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第1章 オムカ王国独立戦記
第55話 王都バーベル防衛戦3日目・王の心構え
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通されたのはいつもの謁見の間ではなく、マリアの部屋でもなく、いつか(といってもまだ数日前だ)ハカラと共に食事をしたあの食堂だった。
そして漂ってきた匂いもその時と同質のものだった。
教室くらいの大きさの部屋の中央に10人掛けほどのテーブルがあり、その中央にマリアが座っている。その前には豪奢とも絢爛とも呼べる料理が並んでいた。
違いと言えば、まだマリアは手を付けておらず、2人分の席が用意されているところか。
「おお、よく来たのじゃ。ジャンヌにニーア」
「何を……しているのですか」
声に棘が入らないよう配慮したつもりだが、ニーアからの険しい視線を感じる限り失敗したらしい。
「昼食じゃ。しかしこんなにいっぱい食べられんからの。だから2人を呼んだのじゃ」
豪華、食べきれない、一緒に食べる。
どれも籠城の戦の中では聞くことはない単語だ。
めまいがした。よろめくのを必死で堪えた。
俺の中は激しい怒りと失望がないまぜになって混濁としていた。俺は彼女の器を見誤っていたのか。所詮は王族の子供にすぎなかったのか。
数日前、王都を守らなければならないと述べた彼女は、幼いながらもしっかりした人間だと思ったのに。
だがそれは上辺だけだったのか。
みんなが頑張って苦労して戦っているというのに、この無駄遣いはなんだ。
俺の雰囲気を察したのか、ニーアが一歩前に出て言った。
「我々のような者にそのようなご馳走を振舞っていただくなど、女王様の度量の深さには感激いたします。しかし女王様。敵が来れば我々はすぐに持ち場に戻らなければなりません。あまりに余剰な食事を作るというのも考え物かと」
穏やかにたしなめる辺りはさすが近衛騎士団ということだろう。
「しかしのぅ、宰相が勧めるのじゃから」
「さよう、女王陛下は正統なる国王。国王の仕事はその血統を保つこと。そして国王たる威厳を保つこと。籠城の中であってもそれに変わりはありませんゆえ」
マリアの横に侍っていたのは1人の初老の男だ。
カルキュールという名で、臨時の宰相として廷臣の中から選ばれた男だ。
確かマリアの大叔父に当たるとかで、その血統により選ばれた。
ただその血筋を誇り鼻にかけているらしく、今もその瞳には、貴様らのような下賤の者に何が分かると見下す色が見える。
「うむ、だが独りで食べるのも寂しいからの。どうじゃ、宰相。お主も食べるか?」
「これは、さすが陛下でありますな。わしのような老骨にもお優しい」
我慢がならなかった。
ニーアの制止も耳に入らない。
つかつかとマリアとカルキュールに近づくと、そのまま土足でテーブルの上に乗った。
純白のテーブルクロスが土に汚れる。汚い? まさか。今や戦場となっている王都の土だ。
呆然と俺の行動を見ていたカルキュールだが、その顔が真っ赤に染まる。その口を開く前に膝をテーブルにつき、手を伸ばして襟首をつかんで叫んだ。
「国が亡ぶ瀬戸際に正統もクソもあるか!」
「ひっ!」
俺の剣幕がそんなに恐ろしいのか、悪鬼でも見たようにがくがく震えるカルキュール。
真っ赤だった顔色が、急転して真っ青になる。
あの時のサリナの顔色と同じだ。こんな奴と!? 冗談じゃない。なんだってこういうゴミみたいなやつがのうのうと生き延びて、サリナみたいな前途ある子供が死ななきゃならない。
不条理だ。
あぁそうだ。戦争をしてるんだ。不条理に決まってる。
だが、だがだ。
はいそうですかといってそれを受け入れられるかどうかはまた違った話だ。
「殷の妲己、趙の郭開、秦の趙高、後漢の張譲、蜀漢の黄皓、北宋の蔡京。どいつもこいつも国の大事だというのに自分の身の回りだけ安全を図ろうとして国を滅ぼした愚か者どもだ! 何故歴史から学ばない! 今が良くても国が滅んだら何もなくなるぞ!」
「な……な、ななな、なにを……」
壊れたラジオみたいに同じ言葉を繰り返すカルキュール。
ダメだ。これ以上何を言っても無駄だ。
だから俺はカルキュールを突き飛ばして立ち上がる。
机の上からマリアを見下し、冷たく言い放った。
「この国を守ろうと何人もの人が死んだ。その上にあぐらをかいてのうのうと生きるなら、マリア。お前とはおさらばだ。俺は城門を開けてエインに投降する」
室内にいる人間に衝撃が走った。それほどのことを言ったつもりだ。
不敬なのは重々承知。
今や俺は前までの俺じゃなく、オムカ王国の軍師として正式な地位をもらっている。その雇い主でもあるマリアを見下して暴言を吐くなんて、不敬罪で処刑されても文句は言われないのだ。
いや、それ以前に反乱罪で処断されるか。
だがやれるもんならやってみるがいい。
俺が死ねば、ここにいる奴らは全員道連れだ。明日には帝国の奴らが場内で、みんなの髑髏を肴に酒宴をするだろう。
これは過信でも驕りでも何でもない。厳然とした事実だ。
俺がいても、そうなる未来がかなり濃厚なのだから。
そんな俺の視線を受けてマリアは、縮こまって子供のように――いや今も子供か――ガタガタと震えて涙を流し、
「ごめんなさいなのじゃ……ごめんなさい、なのじゃ……」
俺はさらに言いかけて、やめた。
その顔が、声が、あまりにも似ている。彼女に似すぎている。里奈に。だから強く出れない。
くそ、それこそよくない。よくないのに……。
それでも何も言えず、俺はくるりと踵を返してテーブルから飛び降りると、その場でマリアに向かって膝をつき、頭を下げる。
「女王様の御前にて数々の無礼、いくつの罪を数えても足りないでしょう。しかし、上が豪奢にふけ、自堕落に堕し、己の事しか考えないようになればその国は終わりです。私は先の発言の罪と、女王様を導けなかった罪で死罪が順当でしょう。しかし私は今、敵国を破る任務にある身。故に敵の総大将と刺し違えてその罪を償います。では失礼」
半分はそんな気はさらさらない。
だが半分は本気だった。
諌めて死ぬと書いて諌死。
そんなことを何で昔の人はなんでやったんだろう、と歴史書を見て思わないではなかった。
でもそれが今、分かった。こういう時、こういう感情があるから人は諌死するんだ。
人の死はそれほど強烈。たとえ命なんか塵芥のような戦争の世界でもそうだ。だから俺はすっくと立ちあがると、後ろを振り返り出入口へと足を向ける。
ニーアと目が合った。
悲しいような怒っているようなそんな複雑な視線を受ける。
俺は小さく首を振り、後を頼むという意味を込めて少し笑った。
ニーアは何も言わなかった。
そしてそのまま退室しようとした時、
「ま、待つのじゃ!」
あるいは、と思った。
できれば、と願った。
叶うなら、と望んだ。
足が止まる。
だがすぐには言葉が出てこなかったらしい。たどたどしい言葉で何とか声を紡ぐ。
「余こそ、すまなかったのじゃ。その……戦争なんて怖くて、寂しくて。だから宰相の言葉通りにすれば怖くないと……」
「自分の非を他人のせいにする。それも上に立つものには悪です」
冷たく言い放つ。
「そ、そうか……それはすまんのじゃ」
そこで俺は振り返った。
小さい体を更に小さくして落ち込んだ様子でいるマリアに、さらに追及する。
「女王様。上に立つ者がそう簡単に謝ってはいけません」
「うっ……」
ニーアが厳しい目でこちらを睨んでいるが、俺の役目は彼女を甘やかすことじゃない。
だから撤回しない。
そのうえで待つ。
彼女が一歩を踏みだせることを。その勇気を持つことを。
「分からないのじゃ。父上がいた時、余はまだ幼くて……。父上のこともよく覚えてなくて、だから女王なんてどうすればいいのか分からないのじゃ」
マリアの父のことは聞いている。
マリアがまだ5歳とかの時に、帝国に連れていかれてそれっきりだという。どうやら死んだ、ということらしいが、死体を確認したわけでもなく、はっきりとしたことは分かっていないという。
だからその後がまとしてマリアが仮の即位したが、5歳に政治のことなんて分かるはずがない。
それを好機としてロキンとハカラが政治を牛耳ったのだ。
以降、マリアは傀儡だったわけで、逆にそれを求められていたから誰も帝王学なんて教えなかったのだろう。だから仕方ないとは言える。
だが、上に立つ者は仕方ないで済ませてはいけない状況もあるのだ。
「なら学んでください。何が良くて、何が悪いか。王としてどうしていくべきか。すべてを学んでいくのです。歴史にはそれらが記されています。歴史はすでにある答え。知っていれば似たような場面に出くわした時に判断を誤らずに済むでしょう」
この時になって俺はできるだけ優しく、諭すように言う。
今彼女は何かを変えようとしている。それを言下に否定したり、持ち上げるのは良くない。彼女の意志を後押ししてやる。それが今だ。
「歴史を学ぶ……」
「オムカも長い歴史があります。その中には良い王も悪い王もいたでしょう。彼らは何が良くて良い王と呼ばれたか、何が悪くて悪い王と呼ばれ滅んだか。それを紐解けば、おのずと分かりましょう」
「うん……分かったのじゃ」
「私の言えることはそこまでです。ではこれにて失礼します」
俺は深々とお辞儀をすると、再び踵を返す。
「ジャンヌ!」
背後から声。だが振り向かない。
後はニーアがうまくやってくれるだろう。
俺みたいな感情のままに行動する馬鹿より任せられる。ははっ、俺もハカラを笑えないガキじゃないか。
だからふかふかの絨毯に足音をかき鳴らし、何か質量を持ったものが腰からお尻にかけてぶつかって来た時には何かと思った。
「待つのじゃ、ジャンヌ。死んではならん!」
マリアだ。
俺を追ってきて、そのまま腰に抱き着いている。
背中が濡れる感覚。やれやれ、涙くらい拭いてくれ。
「余は、余は……まだ何も分からないのじゃ。だからもっといっぱい教えて欲しいのじゃ」
「しかし、私はもう……」
「不敬がなんなのじゃ。ジャンヌは友達じゃ。友達は支え合って生きていくって本に書いてあったぞ。言い合いして喧嘩するのも友達じゃと書いてあったぞ!」
一体どんな本を読んだのやら。若干気になった。
「陛下。しかしそれは一般のお話。国を統べる者としては公私はつけなければけじめになりません」
「いやじゃ!」
「陛下」
「余は何も知らん! で、でも……これだけは分かるのじゃ。ジャンヌ、死んではならんぞ! ニーアもじゃ。死んだら何もできなくなる。一緒にご飯を食べるのも、一緒にお風呂に入ることも、一緒におっぱいを揉むことも、一緒の布団で寝ることも、一緒に夢に向かって頑張ることも!」
俺がいつ一緒におっぱいを揉んだのか。
そう言いたかったが、これは突っ込んではいけない場面だよな?
だが、まぁ……しょうがないか。
これ以上は、さすがにかわいそうだ。
まぁ、まだ俺も死にたくないし――なんて言うと格好悪いな、俺。
「承知いたしました、女王陛下」
「ほ、本当か?」
「ええ、もう死のうとしませんし、逃げ出したりしません。だから放してもらえますか?」
「…………嫌じゃ」
「へ?」
「もっとジャンヌの存在を感じてたいのじゃ。ジャンヌが死ななくて良かったと思ってたいのじゃ」
やれやれ子供かよ。あ、子供だ。
ま、もう少しは大丈夫だろう。この素直さと優しさも、彼女の1つの武器になるのだろうから。
「ずるい女王様、あたしもジャンヌをいっぱいギュってするー!」
「ニーア、お前はダメだ」
「ひどいー! ジャンヌのけち!」
いや、それ以前にお前は空気を読め。
ったく。
今って籠城戦の真っ只中なんだけどなぁ。カルキュールとか女中の視線もあるし。
やれやれ、だ。
なんかいつも通りの光景に戻って、どこか肩の力が抜けたような気がした。
そして漂ってきた匂いもその時と同質のものだった。
教室くらいの大きさの部屋の中央に10人掛けほどのテーブルがあり、その中央にマリアが座っている。その前には豪奢とも絢爛とも呼べる料理が並んでいた。
違いと言えば、まだマリアは手を付けておらず、2人分の席が用意されているところか。
「おお、よく来たのじゃ。ジャンヌにニーア」
「何を……しているのですか」
声に棘が入らないよう配慮したつもりだが、ニーアからの険しい視線を感じる限り失敗したらしい。
「昼食じゃ。しかしこんなにいっぱい食べられんからの。だから2人を呼んだのじゃ」
豪華、食べきれない、一緒に食べる。
どれも籠城の戦の中では聞くことはない単語だ。
めまいがした。よろめくのを必死で堪えた。
俺の中は激しい怒りと失望がないまぜになって混濁としていた。俺は彼女の器を見誤っていたのか。所詮は王族の子供にすぎなかったのか。
数日前、王都を守らなければならないと述べた彼女は、幼いながらもしっかりした人間だと思ったのに。
だがそれは上辺だけだったのか。
みんなが頑張って苦労して戦っているというのに、この無駄遣いはなんだ。
俺の雰囲気を察したのか、ニーアが一歩前に出て言った。
「我々のような者にそのようなご馳走を振舞っていただくなど、女王様の度量の深さには感激いたします。しかし女王様。敵が来れば我々はすぐに持ち場に戻らなければなりません。あまりに余剰な食事を作るというのも考え物かと」
穏やかにたしなめる辺りはさすが近衛騎士団ということだろう。
「しかしのぅ、宰相が勧めるのじゃから」
「さよう、女王陛下は正統なる国王。国王の仕事はその血統を保つこと。そして国王たる威厳を保つこと。籠城の中であってもそれに変わりはありませんゆえ」
マリアの横に侍っていたのは1人の初老の男だ。
カルキュールという名で、臨時の宰相として廷臣の中から選ばれた男だ。
確かマリアの大叔父に当たるとかで、その血統により選ばれた。
ただその血筋を誇り鼻にかけているらしく、今もその瞳には、貴様らのような下賤の者に何が分かると見下す色が見える。
「うむ、だが独りで食べるのも寂しいからの。どうじゃ、宰相。お主も食べるか?」
「これは、さすが陛下でありますな。わしのような老骨にもお優しい」
我慢がならなかった。
ニーアの制止も耳に入らない。
つかつかとマリアとカルキュールに近づくと、そのまま土足でテーブルの上に乗った。
純白のテーブルクロスが土に汚れる。汚い? まさか。今や戦場となっている王都の土だ。
呆然と俺の行動を見ていたカルキュールだが、その顔が真っ赤に染まる。その口を開く前に膝をテーブルにつき、手を伸ばして襟首をつかんで叫んだ。
「国が亡ぶ瀬戸際に正統もクソもあるか!」
「ひっ!」
俺の剣幕がそんなに恐ろしいのか、悪鬼でも見たようにがくがく震えるカルキュール。
真っ赤だった顔色が、急転して真っ青になる。
あの時のサリナの顔色と同じだ。こんな奴と!? 冗談じゃない。なんだってこういうゴミみたいなやつがのうのうと生き延びて、サリナみたいな前途ある子供が死ななきゃならない。
不条理だ。
あぁそうだ。戦争をしてるんだ。不条理に決まってる。
だが、だがだ。
はいそうですかといってそれを受け入れられるかどうかはまた違った話だ。
「殷の妲己、趙の郭開、秦の趙高、後漢の張譲、蜀漢の黄皓、北宋の蔡京。どいつもこいつも国の大事だというのに自分の身の回りだけ安全を図ろうとして国を滅ぼした愚か者どもだ! 何故歴史から学ばない! 今が良くても国が滅んだら何もなくなるぞ!」
「な……な、ななな、なにを……」
壊れたラジオみたいに同じ言葉を繰り返すカルキュール。
ダメだ。これ以上何を言っても無駄だ。
だから俺はカルキュールを突き飛ばして立ち上がる。
机の上からマリアを見下し、冷たく言い放った。
「この国を守ろうと何人もの人が死んだ。その上にあぐらをかいてのうのうと生きるなら、マリア。お前とはおさらばだ。俺は城門を開けてエインに投降する」
室内にいる人間に衝撃が走った。それほどのことを言ったつもりだ。
不敬なのは重々承知。
今や俺は前までの俺じゃなく、オムカ王国の軍師として正式な地位をもらっている。その雇い主でもあるマリアを見下して暴言を吐くなんて、不敬罪で処刑されても文句は言われないのだ。
いや、それ以前に反乱罪で処断されるか。
だがやれるもんならやってみるがいい。
俺が死ねば、ここにいる奴らは全員道連れだ。明日には帝国の奴らが場内で、みんなの髑髏を肴に酒宴をするだろう。
これは過信でも驕りでも何でもない。厳然とした事実だ。
俺がいても、そうなる未来がかなり濃厚なのだから。
そんな俺の視線を受けてマリアは、縮こまって子供のように――いや今も子供か――ガタガタと震えて涙を流し、
「ごめんなさいなのじゃ……ごめんなさい、なのじゃ……」
俺はさらに言いかけて、やめた。
その顔が、声が、あまりにも似ている。彼女に似すぎている。里奈に。だから強く出れない。
くそ、それこそよくない。よくないのに……。
それでも何も言えず、俺はくるりと踵を返してテーブルから飛び降りると、その場でマリアに向かって膝をつき、頭を下げる。
「女王様の御前にて数々の無礼、いくつの罪を数えても足りないでしょう。しかし、上が豪奢にふけ、自堕落に堕し、己の事しか考えないようになればその国は終わりです。私は先の発言の罪と、女王様を導けなかった罪で死罪が順当でしょう。しかし私は今、敵国を破る任務にある身。故に敵の総大将と刺し違えてその罪を償います。では失礼」
半分はそんな気はさらさらない。
だが半分は本気だった。
諌めて死ぬと書いて諌死。
そんなことを何で昔の人はなんでやったんだろう、と歴史書を見て思わないではなかった。
でもそれが今、分かった。こういう時、こういう感情があるから人は諌死するんだ。
人の死はそれほど強烈。たとえ命なんか塵芥のような戦争の世界でもそうだ。だから俺はすっくと立ちあがると、後ろを振り返り出入口へと足を向ける。
ニーアと目が合った。
悲しいような怒っているようなそんな複雑な視線を受ける。
俺は小さく首を振り、後を頼むという意味を込めて少し笑った。
ニーアは何も言わなかった。
そしてそのまま退室しようとした時、
「ま、待つのじゃ!」
あるいは、と思った。
できれば、と願った。
叶うなら、と望んだ。
足が止まる。
だがすぐには言葉が出てこなかったらしい。たどたどしい言葉で何とか声を紡ぐ。
「余こそ、すまなかったのじゃ。その……戦争なんて怖くて、寂しくて。だから宰相の言葉通りにすれば怖くないと……」
「自分の非を他人のせいにする。それも上に立つものには悪です」
冷たく言い放つ。
「そ、そうか……それはすまんのじゃ」
そこで俺は振り返った。
小さい体を更に小さくして落ち込んだ様子でいるマリアに、さらに追及する。
「女王様。上に立つ者がそう簡単に謝ってはいけません」
「うっ……」
ニーアが厳しい目でこちらを睨んでいるが、俺の役目は彼女を甘やかすことじゃない。
だから撤回しない。
そのうえで待つ。
彼女が一歩を踏みだせることを。その勇気を持つことを。
「分からないのじゃ。父上がいた時、余はまだ幼くて……。父上のこともよく覚えてなくて、だから女王なんてどうすればいいのか分からないのじゃ」
マリアの父のことは聞いている。
マリアがまだ5歳とかの時に、帝国に連れていかれてそれっきりだという。どうやら死んだ、ということらしいが、死体を確認したわけでもなく、はっきりとしたことは分かっていないという。
だからその後がまとしてマリアが仮の即位したが、5歳に政治のことなんて分かるはずがない。
それを好機としてロキンとハカラが政治を牛耳ったのだ。
以降、マリアは傀儡だったわけで、逆にそれを求められていたから誰も帝王学なんて教えなかったのだろう。だから仕方ないとは言える。
だが、上に立つ者は仕方ないで済ませてはいけない状況もあるのだ。
「なら学んでください。何が良くて、何が悪いか。王としてどうしていくべきか。すべてを学んでいくのです。歴史にはそれらが記されています。歴史はすでにある答え。知っていれば似たような場面に出くわした時に判断を誤らずに済むでしょう」
この時になって俺はできるだけ優しく、諭すように言う。
今彼女は何かを変えようとしている。それを言下に否定したり、持ち上げるのは良くない。彼女の意志を後押ししてやる。それが今だ。
「歴史を学ぶ……」
「オムカも長い歴史があります。その中には良い王も悪い王もいたでしょう。彼らは何が良くて良い王と呼ばれたか、何が悪くて悪い王と呼ばれ滅んだか。それを紐解けば、おのずと分かりましょう」
「うん……分かったのじゃ」
「私の言えることはそこまでです。ではこれにて失礼します」
俺は深々とお辞儀をすると、再び踵を返す。
「ジャンヌ!」
背後から声。だが振り向かない。
後はニーアがうまくやってくれるだろう。
俺みたいな感情のままに行動する馬鹿より任せられる。ははっ、俺もハカラを笑えないガキじゃないか。
だからふかふかの絨毯に足音をかき鳴らし、何か質量を持ったものが腰からお尻にかけてぶつかって来た時には何かと思った。
「待つのじゃ、ジャンヌ。死んではならん!」
マリアだ。
俺を追ってきて、そのまま腰に抱き着いている。
背中が濡れる感覚。やれやれ、涙くらい拭いてくれ。
「余は、余は……まだ何も分からないのじゃ。だからもっといっぱい教えて欲しいのじゃ」
「しかし、私はもう……」
「不敬がなんなのじゃ。ジャンヌは友達じゃ。友達は支え合って生きていくって本に書いてあったぞ。言い合いして喧嘩するのも友達じゃと書いてあったぞ!」
一体どんな本を読んだのやら。若干気になった。
「陛下。しかしそれは一般のお話。国を統べる者としては公私はつけなければけじめになりません」
「いやじゃ!」
「陛下」
「余は何も知らん! で、でも……これだけは分かるのじゃ。ジャンヌ、死んではならんぞ! ニーアもじゃ。死んだら何もできなくなる。一緒にご飯を食べるのも、一緒にお風呂に入ることも、一緒におっぱいを揉むことも、一緒の布団で寝ることも、一緒に夢に向かって頑張ることも!」
俺がいつ一緒におっぱいを揉んだのか。
そう言いたかったが、これは突っ込んではいけない場面だよな?
だが、まぁ……しょうがないか。
これ以上は、さすがにかわいそうだ。
まぁ、まだ俺も死にたくないし――なんて言うと格好悪いな、俺。
「承知いたしました、女王陛下」
「ほ、本当か?」
「ええ、もう死のうとしませんし、逃げ出したりしません。だから放してもらえますか?」
「…………嫌じゃ」
「へ?」
「もっとジャンヌの存在を感じてたいのじゃ。ジャンヌが死ななくて良かったと思ってたいのじゃ」
やれやれ子供かよ。あ、子供だ。
ま、もう少しは大丈夫だろう。この素直さと優しさも、彼女の1つの武器になるのだろうから。
「ずるい女王様、あたしもジャンヌをいっぱいギュってするー!」
「ニーア、お前はダメだ」
「ひどいー! ジャンヌのけち!」
いや、それ以前にお前は空気を読め。
ったく。
今って籠城戦の真っ只中なんだけどなぁ。カルキュールとか女中の視線もあるし。
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