知力99の美少女に転生したので、孔明しながらジャンヌ・ダルクをしてみた

巫叶月良成

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間章 それぞれの決断

間章9 写楽明彦(オムカ王国軍師)

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 王都に戻ってから考え続けた。

 この世界にいる意味。
 この世界に残る意味。
 この世界で戦う意味。

 これまで起きたことを考えた。
 現在起きていることを考えた。
 これから起こることを考えた。

 出会った人のことを考えた。
 わかれた人のことを考えた。
 まだ見ぬ人のことを考えた。

 どれだけ考えても、どれだけ悩んでも、どれだけ苦しんでも答えは見つからない。

 もうどうしていいのかわからなくなって、このまま消えてしまおうかと考えた。
 飲食を絶って、飢えと苦しみの中に死んでいくことが、俺がこれまで奪ってきた命に対する贖罪しょくざいとも思った。

 けどお腹が空けば飯を食い、のどが渇けば水を飲み、生きながらえる自分がなんと浅ましいものか。
 消えるとか死ぬとか言っても、そんな覚悟もない貧弱な意志しかもたない俺に、何ができるのか。

 思えば、これまでが出来すぎだったのだろう。
 この世界に来て以降、わき目も触れずに突っ走ってここまで来た。
 楽しいことも悲しいこともたくさんあったけど、今振り返ってみても上出来の部類だ。
 少しは――誇れるようなことじゃないけど――自信を持てた。

 けど、今はその自信すらも揺らぐ。

 あの講和の決裂。
 その元凶たる女神の存在。

 あるいは、これまでのことも、この流れに持っていくために、あの女神に良いように使われたのでは? と考えてしまう。
 俺は、この帝国一強の勢力を塗り替え、戦いを盛り上げるための、ただのピエロだったと。

 考えすぎだと思っている。
 けど、あの女神の言っていることを考えると、それもまたありえなくはないとも思えるのだ。

 すべてあの女神の掌のうち。
 お釈迦様の掌の上で愚かなダンスを踊る小人しょうじんここに極まれりだ。

 そう考えると何もかもよくなった。
 いろいろ考えても、その結果が、あの女神の思惑通りだと考えると、やる気も生きる気も失せるものだ。

 だから日々をただ漠然と過ごし、もはや戦う意思も考える力もなくしていた。
 ただ自分の殻にこもり、もう何もしたくない思いで日々を生きた。

 そんな投げやりな思いで、過ごすある日の夜のことだ。

「クロエ……?」

 王宮から帰った家には、誰もいなかった。
 暗い室内に、ランプの明かりをつける。

 机には置手紙があって、ニーアから呼びだされたので今日は帰れない、ということが書いてあった。

 そのことに何も感じるものがない。
 ただ今日の夕飯をどうしようと思ったくらいだ。
 やっぱり食べることにこだわる自分が情けなくなる。

「……寝るか」

 食事も要らない。
 風呂もどうでもいい。
 着替えも別にいい。

 そんな思いでそのままベッドにダイブしてそのまま明日を迎えよう。

 けど、なんのために?
 何をするわけでもなく、明日を迎える。
 そんな日々が続き、もはや何のために生きているのか分からなくなって久しい。

 もう、消えてしまおうか。
 死ぬ勇気もないから、このどこか温かみのある生活を捨てて、どこかへ放浪して。
 野垂れ死ぬのもいいし、オムカが負けて女神に殺されるのもいい。

 もう何もかもがどうでもいい。

 だから明日。
 起きたら、そのまま消えよう。

 きっと俺なんかがいても、この後どうしようもないだろう。
 オムカは滅びる。
 帝国に負ける。
 そして彼女は死ぬ。

 だから、それを見なくて済むのなら、俺は……。

 寝室のドアを開ける。

 そこは、明るかった。
 ランプが、明かりが、ついていた。

 クロエか、と思ったけど、今日は帰れないと言っている。
 なのに誰かがいる。

 不審を感じている俺に、室内にいた1つの影が、俺を認めて声を出した。

「おかえり、なのじゃ」

「マリア……?」

 マリアが、いた。
 王宮にいたはずの彼女が、なぜか俺の家に、しかも寝室にいて、こちらを見てにこやかに笑っているのだ。意味が分からなかった。

「なんで、ここに? 鍵がかかってたはずじゃ……」

「クロエにお願いしたのじゃ。今頃、ニーアと一緒におる」

「あいつ……」

 今日いないのはそういうことか。

「クロエは悪くないのじゃ。余が勝手に頼んだことじゃから」

「怒ってはないよ。ただ、護衛もなしにこんなところに来るのは危険だろ」

 いくら王都内とはいえ、さらに俺の家とはいえ、その道中に何があるかは分からない。
 停戦期間中とはいえ、帝国が何か手を打ってこない理由にはならないのだ。

「一応サールにはついてきてもらったから。それより、ジャンヌと話がしたいのじゃ」

「俺と?」

 とりあえずサールと一緒というのならば問題はないだろう。
 それより俺と話がしたいって……。

「それならいつもみたく、呼んでくれればよかったのに」

「うん……でも、いつもジャンヌを呼んでばかりじゃったからの。ジャンヌがどういう暮らしをしてるか、見てみたかったのもあるし」

 そういうものか。
 いや、てゆうかこいつ、何度かうちに忍び込んでこなかったか?
 ま、いっか。

「わかったよ。とりあえず居間に戻るか。ここで話ってのもなんだし」

「ううん、ここがいいのじゃ」

「ったく。しょうがないな」

 本来なら国の代表が私邸に来たのだから、それ相応の礼をして迎えなくてはいけないわけだけど。
 まぁそもそもがお忍びだし。こいつがここでいいってならそれでいいか。

 というわけで、それほど大きくもない(少なくともマリアの部屋にあるのとは二回り以上小さい)ベッドに並んで腰かける。

「それで、話ってのは?」

 少しぶっきらぼうに促したのは、別にプライベートの時間をつぶされたからじゃない。
 どうせ何もすることないから寝ようと思ってたくらいで――いや、ここから出ていこうという決断をした直後だったので、やっぱり決まりが悪かったのかもしれない。

「うん、それなのじゃが……ジャンヌは、大丈夫かの?」

 あぁ、やっぱりその話か。
 最近、みんなが口をそろえて俺を心配してくる。
 今日の昼もジルが言葉をかけてくれたけど、何を言われたかも記憶にない。

 けどもういい。
 放っておいてくれ。
 俺にそこまで期待しないでくれ。

 だから誰がどう声をかけてこようと、俺の心の殻を傷つけても壊すことはない。
 完全防弾のプロテクトが、彼らの言葉を冷徹にはじき返す。

 だから今回もそうした。

「俺は平気だよ。何も心配はない」

 言い切る。
 それが今のベターな答えだと思って。

 だが――

「嘘、なのじゃ」

「え?」

「それは、嘘なのじゃ」

 ふと振り向いてしまい、マリアの真剣なまなざしを正面から受けた。受けてしまった。

「これまで3年……ジャンヌと色んなことをした。遊んだり、お泊りしたり、お風呂に入ったり。時には喧嘩して、仲直りして。もうジャンヌのことは、大体わかるのじゃ。今のは、嘘なのじゃ」

「…………」

 なんだ。
 何を言っている。

 俺のことが分かる?
 いやいや、それはないだろ。

「そんな数年で人を分かるようなことはないさ。全部、マリアの勘違いだ。俺は平気だ。だからもう今日は帰って寝ろ。夜更かしは肌に悪いぞ」

「嫌じゃ」

「な……」

「ジャンヌは今、嘘を言っておる。平気だなんて言って、人を遠ざけておる。それくらい、余にもわかる」

 遠慮ない言葉がグサグサと胸に突き刺さる。
 そのせいか、どこか口調が荒くなる。

「そんなことない。マリアの勘違いだって言ったら勘違いだ。多分、空腹で腹が立ってるんだ。だから明日には治ってる。だから問題ない」

「そうではない! なんでそんな嘘をつくのじゃ? どうしてそんな拒絶をするのじゃ?」

「だから嘘じゃないって言ってるだろ!」

 言って、後悔した。
 何を怒鳴ってるんだ。マリアを怖がらせることになる。
 あるいは、本当にお腹が空いて腹が立っているのかもしれない。

 けど、マリアは――いつもならこれで俺が謝って終わるはずのマリアは、きゅっと唇を結んで、そして決然と言い放った。

「ジャンヌ、余でよかったら相談に乗るぞ。講和会議が破談になって、それのせいで困ってるのじゃろ?」

「お前に――」

 その後の言葉はさすがに飲み込んだ。
 無理やり、意思の強さで抑え込んだ。

 マリアに怒鳴ってどうする。八つ当たりでしかないだろ。

「そうじゃな。余に何が分かるのか、そう言われたら何も答えられん」

 マリアは悲しそうに、辛そうに言葉を吐く。

 だが、それでも、と前置きして彼女は再び口を開く。

「それでも、じゃ。話してくれなくては誰も分からんのじゃ。ジャンヌが思ってること、ジャンヌが苦しんでること、何も」

「別に、話したくないことを話さなくても問題ないだろ」

「なんでそんな意固地になるのじゃ」

「意固地じゃない。不要なことはしないだけだ」

「…………」

 沈黙が降りる。
 少し意地悪い言い方だったかと思ったけど、今の俺としてはそう言うしかなかった。

 しばらくしてマリアがゆっくりと、どこか沈んだ様子でしゃべりだした。

「前に聞いたじゃろ。ジャンヌはどこにも行かない、と。ずっと、この国に、世界にいてくれると」

 言われた記憶はある。
 あれは今年の初め、雪山に言った時の宿泊先でのこと。

 今年ですべてが終わり、そうなったときに俺が元の世界に戻るということで、彼女の問いに困惑しながらも答えた。
 彼女を困らせたくないから、寂しがらせたくないから。
 嘘とは言わないが、ある程度ごまかしてそう言った。

 あるいは、それが講和への原動力だったのかもしれない。

 だが、それをマリアは――

「あれは、なしにしてくれなのじゃ」

「え……」

 何を? いきなり言い出すのか。

「あれからも色々、自分の中で考えて。さらにジャンヌのことも考えて。あれはさすがに酷い言い方じゃと思った。自分勝手なわがままな意見じゃと思った。じゃから、あの約束は、もう守らなくていいのじゃ」

「それは……」

 じゃあ、どうしろっていうんだ。
 俺は、お前がいてほしいというから、講和に向けて動いたわけで。
 いや、でも俺が勝てば俺はこの世界にはいられなくて、それでも負けたらお前は死ぬ。

「正直、嬉しかったのじゃ。ジャンヌが色々苦悩して決断を下した和睦。これでジャンヌとずっと一緒。じゃから余はとても嬉しかった。けど――」

 破談になってからの俺の姿。
 それが彼女にとって、耐えられないほどの重荷になった。そう彼女は言う。

「じゃからジャンヌの好きなようにしてほしいのじゃ。ジャンヌが思った通り、感じた通りにしてくれていいのじゃ。余のために……嘘をつかなくてもいいのじゃ」

「マリア……」

「もしジャンヌが本当に平和を望むのじゃったら。もう誰も戦いで死ぬことのない世界を作るのじゃったら、余も考えがある」

「考え……?」

「ん……」

 マリアは小さくうなずき、少し間をあけて、それから覚悟を決めたように俺の目をしっかり見て、こう言った。

「オムカ王国は、エイン帝国に降伏しよう」
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