知力99の美少女に転生したので、孔明しながらジャンヌ・ダルクをしてみた

巫叶月良成

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間章 それぞれの決断

間章10 写楽明彦(オムカ王国軍師)

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「オムカ王国は、エイン帝国に降伏しよう」

 彼女が放った言葉。
 それは何ものにもまして俺の鼓膜を震わせ、そして脳に直接衝撃を与えたようだ。

 言葉で生きている俺が、何も言えなくなってしまった。

 それを理解してかいなくてか、彼女は続ける。

「シータ王国にも協力してもらい帝国に降伏し、帝国の統一という形でこの乱世を終わらせるのじゃ。そのためオムカの王室が消えてもよい。いや、むしろ余の命を捧げよう。余の死をもって、この世界から争いを消そう」

 一瞬。復活した思考回路が、とても良い考えだと判断してしまった。
 あの女神も、俺たちは各国の代表の死亡をもって終結と話していたが、対外的には統一すれば、という約束で言っている。

 つまり降伏という形で条件を満たせば、それは約束を守ったということ。
 それを破れば、それは神としての信用を失う。

 信用、すなわち信仰。
 神なんてものは、それを信じる人がいなくなればそれで終わり。
 そう、死ぬのだ。

 真実の神殺しというのは物理的に殺すわけではなく、人々の記憶からなくなれば、それだけで神はあっけなく死ぬ。
 だから神は約束を破るわけにはいかない。
 ある意味、最強の女神殺し。

 だが、それがよいと思ったのはあくまで女神がルールに沿って動いているという点について。
 あの女神は創造神だと名乗った。となれば、そうなった時点でこの世界を抹消し、また新しい世界を作ることになるのではないか。
 そう思ってしまえば、もはや対抗策にはなりえない。

 それに何より――

「ダメだ。お前が死ぬなんて、絶対ダメだ」

 それは自分の命惜しさのためじゃない。
 こんな少女が、これまで操り人形で大人たちの権力の犠牲になってきた彼女が、こんなところで消えていいわけがない。

 もちろん命に貴賎はないし、価値に差があってはいけない。
 けど、俺個人としてマリアを見ることに関しては、あるいは俺自身よりも上位に置いてもいいと考えている。

 マリアはこの世界で俺に新しい命をくれた存在だ。
 訳も分からず放り出された世界で、俺に生きる力を与えてくれた。その笑顔に、その破天荒さに、時としては迷惑だったけれど、救われてきたのは確か。
 それに彼女の命は、国民すべての責任がある。

 対して俺は一度は死んだ身だ。
 そう考えれば、もう一度の死くらい――果てしなくとてつもなく嫌だけど――それでもマリアの未来に比べれば、投げ出すくらいのことはどうということもない。

「だから、絶対ダメだ!」

 思わず声を荒げる。
 けどそれはマリアを非難してのものではない。

 それが分かっているからか、マリアは悲し気に微笑みながら、

「それでも、ジャンヌが辛そうにしているのなら、余が何とかしてあげなくちゃと思うのじゃ。だって、ジャンヌは余を救ってくれた――女神じゃから」

「俺が、女神?」

 悪い冗談だ、と思ったが、マリアはあの女神を知らないわけだから、直接じゃなく比喩的な表現で言ったのだろう。

「いや、それを言ったら俺もマリアには救われた。マリアがいなかったら、野垂れ死んでいた」

「ジャンヌがいなくては、オムカは独立もしなかったし、余も女王になれていなかったかもしれんのじゃ」

「違う、俺がいなくてもマリアは大丈夫だった。俺の方が救われたんだ!」

「そんなことないのじゃ、ジャンヌじゃからできたのじゃ!」

「だから違うって」

「このわからずやなのじゃ!」

「なんだと!」

「むぅぅー!」

 途中から話が脱線していたが、引くに引けず、子供じみた口論がヒートアップしていく。

 それを急速にクールダウンさせたのが、

 くぅ~~

 まさかの絶妙なタイミング。
 俺のお腹が、似つかわしくない可愛らしい音を鳴らしたのだ。

「…………」

「…………」

「…………ぷっ」

 吹き出すと、マリアは一気に笑い声をあげた。
 俺も、つられて笑った。

 久しぶりに笑った。そんな気がした。

「そうじゃ。ジャンヌはどうせ何も食べてないじゃろうからと思って、用意してきたのじゃ!」

「用意?」

 マリアがベッドから飛び降りて、何やら奥にしまっていたらしい籠をごそごそやってる。
 なんだろうか。

「じゃーん、ホワイトクリームのシチューなのじゃー」

 マリアが取り出したのは、小柄な鍋。
 その中にはシチューが入っている……が、どこか変だ。

 ホワイトクリームとかいう割には、どこか黒ずんでいて、何より浮かんで見えた野菜が、どことなく大きい。てか人参のくきが見えた。

「これは……?」

「その、えっとなのじゃ。ジャンヌが最近食欲がないって聞いて、それで、その、シチューなら食べられるじゃろ、と思って数日前からニーアと一緒に、その……」

「もしかしてマリアが?」

「……そうなのじゃ。そうなのじゃが……やっぱり変かの」

 変、と言えば変。
 いや、マリアが食事を作るなんてこと自体もそうだけど、このシチューも……。

「や、やっぱり駄目じゃな。慣れないことは。うん」

 くっ……そんなことを言われたら。
 しかも俺のためを思って作ってくれただなんて。

 それに今気づいた。
 マリアの両手にテーピングがしてある。
 慣れない料理で指を切ったのかもしれない。

 そこまでやられて、ここで引いたら男が廃る!
 そう、俺は男だ。最近忘れてるような気がするけど、俺はもとは男!
 なら女の子の手料理なんてもろ手を挙げて大歓迎ウェルカムすべきで、決して悲しませちゃいけない!

 というが、

「……ぅ」

 ダメだ。こういう展開は嫌な予感しかしない。

「いや、いいのじゃ。無理に食べて、体を壊しては元も子もないからの」

 悲しそうにシチューの鍋を下げるマリア。

 ええい、ままよ!

「ジャ、ジャンヌ!」

 俺はマリアから鍋をひったくると、備え付けのスプーンを持ってひとすくい。
 ジャガイモがかなり大きなブロックで出てきた。しかも皮付き。

「いや、いいのじゃ。それは食べられないのじゃ」

「俺は腹が減ったんだよ。食べ物があるなら食う。当然だろ」

 そして一息つき、覚悟を決めて一口。

 口内にあふれる液体。
 さすがに少し冷めているが、冷たいほどじゃない。
 そして大柄なジャガイモ。

 それが混ざり合い――……あれ?

「意外と、いける」

「え?」

「……ん、食べられる。まぁ、そこそこ……うまい」

「ほ、本当なのじゃ!?」

「ここで嘘言ってどうするんだよ」

 そう言いながら、スプーンでパクパク。
 途中からめんどくさくなって、鍋を口につけてずずっとすする。

 なんだかんだでやはり空腹だったんだろう。
 ものの数分で、鍋の中は空になった。

「ふぅ~~、ごちそうさま」

「あ……うん」

「なんだよ、そんな呆けた顔して」

「いや……なんかすごい食べっぷりじゃな、と」

「…………空腹だったんだよ」

 確かにあまり良いマナーじゃなかった気はする。
 けどもうそれもいいだろう。みっともない姿なんて、さんざん見せた後だしな。

 それにしても、なんかこんなんで人心地ついてる自分が憎らしい。
 今からすればさっきまで壊滅的な思考をしてたんだと改めて認識して、顔から火が出る思いだ。

 腹が減っては戦は出来ぬというが、腹が減っては思考もできぬらしい。

 まったく、何がどうなってもいいだ。ここから出ていこうだ。

 久々に怒鳴って、笑って、満腹になって。
 少し気持ちが上向いたというか。

 もう少し、しっかりと自分のこと、マリアのこと、みんなのことを考えるべきだと感じた。

 講和が破談になったこと。
 それはとても悲しいことで、それが引き起こす乱世を考えると気が重い。

 けど、マリアが決断したように。
 みんなが不安がるように。

 誰だって同じ。
 俺だけが不安に押しつぶされるわけにはいかない。

 戦おう。
 人を殺すための戦いじゃなく、この理不尽な現実に対しての戦いをしよう。

 その意志がある限り、俺は、きっと立っていられる。

 何より、俺は幸せ者だ。
 こんなにも心配してくれる仲間がいてくれて。
 共に戦ってくれる仲間がいてくれて。

 そんな仲間たちにも酷いことを言った気がする。
 後でみんなに謝ろう。

 そして――そのことに気づかせてくれた彼女。

 今のシチューの中にあるマリアの想いが、気持ちが、覚悟が、命が、のどを通して全身に伝わってきた。

 ……うん。
 そうだよ。
 やっぱり、ダメだ。

 マリアを死なせるわけにはいかない。
 かといって女神の言う通りになるつもりは毛頭ない。

 正直、現時点で何か良い知恵があるわけじゃない。
 けどまだ時間はある。
 必ず何か打開策を思いつく。
 そうでなけりゃ、なんのための知力99だ。

 だからそのために、まずはこうしよう。

「すまなかった」

「え? いや、えっと?」

 俺が急に頭を下げたことに、マリアが困惑する。

「ちょっと色々あって精神がダメになってたみたいだ。だから心にもないことを言ったと思う。だからごめん」

「いいのじゃ。ジャンヌが元気になってくれるなら」

 本当に、成長したよな。
 なんだか我が子のようにうれしくなる。まだ俺、20過ぎだけど。

「マリア、これは借りにしておく」

「そんな、借りだなんて」

「いいから聞いてくれ。俺はこのシチューをマリアから借りた。ならそれを返さなくちゃいけない。だからやる。帝国なんかに、女神なんかにお前を好きにさせない。だから、それまで絶対に死んでもいいとか言わないでくれ」

 マリアは俺が言った言葉を少し驚いたように受け取り、目を閉じて少しの間を開け、再び目を開けた時には女王としての表情になっていた。

「わかったのじゃ。ジャンヌに生ある限り、余も戦うことを決めるのじゃ」

 その宣誓に、俺はうなずく。
 そして左手の人差し指にある、銀色の指輪――誕生日の時にもらった過去のジャンヌ・ダルクがつけていたという指輪――をかざして、そして言う。

「この指輪に誓おう。俺は戦って、勝って、そして必ず戻ってくる。それまでは死なないし、どこかへ行ったりしない」

 ちょっとくさいセリフだったか?
 まぁいいだろ。たまには。

「……うん、約束なのじゃ」

 マリアが笑った。

 それはまさに、聖母のような温かい微笑みだった。
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