519 / 627
間章 それぞれの決断
間章9 写楽明彦(オムカ王国軍師)
しおりを挟む
王都に戻ってから考え続けた。
この世界にいる意味。
この世界に残る意味。
この世界で戦う意味。
これまで起きたことを考えた。
現在起きていることを考えた。
これから起こることを考えた。
出会った人のことを考えた。
わかれた人のことを考えた。
まだ見ぬ人のことを考えた。
どれだけ考えても、どれだけ悩んでも、どれだけ苦しんでも答えは見つからない。
もうどうしていいのかわからなくなって、このまま消えてしまおうかと考えた。
飲食を絶って、飢えと苦しみの中に死んでいくことが、俺がこれまで奪ってきた命に対する贖罪とも思った。
けどお腹が空けば飯を食い、のどが渇けば水を飲み、生きながらえる自分がなんと浅ましいものか。
消えるとか死ぬとか言っても、そんな覚悟もない貧弱な意志しかもたない俺に、何ができるのか。
思えば、これまでが出来すぎだったのだろう。
この世界に来て以降、わき目も触れずに突っ走ってここまで来た。
楽しいことも悲しいこともたくさんあったけど、今振り返ってみても上出来の部類だ。
少しは――誇れるようなことじゃないけど――自信を持てた。
けど、今はその自信すらも揺らぐ。
あの講和の決裂。
その元凶たる女神の存在。
あるいは、これまでのことも、この流れに持っていくために、あの女神に良いように使われたのでは? と考えてしまう。
俺は、この帝国一強の勢力を塗り替え、戦いを盛り上げるための、ただのピエロだったと。
考えすぎだと思っている。
けど、あの女神の言っていることを考えると、それもまたありえなくはないとも思えるのだ。
すべてあの女神の掌のうち。
お釈迦様の掌の上で愚かなダンスを踊る小人ここに極まれりだ。
そう考えると何もかもよくなった。
いろいろ考えても、その結果が、あの女神の思惑通りだと考えると、やる気も生きる気も失せるものだ。
だから日々をただ漠然と過ごし、もはや戦う意思も考える力もなくしていた。
ただ自分の殻にこもり、もう何もしたくない思いで日々を生きた。
そんな投げやりな思いで、過ごすある日の夜のことだ。
「クロエ……?」
王宮から帰った家には、誰もいなかった。
暗い室内に、ランプの明かりをつける。
机には置手紙があって、ニーアから呼びだされたので今日は帰れない、ということが書いてあった。
そのことに何も感じるものがない。
ただ今日の夕飯をどうしようと思ったくらいだ。
やっぱり食べることにこだわる自分が情けなくなる。
「……寝るか」
食事も要らない。
風呂もどうでもいい。
着替えも別にいい。
そんな思いでそのままベッドにダイブしてそのまま明日を迎えよう。
けど、なんのために?
何をするわけでもなく、明日を迎える。
そんな日々が続き、もはや何のために生きているのか分からなくなって久しい。
もう、消えてしまおうか。
死ぬ勇気もないから、このどこか温かみのある生活を捨てて、どこかへ放浪して。
野垂れ死ぬのもいいし、オムカが負けて女神に殺されるのもいい。
もう何もかもがどうでもいい。
だから明日。
起きたら、そのまま消えよう。
きっと俺なんかがいても、この後どうしようもないだろう。
オムカは滅びる。
帝国に負ける。
そして彼女は死ぬ。
だから、それを見なくて済むのなら、俺は……。
寝室のドアを開ける。
そこは、明るかった。
ランプが、明かりが、ついていた。
クロエか、と思ったけど、今日は帰れないと言っている。
なのに誰かがいる。
不審を感じている俺に、室内にいた1つの影が、俺を認めて声を出した。
「おかえり、なのじゃ」
「マリア……?」
マリアが、いた。
王宮にいたはずの彼女が、なぜか俺の家に、しかも寝室にいて、こちらを見てにこやかに笑っているのだ。意味が分からなかった。
「なんで、ここに? 鍵がかかってたはずじゃ……」
「クロエにお願いしたのじゃ。今頃、ニーアと一緒におる」
「あいつ……」
今日いないのはそういうことか。
「クロエは悪くないのじゃ。余が勝手に頼んだことじゃから」
「怒ってはないよ。ただ、護衛もなしにこんなところに来るのは危険だろ」
いくら王都内とはいえ、さらに俺の家とはいえ、その道中に何があるかは分からない。
停戦期間中とはいえ、帝国が何か手を打ってこない理由にはならないのだ。
「一応サールにはついてきてもらったから。それより、ジャンヌと話がしたいのじゃ」
「俺と?」
とりあえずサールと一緒というのならば問題はないだろう。
それより俺と話がしたいって……。
「それならいつもみたく、呼んでくれればよかったのに」
「うん……でも、いつもジャンヌを呼んでばかりじゃったからの。ジャンヌがどういう暮らしをしてるか、見てみたかったのもあるし」
そういうものか。
いや、てゆうかこいつ、何度かうちに忍び込んでこなかったか?
ま、いっか。
「わかったよ。とりあえず居間に戻るか。ここで話ってのもなんだし」
「ううん、ここがいいのじゃ」
「ったく。しょうがないな」
本来なら国の代表が私邸に来たのだから、それ相応の礼をして迎えなくてはいけないわけだけど。
まぁそもそもがお忍びだし。こいつがここでいいってならそれでいいか。
というわけで、それほど大きくもない(少なくともマリアの部屋にあるのとは二回り以上小さい)ベッドに並んで腰かける。
「それで、話ってのは?」
少しぶっきらぼうに促したのは、別にプライベートの時間をつぶされたからじゃない。
どうせ何もすることないから寝ようと思ってたくらいで――いや、ここから出ていこうという決断をした直後だったので、やっぱり決まりが悪かったのかもしれない。
「うん、それなのじゃが……ジャンヌは、大丈夫かの?」
あぁ、やっぱりその話か。
最近、みんなが口をそろえて俺を心配してくる。
今日の昼もジルが言葉をかけてくれたけど、何を言われたかも記憶にない。
けどもういい。
放っておいてくれ。
俺にそこまで期待しないでくれ。
だから誰がどう声をかけてこようと、俺の心の殻を傷つけても壊すことはない。
完全防弾のプロテクトが、彼らの言葉を冷徹にはじき返す。
だから今回もそうした。
「俺は平気だよ。何も心配はない」
言い切る。
それが今のベターな答えだと思って。
だが――
「嘘、なのじゃ」
「え?」
「それは、嘘なのじゃ」
ふと振り向いてしまい、マリアの真剣なまなざしを正面から受けた。受けてしまった。
「これまで3年……ジャンヌと色んなことをした。遊んだり、お泊りしたり、お風呂に入ったり。時には喧嘩して、仲直りして。もうジャンヌのことは、大体わかるのじゃ。今のは、嘘なのじゃ」
「…………」
なんだ。
何を言っている。
俺のことが分かる?
いやいや、それはないだろ。
「そんな数年で人を分かるようなことはないさ。全部、マリアの勘違いだ。俺は平気だ。だからもう今日は帰って寝ろ。夜更かしは肌に悪いぞ」
「嫌じゃ」
「な……」
「ジャンヌは今、嘘を言っておる。平気だなんて言って、人を遠ざけておる。それくらい、余にもわかる」
遠慮ない言葉がグサグサと胸に突き刺さる。
そのせいか、どこか口調が荒くなる。
「そんなことない。マリアの勘違いだって言ったら勘違いだ。多分、空腹で腹が立ってるんだ。だから明日には治ってる。だから問題ない」
「そうではない! なんでそんな嘘をつくのじゃ? どうしてそんな拒絶をするのじゃ?」
「だから嘘じゃないって言ってるだろ!」
言って、後悔した。
何を怒鳴ってるんだ。マリアを怖がらせることになる。
あるいは、本当にお腹が空いて腹が立っているのかもしれない。
けど、マリアは――いつもならこれで俺が謝って終わるはずのマリアは、きゅっと唇を結んで、そして決然と言い放った。
「ジャンヌ、余でよかったら相談に乗るぞ。講和会議が破談になって、それのせいで困ってるのじゃろ?」
「お前に――」
その後の言葉はさすがに飲み込んだ。
無理やり、意思の強さで抑え込んだ。
マリアに怒鳴ってどうする。八つ当たりでしかないだろ。
「そうじゃな。余に何が分かるのか、そう言われたら何も答えられん」
マリアは悲しそうに、辛そうに言葉を吐く。
だが、それでも、と前置きして彼女は再び口を開く。
「それでも、じゃ。話してくれなくては誰も分からんのじゃ。ジャンヌが思ってること、ジャンヌが苦しんでること、何も」
「別に、話したくないことを話さなくても問題ないだろ」
「なんでそんな意固地になるのじゃ」
「意固地じゃない。不要なことはしないだけだ」
「…………」
沈黙が降りる。
少し意地悪い言い方だったかと思ったけど、今の俺としてはそう言うしかなかった。
しばらくしてマリアがゆっくりと、どこか沈んだ様子でしゃべりだした。
「前に聞いたじゃろ。ジャンヌはどこにも行かない、と。ずっと、この国に、世界にいてくれると」
言われた記憶はある。
あれは今年の初め、雪山に言った時の宿泊先でのこと。
今年ですべてが終わり、そうなったときに俺が元の世界に戻るということで、彼女の問いに困惑しながらも答えた。
彼女を困らせたくないから、寂しがらせたくないから。
嘘とは言わないが、ある程度ごまかしてそう言った。
あるいは、それが講和への原動力だったのかもしれない。
だが、それをマリアは――
「あれは、なしにしてくれなのじゃ」
「え……」
何を? いきなり言い出すのか。
「あれからも色々、自分の中で考えて。さらにジャンヌのことも考えて。あれはさすがに酷い言い方じゃと思った。自分勝手なわがままな意見じゃと思った。じゃから、あの約束は、もう守らなくていいのじゃ」
「それは……」
じゃあ、どうしろっていうんだ。
俺は、お前がいてほしいというから、講和に向けて動いたわけで。
いや、でも俺が勝てば俺はこの世界にはいられなくて、それでも負けたらお前は死ぬ。
「正直、嬉しかったのじゃ。ジャンヌが色々苦悩して決断を下した和睦。これでジャンヌとずっと一緒。じゃから余はとても嬉しかった。けど――」
破談になってからの俺の姿。
それが彼女にとって、耐えられないほどの重荷になった。そう彼女は言う。
「じゃからジャンヌの好きなようにしてほしいのじゃ。ジャンヌが思った通り、感じた通りにしてくれていいのじゃ。余のために……嘘をつかなくてもいいのじゃ」
「マリア……」
「もしジャンヌが本当に平和を望むのじゃったら。もう誰も戦いで死ぬことのない世界を作るのじゃったら、余も考えがある」
「考え……?」
「ん……」
マリアは小さくうなずき、少し間をあけて、それから覚悟を決めたように俺の目をしっかり見て、こう言った。
「オムカ王国は、エイン帝国に降伏しよう」
この世界にいる意味。
この世界に残る意味。
この世界で戦う意味。
これまで起きたことを考えた。
現在起きていることを考えた。
これから起こることを考えた。
出会った人のことを考えた。
わかれた人のことを考えた。
まだ見ぬ人のことを考えた。
どれだけ考えても、どれだけ悩んでも、どれだけ苦しんでも答えは見つからない。
もうどうしていいのかわからなくなって、このまま消えてしまおうかと考えた。
飲食を絶って、飢えと苦しみの中に死んでいくことが、俺がこれまで奪ってきた命に対する贖罪とも思った。
けどお腹が空けば飯を食い、のどが渇けば水を飲み、生きながらえる自分がなんと浅ましいものか。
消えるとか死ぬとか言っても、そんな覚悟もない貧弱な意志しかもたない俺に、何ができるのか。
思えば、これまでが出来すぎだったのだろう。
この世界に来て以降、わき目も触れずに突っ走ってここまで来た。
楽しいことも悲しいこともたくさんあったけど、今振り返ってみても上出来の部類だ。
少しは――誇れるようなことじゃないけど――自信を持てた。
けど、今はその自信すらも揺らぐ。
あの講和の決裂。
その元凶たる女神の存在。
あるいは、これまでのことも、この流れに持っていくために、あの女神に良いように使われたのでは? と考えてしまう。
俺は、この帝国一強の勢力を塗り替え、戦いを盛り上げるための、ただのピエロだったと。
考えすぎだと思っている。
けど、あの女神の言っていることを考えると、それもまたありえなくはないとも思えるのだ。
すべてあの女神の掌のうち。
お釈迦様の掌の上で愚かなダンスを踊る小人ここに極まれりだ。
そう考えると何もかもよくなった。
いろいろ考えても、その結果が、あの女神の思惑通りだと考えると、やる気も生きる気も失せるものだ。
だから日々をただ漠然と過ごし、もはや戦う意思も考える力もなくしていた。
ただ自分の殻にこもり、もう何もしたくない思いで日々を生きた。
そんな投げやりな思いで、過ごすある日の夜のことだ。
「クロエ……?」
王宮から帰った家には、誰もいなかった。
暗い室内に、ランプの明かりをつける。
机には置手紙があって、ニーアから呼びだされたので今日は帰れない、ということが書いてあった。
そのことに何も感じるものがない。
ただ今日の夕飯をどうしようと思ったくらいだ。
やっぱり食べることにこだわる自分が情けなくなる。
「……寝るか」
食事も要らない。
風呂もどうでもいい。
着替えも別にいい。
そんな思いでそのままベッドにダイブしてそのまま明日を迎えよう。
けど、なんのために?
何をするわけでもなく、明日を迎える。
そんな日々が続き、もはや何のために生きているのか分からなくなって久しい。
もう、消えてしまおうか。
死ぬ勇気もないから、このどこか温かみのある生活を捨てて、どこかへ放浪して。
野垂れ死ぬのもいいし、オムカが負けて女神に殺されるのもいい。
もう何もかもがどうでもいい。
だから明日。
起きたら、そのまま消えよう。
きっと俺なんかがいても、この後どうしようもないだろう。
オムカは滅びる。
帝国に負ける。
そして彼女は死ぬ。
だから、それを見なくて済むのなら、俺は……。
寝室のドアを開ける。
そこは、明るかった。
ランプが、明かりが、ついていた。
クロエか、と思ったけど、今日は帰れないと言っている。
なのに誰かがいる。
不審を感じている俺に、室内にいた1つの影が、俺を認めて声を出した。
「おかえり、なのじゃ」
「マリア……?」
マリアが、いた。
王宮にいたはずの彼女が、なぜか俺の家に、しかも寝室にいて、こちらを見てにこやかに笑っているのだ。意味が分からなかった。
「なんで、ここに? 鍵がかかってたはずじゃ……」
「クロエにお願いしたのじゃ。今頃、ニーアと一緒におる」
「あいつ……」
今日いないのはそういうことか。
「クロエは悪くないのじゃ。余が勝手に頼んだことじゃから」
「怒ってはないよ。ただ、護衛もなしにこんなところに来るのは危険だろ」
いくら王都内とはいえ、さらに俺の家とはいえ、その道中に何があるかは分からない。
停戦期間中とはいえ、帝国が何か手を打ってこない理由にはならないのだ。
「一応サールにはついてきてもらったから。それより、ジャンヌと話がしたいのじゃ」
「俺と?」
とりあえずサールと一緒というのならば問題はないだろう。
それより俺と話がしたいって……。
「それならいつもみたく、呼んでくれればよかったのに」
「うん……でも、いつもジャンヌを呼んでばかりじゃったからの。ジャンヌがどういう暮らしをしてるか、見てみたかったのもあるし」
そういうものか。
いや、てゆうかこいつ、何度かうちに忍び込んでこなかったか?
ま、いっか。
「わかったよ。とりあえず居間に戻るか。ここで話ってのもなんだし」
「ううん、ここがいいのじゃ」
「ったく。しょうがないな」
本来なら国の代表が私邸に来たのだから、それ相応の礼をして迎えなくてはいけないわけだけど。
まぁそもそもがお忍びだし。こいつがここでいいってならそれでいいか。
というわけで、それほど大きくもない(少なくともマリアの部屋にあるのとは二回り以上小さい)ベッドに並んで腰かける。
「それで、話ってのは?」
少しぶっきらぼうに促したのは、別にプライベートの時間をつぶされたからじゃない。
どうせ何もすることないから寝ようと思ってたくらいで――いや、ここから出ていこうという決断をした直後だったので、やっぱり決まりが悪かったのかもしれない。
「うん、それなのじゃが……ジャンヌは、大丈夫かの?」
あぁ、やっぱりその話か。
最近、みんなが口をそろえて俺を心配してくる。
今日の昼もジルが言葉をかけてくれたけど、何を言われたかも記憶にない。
けどもういい。
放っておいてくれ。
俺にそこまで期待しないでくれ。
だから誰がどう声をかけてこようと、俺の心の殻を傷つけても壊すことはない。
完全防弾のプロテクトが、彼らの言葉を冷徹にはじき返す。
だから今回もそうした。
「俺は平気だよ。何も心配はない」
言い切る。
それが今のベターな答えだと思って。
だが――
「嘘、なのじゃ」
「え?」
「それは、嘘なのじゃ」
ふと振り向いてしまい、マリアの真剣なまなざしを正面から受けた。受けてしまった。
「これまで3年……ジャンヌと色んなことをした。遊んだり、お泊りしたり、お風呂に入ったり。時には喧嘩して、仲直りして。もうジャンヌのことは、大体わかるのじゃ。今のは、嘘なのじゃ」
「…………」
なんだ。
何を言っている。
俺のことが分かる?
いやいや、それはないだろ。
「そんな数年で人を分かるようなことはないさ。全部、マリアの勘違いだ。俺は平気だ。だからもう今日は帰って寝ろ。夜更かしは肌に悪いぞ」
「嫌じゃ」
「な……」
「ジャンヌは今、嘘を言っておる。平気だなんて言って、人を遠ざけておる。それくらい、余にもわかる」
遠慮ない言葉がグサグサと胸に突き刺さる。
そのせいか、どこか口調が荒くなる。
「そんなことない。マリアの勘違いだって言ったら勘違いだ。多分、空腹で腹が立ってるんだ。だから明日には治ってる。だから問題ない」
「そうではない! なんでそんな嘘をつくのじゃ? どうしてそんな拒絶をするのじゃ?」
「だから嘘じゃないって言ってるだろ!」
言って、後悔した。
何を怒鳴ってるんだ。マリアを怖がらせることになる。
あるいは、本当にお腹が空いて腹が立っているのかもしれない。
けど、マリアは――いつもならこれで俺が謝って終わるはずのマリアは、きゅっと唇を結んで、そして決然と言い放った。
「ジャンヌ、余でよかったら相談に乗るぞ。講和会議が破談になって、それのせいで困ってるのじゃろ?」
「お前に――」
その後の言葉はさすがに飲み込んだ。
無理やり、意思の強さで抑え込んだ。
マリアに怒鳴ってどうする。八つ当たりでしかないだろ。
「そうじゃな。余に何が分かるのか、そう言われたら何も答えられん」
マリアは悲しそうに、辛そうに言葉を吐く。
だが、それでも、と前置きして彼女は再び口を開く。
「それでも、じゃ。話してくれなくては誰も分からんのじゃ。ジャンヌが思ってること、ジャンヌが苦しんでること、何も」
「別に、話したくないことを話さなくても問題ないだろ」
「なんでそんな意固地になるのじゃ」
「意固地じゃない。不要なことはしないだけだ」
「…………」
沈黙が降りる。
少し意地悪い言い方だったかと思ったけど、今の俺としてはそう言うしかなかった。
しばらくしてマリアがゆっくりと、どこか沈んだ様子でしゃべりだした。
「前に聞いたじゃろ。ジャンヌはどこにも行かない、と。ずっと、この国に、世界にいてくれると」
言われた記憶はある。
あれは今年の初め、雪山に言った時の宿泊先でのこと。
今年ですべてが終わり、そうなったときに俺が元の世界に戻るということで、彼女の問いに困惑しながらも答えた。
彼女を困らせたくないから、寂しがらせたくないから。
嘘とは言わないが、ある程度ごまかしてそう言った。
あるいは、それが講和への原動力だったのかもしれない。
だが、それをマリアは――
「あれは、なしにしてくれなのじゃ」
「え……」
何を? いきなり言い出すのか。
「あれからも色々、自分の中で考えて。さらにジャンヌのことも考えて。あれはさすがに酷い言い方じゃと思った。自分勝手なわがままな意見じゃと思った。じゃから、あの約束は、もう守らなくていいのじゃ」
「それは……」
じゃあ、どうしろっていうんだ。
俺は、お前がいてほしいというから、講和に向けて動いたわけで。
いや、でも俺が勝てば俺はこの世界にはいられなくて、それでも負けたらお前は死ぬ。
「正直、嬉しかったのじゃ。ジャンヌが色々苦悩して決断を下した和睦。これでジャンヌとずっと一緒。じゃから余はとても嬉しかった。けど――」
破談になってからの俺の姿。
それが彼女にとって、耐えられないほどの重荷になった。そう彼女は言う。
「じゃからジャンヌの好きなようにしてほしいのじゃ。ジャンヌが思った通り、感じた通りにしてくれていいのじゃ。余のために……嘘をつかなくてもいいのじゃ」
「マリア……」
「もしジャンヌが本当に平和を望むのじゃったら。もう誰も戦いで死ぬことのない世界を作るのじゃったら、余も考えがある」
「考え……?」
「ん……」
マリアは小さくうなずき、少し間をあけて、それから覚悟を決めたように俺の目をしっかり見て、こう言った。
「オムカ王国は、エイン帝国に降伏しよう」
0
あなたにおすすめの小説
薬漬けレーサーの異世界学園生活〜無能被験体として捨てられたが、神族に拾われたことで、ダークヒーローとしてナンバーワン走者に君臨します〜
仁徳
ファンタジー
少年はとある研究室で実験動物にされていた。毎日薬漬けの日々を送っていたある日、薬を投与し続けても、魔法もユニークスキルも発動できない落ちこぼれの烙印を押され、魔の森に捨てられる。
森の中で魔物が現れ、少年は死を覚悟したその時、1人の女性に助けられた。
その後、女性により隠された力を引き出された少年は、シャカールと名付けられ、魔走学園の唯一の人間魔競走者として生活をすることになる。
これは、薬漬けだった主人公が、走者として成り上がり、ざまぁやスローライフをしながら有名になって、世界最強になって行く物語
今ここに、新しい異世界レースものが開幕する!スピード感のあるレースに刮目せよ!
競馬やレース、ウマ娘などが好きな方は、絶対に楽しめる内容になっているかと思います。レース系に興味がない方でも、異世界なので、ファンタジー要素のあるレースになっていますので、楽しめる内容になっています。
まずは1話だけでも良いので試し読みをしていただけると幸いです。
エレンディア王国記
火燈スズ
ファンタジー
不慮の事故で命を落とした小学校教師・大河は、
「選ばれた魂」として、奇妙な小部屋で目を覚ます。
導かれるように辿り着いたのは、
魔法と貴族が支配する、どこか現実とは異なる世界。
王家の十八男として生まれ、誰からも期待されず辺境送り――
だが、彼は諦めない。かつての教え子たちに向けて語った言葉を胸に。
「なんとかなるさ。生きてればな」
手にしたのは、心を視る目と、なかなか花開かぬ“器”。
教師として、王子として、そして何者かとして。
これは、“教える者”が世界を変えていく物語。
追放された最強賢者は悠々自適に暮らしたい
桐山じゃろ
ファンタジー
魔王討伐を成し遂げた魔法使いのエレルは、勇者たちに裏切られて暗殺されかけるも、さくっと逃げおおせる。魔法レベル1のエレルだが、その魔法と魔力は単独で魔王を倒せるほど強力なものだったのだ。幼い頃には親に売られ、どこへ行っても「貧民出身」「魔法レベル1」と虐げられてきたエレルは、人間という生き物に嫌気が差した。「もう人間と関わるのは面倒だ」。森で一人でひっそり暮らそうとしたエレルだったが、成り行きで狐に絆され姫を助け、更には快適な生活のために行ったことが切っ掛けで、その他色々が勝手に集まってくる。その上、国がエレルのことを探し出そうとしている。果たしてエレルは思い描いた悠々自適な生活を手に入れることができるのか。※小説家になろう、カクヨムでも掲載しています
異世界成り上がり物語~転生したけど男?!どう言う事!?~
繭
ファンタジー
高梨洋子(25)は帰り道で車に撥ねられた瞬間、意識は一瞬で別の場所へ…。
見覚えの無い部屋で目が覚め「アレク?!気付いたのか!?」との声に
え?ちょっと待て…さっきまで日本に居たのに…。
確か「死んだ」筈・・・アレクって誰!?
ズキン・・・と頭に痛みが走ると現在と過去の記憶が一気に流れ込み・・・
気付けば異世界のイケメンに転生した彼女。
誰も知らない・・・いや彼の母しか知らない秘密が有った!?
女性の記憶に翻弄されながらも成り上がって行く男性の話
保険でR15
タイトル変更の可能性あり
追放もの悪役勇者に転生したんだけど、パーティの荷物持ちが雑魚すぎるから追放したい。ざまぁフラグは勘違いした主人公補正で無自覚回避します
月ノ@最強付与術師の成長革命/発売中
ファンタジー
ざまぁフラグなんて知りません!勘違いした勇者の無双冒険譚
ごく一般的なサラリーマンである主人公は、ある日、異世界に転生してしまう。
しかし、転生したのは「パーティー追放もの」の小説の世界。
なんと、追放して【ざまぁされる予定】の、【悪役勇者】に転生してしまったのだった!
このままだと、ざまぁされてしまうが――とはならず。
なんと主人公は、最近のWeb小説をあまり読んでおらず……。
自分のことを、「勇者なんだから、当然主人公だろ?」と、勝手に主人公だと勘違いしてしまったのだった!
本来の主人公である【荷物持ち】を追放してしまう勇者。
しかし、自分のことを主人公だと信じて疑わない彼は、無自覚に、主人公ムーブで【ざまぁフラグを回避】していくのであった。
本来の主人公が出会うはずだったヒロインと、先に出会ってしまい……。
本来は主人公が覚醒するはずだった【真の勇者の力】にも目覚めてしまい……。
思い込みの力で、主人公補正を自分のものにしていく勇者!
ざまぁフラグなんて知りません!
これは、自分のことを主人公だと信じて疑わない、勘違いした勇者の無双冒険譚。
・本来の主人公は荷物持ち
・主人公は追放する側の勇者に転生
・ざまぁフラグを無自覚回避して無双するお話です
・パーティー追放ものの逆側の話
※カクヨム、ハーメルンにて掲載
ガチャと異世界転生 システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!
よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。
獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。
俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。
単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。
ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。
大抵ガチャがあるんだよな。
幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。
だが俺は運がなかった。
ゲームの話ではないぞ?
現実で、だ。
疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。
そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。
そのまま帰らぬ人となったようだ。
で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。
どうやら異世界だ。
魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。
しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。
10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。
そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。
5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。
残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。
そんなある日、変化がやってきた。
疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。
その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。
勇者をしている者なんですけど、キモデブ装甲のモブAにチェンジ魔法を使われて、身体が入れ替わった!? ありがとうモブA!やっと解放された!
くらげさん
ファンタジー
雑草のように湧いてくる魔王の討伐を1000年のあいだ勇者としてこなしてきたら、キモデブ装甲のモブAに身体を取られてしまった。
モブAは「チェンジ魔法」のユニークスキル持ちだった。
勇者は勇者を辞めたかったから丁度良かったと、モブAに変わり、この姿でのんびり平和に暮らして行こうと思った。
さっそく家に帰り、妹に理由を話すと、あっさりと信じて、勇者は妹が見たかった景色を見せてやりたいと、1000年を取り戻すような旅に出掛けた。
勇者は勇者の名前を捨てて、モブオと名乗った。
最初の街で、一人のエルフに出会う。
そしてモブオはエルフが街の人たちを殺そうとしていると気付いた。
もう勇者じゃないモブオは気付いても、止めはしなかった。
モブオは自分たちに関係がないならどうでもいいと言って、エルフの魔王から二週間の猶予を貰った。
モブオは妹以外には興味なかったのである。
それから妹はエルフの魔王と仲良くなり、エルフと別れる夜には泣き止むのに一晩かかった。
魔王は勇者に殺される。それは確定している。
はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~
緋色優希
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる