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第1章 オムカ王国独立戦記
第46話 マッド・ティーパーティ
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王都に帰って来てから3週間が経った。
約束の期限まであと1週間となったこのタイミングで、ようやくすべての準備が揃った。
王都はますます荒れて、今ではハカラ旗下でなければ人間ではないような状況だ。それはすなわち王都に住むオムカの人々の怒りが限界に達しようとしているのと同義。
さらに外に目を転じれば、抑圧された農民たちが明日に希望を見いだせずに|
喘《あえ》いでいる。
圧制、軍の増長、貧富差の拡大。
革命が起こる土壌は十分に育まれているわけだが、いまだに一歩を踏み出せていないのは理由がある。
軍だ。
敵は腐っても2万5千の兵。数の暴力がある。
たった6千のオムカ軍――しかも2千は金山の警護に駆り出されているから実質王都にいるのは4千いない――では鎧袖一触の兵力差だ。
王都で市街戦をやれば兵力差を縮めることができるが、それは自らの腕を食べるような行為だ。
市街戦をした後に残るのは、荒廃した王都と死者の群れ。そこから王都を復興しようとすれば何年かかるか分からないし、そもそもハカラに反旗を翻せばすなわちエイン帝国に宣戦布告をすると同じ意味を持つので、荒廃した王都では籠城も出来ずに蹂躙されて終わるだけだ。
だから俺が考えたのは、いかに2万5千の兵を王都から引きはがし、ハカラとその側近のみを排除するか。
すなわち分断と集中だ。
頭さえ討ってしまえば、2万5千は烏合の衆だから4千でも勝負になる。いや、してみせる。
だがその状況を作り出すのが困難だ。
さすがに王都に2万5千もの兵を兵を常駐できないから、ハカラは1万5千を王都に配し、残りの1万を王都から北に10キロほどの位置にある砦に置いた。
王都の1万5千の配分は、王宮に4千、四方の各城門に1千、残りの7千で城内警備となっている。
配置としては悪くないので、そこに隙を見つけなければ俺たちに勝ちはない。
『時が来たら旗のもとに集まる』
ジルとサカキはそう言って軍を解散させたというから、4千の部隊はすぐに集まれるという。
ジルとサカキ、マリアとニーアたちと協議を重ね、ブリーダとも王都の外で数回にわたって密に打ち合わせをした。
そして決行日は決まった。
明々後日、つまりあと3日。
その先駆けとしてブリーダが蜂起するのが今日だ。
そんなあと数日で俺自身、そしてこの国に住む多くの人間の運命が決まるという日の朝に、招かれざる客が俺の家を訪れた。
「ハカラ宰相兼将軍閣下からのお呼び出しです」
壁にもたれてタイルに座りながら『古の魔導書』で周辺地理や敵情報の復習をしている時に、ノックする音に反応して出てみたらハカラ将軍の部下が待っていたのだ。
そしてその言葉に、文字通り心臓が跳ね踊った。
まさか、バレたのか。そう思わずにいられない。
クロエはお昼の買い出しに行っていない。
相手は3人。無理だ、勝てない。
「いかがしましたか?」
「いえ、行きます。ただ住み込みの者が心配するといけないので書置きだけさせてください」
間髪入れず答えたのが良かったのだろう。
部下は頷くと、俺がクロエに書置きする時間を待ってくれた。
「では同行を願います」
この場合、願うといっても実質的にはほぼ強制だ。今この国でハカラに逆らえる者はいないのだから。
1人が先導し、残り2人が斜め後ろにそれぞれついた状態で、まるで連行されているようで見世物だ。
そういった意味では人通りが少なくて幸いだった。
門を通過し、王宮に入るとそこからは別の者が案内についた。
背筋のピンとした初老の男だ。初老の男は慇懃無礼な態度で先導していく。
この時点で俺は少なくとも殺される心配はなさそうだ、と思った。
とはいえここは敵地で油断はできないと戒める。
謁見の間とは違う方向に連れていかれたらしく、見覚えのない景色の中を進む。まぁ王宮自体が広すぎて、どこがどこなのかまだよく分かってないけど。
5分ほど歩いただろうか。
1つの大きな扉の前で初老の男が立ち止まると、その扉をノックする。
「お客様を連れてまいりました」
それに対する答えがあったかは分からないが、初老の男が静かにゆっくりと扉を開ける。
「どうぞ。宰相がお待ちです」
入った途端、ぷんと良い匂いがした。
それもそのはず、教室大の部屋の中央には、真っ白なテーブルクロスの机があり、その上には様々な料理の皿が置かれている。パンにスープはもちろん、ステーキやサラダ、さらには魚介類を使ったシーフードもあるし果物やケーキといったデザートも山盛りだ。
海のないオムカで魚介類を食べようとすれば輸入に頼らざるを得ない。
それをふんだんに使った料理を食べるということは、その権力と財力の強大さを誇示するようなものだ。
そしてその席につく人物はその両方の力を持っている。
「うむ、来たか小娘――いや、ジャンヌよ」
ハカラがいた。
すでに料理に手を付けているらしく、ナイフとフォークを持ち、胸元につけたナプキンはひどく汚れている。
「ほれ、何をしている。そこに座れ」
ハカラが右手のナイフで対面の席を示す。マナーが悪い。
指示された場所には、確かにお皿やナイフやフォーク、ナプキンやワイングラスといったフランス料理店で見るようなお膳が配置されている。
だが俺はまだそこに至っても危険を疑った。
「宰相のお呼びと伺いましたが。火急の用事があるのでしょうか」
「ん、いや。なにもない。なかなかお主が来てくれないのでな。一緒に食事でもどうかと思っただけだ」
なんの風の吹きまわしだ?
俺はこいつと食事を共にするほど仲良くはないはずだが。
あ、いや。ハカラにとってはそうでもないのか。
小憎たらしいやつという感情とは別に、好色な視線を向けてくるような奴だ。正直、気分が悪くて食事どころじゃないのだがここは大人しく従うのが吉だ。
「ではご一緒させていただきます」
「うむ。おい、彼女に食事の用意を」
傍にいたメイド服姿の女中に命令する。
「ふむ、しかし今日は大人しいではないか。そうしおらしくしておれば、わしの妾になっても不自由はないぞ?」
「……年がら年中、うるさくしているつもりはないのですが」
いきなり切り込んできたハカラに更なる不快を感じつつも、当たり障りのないよう答える。
それからは運ばれてくる料理を、ハカラの止まることのない内容のない話をBGMに舌鼓を打つことになる。
中でも辟易としたのが、
「どうだ? わしのところに来ればこのような料理が毎日食えるぞ」
「来週には南国の珍味が届くという。是非一緒に食べてみようじゃないか」
「帝都ではもっと素晴らしいものがあるぞ。美食だけではない、金銀宝石といった類のものが山のようにある」
「わしもこの国をうまく収めた功績でそろそろ中央に呼び戻されるだろう。わしと一緒にいれば今後の不自由はないぞ?」
正直うんざりだった。
いや、料理は美味しかった。
日本でもそうそう食べたことのない豪華で美味しいものだったから、この世界の料理も捨てたもんじゃないと認識を改めた。
相席の相手がこの男でなければ。
いや、逆に考えろ。
敵を知り己を知れば百戦危うからず。蜂起を前にこの男を知ることは、兵法上理にかなっている。
これは戦闘だ。
そう考えれば、我慢はできる。多分。
「宰相閣下はエインの帝都に戻りたいのですね」
食事がひと段落した時に、俺は聞いてみた。
「それはそうだ。こんな辺境ではろくな遊興も女もおらん。いや、お主のような者を得たのはこれ以上ない奇跡だがな」
永遠に得ることはねーよ。
「だがそれに比べてやはり帝都は良い。すべての富と女と遊興が集中した史上最高の都よ。そこでは栄華も立身出世も思いのままなのだ」
俺には快楽と退廃の都、バビロンにしか思えないけどね。
ふと希望を抱いてしまう。
帝都がハカラの言う通りの状態ならば、おそらく政治の上層部はマヒしている。即時決断などといった判断はできないだろうから、俺たちの独立に対しての反応は時間がかかるに違いない。
この状況下で時間は俺たちにとって最大の武器だ。
防備を固めて、地方の豪族を取り込み戦力とし、シータとの同盟をさらに厚いものにできる。さらにビンゴとの和睦、南部自治領の攻略といった絵図まで描ける。
さすが『古の魔導書』といえども、遠く、そして未知の国の主都の状況など拾えるものではないのだから、現地を知る人間から聞くことができたのは棚からぼたもちだ。
何よりハカラが上だけ見て足元を全く注視していないのが分かったのが収穫だった。
ん…………収穫?
なんだろう、クロエの時もそうだったけど、その言葉が引っかかる。
「なにか考え事か?」
「い、いえ。なんでもないです。ただこの料理が美味しくて」
「ふっふっふ、そうであろう。下民ごときが一生口にできぬであろうものを今お主は食べているのだ。なに、もっと感謝してもよいのだぞ?」
「は、ははは」
どこまで本気なのだろうか、乾いた笑いしか出ない。
あるいはこれも全て擬態で、本当は俺たちの反乱計画を察知していて、この料理に睡眠薬が入れてあり、俺を捕まえるための罠だった、というのであれば俺はもう拍手をして降参するしかない。
それほどの智謀と演技力を持った権力者が相手だったのなら、知力99とはいえ俺1人では抗いきれないからだ。
だがこいつは違う。
頭の中に己しかないのだ。
己の力を誇示したいがために将軍の権利を行使し、他者を見下し、さらに政敵を誅殺する。俺に対する態度も、自身に手に入らないものはないと本気で思い込んでいるのだからたちが悪い。
要は子供なのだ。
自分の感情の赴くままに行動し、思った通りにいかないと腹を立てる、考えの足りないガキなのだ。
そんなガキを相手に真正面からぶつかるのは割に合わない。
ここは大人の対応をして様子を見るに限る。
すなわち、なだめ、すかし、褒めちぎり、曖昧に濁す。
大人の汚さを見せてやる。
「今日はお招きいただきありがとうございました」
「む、帰るのか。これからが本番だというのに」
なんの本番だよ。想像するのが怖い。
とにかくここは舌先三寸で全力で断る。
「いえ、宰相閣下のご厚意はこれ以上なく私の心をつかみ取りましてございます。とはいえ私はオムカに属する身。すぐに閣下の元へ行くことは叶いませぬ」
「オムカの宰相はわしだ。将軍すらもこのわしだ。そのわしが許すのだからそれは問題ないのだ」
「しかし周囲の人間はどう思いましょう。これまでお世話になった人への挨拶もなく向かえば、それこそ義理を欠き、節度を失った下郎となんら変わりません。そんな者をお迎えしたとあれば、閣下のご名声にも傷がつきます。それは閣下の今後に良い影響を与えないのは明らかでございましょう。故にほんの数日、来週までには身辺を整理しますので、それまでお待ちいただけますよう伏してお願いいたします」
「ううむ……お主がそこまで言うのであれば仕方ない」
渋々ながらも、だがそこまで気にかけてくれたこと、そして何よりついに俺が手に入るとことへの喜びを口元に表しながらハカラは頷く。
その日はそれで解放してくれた。行きと同じように護衛兼監視の兵がついてようやく家に戻った時には日が傾きかけていた。
家に入ると、驚いた様子のクロエに構わず風呂場に入り、溜めてあった水をざばんと被った。
それでも体にこびりついたハカラの残滓があるようで、2回、3回と水をかぶる。
洋服も着たままだったからまさに濡れネズミだ。
「た、隊長殿……いったい何が」
「ハカラに呼び出された」
「っ! よくぞご無事で。しかしどうされたのですか」
俺はすぐに答えられなかった。
この今の気持ちをどう言葉にすればいいか分からなかったから。
少し呼吸を整えて、そして考えがまとまった。
ハカラ。
あの男。
圧制を敷き、人々を顧みず、部下の制御もできず、街は荒れ放題で、かといって何もせず、自分の栄達と蓄財にしか興味がなく、遊興と女と美食にうつつを抜かし、感情のままに行動する子供で、無駄に気位の高いどうしようもないクズ。
俺は初めて思ってしまった。
別に自分の貞操とかどうでもいい。
それ以上に、この男は生きているだけで害となる。そんなことを確信してしまった。
「クロエ……俺は初めて思ったよ。人を殺したいと」
祗園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
夜が明ければブリーダが蜂起した報告が王都を駆け巡るはずだ。そしてすべてが動き出す。
俺の、いやこの国を賭けた大勝負が始まる。
それがなんとも待ち遠しい。そう思ってしまった自分の考えに、不覚ながらも戦慄した。
約束の期限まであと1週間となったこのタイミングで、ようやくすべての準備が揃った。
王都はますます荒れて、今ではハカラ旗下でなければ人間ではないような状況だ。それはすなわち王都に住むオムカの人々の怒りが限界に達しようとしているのと同義。
さらに外に目を転じれば、抑圧された農民たちが明日に希望を見いだせずに|
喘《あえ》いでいる。
圧制、軍の増長、貧富差の拡大。
革命が起こる土壌は十分に育まれているわけだが、いまだに一歩を踏み出せていないのは理由がある。
軍だ。
敵は腐っても2万5千の兵。数の暴力がある。
たった6千のオムカ軍――しかも2千は金山の警護に駆り出されているから実質王都にいるのは4千いない――では鎧袖一触の兵力差だ。
王都で市街戦をやれば兵力差を縮めることができるが、それは自らの腕を食べるような行為だ。
市街戦をした後に残るのは、荒廃した王都と死者の群れ。そこから王都を復興しようとすれば何年かかるか分からないし、そもそもハカラに反旗を翻せばすなわちエイン帝国に宣戦布告をすると同じ意味を持つので、荒廃した王都では籠城も出来ずに蹂躙されて終わるだけだ。
だから俺が考えたのは、いかに2万5千の兵を王都から引きはがし、ハカラとその側近のみを排除するか。
すなわち分断と集中だ。
頭さえ討ってしまえば、2万5千は烏合の衆だから4千でも勝負になる。いや、してみせる。
だがその状況を作り出すのが困難だ。
さすがに王都に2万5千もの兵を兵を常駐できないから、ハカラは1万5千を王都に配し、残りの1万を王都から北に10キロほどの位置にある砦に置いた。
王都の1万5千の配分は、王宮に4千、四方の各城門に1千、残りの7千で城内警備となっている。
配置としては悪くないので、そこに隙を見つけなければ俺たちに勝ちはない。
『時が来たら旗のもとに集まる』
ジルとサカキはそう言って軍を解散させたというから、4千の部隊はすぐに集まれるという。
ジルとサカキ、マリアとニーアたちと協議を重ね、ブリーダとも王都の外で数回にわたって密に打ち合わせをした。
そして決行日は決まった。
明々後日、つまりあと3日。
その先駆けとしてブリーダが蜂起するのが今日だ。
そんなあと数日で俺自身、そしてこの国に住む多くの人間の運命が決まるという日の朝に、招かれざる客が俺の家を訪れた。
「ハカラ宰相兼将軍閣下からのお呼び出しです」
壁にもたれてタイルに座りながら『古の魔導書』で周辺地理や敵情報の復習をしている時に、ノックする音に反応して出てみたらハカラ将軍の部下が待っていたのだ。
そしてその言葉に、文字通り心臓が跳ね踊った。
まさか、バレたのか。そう思わずにいられない。
クロエはお昼の買い出しに行っていない。
相手は3人。無理だ、勝てない。
「いかがしましたか?」
「いえ、行きます。ただ住み込みの者が心配するといけないので書置きだけさせてください」
間髪入れず答えたのが良かったのだろう。
部下は頷くと、俺がクロエに書置きする時間を待ってくれた。
「では同行を願います」
この場合、願うといっても実質的にはほぼ強制だ。今この国でハカラに逆らえる者はいないのだから。
1人が先導し、残り2人が斜め後ろにそれぞれついた状態で、まるで連行されているようで見世物だ。
そういった意味では人通りが少なくて幸いだった。
門を通過し、王宮に入るとそこからは別の者が案内についた。
背筋のピンとした初老の男だ。初老の男は慇懃無礼な態度で先導していく。
この時点で俺は少なくとも殺される心配はなさそうだ、と思った。
とはいえここは敵地で油断はできないと戒める。
謁見の間とは違う方向に連れていかれたらしく、見覚えのない景色の中を進む。まぁ王宮自体が広すぎて、どこがどこなのかまだよく分かってないけど。
5分ほど歩いただろうか。
1つの大きな扉の前で初老の男が立ち止まると、その扉をノックする。
「お客様を連れてまいりました」
それに対する答えがあったかは分からないが、初老の男が静かにゆっくりと扉を開ける。
「どうぞ。宰相がお待ちです」
入った途端、ぷんと良い匂いがした。
それもそのはず、教室大の部屋の中央には、真っ白なテーブルクロスの机があり、その上には様々な料理の皿が置かれている。パンにスープはもちろん、ステーキやサラダ、さらには魚介類を使ったシーフードもあるし果物やケーキといったデザートも山盛りだ。
海のないオムカで魚介類を食べようとすれば輸入に頼らざるを得ない。
それをふんだんに使った料理を食べるということは、その権力と財力の強大さを誇示するようなものだ。
そしてその席につく人物はその両方の力を持っている。
「うむ、来たか小娘――いや、ジャンヌよ」
ハカラがいた。
すでに料理に手を付けているらしく、ナイフとフォークを持ち、胸元につけたナプキンはひどく汚れている。
「ほれ、何をしている。そこに座れ」
ハカラが右手のナイフで対面の席を示す。マナーが悪い。
指示された場所には、確かにお皿やナイフやフォーク、ナプキンやワイングラスといったフランス料理店で見るようなお膳が配置されている。
だが俺はまだそこに至っても危険を疑った。
「宰相のお呼びと伺いましたが。火急の用事があるのでしょうか」
「ん、いや。なにもない。なかなかお主が来てくれないのでな。一緒に食事でもどうかと思っただけだ」
なんの風の吹きまわしだ?
俺はこいつと食事を共にするほど仲良くはないはずだが。
あ、いや。ハカラにとってはそうでもないのか。
小憎たらしいやつという感情とは別に、好色な視線を向けてくるような奴だ。正直、気分が悪くて食事どころじゃないのだがここは大人しく従うのが吉だ。
「ではご一緒させていただきます」
「うむ。おい、彼女に食事の用意を」
傍にいたメイド服姿の女中に命令する。
「ふむ、しかし今日は大人しいではないか。そうしおらしくしておれば、わしの妾になっても不自由はないぞ?」
「……年がら年中、うるさくしているつもりはないのですが」
いきなり切り込んできたハカラに更なる不快を感じつつも、当たり障りのないよう答える。
それからは運ばれてくる料理を、ハカラの止まることのない内容のない話をBGMに舌鼓を打つことになる。
中でも辟易としたのが、
「どうだ? わしのところに来ればこのような料理が毎日食えるぞ」
「来週には南国の珍味が届くという。是非一緒に食べてみようじゃないか」
「帝都ではもっと素晴らしいものがあるぞ。美食だけではない、金銀宝石といった類のものが山のようにある」
「わしもこの国をうまく収めた功績でそろそろ中央に呼び戻されるだろう。わしと一緒にいれば今後の不自由はないぞ?」
正直うんざりだった。
いや、料理は美味しかった。
日本でもそうそう食べたことのない豪華で美味しいものだったから、この世界の料理も捨てたもんじゃないと認識を改めた。
相席の相手がこの男でなければ。
いや、逆に考えろ。
敵を知り己を知れば百戦危うからず。蜂起を前にこの男を知ることは、兵法上理にかなっている。
これは戦闘だ。
そう考えれば、我慢はできる。多分。
「宰相閣下はエインの帝都に戻りたいのですね」
食事がひと段落した時に、俺は聞いてみた。
「それはそうだ。こんな辺境ではろくな遊興も女もおらん。いや、お主のような者を得たのはこれ以上ない奇跡だがな」
永遠に得ることはねーよ。
「だがそれに比べてやはり帝都は良い。すべての富と女と遊興が集中した史上最高の都よ。そこでは栄華も立身出世も思いのままなのだ」
俺には快楽と退廃の都、バビロンにしか思えないけどね。
ふと希望を抱いてしまう。
帝都がハカラの言う通りの状態ならば、おそらく政治の上層部はマヒしている。即時決断などといった判断はできないだろうから、俺たちの独立に対しての反応は時間がかかるに違いない。
この状況下で時間は俺たちにとって最大の武器だ。
防備を固めて、地方の豪族を取り込み戦力とし、シータとの同盟をさらに厚いものにできる。さらにビンゴとの和睦、南部自治領の攻略といった絵図まで描ける。
さすが『古の魔導書』といえども、遠く、そして未知の国の主都の状況など拾えるものではないのだから、現地を知る人間から聞くことができたのは棚からぼたもちだ。
何よりハカラが上だけ見て足元を全く注視していないのが分かったのが収穫だった。
ん…………収穫?
なんだろう、クロエの時もそうだったけど、その言葉が引っかかる。
「なにか考え事か?」
「い、いえ。なんでもないです。ただこの料理が美味しくて」
「ふっふっふ、そうであろう。下民ごときが一生口にできぬであろうものを今お主は食べているのだ。なに、もっと感謝してもよいのだぞ?」
「は、ははは」
どこまで本気なのだろうか、乾いた笑いしか出ない。
あるいはこれも全て擬態で、本当は俺たちの反乱計画を察知していて、この料理に睡眠薬が入れてあり、俺を捕まえるための罠だった、というのであれば俺はもう拍手をして降参するしかない。
それほどの智謀と演技力を持った権力者が相手だったのなら、知力99とはいえ俺1人では抗いきれないからだ。
だがこいつは違う。
頭の中に己しかないのだ。
己の力を誇示したいがために将軍の権利を行使し、他者を見下し、さらに政敵を誅殺する。俺に対する態度も、自身に手に入らないものはないと本気で思い込んでいるのだからたちが悪い。
要は子供なのだ。
自分の感情の赴くままに行動し、思った通りにいかないと腹を立てる、考えの足りないガキなのだ。
そんなガキを相手に真正面からぶつかるのは割に合わない。
ここは大人の対応をして様子を見るに限る。
すなわち、なだめ、すかし、褒めちぎり、曖昧に濁す。
大人の汚さを見せてやる。
「今日はお招きいただきありがとうございました」
「む、帰るのか。これからが本番だというのに」
なんの本番だよ。想像するのが怖い。
とにかくここは舌先三寸で全力で断る。
「いえ、宰相閣下のご厚意はこれ以上なく私の心をつかみ取りましてございます。とはいえ私はオムカに属する身。すぐに閣下の元へ行くことは叶いませぬ」
「オムカの宰相はわしだ。将軍すらもこのわしだ。そのわしが許すのだからそれは問題ないのだ」
「しかし周囲の人間はどう思いましょう。これまでお世話になった人への挨拶もなく向かえば、それこそ義理を欠き、節度を失った下郎となんら変わりません。そんな者をお迎えしたとあれば、閣下のご名声にも傷がつきます。それは閣下の今後に良い影響を与えないのは明らかでございましょう。故にほんの数日、来週までには身辺を整理しますので、それまでお待ちいただけますよう伏してお願いいたします」
「ううむ……お主がそこまで言うのであれば仕方ない」
渋々ながらも、だがそこまで気にかけてくれたこと、そして何よりついに俺が手に入るとことへの喜びを口元に表しながらハカラは頷く。
その日はそれで解放してくれた。行きと同じように護衛兼監視の兵がついてようやく家に戻った時には日が傾きかけていた。
家に入ると、驚いた様子のクロエに構わず風呂場に入り、溜めてあった水をざばんと被った。
それでも体にこびりついたハカラの残滓があるようで、2回、3回と水をかぶる。
洋服も着たままだったからまさに濡れネズミだ。
「た、隊長殿……いったい何が」
「ハカラに呼び出された」
「っ! よくぞご無事で。しかしどうされたのですか」
俺はすぐに答えられなかった。
この今の気持ちをどう言葉にすればいいか分からなかったから。
少し呼吸を整えて、そして考えがまとまった。
ハカラ。
あの男。
圧制を敷き、人々を顧みず、部下の制御もできず、街は荒れ放題で、かといって何もせず、自分の栄達と蓄財にしか興味がなく、遊興と女と美食にうつつを抜かし、感情のままに行動する子供で、無駄に気位の高いどうしようもないクズ。
俺は初めて思ってしまった。
別に自分の貞操とかどうでもいい。
それ以上に、この男は生きているだけで害となる。そんなことを確信してしまった。
「クロエ……俺は初めて思ったよ。人を殺したいと」
祗園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
夜が明ければブリーダが蜂起した報告が王都を駆け巡るはずだ。そしてすべてが動き出す。
俺の、いやこの国を賭けた大勝負が始まる。
それがなんとも待ち遠しい。そう思ってしまった自分の考えに、不覚ながらも戦慄した。
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本来の主人公である【荷物持ち】を追放してしまう勇者。
しかし、自分のことを主人公だと信じて疑わない彼は、無自覚に、主人公ムーブで【ざまぁフラグを回避】していくのであった。
本来の主人公が出会うはずだったヒロインと、先に出会ってしまい……。
本来は主人公が覚醒するはずだった【真の勇者の力】にも目覚めてしまい……。
思い込みの力で、主人公補正を自分のものにしていく勇者!
ざまぁフラグなんて知りません!
これは、自分のことを主人公だと信じて疑わない、勘違いした勇者の無双冒険譚。
・本来の主人公は荷物持ち
・主人公は追放する側の勇者に転生
・ざまぁフラグを無自覚回避して無双するお話です
・パーティー追放ものの逆側の話
※カクヨム、ハーメルンにて掲載
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