知力99の美少女に転生したので、孔明しながらジャンヌ・ダルクをしてみた

巫叶月良成

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第1章 オムカ王国独立戦記

第45話 ジャンヌの恩返し

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 翌日は午前中から起きだし、朝食にパンを平らげるとそのまま外に出た。

 動きやすいよう、昨日マリアからもらった服の中でなんとか許せる妥協ラインのホットパンツ姿で外に出る。

 クロエも私服で、黒を基調にしたスポーティな格好だ。細くともしなやかな筋肉を持つカモシカのような脚線美が眩しい。

「別についてこなくていいのに」

「そういうわけにはいきません。王都の外に出るというのならなおさらです」

 ハカラの統治になってから外出がかなり制限されるようになった。
 特に王都の外に出る場合、外出証明書を発行して外に出る目的と帰宅予定時刻を届け出なければならない。それを過ぎた場合、または日付をまたいだ場合、厳しく罰せられるというのだから相当だ。
 政権を奪った直後だから、情報の流入を防ぎ民心を安定させようと躍起なのだろうが逆効果だと分かっているのだろうか。

 まぁわざわざ親切に指摘してやる義理もないから黙っているけど、やはりこれは不便だ。

 本来なら2、3日かけて王都の外でやりたいことがあるのだが、何日かに分けなければならないのだ。しかも連日外に出ると疑われるから、3日に1回などのペースを考えなければならない。

 それでも外に出る理由は2つある。
 1つがブリーダとの連携のために一度直に会って話し合う必要があるのだ。
 もう1つがオムカの国というものを見るためだ。

 正直、俺がこの世界に来て王都とカルゥム城塞くらいしか知らない。それではこの国のことを知ったことにはならない。
 だから実際に歩いてみるべきなのだ。

 これはハワードの屯田にも影響を受けている。

 作物がなければ人は飢える。
 金があっても、ゲームみたいにその場でポンッと青天井で食料を買えるわけじゃない。ましてや籠城となるとそれも不可能になるのだ。

 となればある程度は自給できるようにしなくてはならない。どれだけの人口があり、生産量があり、開発の余地があるのか。それを知らない限り、独立したとしてもその後に待つのは圧倒的な財政難と飢餓だ。
 もちろん俺には『古の魔導書エンシェントマジックブック』という強い味方もあるし、文字も読めるようになってきているから王都にいても分かるが、そこは実際に現場を見るのとは大違いということがままにしてある。
 だからこの外出が必要なのだ。

 外出証明書を発行し、馬で王都から外に出る。
 高層ビルや排気ガスなどない、見渡す限りの自然。その中を馬を走らせるのがここまで気持ちいいこととは、日本にいる限り知らなかった。

 王都から西にしばらく走る。
 ところどころに村があり、田畑を耕している農民が見える。

 それを見てもやはり日本とは違う。
 コンバインなどの機械などない、すべて自らの手で鍬や鋤を持って耕すのはいかにも中世だ。おそらく農薬もないのだろう。だから昨日食べた野菜は美味しかったわけだ。
 だがしばらくその光景を眺めていて感じたことがあった。

「相変わらず活気がないな……」

 いくつかの村や畑といったものを見たが、誰もが顔を下に落として苦しみながら畑仕事をしているようだ。
 畑仕事は辛くて厳しいものという知識はある。
 だが見る限り肉体的な辛さとかではなく、顔色が暗いのだ。嫌々やらされているというか、希望を見いだせていないというか。

 それに答えをくれたのはクロエだった。

「そりゃそうです。収穫の7割なんて重い税をかけられれば、みんなやる気もなくしますよ」

「7割!? 七公三民かよ。めちゃくちゃだな」

 農民は生かさず殺さず。
 どの時代、どの世界でも王政なんてそんなものだ。

「しちこう? よくわかりませんが重税なのは確かです。だから長男以外は男も女も兵隊になるわけです。大半がエイン帝国の戦線に組み込まれるわけですが」

「男だけじゃなく女もか……大変だな」

「む、隊長殿は男性優位派ですか。そりゃ昔は軍も男性社会でしたが、女性だって戦えるんですよ。それに今の王様は女王様ですからね。というかそれを隊長殿が言うのはちょっと悲しいです」

「い、いや! そういうわけじゃなくてな!」

「冗談です。分かってます。伝説のジャンヌ・ダルクの再来として隊長殿が現れたことにより、皆が期待しているわけです」

「いや、俺男なんだけど……」

「きっと独立すれば税率も変わって、母も少しは楽になれるといいな……」

 クロエが少し遠い目をして呟く。
 そうか。彼女も食うや食わずの生活をしていたということか。

 俺はクロエの頭に手を載せると、

「ならなんとしてもハカラを退治してやらないとな」

「っ…………はい!」

 いい笑顔だ。
 きっと彼女は今、仕事に生きがいを見出しているのだろう。
 どんな職業においてでも、やる気というものは大事だ。それがあるとないとじゃ成果が全く違うし、ないとそれは続かない。
 今の農民たちはやる気があるない以前に、そうしないと餓死するからやらざるを得ないというだけで生きがいとは程遠い。その辛い作業を上手く生きがいに向けることができれば生産量も跳ね上がるはずだ。

 かの有名な北条早雲ほうじょうそううんこと伊勢宗瑞いせそうずいは、5割以上、不作の時は8割とかにもなっていた税を、3割とか4割の超低倍率かつ固定にした。
 それにより農民は働けば働くほど豊かになるため、新田開発に精力的になって、結果的に彼の治める国は豊かになったという。うまく農民のやる気を引き出したのだ。
 これこそが良き為政者のやるべきことだ。

 牛馬のごとく働かせて搾り取るだけ搾り取るなんてやり方は、確かに支配者からすれば楽で裕福にはなるだろう。
 だが長い目で見れば、北条早雲のやり方の方がより裕福になるし、人々から感謝されるし、何よりそんな優しい為政者を守ろうと農民の方から協力してくれることにもなる。

 どちらが国として強いか、比較するまでもない。

 つまり今この国の状態は伊勢宗瑞が来る前の状態だ。
 ならマリアを伊勢宗瑞にすれば、それは国が富むことになる前触れになるのではないか。

 ま、政治39の俺が言う事じゃないけど。

「うん、これは良いことを聞いた」

「さすが隊長殿。私にはさっぱりわかりませんが何か収穫があったようですね」

 ん、収穫?

 ふとその言葉が気になった。
 なんでそんな言葉が気になったのか。分からない。ど忘れしてしまったかのように、その言葉に続く意味がぽっかり抜け落ちた感覚だ。

 まぁ思い出せないのなら大したことじゃないだろう。
 そう結論付けて更に馬を走らせる。

 地図は『古の魔導書エンシェントマジックブック』を使ってるから問題ない。
 森の中にある細道をたどっていくと、小さなログハウス風の小屋が現れた。

 日が暮れてからしか見たことがないから明るい中で見るのは初めてだが、ここが俺の出発地点だと思うと感慨深いものがある。

 馬を木につなぐと、クロエが馬番をかって出てくれた。

 俺は1人で小屋に近づくと、扉をノックした。
 おそらくいないことはないだろう。そう思っているとドアが開き、

「あらあらあらあら。あなたは。あらあらあらあらあの時のお嬢さん」

「ご無沙汰しています」

 迎えてくれたのは、この世界に来た夜にかくまってくれたおばあさんだ。
 奥に見える居間には無口なおじいさんが椅子に座ってパイプを吸っていた。

「無事だったのね。よかったわ。あなた、この子が来てくれましたよ」

「…………」

 感激に目を潤ませるおばあさんに対し、やはり無表情で無口なおじいさんはこちらを見て小さく頷いただけだ。

「そちらこそ無事でなによりです」

「ええ、ええ。なんとかね。それにしても素敵なお洋服。無事だったのね。さ、お入りなさい。暖かいスープを出しましょう」

「いえ、お気になさらず。連れもいますので」

「あらあら、お友達がいるのね。あなたも入りなさい。お菓子もあるわよ」

 結局おばあさんの勢いに押される形で俺とクロエは家に招待された。

「ちょうどよかったわ。アップルパイを焼いてみたの。どうかしら、えっと……そういえばお名前を聞いてなかったわね」

「ジャンヌです」

「ク、クロエといいます」

「ふふ、ジャンヌちゃんとクロエちゃんね。もう少しだけ待っていてくれるかしら。今焼きあがるから」

 そう言っておばあさんは奥に引っ込んでしまった。
 俺とクロエが呆然と居間に立ちすくんでいると、

「…………」

 おじいさんが椅子を引いて首で指し示す。座れということらしい。
 テーブルに席は3つ。確か息子さんがいたが戦死したという話だったか。

 おばあさんも入れたら椅子が1個足りない、なんて思っているとおじいさんはテーブルから少し離れたところにある安楽椅子に座って無言でパイプをふかし始めた。
 どうやら俺たちに席を譲ってくれたらしい。

「とりあえず好意に甘えるか」

「は、はい」

 俺とクロエが向かい合わせに座って数分。

「ほら、できたわよ。口に合うと良いのだけど」

 おばあさんがほかほかのアップルパイを切り分けて持ってきてくれた。
 アップルパイなんて久々で、しかも新鮮なリンゴを使っているらしくかなり美味しくいただいた。

「あ、熱っ! けど甘い! これ美味しいです! どうやって作ったんですか? 今度隊長殿にも作ってあげたいです」

 なんてクロエはテンションがあがっておばあさんを質問攻めにしている。
 そんなやり取りをしり目に、俺は当初の目的を果たそうと席を立っておじいさんの方へと向かう。

「あの」

「…………」

「あの後、俺はオムカの兵に助けられ、そのまま軍に入りました。ただこうしていられるのも、お2人に救ってもらったからです。本当にありがとうございました」

「…………」

「その、それでその時にですね。もらったお金をお返ししようと思って」

「…………」

 その無口にはおじいさんの行動が伴った。
 首を横に振ったのだ。

「し、しかし。今の俺はそこまで……」

「いいのよ。あれは貴女のためにあげたんだから。そういってるわ」

 おばあさんが通訳してくれた。
 でもそれはあまりに申し訳なさすぎる。

「…………」

「この人も言ってるけど、そんなことよりこうして会いに来てくれた方がうれしいわ」

 なんでわかるんだろう。これが夫婦というものなのか。
 とはいえ、今日は利子付けてお金を返して感謝を伝えたかったんだが……仕方ない。

「分かりました。では今度、王都で買った食材でごちそうを作りに来させてください。それで恩返しをさせてもらえれば。あー、作るのはそこにいるクロエですけど」

「た、隊長殿ぉ……」

 しまらないな、とは思うよ。だって俺料理できないし。

「いいのよ。無理しなくても。それより今日はいてくれるんでしょう?」

「ええ。日が暮れるまでには王都に帰らないといけないんですが」

「ああ、王都も大変なんですってね。でもそれでも構わないわ。私たちにはめったにないお客さんですもの。ね、あなた」

「…………」

 おじいさんが小さく頷いた。
 そこには無表情ながらも、少しだけ暖かい感情が浮かんだように見えた。
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