
あれだけ心を許した人間を、今の今まで忘れていたのだから。
彼女よりも、戦いの方が大事だったということか。
それも当然だ。
私は何万もの人間の命を背負っているのだ。それが私事で判断を誤ってはいけない。
だから申し訳ないが、彼女のことは置いていく。
それでも罪悪感が少ないのは、オムカが彼女を手荒に扱うことはないと思ったからだ。
アヤに似た彼女。もともとはアヤはオムカの人間だったと聞いている。隠しているようだが、どこから来たかなど帝都の人間には一目瞭然だったようだ。
だからあの少女――反吐が出るほど甘すぎる心優しいジャンヌ・ダルクならば危害は加えないはず。
そうなれば彼女の安全は保障されるのだから、私としてもホッとする想いだ。
二度と会えないだろうのは寂しいことだが、それもこれも私事。
友情に似た何かを覚えたこともあったが、それも来たる大戦の前では些事。
命を賭けた最高の舞台を前に、もはや自分以外の人間は小事。
だから私は、数少ないその友の名を――頭から消した。
いや、油断したつもりはない。
ただどこかで気が抜けたのは確か。
あの何があろうとこちらを殺すという殺意が、一瞬薄れたのだ。
それでこちらの気もそがれて、一瞬迷った。
相手は会見で会った時の男。前にビンゴ軍を率いて戦った、いきのいい相手だ。それをこんな形で終わらせるのがもったいない。そう思ったのかもしれない。
そのせいで手元が狂い、不要な手傷を負った。
「元帥!」
椎葉くんが駆けてくる。
心配そうな表情は、自分の左肩を見てその色が濃くなった。
「一度引きましょう。ここはもう、十分です」
何が十分なものか。
そう言いたかったが、左腕に激痛が走った。意外と傷は深いようだ。
思えばこの世界に来て、これほどの傷を負ったことはなかった。
その事実が、痛みの中に新鮮さを呼び起こした。
「あの男は?」
「はっ。あの男は部下によって連れ出されました。そのために踏みとどまった人物は討ちましたが。おそらくビンゴ軍の将グロス・クロスと思われます」
副官のボージャンが淡々と告げる。
私に手傷を負わせたあの男。
できればとどめを刺してやりたかったがしょうがない。
とはいえ手ごたえはあったのは確か。あれならばよほどの幸運がない限り生きてはいないだろう。
戦況はどうやら五分。
いや、若干押されているか。
兵数では勝っているが、挟撃の形だし、何よりあの水によって士気が落ちている。
これ以上は、兵の無駄死にでしかない。
ここが引き際か。
この水攻め。私たちに向ける以上に、ユートピア軍にもその効果は絶大だろう。おそらく、一両日中にユートピア軍は壊滅し、開城する。あのジャンヌ・ダルクの手によって。
煌夜の要請に完璧に応えられなかったのは残念だが、あの双子の国の亡びは確定した以上はこれでよしとするべきか。
それに、少しは楽しみであるのだ。
これでオムカは本国と南郡、そして旧ビンゴ領を併呑することになる。
私がビンゴ領を制圧するより、そちらの方が面白い。
互角の力をもって、あの少女が立ちはだかるのだ。
だからかもしれない。この戦いにあまり乗り気になれなかったのは。
ここで勝ってしまったら、あとはつまらない掃討戦が残るのみになる。だから。
ともあれ、望んだ形になりつつあるのだから、ここでこれ以上損耗しても無意味だろう。
ふふっ、しかしやるものだ。
ジャンヌ・ダルク、それから喜志田と言ったか。
あの時の姿からはこのいかにも殺してやると言わんばかりの攻勢は想像もつかない。
あるいは、化けたか。
ならば今後はちゃんとした場所で、真っ向から叩きのめす。
その時に初めて、私は本気を出せる。そんな気がした。
だからここはもう、店じまいだ。
「ここでの目的は果たせたな」
「ああ。あの双子の王国は滅ぶだろう。だから今は手当を」
「ふっ、優しいな椎葉は。どうだ? しばらく不自由する私の世話をしてくれないか?」
喜びがそんな軽口も可能にしていた。
「なっ!」
「そ、それはどういう意味でしょうか、元帥!」
椎葉より、その横にいる彼の副官の方が慌てているようだ。
その様子を見ているのは、どこか滑稽で、だが人間味があって、胸を揺り動かす。
あるいは、自分が失ってしまった感覚。遠く、閉ざしてしまった記憶。
「冗談だ。では、撤退の鉦を鳴らせ」
鉦が鳴る。
そして各所で戦っていた部下たちがゆっくりと、堅実に退いてくるのを、ボージャンが取り出した包帯で応急手当をされながら待った。
敵はこちらの退却に合わせて追ってくるようだ。
「椎葉。敵の先頭を焼けるか?」
「目くらまし程度なら」
「それでいい」
「了解した」
椎葉が馬を走らせる。その後ろを彼の副官がぴったりとついていく。
ふむ。2人の関係は、どうやらそういうことらしい。
十数秒後、自軍の最後尾に炎が上がった。
それは追撃を阻止するかのように、壁のように2メートルほどの高さまで舞い上がる。
驚いた敵兵は追撃を中止するが、それによって死傷者までは出ていないようだ。
「相変わらず忠実だな」
「は……しかし火薬の使い方がお上手ですな」
「火薬、か」
ボージャンの言葉に吹き出してしまうところだった。
まぁこの世界の人間にスキルのことをしゃべってもどうにもならないだろう。
ともあれこれで相手の追撃はやむだろう。
ほっとしたところに、歌声が聞こえた。
アヤか。
いや、違う。彼女は死んだ。
一度、彼女の歌を聞きに行った時があったが、あれは本物だ。だからこそ、その彼女が無粋なテロで亡くなったと聞いたときは、心底惜しんだものだ。
そこで思い当たる。
林檎だ。
そうだ。完全に忘れていた。
陣で待つよう言っておいた彼女。
さすがに従軍させるわけにもいかなかったから、そういう措置にしたが完全に裏目に出てしまった。
今から陣に戻っては敵のど真ん中に戻ることになる。
全軍で取って返せば取り返せないことはないが、その時は陣が戦闘の真っ只中ということになる。
つまり林檎の身にも危険が及ぶ。
思えば私もひどい人間だ。
あれだけ心を許した人間を、今の今まで忘れていたのだから。
彼女よりも、戦いの方が大事だったということか。
それも当然だ。
私は何万もの人間の命を背負っているのだ。それが私事で判断を誤ってはいけない。
だから申し訳ないが、彼女のことは置いていく。
それでも罪悪感が少ないのは、オムカが彼女を手荒に扱うことはないと思ったからだ。
アヤに似た彼女。もともとはアヤはオムカの人間だったと聞いている。隠しているようだが、どこから来たかなど帝都の人間には一目瞭然だったようだ。
だからあの少女――反吐が出るほど甘すぎる心優しいジャンヌ・ダルクならば危害は加えないはず。
そうなれば彼女の安全は保障されるのだから、私としてもホッとする想いだ。
二度と会えないだろうのは寂しいことだが、それもこれも私事。
友情に似た何かを覚えたこともあったが、それも来たる大戦の前では些事。
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だから私は、数少ないその友の名を――頭から消した。
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