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第1章 オムカ王国独立戦記
第25話 新人指揮官の訓示
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朝議が終わり、ジルとサカキを交え少し話した後、隊の名簿をもらいさっそく練兵所へと向かった。
先に命令が行っていたらしく、300の新兵と弩はすでに揃っていた。
俺が練兵所に入ると、兵たちは集まり整列し直立不動の姿勢を取る。男もいれば女もいる。どれも若い。
大学生の写楽明彦なら同年代か年下。だが14歳のジャンヌからすれば年上ばかりだろう。
そうなればもちろん、顔に出るのは不安と戸惑い。そして蔑視。
年下の子供に指揮される新兵。しかも初陣にして相手は山賊とはいえこちらの3倍となれば、そう思うのも無理はないか。
ったく、こういうのって苦手だって言ってるのに。
大学では教職員になると息まいてるやつらがいたが、その苦労が分かるというものだ。幾分か、規律が行き届いたこちらの方が楽かもしれないがその分人数は多い。
誰もが無言でかたずを呑む中、600の瞳にさらされた俺としたらもう緊張で喉がからからだ。
「あー、おはようございます。このたびこの隊の指揮を任されたジャンヌです」
もう昼だけど。とりあえず挨拶の言葉は出た。
もういい。あとは業務連絡してそれで解散だ。
「出発は4日後。それまでの3日は訓練に当てます。弩を借りてきたから、その射撃訓練することいじょー解散」
最後の方は早口になってしまったが、なんとか言い終えれてホッとする。
だが安堵した俺に対し、誰も動こうとしない。
あれ……? 何か俺ミスった?
「隊長殿、よろしいでしょうか」
手を挙げて質問したのはショートカットがよく似合う、俺というかジャンヌより1つか2つ上の健康的な小麦肌の少女だ。
「どうぞ」
「隊長殿は弩の訓練とおっしゃいましたが、他の訓練はしないのですか。陣形とか、白兵戦とか、進退のやり方とか」
「ああ、そういうことね。えっと君は……」
「失礼しました。クロエといいます。しかし残念です。隊長殿なら我々の名前を憶えていてくれると思いましたのに」
兵たちは微動だにしない。だが、多くの者の口元に嘲笑が浮かぶのを見た。
悪かったな。名簿もらったけど読めないんだよ。
しかしこれはあれか。新人いびりってやつか。教師いじめとも言う。そういうのってどの世界も変わらないものだな。とりあえずこいつらを従わせるのが俺の最初の戦いか……。
「陣形とか白兵戦とかの訓練をしないかってことか。答えは簡単。しない。理由も簡単。無駄だから。以上」
あっさり言い切った俺に、クロエは眉を寄せる。周囲からもざわめきが起こる。
「それはどういうことですか。私たちでは山賊ごときに勝てないと言ってるのですか!」
「普通にやれば厳しいだろ。相手は1千もいるし、何より戦闘経験豊富なベテランって話だ。対してこっちは戦争の経験もない素人ばかり。陣なんて組む兵力も練度もないし、白兵戦なんてやったら全滅する。だからしない」
「隊長殿は私たちを愚弄しているのですか!? 私たちはみな、この国を守るためにこれまで努力してきたというのに……。それを貴女が否定するのであすか!」
そうだそうだ、とクロエの叫びに呼応するように300の口が次々と怒声を発する。
あれ、これミスったかな。
ちょっとたきつけて闘争心を煽ろうと思ったんだけど、ちょっとやりすぎた、というかタイミングを間違えた。
なんて他人事みたいに思っている間にも、彼らは次第にエスカレートしていき、しまいには俺につめよろうとしたところで、
「黙れ!」
怒声。
暴動寸前の300がしんと静まり返る。彼らの視線にあるのは横から登場した人物に注がれた。
ニーアだ。
彼女はいつもと変わらぬ様子で練兵所の入り口からとことこと歩いてくる。
「ニーア教官だ……」「まさか、なんでここに?」「うぅ、あの地獄のしごきの……」「こ、殺される……」
ひそひそ声が聞こえる。どれも恐怖ににじんだ声色だ。
「…………お前、今まで何してきたの?」
一瞬で300人を黙らせて怯えさせるのは生半可なことではない。
「えー、べっつになにもしてないよ。ただ去年にちょっと彼らの教官みたいなことしただけ。あ、それから今言った奴は後でちょっと営舎裏来てね?」
ハートがつきそうな語尾だが、言ってることは校舎裏に呼び出すヤンキーと変わりなかった。
やっぱりこいつからはちょっと距離取ろうかな……。
「あ、ジャンヌってば、こいつヤバいから近寄るのよそうなんて思ったでしょ」
「い、いや! 思って……ない……かな」
「ぶー、助けてあげたのに」
「わ、悪かったよ。助かった。本当に、ありがとう」
「うん、じゃあ許す」
ここで謝らなかったら、俺も営舎裏に呼び出されそうだった……。
「で、何の騒ぎ?」
じろりと、300をにらみつけるニーアに俺は説明をした。
「ふーん。で、その中心は……またあんたね、クロクロ」
「知り合い?」
「まぁね。教官時代に生意気言ってきたから“ちょっと”ね」
「1年前と比べられても困るんだけど、おばさん」
「はぁ? たった1年で何が変わるっていうのかな、このちびっこは?」
「三日会わざれば刮目して見よって言葉知らないわけ? これだから無学は困るわ」
「カツカツして見て何が変わるの? ものを知ってようがカツカツしようが、斬られれば死ぬし、矢に当たれば死ぬのよ」
「知ってるっての! てかカツカツって何!? 大体話がくどいのよ、おばさんは!」
「だからそのおばさんって言うのやめろし!」
「あぁ、もううるさい!」
このままいつまでもヒートアップしそうな2人の間に入り、議論を遮った。
「てかジャンヌ。そもそもあんたがちゃんとしないからでしょ!」
「隊長殿。これでも我々は数年間、“これ”も含めて鍛えてきたのです。それなのに負けるなどと言われれば腹も立ちます」
おっと、藪蛇だったか。2人の矛先がこっちに来た。
ってちょっと待て。
「いや、俺は負けるなんて言ってないぞ」
「ご自分の脳みそは畑の土か何かですか? 先ほどおっしゃったではないですか。白兵戦なら全滅だと」
「辛辣だなぁ。確かにそうは言ったよ。けどそれは白兵戦をすればだろ。大体、どんな軍隊でも3倍もの兵力差をまともに受ければ負けるに決まってる。別にお前らが新人だからとかそういうのは関係ない」
「なら勝てるって言うんですか。この戦力差で」
「勝てる」
「ほら、やっぱり勝てないじゃ――って、えっ!? 勝てるって、ざ、戯言を言わないでいただきたい!」
おお、これはまた活きのいいノリツッコミだなぁ。
「戯言じゃないさ。お前らが俺のいう事を聞いて、ちゃんと動けば勝てる」
「勝てる……俺たちが?」「3倍の敵だぞ」「でもあの人ってあれだろ……ジーン隊長の軍師格って噂」「あ、聞いた! こないだのビンゴとの戦いで倍以上の敵を破る策を立てたとか!」
おぉう、こう噂されるとちょっとこそばゆい。
けどこの状況を利用しない手はない。
「ああ、俺の言う通りに戦えば必ず勝つ。だからこその訓練だ」
「こんなおもちゃで、敵を殺せるわけがないでしょう!」
「当り前だ。俺はこの戦、敵味方の死者をゼロで終わらせようと思っている。だからこそのこの武器だ」
「ぜ、ゼロに……まさか」
「そういうことだから。ま、いきなり来た俺を信じろとは言わないけど、少なくともお前らを死なせはしない。だから今は騙されたと思って訓練してくれ。それが結局、自分の命を守ることだからな」
不承不承ながらも、それでクロエたちは言葉を飲み込んでくれた。それで部隊は解散となった。
あー疲れた。だから嫌なんだよ、人の前に立つのとか。めんどくさいし。
「敵味方の死者ゼロねぇ……」
兵たちが弩の練習に向かい、ニーアと2人きりになった時、彼女はぼやくように言う。
「意気込みだよ。ニーア、それより何しに来たんだ?」
「ん、あぁそうそう。女王さまから頼まれてきたんだ。ジャンヌを頼むって」
「へ?」
「というわけであたしもついてくから」
「はぁ!?」
突然何言っちゃてるの、この子。
「さっきの会議でこのこと、びっくりしたんだって。何も聞かされてなかったみたいで、ひどく落ち込んでたわ。でもすぐに気を取り戻してあたしをここによこしたってわけ」
「そりゃありがたいことだ」
「ええ。自分の警護なんかより、貴女を優先したんだから。これで負けたら許さないわよ」
「お前もコロコロ変わるなぁ。昨日、殺しかけた相手に」
「あれははっきりしない貴女が悪いの!」
口を尖らせてぷんぷん怒るニーアが、どこか滑稽で苦笑する。
その心遣いは素直に嬉しかった。
「それで、本当に死者をゼロにするつもり? なんで? まさかまた嫌になったってわけじゃないわよね?」
ニーアの視線に怒気――いや殺意がこもる。
昨夜の問答でのことを気にかけているのだろう。
だがこれに関しては何も人殺しが嫌だからそう言ったわけではない。
もちろんそんな思いも幾分かはあったけど、その本質は独立のための布石に必要だからだ。
「違う。これはオムカのためだ。そもそもオムカが独力で戦えるようになるには根本の兵が少なすぎる。だから山賊の兵をごっそり味方にしようってわけ。さっきジルとサカキにも話しておいたから、相手を降伏さえさせれば彼らは味方だよ」
「はぁー、変なこと考えるんだね。賊は賊。今までひと様に迷惑かけてきたんだから、ちゃんと皆殺しにしてあげないと」
「物騒な……」
「ハワードのおっさんの言葉だからね。あ、ハワードってのは第1師団を率いて今は東のカルゥム要塞でシータを食い止めてる……変態よ」
ハワード。確かサカキと最初に会った時だったか、その名前を聞いたことがある。
てかそんな偉い人物を変態扱いってひどいな!
「あれ、それならあたし要らない? 手加減なんて出来ないよ?」
「いや、正直ありがたいよ。戦場じゃ何が起こるか分からないから、みんなを守ってくれる人がいるのは心強いし」
「しょ、しょうがないわね! 別に貴女のためじゃなくて、不甲斐ない後輩のためだからね!」
自分から売り込んできてなんでツンデレ気味なんだよ。しかもなんか方向性が違くない?
「てかそんな勝算低いわけ?」
「十中八九は問題ないと思う。これを見てほしい」
言って広げたのはジルから借りた普通の紙の地図だ。
王都バーベルから南東に30キロほどの位置にあるのが、今回の目標となるワストー山。
日本の戦国時代の行軍スピードが大体30キロ前後ということだから、初陣ということも含めて1日ちょいで行けるはず。
ちなみに俺は馬を借りている。俺のスタミナでは、自慢じゃないが途中でぶっ倒れる自信がある。だからこの4日間というのは俺が馬に乗る訓練の時間でもあるのだ。
「問題の峡谷はここだ。ワストー山につながる唯一の道」
「そこに山賊の根城があるってことね」
「しかもただの山賊じゃない。サカキの話では、元はオムカ王国の軍人だったってことだ。エイン帝国に最後まで反抗して、職も家も失った連中が山賊と化したっていう噂だ。しかもそいつらはエイン帝国だけじゃなく、エイン帝国に尻尾を振ってる今のマリアたち保守派を徹底的に嫌ってるらしい」
「あぁ、なんかそういうのがいるってのは聞いたことあるわ。あたしの生まれる前の話だからね」
「そう。今まで何度か討伐隊を送ったらしいが、ことごとく撃退されたって話。中途半端な兵数を出したせいらしいけど。だからしばらくほったらかしだったのが、今や金山開発のためには邪魔になったから討伐しないといけない。でもエイン帝国の兵は惜しい。じゃあオムカ同士でつぶし合ってくれた方が良いと考えたんだろ」
「あー、つまりあれってこと。自分たちに不都合な奴らを、あたしたち使って同士討ちさせようってわけ?」
「そういうこと」
まったく。ロキン宰相もよくもまぁこんなことを思いつくものだ。
意地が悪いというだけに収まらない。
いや、逆にそうでもないと属国の宰相なんて地位には収まらないのかもしれないな。
「なんとなくわかって来たかも。独立のために兵が少ないし、ロキンの思惑通りになるのも癪だから、やつらをごっそり仲間に入れてやろうと」
「はい、正解」
「ん、とりあえず何とか理解できた。いやー、やっぱあたしにはこういった政治ゲームは苦手だわ。あたしは槍でも振り回してた方がマシかな」
いち武将が政治のことにまで気にしだしたら収集がつかなくなるから、それはそれで役割分担としては間違ってない。
いち武将の副官という枠組みを超えて、政略を描こうとしている方が例外なのだ。
「ま、そういうわけで今回は槍じゃなく棒とかにしておいてくれ。出発は4日後ね」
「へいへーい」
「それともし暇があったら少しあいつらをしごいてやってほしい。射撃訓練だけじゃ不満が溜まりそうだし」
「ほいほい。あたしは今はジャンヌの部下だから、好きに使ってよ」
昨夜の恐怖と屈辱がまだ残っているが、こうして気にかけてくれるのはありがたいことだ。
そのありがたついでにもう少し甘えるとしようか。
山賊を味方に引き入れると言っても、事は単純ではない。
少なからずの戦闘は行い、それで屈服させなければいけないわけだし、そうなると怪我人が出るから医療品が必要だ。さらにその彼らを山賊に戻さないよう衣食住を保証しないといけないし、近隣の被害を補填する必要もある。
しかもこの目的の性質上、ロキン宰相やハカラには気づかれてはいけないのだ。
まったく、どんだけ難度の高いミッションなんだよ。
まぁ今の俺は知力99。
放っておいても色々な方策が泉のように湧いてくるのだから、ちょっと楽しかったりするのは内緒だ。
――――――――――――
7/30
ジャンヌの年齢が間違っていたのを修正させていただきました。
先に命令が行っていたらしく、300の新兵と弩はすでに揃っていた。
俺が練兵所に入ると、兵たちは集まり整列し直立不動の姿勢を取る。男もいれば女もいる。どれも若い。
大学生の写楽明彦なら同年代か年下。だが14歳のジャンヌからすれば年上ばかりだろう。
そうなればもちろん、顔に出るのは不安と戸惑い。そして蔑視。
年下の子供に指揮される新兵。しかも初陣にして相手は山賊とはいえこちらの3倍となれば、そう思うのも無理はないか。
ったく、こういうのって苦手だって言ってるのに。
大学では教職員になると息まいてるやつらがいたが、その苦労が分かるというものだ。幾分か、規律が行き届いたこちらの方が楽かもしれないがその分人数は多い。
誰もが無言でかたずを呑む中、600の瞳にさらされた俺としたらもう緊張で喉がからからだ。
「あー、おはようございます。このたびこの隊の指揮を任されたジャンヌです」
もう昼だけど。とりあえず挨拶の言葉は出た。
もういい。あとは業務連絡してそれで解散だ。
「出発は4日後。それまでの3日は訓練に当てます。弩を借りてきたから、その射撃訓練することいじょー解散」
最後の方は早口になってしまったが、なんとか言い終えれてホッとする。
だが安堵した俺に対し、誰も動こうとしない。
あれ……? 何か俺ミスった?
「隊長殿、よろしいでしょうか」
手を挙げて質問したのはショートカットがよく似合う、俺というかジャンヌより1つか2つ上の健康的な小麦肌の少女だ。
「どうぞ」
「隊長殿は弩の訓練とおっしゃいましたが、他の訓練はしないのですか。陣形とか、白兵戦とか、進退のやり方とか」
「ああ、そういうことね。えっと君は……」
「失礼しました。クロエといいます。しかし残念です。隊長殿なら我々の名前を憶えていてくれると思いましたのに」
兵たちは微動だにしない。だが、多くの者の口元に嘲笑が浮かぶのを見た。
悪かったな。名簿もらったけど読めないんだよ。
しかしこれはあれか。新人いびりってやつか。教師いじめとも言う。そういうのってどの世界も変わらないものだな。とりあえずこいつらを従わせるのが俺の最初の戦いか……。
「陣形とか白兵戦とかの訓練をしないかってことか。答えは簡単。しない。理由も簡単。無駄だから。以上」
あっさり言い切った俺に、クロエは眉を寄せる。周囲からもざわめきが起こる。
「それはどういうことですか。私たちでは山賊ごときに勝てないと言ってるのですか!」
「普通にやれば厳しいだろ。相手は1千もいるし、何より戦闘経験豊富なベテランって話だ。対してこっちは戦争の経験もない素人ばかり。陣なんて組む兵力も練度もないし、白兵戦なんてやったら全滅する。だからしない」
「隊長殿は私たちを愚弄しているのですか!? 私たちはみな、この国を守るためにこれまで努力してきたというのに……。それを貴女が否定するのであすか!」
そうだそうだ、とクロエの叫びに呼応するように300の口が次々と怒声を発する。
あれ、これミスったかな。
ちょっとたきつけて闘争心を煽ろうと思ったんだけど、ちょっとやりすぎた、というかタイミングを間違えた。
なんて他人事みたいに思っている間にも、彼らは次第にエスカレートしていき、しまいには俺につめよろうとしたところで、
「黙れ!」
怒声。
暴動寸前の300がしんと静まり返る。彼らの視線にあるのは横から登場した人物に注がれた。
ニーアだ。
彼女はいつもと変わらぬ様子で練兵所の入り口からとことこと歩いてくる。
「ニーア教官だ……」「まさか、なんでここに?」「うぅ、あの地獄のしごきの……」「こ、殺される……」
ひそひそ声が聞こえる。どれも恐怖ににじんだ声色だ。
「…………お前、今まで何してきたの?」
一瞬で300人を黙らせて怯えさせるのは生半可なことではない。
「えー、べっつになにもしてないよ。ただ去年にちょっと彼らの教官みたいなことしただけ。あ、それから今言った奴は後でちょっと営舎裏来てね?」
ハートがつきそうな語尾だが、言ってることは校舎裏に呼び出すヤンキーと変わりなかった。
やっぱりこいつからはちょっと距離取ろうかな……。
「あ、ジャンヌってば、こいつヤバいから近寄るのよそうなんて思ったでしょ」
「い、いや! 思って……ない……かな」
「ぶー、助けてあげたのに」
「わ、悪かったよ。助かった。本当に、ありがとう」
「うん、じゃあ許す」
ここで謝らなかったら、俺も営舎裏に呼び出されそうだった……。
「で、何の騒ぎ?」
じろりと、300をにらみつけるニーアに俺は説明をした。
「ふーん。で、その中心は……またあんたね、クロクロ」
「知り合い?」
「まぁね。教官時代に生意気言ってきたから“ちょっと”ね」
「1年前と比べられても困るんだけど、おばさん」
「はぁ? たった1年で何が変わるっていうのかな、このちびっこは?」
「三日会わざれば刮目して見よって言葉知らないわけ? これだから無学は困るわ」
「カツカツして見て何が変わるの? ものを知ってようがカツカツしようが、斬られれば死ぬし、矢に当たれば死ぬのよ」
「知ってるっての! てかカツカツって何!? 大体話がくどいのよ、おばさんは!」
「だからそのおばさんって言うのやめろし!」
「あぁ、もううるさい!」
このままいつまでもヒートアップしそうな2人の間に入り、議論を遮った。
「てかジャンヌ。そもそもあんたがちゃんとしないからでしょ!」
「隊長殿。これでも我々は数年間、“これ”も含めて鍛えてきたのです。それなのに負けるなどと言われれば腹も立ちます」
おっと、藪蛇だったか。2人の矛先がこっちに来た。
ってちょっと待て。
「いや、俺は負けるなんて言ってないぞ」
「ご自分の脳みそは畑の土か何かですか? 先ほどおっしゃったではないですか。白兵戦なら全滅だと」
「辛辣だなぁ。確かにそうは言ったよ。けどそれは白兵戦をすればだろ。大体、どんな軍隊でも3倍もの兵力差をまともに受ければ負けるに決まってる。別にお前らが新人だからとかそういうのは関係ない」
「なら勝てるって言うんですか。この戦力差で」
「勝てる」
「ほら、やっぱり勝てないじゃ――って、えっ!? 勝てるって、ざ、戯言を言わないでいただきたい!」
おお、これはまた活きのいいノリツッコミだなぁ。
「戯言じゃないさ。お前らが俺のいう事を聞いて、ちゃんと動けば勝てる」
「勝てる……俺たちが?」「3倍の敵だぞ」「でもあの人ってあれだろ……ジーン隊長の軍師格って噂」「あ、聞いた! こないだのビンゴとの戦いで倍以上の敵を破る策を立てたとか!」
おぉう、こう噂されるとちょっとこそばゆい。
けどこの状況を利用しない手はない。
「ああ、俺の言う通りに戦えば必ず勝つ。だからこその訓練だ」
「こんなおもちゃで、敵を殺せるわけがないでしょう!」
「当り前だ。俺はこの戦、敵味方の死者をゼロで終わらせようと思っている。だからこそのこの武器だ」
「ぜ、ゼロに……まさか」
「そういうことだから。ま、いきなり来た俺を信じろとは言わないけど、少なくともお前らを死なせはしない。だから今は騙されたと思って訓練してくれ。それが結局、自分の命を守ることだからな」
不承不承ながらも、それでクロエたちは言葉を飲み込んでくれた。それで部隊は解散となった。
あー疲れた。だから嫌なんだよ、人の前に立つのとか。めんどくさいし。
「敵味方の死者ゼロねぇ……」
兵たちが弩の練習に向かい、ニーアと2人きりになった時、彼女はぼやくように言う。
「意気込みだよ。ニーア、それより何しに来たんだ?」
「ん、あぁそうそう。女王さまから頼まれてきたんだ。ジャンヌを頼むって」
「へ?」
「というわけであたしもついてくから」
「はぁ!?」
突然何言っちゃてるの、この子。
「さっきの会議でこのこと、びっくりしたんだって。何も聞かされてなかったみたいで、ひどく落ち込んでたわ。でもすぐに気を取り戻してあたしをここによこしたってわけ」
「そりゃありがたいことだ」
「ええ。自分の警護なんかより、貴女を優先したんだから。これで負けたら許さないわよ」
「お前もコロコロ変わるなぁ。昨日、殺しかけた相手に」
「あれははっきりしない貴女が悪いの!」
口を尖らせてぷんぷん怒るニーアが、どこか滑稽で苦笑する。
その心遣いは素直に嬉しかった。
「それで、本当に死者をゼロにするつもり? なんで? まさかまた嫌になったってわけじゃないわよね?」
ニーアの視線に怒気――いや殺意がこもる。
昨夜の問答でのことを気にかけているのだろう。
だがこれに関しては何も人殺しが嫌だからそう言ったわけではない。
もちろんそんな思いも幾分かはあったけど、その本質は独立のための布石に必要だからだ。
「違う。これはオムカのためだ。そもそもオムカが独力で戦えるようになるには根本の兵が少なすぎる。だから山賊の兵をごっそり味方にしようってわけ。さっきジルとサカキにも話しておいたから、相手を降伏さえさせれば彼らは味方だよ」
「はぁー、変なこと考えるんだね。賊は賊。今までひと様に迷惑かけてきたんだから、ちゃんと皆殺しにしてあげないと」
「物騒な……」
「ハワードのおっさんの言葉だからね。あ、ハワードってのは第1師団を率いて今は東のカルゥム要塞でシータを食い止めてる……変態よ」
ハワード。確かサカキと最初に会った時だったか、その名前を聞いたことがある。
てかそんな偉い人物を変態扱いってひどいな!
「あれ、それならあたし要らない? 手加減なんて出来ないよ?」
「いや、正直ありがたいよ。戦場じゃ何が起こるか分からないから、みんなを守ってくれる人がいるのは心強いし」
「しょ、しょうがないわね! 別に貴女のためじゃなくて、不甲斐ない後輩のためだからね!」
自分から売り込んできてなんでツンデレ気味なんだよ。しかもなんか方向性が違くない?
「てかそんな勝算低いわけ?」
「十中八九は問題ないと思う。これを見てほしい」
言って広げたのはジルから借りた普通の紙の地図だ。
王都バーベルから南東に30キロほどの位置にあるのが、今回の目標となるワストー山。
日本の戦国時代の行軍スピードが大体30キロ前後ということだから、初陣ということも含めて1日ちょいで行けるはず。
ちなみに俺は馬を借りている。俺のスタミナでは、自慢じゃないが途中でぶっ倒れる自信がある。だからこの4日間というのは俺が馬に乗る訓練の時間でもあるのだ。
「問題の峡谷はここだ。ワストー山につながる唯一の道」
「そこに山賊の根城があるってことね」
「しかもただの山賊じゃない。サカキの話では、元はオムカ王国の軍人だったってことだ。エイン帝国に最後まで反抗して、職も家も失った連中が山賊と化したっていう噂だ。しかもそいつらはエイン帝国だけじゃなく、エイン帝国に尻尾を振ってる今のマリアたち保守派を徹底的に嫌ってるらしい」
「あぁ、なんかそういうのがいるってのは聞いたことあるわ。あたしの生まれる前の話だからね」
「そう。今まで何度か討伐隊を送ったらしいが、ことごとく撃退されたって話。中途半端な兵数を出したせいらしいけど。だからしばらくほったらかしだったのが、今や金山開発のためには邪魔になったから討伐しないといけない。でもエイン帝国の兵は惜しい。じゃあオムカ同士でつぶし合ってくれた方が良いと考えたんだろ」
「あー、つまりあれってこと。自分たちに不都合な奴らを、あたしたち使って同士討ちさせようってわけ?」
「そういうこと」
まったく。ロキン宰相もよくもまぁこんなことを思いつくものだ。
意地が悪いというだけに収まらない。
いや、逆にそうでもないと属国の宰相なんて地位には収まらないのかもしれないな。
「なんとなくわかって来たかも。独立のために兵が少ないし、ロキンの思惑通りになるのも癪だから、やつらをごっそり仲間に入れてやろうと」
「はい、正解」
「ん、とりあえず何とか理解できた。いやー、やっぱあたしにはこういった政治ゲームは苦手だわ。あたしは槍でも振り回してた方がマシかな」
いち武将が政治のことにまで気にしだしたら収集がつかなくなるから、それはそれで役割分担としては間違ってない。
いち武将の副官という枠組みを超えて、政略を描こうとしている方が例外なのだ。
「ま、そういうわけで今回は槍じゃなく棒とかにしておいてくれ。出発は4日後ね」
「へいへーい」
「それともし暇があったら少しあいつらをしごいてやってほしい。射撃訓練だけじゃ不満が溜まりそうだし」
「ほいほい。あたしは今はジャンヌの部下だから、好きに使ってよ」
昨夜の恐怖と屈辱がまだ残っているが、こうして気にかけてくれるのはありがたいことだ。
そのありがたついでにもう少し甘えるとしようか。
山賊を味方に引き入れると言っても、事は単純ではない。
少なからずの戦闘は行い、それで屈服させなければいけないわけだし、そうなると怪我人が出るから医療品が必要だ。さらにその彼らを山賊に戻さないよう衣食住を保証しないといけないし、近隣の被害を補填する必要もある。
しかもこの目的の性質上、ロキン宰相やハカラには気づかれてはいけないのだ。
まったく、どんだけ難度の高いミッションなんだよ。
まぁ今の俺は知力99。
放っておいても色々な方策が泉のように湧いてくるのだから、ちょっと楽しかったりするのは内緒だ。
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ジャンヌの年齢が間違っていたのを修正させていただきました。
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食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。
最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。
それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。
※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。
カクヨムで先行投稿中!
異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
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普段の、何気ない日常。
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その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
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日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
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ガチャと異世界転生 システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!
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偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。
獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。
俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。
単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。
ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。
大抵ガチャがあるんだよな。
幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。
だが俺は運がなかった。
ゲームの話ではないぞ?
現実で、だ。
疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。
そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。
そのまま帰らぬ人となったようだ。
で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。
どうやら異世界だ。
魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。
しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。
10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。
そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。
5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。
残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。
そんなある日、変化がやってきた。
疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。
その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。
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