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第1章 オムカ王国独立戦記
第26話 出陣
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初日を含め3日を訓練にあて、1日を休息に当てた後の4日後。
ついに俺たちは王都バーベルを出発した。
結論から言うと、10時間ほどを想定した行軍自体は問題なかった。俺は馬での旅だったし、荷物もこないだの戦いで使った旗だけだったので、お尻が痛かった以外は問題ない。
それに適度に休息を挟んだので、体力だけはある新人たちも脱落することはなかった。
ただ問題は別のところにあったようで、
「隊長殿」
行軍の中頃で、俺の横を行進しているクロエが聞いてきた。言葉遣いは丁寧でも態度はまだ喧嘩腰だ。
まぁ訓練程度じゃ態度を上向きに変えるような何かがあるわけでもない。それは他の兵も含めて仕方ないことだが。
「どうしたクロエ」
「隊長殿が馬に乗っているのはこの際問題じゃないです。仮にも隊長ですし、隊長殿の虚弱っぷりはもはや有名ですし。いや正直、馬に乗れないと知ったのは驚きでした。それにあれほど無様な落馬は見たことがないですし」
あからさまに棘がある言い方だな……。
いや、それも仕方ない。
2日目の訓練中に、つい売り言葉に買い言葉で腕立て勝負をしたのだが、たった2回でダウンしてしまったのだから。
いや、ここまで筋力や体力がないのは自分でもびっくりだった。
てか恥ずかしかったからもう2度とやらない。
「もう馬にはちゃんと乗れるぞ。それ以外に何か問題でも?」
「……これです」
クロエは左肩に担いだ丸太、そして右手に持った大振りのスコップを指し示した。
もちろんクロエだけでなく、300人全員が同じ装備だ。
「重いんですけど捨てていいですか?」
「だーめ」
「正直、他のみんなも言ってます。隊長殿は何を考えてるのかって。取次役に任命されるのは至極恐縮の限りで涙が出るほど嬉しいんですけど、こんなことまで言われて困ってます。辞退していいですか?」
こんな嫌みを言ってくるものの、クロエは他の兵からの信望が厚い。
ニーアいわく裏表がないというか、はっきりとした物言いと悪を悪として断罪する潔さのほかに面倒見の良さが人気の秘密らしく、年上からも可愛がられているという。
というわけで俺と部下の兵たち間を取り持つ取次役に任命したんだが、さっきの感情の全く籠っていない物言いからすれば迷惑のようだった。ま、それもそうか。
「それに荷駄の大量の食料と医薬品と竹竿。山賊相手に土木作業と兵糧攻めでもするつもりですか? それともまさかこれを武器にして勝つとか言いませんよね?」
「うん、勝つよ」
「ですよね。まさかこんなので勝つってことは――って、えぇ!?」
おお、やっぱ良いリアクションするなぁ。うん、こういう時に貴重な逸材だ。
「本気ですか!? それともこの丸太とスコップで戦うってことです? 一体何考えてるんですか!?」
「まったく、クロエは相変わらずねー」
とはクロエの横で丸太を担いで歩く少女――確かサリナだっけか。170くらいの長身でポニーテールの彼女は、なんとも目立つから名前もなんとなく覚えていた。
クロエとそう年齢も離れていないらしく、よく一緒にいるのを見た。
性格は直情径行のクロエに対して、温和でほんわかした感じで物腰柔らか。よくクロエの抑えに回っている。だが一度手合わせになると人が変わったように敵に突っ込み、圧倒的な手数の猛攻で敵をぶちのめす狂戦士になるのだから、ちょっと怖いお人。
「な、なによサリナ! あんただってそう言ってたじゃない」
「まさか。敬愛する隊長殿にそんなこと言うわけないじゃないの」
「あ、あんたぁ! 売ったわね!」
「クロクロとサリリ。ちょっとうるさい」
俺を挟んで反対にいるニーアが口を挟んだ。
彼女は槍の代わりに木の棒を担ぎ、悠々と歩いている。
「むっ。ニーア教官殿。元第1師団部隊長、現近衛騎士団隊長として、こんな無策で新兵たちを見殺しにするなんてのは見過ごせる問題じゃないでしょう?」
「あのさー、ほんとにジャンヌが無策でここにいると思う?」
「だって実際そうじゃないですか。こんな土木作業の道具をそろえるだけで、何も教えてくれないんですよ」
「バカだねお前はー。軍の機密なんてそうそう漏らすわけじゃない。誰が聞いてるか分からないってのに」
「きょ、教官殿は私を疑ってるのですか!?」
「落ち着きなさいよー。誰もそう言ってないでしょ。盗み聞きとかちょっとしたことで情報が洩れるなんてことは往々にしてあるんだから。それくらい聡明なあんたには分かってほしかったんだけどなぁ」
「ぐっ……それは」
「うーん、なんでいつも論破されるのにクロエは教官殿につっかかるのかなー?」
「サリナは黙ってて!」
「はいはーい」
この2人。なんかいいコンビネーションだな。いや、サリナがからかってるだけなのか?
「それに無策とか言ってるけど、土木作業の道具ってのが策ってことなんじゃないの?」
「ニーアありがとう。でもそれ以上はあれだから」
「はいはーい。お邪魔虫はお口を閉じまーす」
それきりニーアは興味をなくしてしまったように、前を向いてしまった。
ただ、うまくクロエをあしらってくれたのは感謝したい。
「というわけ。今はまだ何も言えない。けど安心してくれよ。少なくとも俺は味方の死者を出すつもりはない。そして勝つ」
「……わかりました。信じてみます」
信じます、という答えじゃないのが残念だったけど、まぁこの状況じゃ仕方ない。
なんて一幕もあったわけで、行軍以外のところは決して万全というわけではなかった。
だが、結果的には朝に出た行軍は日が暮れる直前に目的の場所にたどり着いたのだから問題はないということにしておこう。途中で一泊挟むかと思ったけど、なかなかどうして体力自慢の新兵たちだ。
「うん、ここだな。ここで野営する。第1隊はテントの用意。第2隊はこの位置に持ってきた丸太で柵を作る。作り方は訓練でやった通りだ。第3隊は食事の準備。それから各班から偵察だせ。さぁ動く!」
歩きっぱなしで疲れているだろうが、ここで油断して襲われでもしたらそれこそ目も当てられない。まずは安全な陣地を作る。休憩はそれからだ。
現場監督はニーアに任せた。
その間に俺は地図と周囲の地形を照らし合わせ、さらに明日の策の準備だ。
峡谷まで2キロばかり。
ここは広場になっていて300人が集まっても問題はないが、ここから先は地面の凹凸が激しく、移動に難儀しそうだ。明日の朝は仕掛けを作って、昼飯を食べて休憩したら出発だろう。
地面にあぐらをかいて旗を支えにして座り込む。スカートであぐらをかくというのも、誰にも見られていないと考えれば別に問題ない。てか慣れた。
そのまま地図を地面に広げ、明日のシミュレーションを頭の中で繰り返し行う。
考えた通りに事を運ぶのが一流の軍略家だが、予測不能の事態や情報の不確実性といった“戦場の摩擦”や“戦場の霧”は必ず発生するものだ。だから軍人は最悪の事態を想定して行動するべきなのはいつの時代でも変わらない。
気候、敵の練度、災害、敵国の侵攻、自国の急変、裏切り。
様々な情勢を入れながら数百パターンをシミュレートする。
それらを考慮に入れても勝率としては7割。これは悪くはない。明日1日でけりをつけることが前提だが。
ふいに肩を叩かれた。
「隊長殿、作業が完了しましたー」
サリナとクロエだ。サリナが籠を持って、クロエは後ろで手持ち無沙汰にしている。
気が付けば日が暮れていた。かなり集中して周りが見えていなかったようだ。
「あぁ、分かった。よし、じゃあご飯にしようか」
「明日の作戦ですか?」
「ちょっとクロエ。さっき言われたばっかじゃない。隊長殿の邪魔をしちゃダメだって」
「いや、構わないよサリナ。ああ、そうだ。ここまでは大方想像通りだ。少なくとも7割は勝てるよ」
「さすが隊長殿!」
「そう、ですか……」
サリナに対し、呟くクロエの声は暗い。
「どうした?」
「……いえ、なんでもないです」
とは言うものの、彼女の声は震えているように聞こえた。
クロエの手を握ってみた。冷たい。そして震えている。
「怖いのか」
「ち、違います! そ、そんな、こと、ぜ、全然、あるわっけ、ないじゃないですか!」
これまた分かりやすいなぁ。
裏表がないというか、嘘が下手というか。その分、こちらも飾らなくて良いように思えてしまうんだから。好かれるわけだ。
「最初は俺も怖かった。まだ1週間しか経ってないんだよな。あの時は本当に死ぬかと思った」
「それって、隊長殿が3倍の兵数差を覆して勝った時のことですよね」
「俺は何もやってないよ。ただ策を考えて、戦ったのはジルたちだ。それでも……怖かった。俺が殺したんだって、戦闘が終わった後の光景を見て、愕然とした。しかも敵の生き残りがいてね。ジルがいなければ死んでたよ。それで森の中で吐いた。泣きながら」
「汚いですね。でも私はそんなことは絶対しません」
「しない方がいいさ。苦しいから、あれ。えっと、なんでこんな話したんだっけ。あぁ、そうだ。そんな時にさ、みんなが慰めてくれた。それで俺は少し救われた。だから怖いって思ってもいいと思う。お前、みんなに慕われてそうだし」
「そういうものですか……いや、怖がってなんかいないですからね!?」
面白いやつだ。初々しいというか。単純というか。
でも、こういう子も平気で殺すのが戦争だ。だから明日は絶対に勝たなければ。犠牲を最小限にして、必ず。
「大丈夫だ。俺の考えでは7割勝てる」
「それって3割負けるってことですよね。10割勝てるって言えるよう考えなおしてください」
「厳しいなぁ」
「当り前です。命がかかってるんですから。それと、こんなところに護衛もなしで独りでいて。敵に襲われたらどうするんですか。隊長殿は力がないんですから。気を付けてくださいね!」
「あ、ああ。悪かったよ」
……ん?
言い方は悪いけど、もしかして今、心配された?
「なんですか、その顔?」
「いや、心配してくれたんだなって」
「ち、違います! ただ隊長殿がこんなところで死んだりしたら、せっかくの初陣がパァですよ。縁起悪くなるんでやめてくださいってことです!」
「そういうのを心配って言うんだろ」
「だ・か・ら! 違うって言ってるじゃないですかー! バカ!」
叫ぶなり、クロエは猛然と走り去ってしまった。
「あらあら。ごめんなさいね、隊長殿。彼女、子供なので」
「あ、ああ。別に気にしてないけど……」
サリナがまるで母親のようにクロエを見ているんだけど、ほぼ同い年だよな?
では、とクロエのあとを追って去るサリナを見て、なんとなく笑みがこぼれた。微笑ましいというか。同時に、なんとしても彼女たちを死なせてはならないと改めて心に誓う。
正直、今も怖い。
戦争をすることが。人の命を奪うかもしれないことが。なにより、俺より年下の連中の命を預かることが……何よりも、怖い。
でも泣き言は言えない。言えば彼女たちは不安になって、その不安は無用の緊張と恐れを生み、そして死を呼び込むからだ。
今思うと、俺はジルやサカキに甘えてたんだなと思う。だって彼らは甘えるべき相手がいないということだから。
これが上に立つ者の孤独、か。
歴史上の偉人達も、この苦しみを味わったのだろうか。
いや、それを考えるのもこの戦いを成功に導いてからだ。
くぅ。
お腹が鳴った。
よし、飯でも食うか。
ついに俺たちは王都バーベルを出発した。
結論から言うと、10時間ほどを想定した行軍自体は問題なかった。俺は馬での旅だったし、荷物もこないだの戦いで使った旗だけだったので、お尻が痛かった以外は問題ない。
それに適度に休息を挟んだので、体力だけはある新人たちも脱落することはなかった。
ただ問題は別のところにあったようで、
「隊長殿」
行軍の中頃で、俺の横を行進しているクロエが聞いてきた。言葉遣いは丁寧でも態度はまだ喧嘩腰だ。
まぁ訓練程度じゃ態度を上向きに変えるような何かがあるわけでもない。それは他の兵も含めて仕方ないことだが。
「どうしたクロエ」
「隊長殿が馬に乗っているのはこの際問題じゃないです。仮にも隊長ですし、隊長殿の虚弱っぷりはもはや有名ですし。いや正直、馬に乗れないと知ったのは驚きでした。それにあれほど無様な落馬は見たことがないですし」
あからさまに棘がある言い方だな……。
いや、それも仕方ない。
2日目の訓練中に、つい売り言葉に買い言葉で腕立て勝負をしたのだが、たった2回でダウンしてしまったのだから。
いや、ここまで筋力や体力がないのは自分でもびっくりだった。
てか恥ずかしかったからもう2度とやらない。
「もう馬にはちゃんと乗れるぞ。それ以外に何か問題でも?」
「……これです」
クロエは左肩に担いだ丸太、そして右手に持った大振りのスコップを指し示した。
もちろんクロエだけでなく、300人全員が同じ装備だ。
「重いんですけど捨てていいですか?」
「だーめ」
「正直、他のみんなも言ってます。隊長殿は何を考えてるのかって。取次役に任命されるのは至極恐縮の限りで涙が出るほど嬉しいんですけど、こんなことまで言われて困ってます。辞退していいですか?」
こんな嫌みを言ってくるものの、クロエは他の兵からの信望が厚い。
ニーアいわく裏表がないというか、はっきりとした物言いと悪を悪として断罪する潔さのほかに面倒見の良さが人気の秘密らしく、年上からも可愛がられているという。
というわけで俺と部下の兵たち間を取り持つ取次役に任命したんだが、さっきの感情の全く籠っていない物言いからすれば迷惑のようだった。ま、それもそうか。
「それに荷駄の大量の食料と医薬品と竹竿。山賊相手に土木作業と兵糧攻めでもするつもりですか? それともまさかこれを武器にして勝つとか言いませんよね?」
「うん、勝つよ」
「ですよね。まさかこんなので勝つってことは――って、えぇ!?」
おお、やっぱ良いリアクションするなぁ。うん、こういう時に貴重な逸材だ。
「本気ですか!? それともこの丸太とスコップで戦うってことです? 一体何考えてるんですか!?」
「まったく、クロエは相変わらずねー」
とはクロエの横で丸太を担いで歩く少女――確かサリナだっけか。170くらいの長身でポニーテールの彼女は、なんとも目立つから名前もなんとなく覚えていた。
クロエとそう年齢も離れていないらしく、よく一緒にいるのを見た。
性格は直情径行のクロエに対して、温和でほんわかした感じで物腰柔らか。よくクロエの抑えに回っている。だが一度手合わせになると人が変わったように敵に突っ込み、圧倒的な手数の猛攻で敵をぶちのめす狂戦士になるのだから、ちょっと怖いお人。
「な、なによサリナ! あんただってそう言ってたじゃない」
「まさか。敬愛する隊長殿にそんなこと言うわけないじゃないの」
「あ、あんたぁ! 売ったわね!」
「クロクロとサリリ。ちょっとうるさい」
俺を挟んで反対にいるニーアが口を挟んだ。
彼女は槍の代わりに木の棒を担ぎ、悠々と歩いている。
「むっ。ニーア教官殿。元第1師団部隊長、現近衛騎士団隊長として、こんな無策で新兵たちを見殺しにするなんてのは見過ごせる問題じゃないでしょう?」
「あのさー、ほんとにジャンヌが無策でここにいると思う?」
「だって実際そうじゃないですか。こんな土木作業の道具をそろえるだけで、何も教えてくれないんですよ」
「バカだねお前はー。軍の機密なんてそうそう漏らすわけじゃない。誰が聞いてるか分からないってのに」
「きょ、教官殿は私を疑ってるのですか!?」
「落ち着きなさいよー。誰もそう言ってないでしょ。盗み聞きとかちょっとしたことで情報が洩れるなんてことは往々にしてあるんだから。それくらい聡明なあんたには分かってほしかったんだけどなぁ」
「ぐっ……それは」
「うーん、なんでいつも論破されるのにクロエは教官殿につっかかるのかなー?」
「サリナは黙ってて!」
「はいはーい」
この2人。なんかいいコンビネーションだな。いや、サリナがからかってるだけなのか?
「それに無策とか言ってるけど、土木作業の道具ってのが策ってことなんじゃないの?」
「ニーアありがとう。でもそれ以上はあれだから」
「はいはーい。お邪魔虫はお口を閉じまーす」
それきりニーアは興味をなくしてしまったように、前を向いてしまった。
ただ、うまくクロエをあしらってくれたのは感謝したい。
「というわけ。今はまだ何も言えない。けど安心してくれよ。少なくとも俺は味方の死者を出すつもりはない。そして勝つ」
「……わかりました。信じてみます」
信じます、という答えじゃないのが残念だったけど、まぁこの状況じゃ仕方ない。
なんて一幕もあったわけで、行軍以外のところは決して万全というわけではなかった。
だが、結果的には朝に出た行軍は日が暮れる直前に目的の場所にたどり着いたのだから問題はないということにしておこう。途中で一泊挟むかと思ったけど、なかなかどうして体力自慢の新兵たちだ。
「うん、ここだな。ここで野営する。第1隊はテントの用意。第2隊はこの位置に持ってきた丸太で柵を作る。作り方は訓練でやった通りだ。第3隊は食事の準備。それから各班から偵察だせ。さぁ動く!」
歩きっぱなしで疲れているだろうが、ここで油断して襲われでもしたらそれこそ目も当てられない。まずは安全な陣地を作る。休憩はそれからだ。
現場監督はニーアに任せた。
その間に俺は地図と周囲の地形を照らし合わせ、さらに明日の策の準備だ。
峡谷まで2キロばかり。
ここは広場になっていて300人が集まっても問題はないが、ここから先は地面の凹凸が激しく、移動に難儀しそうだ。明日の朝は仕掛けを作って、昼飯を食べて休憩したら出発だろう。
地面にあぐらをかいて旗を支えにして座り込む。スカートであぐらをかくというのも、誰にも見られていないと考えれば別に問題ない。てか慣れた。
そのまま地図を地面に広げ、明日のシミュレーションを頭の中で繰り返し行う。
考えた通りに事を運ぶのが一流の軍略家だが、予測不能の事態や情報の不確実性といった“戦場の摩擦”や“戦場の霧”は必ず発生するものだ。だから軍人は最悪の事態を想定して行動するべきなのはいつの時代でも変わらない。
気候、敵の練度、災害、敵国の侵攻、自国の急変、裏切り。
様々な情勢を入れながら数百パターンをシミュレートする。
それらを考慮に入れても勝率としては7割。これは悪くはない。明日1日でけりをつけることが前提だが。
ふいに肩を叩かれた。
「隊長殿、作業が完了しましたー」
サリナとクロエだ。サリナが籠を持って、クロエは後ろで手持ち無沙汰にしている。
気が付けば日が暮れていた。かなり集中して周りが見えていなかったようだ。
「あぁ、分かった。よし、じゃあご飯にしようか」
「明日の作戦ですか?」
「ちょっとクロエ。さっき言われたばっかじゃない。隊長殿の邪魔をしちゃダメだって」
「いや、構わないよサリナ。ああ、そうだ。ここまでは大方想像通りだ。少なくとも7割は勝てるよ」
「さすが隊長殿!」
「そう、ですか……」
サリナに対し、呟くクロエの声は暗い。
「どうした?」
「……いえ、なんでもないです」
とは言うものの、彼女の声は震えているように聞こえた。
クロエの手を握ってみた。冷たい。そして震えている。
「怖いのか」
「ち、違います! そ、そんな、こと、ぜ、全然、あるわっけ、ないじゃないですか!」
これまた分かりやすいなぁ。
裏表がないというか、嘘が下手というか。その分、こちらも飾らなくて良いように思えてしまうんだから。好かれるわけだ。
「最初は俺も怖かった。まだ1週間しか経ってないんだよな。あの時は本当に死ぬかと思った」
「それって、隊長殿が3倍の兵数差を覆して勝った時のことですよね」
「俺は何もやってないよ。ただ策を考えて、戦ったのはジルたちだ。それでも……怖かった。俺が殺したんだって、戦闘が終わった後の光景を見て、愕然とした。しかも敵の生き残りがいてね。ジルがいなければ死んでたよ。それで森の中で吐いた。泣きながら」
「汚いですね。でも私はそんなことは絶対しません」
「しない方がいいさ。苦しいから、あれ。えっと、なんでこんな話したんだっけ。あぁ、そうだ。そんな時にさ、みんなが慰めてくれた。それで俺は少し救われた。だから怖いって思ってもいいと思う。お前、みんなに慕われてそうだし」
「そういうものですか……いや、怖がってなんかいないですからね!?」
面白いやつだ。初々しいというか。単純というか。
でも、こういう子も平気で殺すのが戦争だ。だから明日は絶対に勝たなければ。犠牲を最小限にして、必ず。
「大丈夫だ。俺の考えでは7割勝てる」
「それって3割負けるってことですよね。10割勝てるって言えるよう考えなおしてください」
「厳しいなぁ」
「当り前です。命がかかってるんですから。それと、こんなところに護衛もなしで独りでいて。敵に襲われたらどうするんですか。隊長殿は力がないんですから。気を付けてくださいね!」
「あ、ああ。悪かったよ」
……ん?
言い方は悪いけど、もしかして今、心配された?
「なんですか、その顔?」
「いや、心配してくれたんだなって」
「ち、違います! ただ隊長殿がこんなところで死んだりしたら、せっかくの初陣がパァですよ。縁起悪くなるんでやめてくださいってことです!」
「そういうのを心配って言うんだろ」
「だ・か・ら! 違うって言ってるじゃないですかー! バカ!」
叫ぶなり、クロエは猛然と走り去ってしまった。
「あらあら。ごめんなさいね、隊長殿。彼女、子供なので」
「あ、ああ。別に気にしてないけど……」
サリナがまるで母親のようにクロエを見ているんだけど、ほぼ同い年だよな?
では、とクロエのあとを追って去るサリナを見て、なんとなく笑みがこぼれた。微笑ましいというか。同時に、なんとしても彼女たちを死なせてはならないと改めて心に誓う。
正直、今も怖い。
戦争をすることが。人の命を奪うかもしれないことが。なにより、俺より年下の連中の命を預かることが……何よりも、怖い。
でも泣き言は言えない。言えば彼女たちは不安になって、その不安は無用の緊張と恐れを生み、そして死を呼び込むからだ。
今思うと、俺はジルやサカキに甘えてたんだなと思う。だって彼らは甘えるべき相手がいないということだから。
これが上に立つ者の孤独、か。
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