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第2章 南郡平定戦
第32話 南郡救援6日目・ジルと恋心と
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敵の内通を防いで2日が経った。
結局、あのワーンスの兵は一命をとりとめた。
サカキの最後の一撃は、不利な体勢から放たれたもので命を断つまでは至らなかったのだ。
『敵に利用されたんだ。殺しちゃ可哀そうと思ってさ』
なんてサカキは強がっていたが、絶対嘘だろう。
というか、内通者とはいえ同盟国の兵を殺したとなれば大問題になるはずなのだが、それを分かってたのだろうか……。
一応、状況証拠的にあの兵が敵に内通して暴れだしたという結論となり、サカキの対処は緊急避難となって問題に発展しなかったのは幸いだった。
とはいえ、やはりどこか城内に漂う空気は、どこか白々しいものが入り込んできているように思える。
意識を取り戻した例の兵は、一体何で自分があんなことをしたのか覚えていないという。さらにもともと裏切るような性質でもなかったらしく、彼がどうしてあんな行動をしたのか誰も分からない。
きっとそれを理解しているのは俺だけだろう。いや、俺も完全に理解しているわけじゃない。おそらくスキルだろう。そう当てをつけているだけだ。
とりあえず今後の対策として、まず城門を固める警備が倍以上に増えた。
そして暗殺に対する警戒度が跳ね上がった。
オムカの兵でワーンス王や大将軍を、ワーンスの兵で俺やジル、サカキたちを狙うというのは十分にあり得たからだ。
だからオムカとワーンス。この2つの軍が距離を取り始めた。
明確な対立こそはないが、兵たちが明らかに相手を避けるようにしているのを何度も見かけた。
この狭い城内だ。それがいつ破裂するか、分かったものじゃない。
敵の内通の策は、必殺の城門解放まではいかなかったが、内部分裂の種を撒いたという意味では成功したと言っていい。
正直限界だった。
だからもう準備は万全ではないが始めてしまおうかと考え始めた頃。
いつもと変わらぬ朝に、待ちに待った変事が2つ起きた。
1つは誰もが知りえたこと。
もう1つは味方の中で俺だけ知りえたこと。
前者は、山間に響く銃声が早朝に木霊したというもの。
朝の起き抜けに銃声を聞いたのだから、誰もが緊張に身を包ませた。銃があまり浸透していないワーンス王国とはいえ、これまで俺たちがバカスカ撃ってたのだから、それが鉄砲の音だと了承している。
だがそれきり何も起こらないとなると、次第に警戒も和らいでいった。
敵襲でもないものに、これ以上神経をすり減らしたくないのだろう。それより内部の不和と、眼前に迫る敵の方がはるかに脅威だと判断したのかもしれない。
そしてもう1つの後者。
これは俺以外、味方では誰も知らない変事。
そんな返事をなぜ俺が知りえたか。
それは俺がプレイヤーだから。というよりスキルを持っていたからこそ知りえた。
「処刑されたか」
城壁に立ち、『古の魔導書』を片手に敵陣を見ながらひとりごつ。
誰もいないからそう呟いたのだが、意外にも返答があった。
「なにがでしょう」
ジルだった。
いつの間にか横に立って俺の独り言を聞いていたらしい。
正直、このことは誰も知らない、俺だけの胸の内にとどめようとしていたからかなり焦った。
「え、いや。あれだよ、あれ。敵の旗。左のトロンと右のスーン。変わってるだろ」
「…………すみません。私には変わっているようには見えませんでした」
「そ、そうか? 昨日のものとは意匠がちょっと違ってるぞ。ほら、あの縁のところ。青から緑になってる」
「そうでしたか。さすがジャンヌ様。私はとんと気づきませんでした」
納得してくれてホッと胸をなでおろす。
ホントは変わってないよ、ごめんよ。
だがよし。このまま一気に話を終わらせる。
「ジル、出撃しよう。今日で終わらせる」
「はっ、準備します……が、ところでジャンヌ様。処刑されたというのは、トロンとスーンの大将のことでしょうか」
くそ、そうだよなぁ、そこ聞き逃してないよなぁ。
どうする?
言うか、言うまいか。
いやー、無理だな。
どうせすぐバレることだ。隠し通せるものではない。
観念して白状することにした。
「俺の送った内通の手紙がバレたんだろう。それでドスガ王に疑われて殺されたと思う」
「…………そう、ですか」
ジルが表情を曇らせる。
そりゃ俺だって後味悪いよ。
結果としてそうなってしまったのではなく、そうなることを見越してやったのだから。むしろそれを期待していたふしがある。
間接的に俺が殺したと言っても過言ではない。
でも――
「勝つためなんだ、ジル。戦争だぞ。綺麗ごとは言ってられない」
ジルに、というより自分を納得させるために声に出して言う。
「分かって、おります」
「不満なのはわかる。俺のやったことが、汚い手だってのは。だけどそうしなけりゃ負けることだって――」
「いえ、違うのです」
ジルが俺の言葉を遮ったのにもちょっと驚いたが、俺の言葉をはっきり否定したのにはもっと驚いた。
ジルを見る。
その目には迷いも疑いもない。ただあるのは悲憤、後悔、慙愧。
「ジャンヌ様にそんなことをさせてしまったことが情けなく。申し訳ありません」
「え、いや……なんでそっちが謝るんだよ!?」
「以前に私は告げました。ジャンヌ様は光だと。その光となる方が、そのようなことに手を下す必要はありません。あってはならないのです」
そういえばそんなことを言われた気がする。
まだ独立が完全になっていない時のことだ。
「ジル。それは幻想だよ。俺はそんな聖人君子みたいな存在じゃない」
「聖人君子なのです、私にとっては。いえ、オムカの民にとっては」
やめろ。
俺をそんな目で見るな。
俺はそんなたいそれた人じゃない。
ただ自分が元の世界に戻りたいがために戦ってる。それだけの人間を、どうしてそこまで崇め奉ることができるのか。
「いや、それは……その……困る」
「分かりました。ではその呼び名はやめます。ですが、ジャンヌ様は光だとやはり私は思うのは確か。初めて会った時、私は感じました。ジャンヌ様には力がある。生きようとする、前へ進もうという力が。それが皆を照らすのです」
俺に力?
筋力1の俺に?
いや、違う。分かってる。
ジルが言っているのは内面の力ってことだろう。
けどやはり首をかしげざるを得ない。
やっぱりそんなたいそれた人間には見えないからだ。
「その力がよき方向に向き、オムカの独立が叶った時に確信しました。この人は、オムカを導く光になると」
相変わらずだなぁ、ジルは。過大評価もいいところだ。
俺は俺のために頑張った。それだけでしかないのに。
それでもジルは大まじめで語り続ける。
「だからそういうことは私にでもお申し付けください。少なくともジャンヌ様のお心を迷わすようなことはあってはなりません。ジャンヌ様はオムカを導く光として、迷いなく前を見ていてほしいのです」
「…………はぁ、ジルの言いたいことは分かったよ」
俺の負けだ。
そこまで言われちゃ、期待されちゃ、何も言えない。
どのみち俺の目的とジルの願いは重なるのだ。
俺が納得すれば、少なくともジルの願いは叶えられるというのなら、俺はそれを呑むべきだ。
誓った。
もう迷わないと。
走り続けると。
死ぬときは前のめり。
それが俺。
ジャンヌ・ダルクとして生きる証。
それくらいの覚悟はできていた、はずだ。
「お前は俺に、清廉潔白なまま旗を振り続けろって言いたいんだな。国民の望む、立派な聖女であれと」
「そこまでとは申しませんが……いえ、そうですね。そうであってほしいと願っています」
「そうか、その通りだな。ジルの言う通りだ。独立のための戦争には、そういったものが必要なんだろうな……」
つまり俺に偶像をやれってことだ。
といっても別に歌って踊って何かするとかじゃない。
ただそこにいる。
それだけで国民を熱狂させ、狂奔させ、発狂させる。誰もが俺のために自ら立ち上がり、喜んで戦い、進んで命を落とす。
そんな存在になれというのだ。
諸君、狂いたまえというやつだ。
「まぁそこまではいい。けどその場合どうする? こういうことを他に誰がやる? まさかジルやサカキにそういうことをやれと言ってできるものじゃないだろ」
「それは……そうですが……」
これは能力以前、性格というか性質の問題だ。
真っ向勝負を主とするジルたちには荷が重い案件だ。
楚漢戦争における陳平のような人物がいれば俺も楽なんだけど……。
三國志の天才軍師・諸葛亮孔明が敬愛する人物の1人にして、最高の軍師とも言える張良。
それとは別方面の智謀で劉邦の天下取りを支えた人物が陳平だ。
張良が全体の戦略を担当する一方、陳平はどちらかというと謀略が得意で、今回のように敵に疑心暗鬼を生み内部分裂を誘う離間の策や、裏切り者になりそうな人物を始末させたりと、若干後ろ暗いタイプのことをしてきた人間だ。
だがその功績は抜群で、最後には前漢帝国の政治を取り仕切る身となったし、国家転覆の陰謀を未然に防いだという超有能な人物だ。
そんな人間がうちにいればジルの言う通り俺がそういうことに心を砕かなくて済むし、何より心強い。
「ま、それは今後の課題かな。オムカはまだ独立して間もないんだし。しばらくはありもので間に合わせるしかないな」
「……そうですね。それは分かっていたはずなのに。申し訳ありません、言いたいことを言っただけで、なんら解決になりませんでした」
「いいさ。ジルの気遣いはいつも嬉しい」
そう言って、ふと思ってしまった。
どうしてジルはここまで考えてくれるのだろうと。
俺が光だとか、聖人君子だとか、正直ありがた迷惑な評価はもらっているものの、それでジルに得があるのかというとない。
国のため、というにも度が過ぎている気がする。
迷う。
だが、遠回しに聞く言葉が浮かばない。
だからこの際だと思って直接聞いた。
「なぁ、なんで俺のためにそんなにしてくれるんだ?」
「え……?」
その質問はジルにとって意外だったらしく、珍しく目を見開いて驚き固まってしまった。
「いや、なんか俺を色々過大評価してるみたいだけど。ジルが俺の気持ちまで心配してくれるとか、ちょっとやりすぎというか、重いというか……」
「そ、それは……ジャンヌ様が倒れられたらオムカは立ち行かなくなりますゆえ」
「それは前に聞いた。けど、ジルにとって国はそこまで大事なのか? いや、一軍を預かる人にこの問いは卑怯なのかもしれないけど……。なんだか、度が過ぎてる気がして」
「…………」
あ、黙っちゃった。
参ったな。そこまで深く聞きたいわけでも……いや、聞きたい。
ジルは言ってしまえば、俺がここにいられるきっかけを作ってくれた恩人だ。そしてそれからも色々世話を焼いてくれている。
その源泉がどこから湧いてくるのか、俺のことをどう思ってるのか知りたかった。
だから待った。
そしてようやくジルは口を開くと、
「私は……そうですね。本当は国のことはどうでもいいのかもしれません」
それはジルが初めて漏らしてくれた本音だった。
そしてまだ吐露は続く。
「思えばあの時。ビンゴに敗北して、まさに風前の灯火であった私の命を救ってくれた貴女。暗闇ながらもかがり火に照らされ、敵に挑む貴女が、どうしようもなく光り輝いて見えてしまったのは確かなのです」
ジルが遠い昔を見るような視線を宙に投げる。
その哀愁漂う姿を、俺は黙って見ているしかできない。
「その時からでした。私の中で貴女の存在が大きくなったのは。けれども貴女の立場は常に危うい。ハカラに無理難題を押し付けられた時、オムカの独立に立ち上がった時、王都防衛の時。貴女は幾度の困難にみまわれながらも、諦めることなく、傷ついても立ち上がり旗を振り続けた。そんな姿に私は焦がれてしまった。だから貴女の傍にいたい。力になりたい。守りたい。そう思ったのです」
ジルが小さくため息をつく。
そして俺に向かって悲しそうに笑う。
「申し訳ありません。私はこれ以上どう言っていいか分からず。とにかくそれが私の気持ちです」
ジルの言葉が終わった。
終わった?
本当に? それだけ?
ちょっと待て。てゆうかこれってつまり…………いや、ないだろ。
まさか。ありえない。ない、けど……いや、ないで欲しいんだけど。
でも他にない。
ない、よな?
しかもこれ、違ったら超恥ずかしいやつだ。
自意識過剰というか、また調子に乗っちゃったってやつ。
でもこれは……つまり、やっぱり、おそらく、きっと、たぶん、メイビー、パーハップス、ジルは俺に恋――
「なわけあるか!」
俺は城壁の出っ張りにゴンッと頭をぶつけ、雑念を追い払う。
痛かった。当たり前だ。
「俺は男、ジルも男、俺は男、ジルも男、俺は男、ジルも男、俺は男ジルも男、俺は男ジルも男も俺、男はジルは俺、ジルは俺、俺はジルも男、俺はジル、俺は? 俺は? 俺は男、俺は男、俺は男、俺は男、俺は男、俺は男、俺は男、俺は男!!」
城壁に頭を押し付けたまま、自分に言い聞かせるようにつぶやき続ける。
「じゃ、ジャンヌ様!? どうしましたか!?」
困惑した様子のジル。
そりゃ傍から見ればいきなり奇行におよんだようなものだもんな。
数秒。
心を空にしろ。無理。できない。
いや、なら考えろ。
それが軍師の仕事。仕事で頭をいっぱいにしてやれば何も考えていないのと同じこと!
…………ふぅ、よし。駄目だ、落ち着かない。
「ジャンヌ様?」
「いや、なんでもない! だいじょ――ばない! ちょっと考え事してた!」
「そうですか……その、申し訳ありません。上手く言えず」
ジルが申し訳なさげに苦笑する。
くそ、混乱する。
俺はこういう時どうすればいい?
知力100だろ。何か策を出せ!
……逃げよう。
三十六計逃げるに如かずって、昔の偉い人が言ってた。
「よし! この話はこれで終わり! 変なことを聞いた。ごめん」
「は、はぁ……では、それで。それより出撃するんですよね。準備をしてきます」
「お、おお……頼む」
「それでは、ジャンヌ様」
ジルは礼儀正しくお辞儀をしてこの場を立ち去っていく。
俺の心も知らないで、冷静なままのその姿が小憎らしい。
しばらく、俺はその場に馬鹿みたいに突っ立っていた。
その間、俺はジルの言葉を何度も頭で反すうしてみた。
けど変わらない。
ジルの気持ちが、一方向にしか見えなくて。
サカキの戯言はいつも軽く受け流せるのに、天(あまつ)の真とも偽ともつかない求愛はなんとかはねのけられるのに。
なんでジルの言葉だけ、こんなに心にのしかかる。
ええい、だから重いんだよ、お前は!
俺は男だって……言ってるのに。
元の世界に帰って、里奈と再会する。それのために生きているのに。
俺は男。
でも今は女。
なら俺の今の気持ちは男のものなのか、女のものなのか。
分からない。
いや、今はそんなことを考えてる場合じゃない。
待ちに待った好機が来たんだ。
これを逃すと、南郡平定が遠のく。
それはつまり、俺の目標が遠ざかるということ。
だから今は戦いに集中しろ。
ジルの気持ちとかどうかは後回し。
ひどいようだけど、ある意味これは死亡フラグだ。
だから考えたら負け。うん、俺は間違ってない。
そうやって無理やりこの問題を棚上げした。
結局、あのワーンスの兵は一命をとりとめた。
サカキの最後の一撃は、不利な体勢から放たれたもので命を断つまでは至らなかったのだ。
『敵に利用されたんだ。殺しちゃ可哀そうと思ってさ』
なんてサカキは強がっていたが、絶対嘘だろう。
というか、内通者とはいえ同盟国の兵を殺したとなれば大問題になるはずなのだが、それを分かってたのだろうか……。
一応、状況証拠的にあの兵が敵に内通して暴れだしたという結論となり、サカキの対処は緊急避難となって問題に発展しなかったのは幸いだった。
とはいえ、やはりどこか城内に漂う空気は、どこか白々しいものが入り込んできているように思える。
意識を取り戻した例の兵は、一体何で自分があんなことをしたのか覚えていないという。さらにもともと裏切るような性質でもなかったらしく、彼がどうしてあんな行動をしたのか誰も分からない。
きっとそれを理解しているのは俺だけだろう。いや、俺も完全に理解しているわけじゃない。おそらくスキルだろう。そう当てをつけているだけだ。
とりあえず今後の対策として、まず城門を固める警備が倍以上に増えた。
そして暗殺に対する警戒度が跳ね上がった。
オムカの兵でワーンス王や大将軍を、ワーンスの兵で俺やジル、サカキたちを狙うというのは十分にあり得たからだ。
だからオムカとワーンス。この2つの軍が距離を取り始めた。
明確な対立こそはないが、兵たちが明らかに相手を避けるようにしているのを何度も見かけた。
この狭い城内だ。それがいつ破裂するか、分かったものじゃない。
敵の内通の策は、必殺の城門解放まではいかなかったが、内部分裂の種を撒いたという意味では成功したと言っていい。
正直限界だった。
だからもう準備は万全ではないが始めてしまおうかと考え始めた頃。
いつもと変わらぬ朝に、待ちに待った変事が2つ起きた。
1つは誰もが知りえたこと。
もう1つは味方の中で俺だけ知りえたこと。
前者は、山間に響く銃声が早朝に木霊したというもの。
朝の起き抜けに銃声を聞いたのだから、誰もが緊張に身を包ませた。銃があまり浸透していないワーンス王国とはいえ、これまで俺たちがバカスカ撃ってたのだから、それが鉄砲の音だと了承している。
だがそれきり何も起こらないとなると、次第に警戒も和らいでいった。
敵襲でもないものに、これ以上神経をすり減らしたくないのだろう。それより内部の不和と、眼前に迫る敵の方がはるかに脅威だと判断したのかもしれない。
そしてもう1つの後者。
これは俺以外、味方では誰も知らない変事。
そんな返事をなぜ俺が知りえたか。
それは俺がプレイヤーだから。というよりスキルを持っていたからこそ知りえた。
「処刑されたか」
城壁に立ち、『古の魔導書』を片手に敵陣を見ながらひとりごつ。
誰もいないからそう呟いたのだが、意外にも返答があった。
「なにがでしょう」
ジルだった。
いつの間にか横に立って俺の独り言を聞いていたらしい。
正直、このことは誰も知らない、俺だけの胸の内にとどめようとしていたからかなり焦った。
「え、いや。あれだよ、あれ。敵の旗。左のトロンと右のスーン。変わってるだろ」
「…………すみません。私には変わっているようには見えませんでした」
「そ、そうか? 昨日のものとは意匠がちょっと違ってるぞ。ほら、あの縁のところ。青から緑になってる」
「そうでしたか。さすがジャンヌ様。私はとんと気づきませんでした」
納得してくれてホッと胸をなでおろす。
ホントは変わってないよ、ごめんよ。
だがよし。このまま一気に話を終わらせる。
「ジル、出撃しよう。今日で終わらせる」
「はっ、準備します……が、ところでジャンヌ様。処刑されたというのは、トロンとスーンの大将のことでしょうか」
くそ、そうだよなぁ、そこ聞き逃してないよなぁ。
どうする?
言うか、言うまいか。
いやー、無理だな。
どうせすぐバレることだ。隠し通せるものではない。
観念して白状することにした。
「俺の送った内通の手紙がバレたんだろう。それでドスガ王に疑われて殺されたと思う」
「…………そう、ですか」
ジルが表情を曇らせる。
そりゃ俺だって後味悪いよ。
結果としてそうなってしまったのではなく、そうなることを見越してやったのだから。むしろそれを期待していたふしがある。
間接的に俺が殺したと言っても過言ではない。
でも――
「勝つためなんだ、ジル。戦争だぞ。綺麗ごとは言ってられない」
ジルに、というより自分を納得させるために声に出して言う。
「分かって、おります」
「不満なのはわかる。俺のやったことが、汚い手だってのは。だけどそうしなけりゃ負けることだって――」
「いえ、違うのです」
ジルが俺の言葉を遮ったのにもちょっと驚いたが、俺の言葉をはっきり否定したのにはもっと驚いた。
ジルを見る。
その目には迷いも疑いもない。ただあるのは悲憤、後悔、慙愧。
「ジャンヌ様にそんなことをさせてしまったことが情けなく。申し訳ありません」
「え、いや……なんでそっちが謝るんだよ!?」
「以前に私は告げました。ジャンヌ様は光だと。その光となる方が、そのようなことに手を下す必要はありません。あってはならないのです」
そういえばそんなことを言われた気がする。
まだ独立が完全になっていない時のことだ。
「ジル。それは幻想だよ。俺はそんな聖人君子みたいな存在じゃない」
「聖人君子なのです、私にとっては。いえ、オムカの民にとっては」
やめろ。
俺をそんな目で見るな。
俺はそんなたいそれた人じゃない。
ただ自分が元の世界に戻りたいがために戦ってる。それだけの人間を、どうしてそこまで崇め奉ることができるのか。
「いや、それは……その……困る」
「分かりました。ではその呼び名はやめます。ですが、ジャンヌ様は光だとやはり私は思うのは確か。初めて会った時、私は感じました。ジャンヌ様には力がある。生きようとする、前へ進もうという力が。それが皆を照らすのです」
俺に力?
筋力1の俺に?
いや、違う。分かってる。
ジルが言っているのは内面の力ってことだろう。
けどやはり首をかしげざるを得ない。
やっぱりそんなたいそれた人間には見えないからだ。
「その力がよき方向に向き、オムカの独立が叶った時に確信しました。この人は、オムカを導く光になると」
相変わらずだなぁ、ジルは。過大評価もいいところだ。
俺は俺のために頑張った。それだけでしかないのに。
それでもジルは大まじめで語り続ける。
「だからそういうことは私にでもお申し付けください。少なくともジャンヌ様のお心を迷わすようなことはあってはなりません。ジャンヌ様はオムカを導く光として、迷いなく前を見ていてほしいのです」
「…………はぁ、ジルの言いたいことは分かったよ」
俺の負けだ。
そこまで言われちゃ、期待されちゃ、何も言えない。
どのみち俺の目的とジルの願いは重なるのだ。
俺が納得すれば、少なくともジルの願いは叶えられるというのなら、俺はそれを呑むべきだ。
誓った。
もう迷わないと。
走り続けると。
死ぬときは前のめり。
それが俺。
ジャンヌ・ダルクとして生きる証。
それくらいの覚悟はできていた、はずだ。
「お前は俺に、清廉潔白なまま旗を振り続けろって言いたいんだな。国民の望む、立派な聖女であれと」
「そこまでとは申しませんが……いえ、そうですね。そうであってほしいと願っています」
「そうか、その通りだな。ジルの言う通りだ。独立のための戦争には、そういったものが必要なんだろうな……」
つまり俺に偶像をやれってことだ。
といっても別に歌って踊って何かするとかじゃない。
ただそこにいる。
それだけで国民を熱狂させ、狂奔させ、発狂させる。誰もが俺のために自ら立ち上がり、喜んで戦い、進んで命を落とす。
そんな存在になれというのだ。
諸君、狂いたまえというやつだ。
「まぁそこまではいい。けどその場合どうする? こういうことを他に誰がやる? まさかジルやサカキにそういうことをやれと言ってできるものじゃないだろ」
「それは……そうですが……」
これは能力以前、性格というか性質の問題だ。
真っ向勝負を主とするジルたちには荷が重い案件だ。
楚漢戦争における陳平のような人物がいれば俺も楽なんだけど……。
三國志の天才軍師・諸葛亮孔明が敬愛する人物の1人にして、最高の軍師とも言える張良。
それとは別方面の智謀で劉邦の天下取りを支えた人物が陳平だ。
張良が全体の戦略を担当する一方、陳平はどちらかというと謀略が得意で、今回のように敵に疑心暗鬼を生み内部分裂を誘う離間の策や、裏切り者になりそうな人物を始末させたりと、若干後ろ暗いタイプのことをしてきた人間だ。
だがその功績は抜群で、最後には前漢帝国の政治を取り仕切る身となったし、国家転覆の陰謀を未然に防いだという超有能な人物だ。
そんな人間がうちにいればジルの言う通り俺がそういうことに心を砕かなくて済むし、何より心強い。
「ま、それは今後の課題かな。オムカはまだ独立して間もないんだし。しばらくはありもので間に合わせるしかないな」
「……そうですね。それは分かっていたはずなのに。申し訳ありません、言いたいことを言っただけで、なんら解決になりませんでした」
「いいさ。ジルの気遣いはいつも嬉しい」
そう言って、ふと思ってしまった。
どうしてジルはここまで考えてくれるのだろうと。
俺が光だとか、聖人君子だとか、正直ありがた迷惑な評価はもらっているものの、それでジルに得があるのかというとない。
国のため、というにも度が過ぎている気がする。
迷う。
だが、遠回しに聞く言葉が浮かばない。
だからこの際だと思って直接聞いた。
「なぁ、なんで俺のためにそんなにしてくれるんだ?」
「え……?」
その質問はジルにとって意外だったらしく、珍しく目を見開いて驚き固まってしまった。
「いや、なんか俺を色々過大評価してるみたいだけど。ジルが俺の気持ちまで心配してくれるとか、ちょっとやりすぎというか、重いというか……」
「そ、それは……ジャンヌ様が倒れられたらオムカは立ち行かなくなりますゆえ」
「それは前に聞いた。けど、ジルにとって国はそこまで大事なのか? いや、一軍を預かる人にこの問いは卑怯なのかもしれないけど……。なんだか、度が過ぎてる気がして」
「…………」
あ、黙っちゃった。
参ったな。そこまで深く聞きたいわけでも……いや、聞きたい。
ジルは言ってしまえば、俺がここにいられるきっかけを作ってくれた恩人だ。そしてそれからも色々世話を焼いてくれている。
その源泉がどこから湧いてくるのか、俺のことをどう思ってるのか知りたかった。
だから待った。
そしてようやくジルは口を開くと、
「私は……そうですね。本当は国のことはどうでもいいのかもしれません」
それはジルが初めて漏らしてくれた本音だった。
そしてまだ吐露は続く。
「思えばあの時。ビンゴに敗北して、まさに風前の灯火であった私の命を救ってくれた貴女。暗闇ながらもかがり火に照らされ、敵に挑む貴女が、どうしようもなく光り輝いて見えてしまったのは確かなのです」
ジルが遠い昔を見るような視線を宙に投げる。
その哀愁漂う姿を、俺は黙って見ているしかできない。
「その時からでした。私の中で貴女の存在が大きくなったのは。けれども貴女の立場は常に危うい。ハカラに無理難題を押し付けられた時、オムカの独立に立ち上がった時、王都防衛の時。貴女は幾度の困難にみまわれながらも、諦めることなく、傷ついても立ち上がり旗を振り続けた。そんな姿に私は焦がれてしまった。だから貴女の傍にいたい。力になりたい。守りたい。そう思ったのです」
ジルが小さくため息をつく。
そして俺に向かって悲しそうに笑う。
「申し訳ありません。私はこれ以上どう言っていいか分からず。とにかくそれが私の気持ちです」
ジルの言葉が終わった。
終わった?
本当に? それだけ?
ちょっと待て。てゆうかこれってつまり…………いや、ないだろ。
まさか。ありえない。ない、けど……いや、ないで欲しいんだけど。
でも他にない。
ない、よな?
しかもこれ、違ったら超恥ずかしいやつだ。
自意識過剰というか、また調子に乗っちゃったってやつ。
でもこれは……つまり、やっぱり、おそらく、きっと、たぶん、メイビー、パーハップス、ジルは俺に恋――
「なわけあるか!」
俺は城壁の出っ張りにゴンッと頭をぶつけ、雑念を追い払う。
痛かった。当たり前だ。
「俺は男、ジルも男、俺は男、ジルも男、俺は男、ジルも男、俺は男ジルも男、俺は男ジルも男も俺、男はジルは俺、ジルは俺、俺はジルも男、俺はジル、俺は? 俺は? 俺は男、俺は男、俺は男、俺は男、俺は男、俺は男、俺は男、俺は男!!」
城壁に頭を押し付けたまま、自分に言い聞かせるようにつぶやき続ける。
「じゃ、ジャンヌ様!? どうしましたか!?」
困惑した様子のジル。
そりゃ傍から見ればいきなり奇行におよんだようなものだもんな。
数秒。
心を空にしろ。無理。できない。
いや、なら考えろ。
それが軍師の仕事。仕事で頭をいっぱいにしてやれば何も考えていないのと同じこと!
…………ふぅ、よし。駄目だ、落ち着かない。
「ジャンヌ様?」
「いや、なんでもない! だいじょ――ばない! ちょっと考え事してた!」
「そうですか……その、申し訳ありません。上手く言えず」
ジルが申し訳なさげに苦笑する。
くそ、混乱する。
俺はこういう時どうすればいい?
知力100だろ。何か策を出せ!
……逃げよう。
三十六計逃げるに如かずって、昔の偉い人が言ってた。
「よし! この話はこれで終わり! 変なことを聞いた。ごめん」
「は、はぁ……では、それで。それより出撃するんですよね。準備をしてきます」
「お、おお……頼む」
「それでは、ジャンヌ様」
ジルは礼儀正しくお辞儀をしてこの場を立ち去っていく。
俺の心も知らないで、冷静なままのその姿が小憎らしい。
しばらく、俺はその場に馬鹿みたいに突っ立っていた。
その間、俺はジルの言葉を何度も頭で反すうしてみた。
けど変わらない。
ジルの気持ちが、一方向にしか見えなくて。
サカキの戯言はいつも軽く受け流せるのに、天(あまつ)の真とも偽ともつかない求愛はなんとかはねのけられるのに。
なんでジルの言葉だけ、こんなに心にのしかかる。
ええい、だから重いんだよ、お前は!
俺は男だって……言ってるのに。
元の世界に帰って、里奈と再会する。それのために生きているのに。
俺は男。
でも今は女。
なら俺の今の気持ちは男のものなのか、女のものなのか。
分からない。
いや、今はそんなことを考えてる場合じゃない。
待ちに待った好機が来たんだ。
これを逃すと、南郡平定が遠のく。
それはつまり、俺の目標が遠ざかるということ。
だから今は戦いに集中しろ。
ジルの気持ちとかどうかは後回し。
ひどいようだけど、ある意味これは死亡フラグだ。
だから考えたら負け。うん、俺は間違ってない。
そうやって無理やりこの問題を棚上げした。
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競馬やレース、ウマ娘などが好きな方は、絶対に楽しめる内容になっているかと思います。レース系に興味がない方でも、異世界なので、ファンタジー要素のあるレースになっていますので、楽しめる内容になっています。
まずは1話だけでも良いので試し読みをしていただけると幸いです。
レベルアップは異世界がおすすめ!
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情報をまとめるとどうやら子供の頃に見たアニメ、ロイヤルヒーローの序盤で出てきた悪役、レオス・ヴィダールの幼少期に転生してしまったようだ。
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そしてその体を魔改造されて終盤のボスとして主人公に立ちふさがる。
それもヒロインの聖魔法によって倒され、彼の人生の幕は閉じる。
これが、悪役転生ってことか。
特に描写はなかったけど、こいつも怠惰で堕落した生活を送っていたに違いない。
あの肥満体だ、運動もろくにしていないだろう。
これは努力すれば眠れる才能が開花し、死亡フラグを回避できるのでは?
そう考えた俺は執事のカモールに頼み込み訓練を開始する。
偏った考えで領地を無駄に統治してる親を説得し、健全で善人な人生を歩もう。
一つ一つ努力していけば、きっと開かれる未来は輝いているに違いない。
そう思っていたんだけど、俺、弱くない?
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おまけに俺はなにもしてないのに悪魔が召喚がされている!?
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※カクヨム、なろうでも掲載しています。
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