知力99の美少女に転生したので、孔明しながらジャンヌ・ダルクをしてみた

巫叶月良成

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第1章 オムカ王国独立戦記

第19話 初陣のあとで

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 人の死について、これほど考えたことはなかっただろう。
 日本は平和で、殺人事件や事故も遠いテレビの向こう側の話でしかなかった。

 かつて祖父が亡くなった時も、まだ小学生だったからかいまいち悲しんだ思いはない。
 あれだけ可愛がってもらってたのに、我ながら淡白だと思う。

 そんな死に対して、まさか自分が死んだ後に考えることになったのは、どこか皮肉めいてると思う。

 そもそも人間は殺しながら生きている存在なのだ。生きるために家畜を殺し、植物を殺し、空気を殺し、地球を殺していく。
 そうしなければ自分が死ぬ。

 だが時として人間は自分が生きるためじゃなくても平気で殺す。
 感情のため、快楽のため、利益のため、偶然のため。

 それが人に向いた時、大なりが戦争であり、小なりが殺人事件というものになるのだ。

 そもそも他国を侵略する必要がない。
 誰もが己の分限ぶんげんを守ってその場で安定していれば争いも起こらない。
 理想論だとは分かっている。自分自身もそんなことはできないと分かり切っているのだ。

 それでも許せないものは許せない。
 
 強欲の果ての戦争。
 征服のための戦争。

 ふざけるな。
 戦争で死ぬのはその発案者ではなく、それに巻き込まれた人たちなのだ。その不条理に、俺は納得がいっていない。

 ただ、そうやって人は戦争の歴史を歩んできたのは確かだ。こんな異世界でも、人が集まれば争いが起こる。世界が変わろうと、国が変わろうと変わらぬ節理。

 人間の本質は争うことにあるのか。
 もしそうなのだとしたら、いったいなんのために人間は生きているのか分からなくなる。

 生まれて殺されるために生きる。
 それはとても悲しい考え方だ。誰も救えない考え方だ。だからきっと違うのだろう。人が生まれて生きる意味は別にある。
 ……そう思いたかった。

「……う」

 声が出た。
 真っ暗だった視界がゆっくりと陰影を増し、やがて完全に色を取り戻した。

「ここは……」

 暗夜に差し込む僅かに光が周囲を薄く照らす。
 どこかの部屋だろうが、俺には覚えがない。

「お目覚めになりましたか」

 声だ。ジル。すぐ近くにいる。

 どうやら俺は仰向けに寝ているようで、体を暖かい布団が覆っていた。
 首を横にすれば、小さな蝋燭の灯りに照らされ、椅子に座ったジルが心配そうな顔で覗き込んでくる。

「……ここ、は?」

「王宮の離れの一室です。覚えておりませんか。埋葬が済んだ後、急に倒れたのですよ」

 そう言われればそんな気もする。
 よくよく考えれば俺にとって初陣だったのだ。初めての戦争、人の死、それらがひと段落ついたところで疲労と緊張がピークに達したのだろう。情けないとは思うが、恥ずかしいという気持ちは起こらなかった。

 体を起こす。
 いつの間にか着替えさせられたのか、薄い絹の寝間着を着ていた。だがそれも寝汗でぐっしょりだ。

 くぅ、と小さくお腹が鳴った。

「何か持って来ましょうか」

「いや、それより汗を流したいかな」

「うぅん、それはどうでしょう。ここは王宮ですので。営舎に戻るか街に出れば女性用の湯場はありますが……今はまだうるさいでしょうし」

「うるさい?」

「聞こえませんか?」

 ジルが指さすのは窓の外。
 振り返るとまだ少しふらつく。ただそれは空腹のせいもありそうだ。

 窓を開き、そこから顔を出すと、太鼓や笛の音に紛れ人々の喚声や歌声が聞こえてくる。

 まるでお祭りだ。
 空には月が上り、夜の帳が降りているにもかかわらず、眼下に広がるのは煌々こうこうとたかれた炎によりかなり明るい。

「ビンゴ国を追い払った戦勝祝いです。王宮だけでなく、官民一体となってこの勝利を祝っているのです」

 地上2階ほどの高さにいながらも、下町との距離が近い王宮ではその光景がありありと見える。
 いや、この騒ぎを聞けば、誰もが勝ち取った平和を享受しているのが分かった。

「この陽気な祭りは、今日の勝利がなければありえないものでした。そして明日からの平和も。だから彼らは今を笑い、そして泣きます。この平和を作り上げるために犠牲になった人たちのために」

「……わかってる。いや、理解はできてるはずなんだ」

「無理なさらないでください。貴女はお優しい方だ。頭もいい。だから無理に深く考えてしまうのでしょう。ただ、これだけは覚えておいてください。その優しさと頭脳がなければ、私たちは昨日の時点で死んでいました。貴女は救ったのです。私を、そしてこの民たちを。だから、どうかご自分を卑下なさらないでください」

「俺が、救った……」

 本当にそうなのか。
 ジルも、この外の笑い声も、俺が。

「っと、少し長話になってしまいましたな。そうだ、ニーアにお風呂を使えないかと聞いてみましょう。少々お待ちを」

 ジルはなるだけ明るく言って、そのまま部屋を出て行った。
 立場上は俺が副官なのに迷惑をかけっぱなしだ。何かで返せればいいんだけど……。

 なんて思っていると、ドアをノックする音が聞こえた。
 ジルだろうか、と思い応える。

「失礼します。お湯の準備ができましたので、どうぞこちらへ」

 女性らしき影がそう言った。女中さんだろうか。さすがジル、仕事が早い。

 彼に対する恩義が増えたと思いつつ、今はこの濡れた寝間着を脱いでさっぱりしたい気分だったから、女中さんに案内されて廊下を進む。
 前を行く女中さんはヴェールのようなものをかぶって顔や髪は見えないが、どこかきびきびとした力強い動きを感じた。違和感といってもいい。

 まぁ女中と言っても色んな人がいるだろう。1人くらいそういう人がいるだろうと思って、特に深く考えずに案内された部屋に入る。
 広くも狭くもない脱衣所は、左手に棚の上にバスタオルが3つほど置いてあり、右手には大きな姿見があるだけだ。灯りは1つオイルランプがあるだけだが、充分に明るい。

 お礼を言おうと思ったが女中さんはすでに消えていた。
 まぁ、また会うこともあるだろう。

 とりあえず濡れてべたべたする不快な寝間着、そして下着を脱ぎ捨てる。

 ふと気になり背後にある姿見を見る。
 パーフェクトだ。
 そう言って差し支えない、贅肉のかけらもなく、年の割には出るところは出て引っ込むところは引っ込むボディラインは、やはり見る者を惹き付けてやまない。これが自分じゃなければ、とはやっぱり思ってしまう。

 ……いや、変な意味じゃなく!

 でも今のって変な意味以上のものはないよな……。うん、やめよう。これ以上は虚しくなる。

 だから頭を振って浴場に続くドアを引く。

 むわっと湯気が飛び込んでくる。
 数秒の間、視界が白で覆われていたが、やがてそれも晴れてくると、そこには俺の予想もしなかった光景が飛び込んできた。

「……ここどこ?」

 一瞬、熱帯雨林に飛び込んだのかと思った。
 それほど緑が豊かで、巨大な湖が広がっている。壁際に大量のランプが置かれており、夜でも十分に明るいからそれが十分に見えた。

 湖に手を入れてみる。熱い。
 そこで初めてこれが浴槽だと知り、考えていたスケールの何倍もの大きさであることに仰天する。

 そういえばここって王宮とか言ってたっけ。
 とはいえ客人――もとい家臣の部下である陪臣ばいしんを入れるには巨大すぎる。王族船用のお風呂と言われて納得がいくレベルだ。

 とはいえ女中さんが案内してくれたのだし、これもまたニーア、もといマリアの好意だと考えれば大人しく受け取っておくべきだろう。

 などと考えつつ目を走らせるが、どうやら手桶もシャワーもなさそうだ。
 そりゃそうか。日本じゃないし、そういった機械がが発展した時代とは思えない。

 仕方なく手で湯船からお湯を全身にかけて頭も洗う。苦労しながらも、体の汚れを十分に落としていく。地面を転がったせいかところどころすりむいていたようでヒリヒリする。女の体であることはもうあまり考えないことにした。
 それでようやく綺麗になった体で、細長い自分の脚を湯船に浸していく。ピリピリとした感触から、一気に体を熱する快感へと変わる。腰までつかり、そして肩までつかればそれはもう極楽気分。

「ふぅぅぅぅぅぅ」

 盛大にため息をつく。
 見上げれば、暗くて見づらいが天井にフレスコ画が書かれている。天使だろうか。ヨーロッパの修道院にでもありそうな見事な絵だ。その絵を中心に視界の端々に高く伸びた木々の葉が見えて、どこか非日常的で幻想的な雰囲気を作り出していた。

 よくよく考えればこんな世界でこうしているのもある意味、非日常で幻想的だ。ましてや性別まで変わってしまうのだから。まだ1日しか経っていないのだが、それにしては濃すぎる内容だった。
 濃くて、ディープで、辛くて、哀しくて、苦しくて……。

「いやいや、もう考えるな!」

 沈みそうになる気持ちを、体ごと引きずり起こして断ち切る。

 少しのぼせたようだ。
 だから浴槽のへりに座ってしばらくは足湯を楽しんでいると、

「だーれじゃ?」

 背後から声。
 そして両方がふさがれる。目ではない。首から下、腹から上にある人間に2つある場所を。

 振り返るまでもなく、この声、そして語尾を使う人間はこの世界で1人しか知らない。
 そしてそれにつきそう馬鹿も1人。

「さて、それでは問題です。私は誰でしょう。A、ジーン。B、ハカラ将軍。C、大工のオークレーさん。さぁどれ!?」

「その前に1つ、いや3つ質問いいか?」

「お、問題に対し質問とはなかなかやるね! どうします、女王様?」

「うむ、質問を許すぞ!」

 頭が痛くなってきた。
 もうこれ以上悩みを増やさないでほしいんだが。

「1つ、なんでここにいる? 2つ、どうして俺がここにいるのを知った? 3つ……これが一番重要で大事な質問だが……お前ら俺のどこに手を当ててる?」

「1つ目は簡単じゃ、余の風呂じゃから余がいるのは当然じゃろ」

「2つ目も簡単ね。ジーンが慌てて出て行ったのを見たからジャンヌが目覚めたのを知ったの。だから女中の格好をしてお風呂に案内したのよ」

「3つ目は?」

「うむ、余たちが誰なのかクイズをするために目隠しをしているところじゃ!」

「ほぉ、なるほど。それにしては手の位置がかなり下にあると思うんだが? そして何か手を動かしてないか?」

「ん? そんなことはないぞ。余はちゃんと右む――右目をふさいでおる。いや、ジャンヌは大きくて柔らかくていいのぅ、気持ちいのぅ」

「そうそう、私は左胸をちゃんと揉んでるよ。ジャンヌもなかなか持ってるね」

「馬鹿か! 少しはごまかせ!」

 二人の腕を跳ね上げて、振り向きざまにチョップをくらわす。
 見ればタオルを巻いただけの2人、マリアとニーアが頭を押さえてうずくまっていた。

 ったく、こいつらは。
 人の気も知らないで。

「うぅ、なんてことするのじゃ! 余は父上にもぶたれたことないのだぞ!」

「不敬罪よ不敬! というわけでもみくちゃの刑だ!」

「そうじゃ! 揉みに揉んでやるのじゃ!」

「わっ、ちょ! やめ! ひゃっ! くすぐっ……わひ!」

 体が宙に浮き、一瞬後に視界が水の中に沈んだ。
 溺れる。パニックだ。足がつくのは分かってるはずなのに。体が動かない。死ぬ。死。無数の死。

 その時――瞳が、俺を見ているのに気づく。

 二度と閉じることのない虚ろな瞳。
 それが頭から離れない。
 だから今も俺の前にそれが出てくる。

 体が動かなくなる。
 だって俺が殺した。

 息が苦しくなる。
 俺は殺人者、いや、殺人鬼だ。何百人と殺したろくでなしだ。

 頭がぼうっとする。
 ならここでこうやって死んだ方が――きっと世界にも優しいんじゃないのか?

 そう、思った。
 思ってしまった。
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