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第1章 オムカ王国独立戦記
第20話 花ぞ散る
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「ジャンヌ!」
引き上げられた。
濁った視界が空気に触れてクリアになる。
同時、停止していた心肺機能がすさまじい勢いで活動を再開し、再三咳き込む。ありったけの酸素を体に満たそうと喉が自動で空気を取り込もうとする。
「無事、ね……びっくりした。急に動かなくなるなんて……」
ニーアだ。
抱き上げるように、溺れた俺を引き上げてくれた。
「無事か、ジャンヌは無事なのかニーア?」
「ええ、女王様。大丈夫のようです」
「――ねばよかった」
「え?」
「俺は、死ねばよかったんだ」
「……何を言ってるわけ?」
ニーアの顔が険しくなると同時、戸惑いの色が見え隠れする。
そりゃそうだ。
こいつも、何もわかってない。俺がやったことを、なに1つ。
だから俺を支える手を乱暴に払った。
「俺は、殺した」
目を閉じればきっとまたあの瞳が俺を見つめてくる。
それが、怖い。
だから1つ深呼吸して、そして思いのありったけをニーアにぶつける。
「だから俺は生きてちゃいけないんだ。殺したんだぞ。いっぱい、たくさんの人を。しかも俺が直接手をくだしたわけじゃない。俺はただ指図しただけだ。その結果がこれだ。大量殺人だ。それなのに、こうして、のうのうと生きてる。埋葬した? それもただの偽善だ。生き残ってラッキーとか思った罪悪感を紛らわせるための偽悪だ。そんなの、なんて卑怯。あまりに、非人道。だから――」
「だから死んだ方がマシだってわけ?」
「そうだ! だから俺は死ぬべきだったんだ。ジルに助けられず、あそこで死んだ方が。いや、その前の。こんな世界に来る前に死んだ方が――」
衝撃。
視界から2人が消えた。
違う。俺の顔が動いたのだ。頭をずらせばほら、また2人がいる。
続いて痛みが来た。
右の頬が熱を持って痛みを発する。
ぶたれた。
そう理解するのに数秒かかった。
「言いたいことはそれだけ?」
ニーアの冷たくえぐるような言葉。
怒っている。当然だ。こんな無様さを見せつけているんだから。
「ニ、ニーア……」
「女王様。申し訳ありませんが、少しお時間を」
「う、うむ。頼む」
ニーアが1歩近づく。
そして無造作に、避ける間もなくかぎ爪のように曲げた右手を、俺の喉に食い込ませた。
「ぐっ……あ」
さらに背中に痛み。
やすりにこすりつけられたような感覚。
風呂場に乱立する樹木の幹に背中を押し付けられている。後ろには逃げられない。
「ジーンから聞いた。結構参ってるって。だからジーンもつきっきりで看病して、色々話したんだと思う。あいつは優しいからね。でもあたしは優しくないわよ? で? それがどうかした?」
「それが……?」
「そう、そんなことで正直参られたら困るのよ。ジャンヌにはまだまだ働いてもらわなきゃ困るし」
そんなこと、だと!
怒りで顔が赤くなる。違う酸欠だ。俺の喉元に食い込むニーアの右手に両手を添え、力いっぱい握りつぶす。わずかに緩んだ喉の圧迫から空気を取り入れて、さらに声としてぶつける。
「人を、殺したんだぞ! たくさん、人が、死んだんだ!」
「それがどうしたって言ってんの! あのね、あたしたちは戦争をしてるの。人を殺してるんだよ!」
「知ってる!」
「いや、分かってない。あぁ、そういうこと。あんた、どういう経緯でここに来たのか知らないけど、初体験ってことだったわけ。殺しの。だからそんな甘い事言う」
「あるわけないだろ。お前だって近衛兵って――」
「はっ、舐めんじゃないわよ。こちとら何年も前から戦場で戦ってきた。人だってたくさん殺してきた」
それは衝撃だった。
力が強いだけのただの気の良い女の子だと思ってたニーアが、すでに戦争の渦中にいるだなんて。
「あぁやっば、むかついてきた。女王様、ごめんなさい。あたし、こいつ殺します。もうダメですよ。いるだけでイライラするし、何より格好良くない。だから今のうちに殺します」
「し、しかしじゃな……」
「大丈夫です。綺麗に殺して、その後に氷漬けにしましょう。そうすれば世界一美しいオブジェの出来上がりです。衰えることない裸体の乙女。永遠の美を」
本気か、と思った。
だが圧力を増す腕に、彼女の怒りと殺意が込められているのが分かる。
「というわけだからちょっと死んで。あんたなんかにいられたら、あたしが死ぬ。あたしはまだ死ぬわけにはいかないの。女王様を、真の女王様にするためには。夢も目的も何もなく、ただ生きてるだけのあんたなんかに、あたしたちの邪魔はさせない」
目的。
その言葉にハッとした。
そうだ、俺の目的。
ハードすぎる事件の連続で、当初の目的が追いやられていた。
里奈。
彼女に会いたい。
彼女と話がしたい。
彼女とキャンパスライフを満喫したい。
そのために、死んで生き返ってここにいる。
でもここは日本と違った修羅の国だった。
戦争。
テレビの向こうか、フィクションでしか知らない言葉。それでもそれは1世紀も満たない昔に日本にもあったのだ。
何故殺す。生きるためでもなく、食べるためでもなく、ただ殺すために殺す。
なんだこの世界は。そんなふざけた世界なんだ。
無性に腹が立ってきた。
この世界に、あの女神に、そしてこんなところで死のうとした自分自身に。
「さ、死んで。抵抗すると苦しいよ」
ニーアの手に更に力が入る。窒息――の前に首の骨が折れそうだ。
確かにこのまま身を任せた方が楽なのかもしれない。
だがそれももうやめだ。
生きる。生き延びる。
そして殴る。
あのクソ女神を一発ぶちかまして言ってやるんだ。
『あんたのおかげで死ぬほど楽しい転生ができたよ』
だからそれまでは――
「死ぬ――かよ!」
手は動かせない。だから蹴った。
狙いは股間。男ほどの効果は見込めないものの、人間の急所であることには変わりはない。
「うっ!」
ニーアがひるみ、喉の圧迫から解放された。
そして距離を取りつつ、咳き込み、だがニーアに対して警戒を解かないように毅然とにらみつける。
「……思い、出した。俺がここにいる意味、ここで為すべきことを……。そのためにはもう迷わない。甘い考えで何が悪い。人殺しが嫌で何が悪い。俺は俺のやり方で生き抜いて見せる。だから、このふざけた世界に殺されてたまるか!」
元の世界に戻って里奈と会う。
その俺の目的は変わらない。
けどそのために犠牲を強いるわけにはいかない。人殺しを容認するわけにはいかない。
嫌なものは嫌。やりたくないことはやりたくないこと。
それでもあの瞳はきっとまだ俺を見つめてくるだろう。あの恐怖から逃げることはきっとできない。
だから受け止める。
そんなことは不可能だって?
「舐めるなよ……。なんてったって俺は知力99の大天才様だからな! 大天才に不可能はない!」
「それが……貴女の覚悟なのね」
ニーアがじっと俺を見つめてくる。
おちゃらけた雰囲気のない、混じりけのない真剣な表情。
俺はその視線を外すとなく、逆に睨み返す。
5秒。
10秒。
いつまで続くかとも知れない睨み合いは、
「ぶふっ!」
という女性のものとは思えない快音と、鮮血によって中断された。
え、鮮血?
見ればニーアが顔を抑えている。その手の間からは赤い血がだらだらと流れていた。
いきなり!? 何が……病気か!? いや、さっきの蹴りのせいとか!?
「女王様。やられてしまいました」
「分かる。ニーア。余もじゃ」
ニーアが声をかけた女王もまた、鼻をつまんで上を向き、流れ出る血を止めようとしている。
ってそっちもかよ!
え、なにこの状況。まさかのぼせたとか?
いや、この2人。お湯に全く入ってないぞ。ニーアが俺の首を絞めるために足を浸からせているだけだ。そもそも、今まで必死で気づかなかったが、この場所のせいもあり2人ともタオルを体に巻いた以外は何も身につけてはいない。
マリアは年相応というべきか、こじんまりした体躯に見合った体系だが、発展途上ということを考えれば有望だ。
対するニーアは鍛え抜かれた筋肉が完璧なボディバランスを強調している。
状況を整理すればするほど、カオスな状況というのがはっきりしてくる。
「えっと、大丈夫か?」
とりあえず声をかけてみた。
「も、問題ないのじゃ。ちょっと当てられただけなのじゃ」
「あてられた?」
「うむ……そのなんというか。美に、じゃな!」
「はぁ」
意味が分からない。
この状況の何に美を見出したのか。
「女王様……さすがです。さすがはあたしの一番弟子」
「ふっ、そういうニーアこそ、よくぞジャンヌを立て直した。これはまさしく値千金の働きじゃぞ」
「お気遣いなく。報酬は今、ここに見出しております。もう。ええ。この情景は永遠に記録するべきでしょう」
何言ってんだ、こいつら。
ただ、どうも視線に熱を感じる。
下から上に舐めるような視線。
あ、なんかこれ知ってる。俺はこの視線を受けたことがある。
あれは……今日の昼だ。戦場に行く前、ハカラがこんな目をしてた。
……えっと、つまりそれって。
「なんで俺をじっと見てる?」
「見てない、見てない。ジャンヌ可愛いなぁとか、良い体してるよねとか、思いっきり抱きしめたいとか、ジャンヌの首を絞めた指を舐めたいとか、そんなこと全然思ってないから!」
「その通りじゃ。やっぱり凛々しいジャンヌがいいのぅとか、ずっとそのままでいてほしいのぅとか、さらさらの髪にふんふんしたいのぅとか、こうなったら銅像を作って余の寝室に飾っておこうかとか、まったくもって考えておらんぞ!」
「欲望だだ洩れじゃねぇか!」
急に恥ずかしくなって湯船に体を浸して視線から逃れる。
てか普通そういうのって逆じゃね? 男が女に言う言葉じゃね!?
あ、今の俺は女だからいいのか――いや、だからよくないって!
やばい、この2人のテンションに引きずられて混乱しているようだ。今さっき決めたばかりの決意も揺らぎそうで仕方ない。
「ま、冗談はさておき。やっぱりジャンヌはそうやって意地張ってふんぞり返ってなきゃ。ま、あたしの荒療治のおかげね」
「そうなのじゃ。ジャンヌにはいつも格好良く、凛としていて欲しいのじゃ」
やり方と反応と欲望にはには色々文句を言ってやりたかったが、どうやらこの2人も俺を心配してくれたらしい。一応、そのおかげで俺も思いを吐き出して吹っ切れて、目的を再認識できたわけだけど。
ただ……なんだろう、この釈然としない思いは。
「しかし銅像とは、さすが女王様。分かってらっしゃる……………………作りますか」
「うむ、作るしかないじゃろ」
「ということは採寸をしなければ。特に胸囲はしっかり計測しなければなりませんね?」
「その通りじゃの……………………やるか」
え、なに。何の話?
何か不吉なワードが聞こえなかったか?
「ふふふ、というわけでジャンヌ。そこ動かないでよ?」
「のじゃ! 王たる者、臣下の全てを知る責務があるからの!」
目を光らせて中腰になって距離を詰めてくる2人が超怖い。目が据わってる。
この世界、何が一番ふざけているのかと思えば、戦争をしていることでも、理不尽な隷属を強いられているわけでもない。
この2人にいいようにされるのが一番ふざけている!
なんて心で叫んでみても、現実には何ら助けにはならないわけで。
そして……花が散った……。
「――わけあるか!」
絶叫が高い天井に木霊した。
引き上げられた。
濁った視界が空気に触れてクリアになる。
同時、停止していた心肺機能がすさまじい勢いで活動を再開し、再三咳き込む。ありったけの酸素を体に満たそうと喉が自動で空気を取り込もうとする。
「無事、ね……びっくりした。急に動かなくなるなんて……」
ニーアだ。
抱き上げるように、溺れた俺を引き上げてくれた。
「無事か、ジャンヌは無事なのかニーア?」
「ええ、女王様。大丈夫のようです」
「――ねばよかった」
「え?」
「俺は、死ねばよかったんだ」
「……何を言ってるわけ?」
ニーアの顔が険しくなると同時、戸惑いの色が見え隠れする。
そりゃそうだ。
こいつも、何もわかってない。俺がやったことを、なに1つ。
だから俺を支える手を乱暴に払った。
「俺は、殺した」
目を閉じればきっとまたあの瞳が俺を見つめてくる。
それが、怖い。
だから1つ深呼吸して、そして思いのありったけをニーアにぶつける。
「だから俺は生きてちゃいけないんだ。殺したんだぞ。いっぱい、たくさんの人を。しかも俺が直接手をくだしたわけじゃない。俺はただ指図しただけだ。その結果がこれだ。大量殺人だ。それなのに、こうして、のうのうと生きてる。埋葬した? それもただの偽善だ。生き残ってラッキーとか思った罪悪感を紛らわせるための偽悪だ。そんなの、なんて卑怯。あまりに、非人道。だから――」
「だから死んだ方がマシだってわけ?」
「そうだ! だから俺は死ぬべきだったんだ。ジルに助けられず、あそこで死んだ方が。いや、その前の。こんな世界に来る前に死んだ方が――」
衝撃。
視界から2人が消えた。
違う。俺の顔が動いたのだ。頭をずらせばほら、また2人がいる。
続いて痛みが来た。
右の頬が熱を持って痛みを発する。
ぶたれた。
そう理解するのに数秒かかった。
「言いたいことはそれだけ?」
ニーアの冷たくえぐるような言葉。
怒っている。当然だ。こんな無様さを見せつけているんだから。
「ニ、ニーア……」
「女王様。申し訳ありませんが、少しお時間を」
「う、うむ。頼む」
ニーアが1歩近づく。
そして無造作に、避ける間もなくかぎ爪のように曲げた右手を、俺の喉に食い込ませた。
「ぐっ……あ」
さらに背中に痛み。
やすりにこすりつけられたような感覚。
風呂場に乱立する樹木の幹に背中を押し付けられている。後ろには逃げられない。
「ジーンから聞いた。結構参ってるって。だからジーンもつきっきりで看病して、色々話したんだと思う。あいつは優しいからね。でもあたしは優しくないわよ? で? それがどうかした?」
「それが……?」
「そう、そんなことで正直参られたら困るのよ。ジャンヌにはまだまだ働いてもらわなきゃ困るし」
そんなこと、だと!
怒りで顔が赤くなる。違う酸欠だ。俺の喉元に食い込むニーアの右手に両手を添え、力いっぱい握りつぶす。わずかに緩んだ喉の圧迫から空気を取り入れて、さらに声としてぶつける。
「人を、殺したんだぞ! たくさん、人が、死んだんだ!」
「それがどうしたって言ってんの! あのね、あたしたちは戦争をしてるの。人を殺してるんだよ!」
「知ってる!」
「いや、分かってない。あぁ、そういうこと。あんた、どういう経緯でここに来たのか知らないけど、初体験ってことだったわけ。殺しの。だからそんな甘い事言う」
「あるわけないだろ。お前だって近衛兵って――」
「はっ、舐めんじゃないわよ。こちとら何年も前から戦場で戦ってきた。人だってたくさん殺してきた」
それは衝撃だった。
力が強いだけのただの気の良い女の子だと思ってたニーアが、すでに戦争の渦中にいるだなんて。
「あぁやっば、むかついてきた。女王様、ごめんなさい。あたし、こいつ殺します。もうダメですよ。いるだけでイライラするし、何より格好良くない。だから今のうちに殺します」
「し、しかしじゃな……」
「大丈夫です。綺麗に殺して、その後に氷漬けにしましょう。そうすれば世界一美しいオブジェの出来上がりです。衰えることない裸体の乙女。永遠の美を」
本気か、と思った。
だが圧力を増す腕に、彼女の怒りと殺意が込められているのが分かる。
「というわけだからちょっと死んで。あんたなんかにいられたら、あたしが死ぬ。あたしはまだ死ぬわけにはいかないの。女王様を、真の女王様にするためには。夢も目的も何もなく、ただ生きてるだけのあんたなんかに、あたしたちの邪魔はさせない」
目的。
その言葉にハッとした。
そうだ、俺の目的。
ハードすぎる事件の連続で、当初の目的が追いやられていた。
里奈。
彼女に会いたい。
彼女と話がしたい。
彼女とキャンパスライフを満喫したい。
そのために、死んで生き返ってここにいる。
でもここは日本と違った修羅の国だった。
戦争。
テレビの向こうか、フィクションでしか知らない言葉。それでもそれは1世紀も満たない昔に日本にもあったのだ。
何故殺す。生きるためでもなく、食べるためでもなく、ただ殺すために殺す。
なんだこの世界は。そんなふざけた世界なんだ。
無性に腹が立ってきた。
この世界に、あの女神に、そしてこんなところで死のうとした自分自身に。
「さ、死んで。抵抗すると苦しいよ」
ニーアの手に更に力が入る。窒息――の前に首の骨が折れそうだ。
確かにこのまま身を任せた方が楽なのかもしれない。
だがそれももうやめだ。
生きる。生き延びる。
そして殴る。
あのクソ女神を一発ぶちかまして言ってやるんだ。
『あんたのおかげで死ぬほど楽しい転生ができたよ』
だからそれまでは――
「死ぬ――かよ!」
手は動かせない。だから蹴った。
狙いは股間。男ほどの効果は見込めないものの、人間の急所であることには変わりはない。
「うっ!」
ニーアがひるみ、喉の圧迫から解放された。
そして距離を取りつつ、咳き込み、だがニーアに対して警戒を解かないように毅然とにらみつける。
「……思い、出した。俺がここにいる意味、ここで為すべきことを……。そのためにはもう迷わない。甘い考えで何が悪い。人殺しが嫌で何が悪い。俺は俺のやり方で生き抜いて見せる。だから、このふざけた世界に殺されてたまるか!」
元の世界に戻って里奈と会う。
その俺の目的は変わらない。
けどそのために犠牲を強いるわけにはいかない。人殺しを容認するわけにはいかない。
嫌なものは嫌。やりたくないことはやりたくないこと。
それでもあの瞳はきっとまだ俺を見つめてくるだろう。あの恐怖から逃げることはきっとできない。
だから受け止める。
そんなことは不可能だって?
「舐めるなよ……。なんてったって俺は知力99の大天才様だからな! 大天才に不可能はない!」
「それが……貴女の覚悟なのね」
ニーアがじっと俺を見つめてくる。
おちゃらけた雰囲気のない、混じりけのない真剣な表情。
俺はその視線を外すとなく、逆に睨み返す。
5秒。
10秒。
いつまで続くかとも知れない睨み合いは、
「ぶふっ!」
という女性のものとは思えない快音と、鮮血によって中断された。
え、鮮血?
見ればニーアが顔を抑えている。その手の間からは赤い血がだらだらと流れていた。
いきなり!? 何が……病気か!? いや、さっきの蹴りのせいとか!?
「女王様。やられてしまいました」
「分かる。ニーア。余もじゃ」
ニーアが声をかけた女王もまた、鼻をつまんで上を向き、流れ出る血を止めようとしている。
ってそっちもかよ!
え、なにこの状況。まさかのぼせたとか?
いや、この2人。お湯に全く入ってないぞ。ニーアが俺の首を絞めるために足を浸からせているだけだ。そもそも、今まで必死で気づかなかったが、この場所のせいもあり2人ともタオルを体に巻いた以外は何も身につけてはいない。
マリアは年相応というべきか、こじんまりした体躯に見合った体系だが、発展途上ということを考えれば有望だ。
対するニーアは鍛え抜かれた筋肉が完璧なボディバランスを強調している。
状況を整理すればするほど、カオスな状況というのがはっきりしてくる。
「えっと、大丈夫か?」
とりあえず声をかけてみた。
「も、問題ないのじゃ。ちょっと当てられただけなのじゃ」
「あてられた?」
「うむ……そのなんというか。美に、じゃな!」
「はぁ」
意味が分からない。
この状況の何に美を見出したのか。
「女王様……さすがです。さすがはあたしの一番弟子」
「ふっ、そういうニーアこそ、よくぞジャンヌを立て直した。これはまさしく値千金の働きじゃぞ」
「お気遣いなく。報酬は今、ここに見出しております。もう。ええ。この情景は永遠に記録するべきでしょう」
何言ってんだ、こいつら。
ただ、どうも視線に熱を感じる。
下から上に舐めるような視線。
あ、なんかこれ知ってる。俺はこの視線を受けたことがある。
あれは……今日の昼だ。戦場に行く前、ハカラがこんな目をしてた。
……えっと、つまりそれって。
「なんで俺をじっと見てる?」
「見てない、見てない。ジャンヌ可愛いなぁとか、良い体してるよねとか、思いっきり抱きしめたいとか、ジャンヌの首を絞めた指を舐めたいとか、そんなこと全然思ってないから!」
「その通りじゃ。やっぱり凛々しいジャンヌがいいのぅとか、ずっとそのままでいてほしいのぅとか、さらさらの髪にふんふんしたいのぅとか、こうなったら銅像を作って余の寝室に飾っておこうかとか、まったくもって考えておらんぞ!」
「欲望だだ洩れじゃねぇか!」
急に恥ずかしくなって湯船に体を浸して視線から逃れる。
てか普通そういうのって逆じゃね? 男が女に言う言葉じゃね!?
あ、今の俺は女だからいいのか――いや、だからよくないって!
やばい、この2人のテンションに引きずられて混乱しているようだ。今さっき決めたばかりの決意も揺らぎそうで仕方ない。
「ま、冗談はさておき。やっぱりジャンヌはそうやって意地張ってふんぞり返ってなきゃ。ま、あたしの荒療治のおかげね」
「そうなのじゃ。ジャンヌにはいつも格好良く、凛としていて欲しいのじゃ」
やり方と反応と欲望にはには色々文句を言ってやりたかったが、どうやらこの2人も俺を心配してくれたらしい。一応、そのおかげで俺も思いを吐き出して吹っ切れて、目的を再認識できたわけだけど。
ただ……なんだろう、この釈然としない思いは。
「しかし銅像とは、さすが女王様。分かってらっしゃる……………………作りますか」
「うむ、作るしかないじゃろ」
「ということは採寸をしなければ。特に胸囲はしっかり計測しなければなりませんね?」
「その通りじゃの……………………やるか」
え、なに。何の話?
何か不吉なワードが聞こえなかったか?
「ふふふ、というわけでジャンヌ。そこ動かないでよ?」
「のじゃ! 王たる者、臣下の全てを知る責務があるからの!」
目を光らせて中腰になって距離を詰めてくる2人が超怖い。目が据わってる。
この世界、何が一番ふざけているのかと思えば、戦争をしていることでも、理不尽な隷属を強いられているわけでもない。
この2人にいいようにされるのが一番ふざけている!
なんて心で叫んでみても、現実には何ら助けにはならないわけで。
そして……花が散った……。
「――わけあるか!」
絶叫が高い天井に木霊した。
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