知力99の美少女に転生したので、孔明しながらジャンヌ・ダルクをしてみた

巫叶月良成

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第2章 南郡平定戦

閑話11 ウィット・ドレンホース(オムカ王国ジャンヌ隊副隊長)

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 戦う意味が分からなかった。

 生まれた国のためじゃなく、全然関係ない帝国なんかのために戦い、そして死ぬ。
 そんな未来は嫌だった。

 けど周りは特に疑問に思っていないらしく、自分だけが声をあげたところで変わることはありえないと分かっていたから、訓練も手を抜いてやった。
 それでも上官にばれて怒られることはなかった。要領が良かったんだと思う。

 ただ1人、今や近衛騎士団長のニーア教官にはばれていたようで、徹底的にしごかれた。
 あの時期は辛かった。
 それでもなんとか適当にやって、もうそろそろ訓練兵は卒業し、正式に前線に配備される時期が見えてきたと思った時、配置換えがあった。

 クロエとサリナが統括する2つの部隊。
 俺はサリナの部隊に入った。クロエとはもともと反りが合わなかったから、サリナの方でよかったと安堵した覚えがある。

 そして俺たちだけで山賊を退治しに行くと聞かされた時、冗談だろうと思った。
 これまで正規軍を相手に勝ち続けたほど強力で、しかも相手の方がはるかに多いのだ。さらに隊長として来るのが名前も聞いたことのない女で、しかも子供だという。

 あぁ、ついに俺も死ぬのか。
 何も成せぬまま死ぬのか。
 そう絶望し、新任隊長の訓示も適当に受け流して出陣した。

 だが蓋を開けてみれば、味方の死者ゼロの完勝。
 しかも山賊連中を死んだと見せかけて、オムカ独立のための力にするのだという。

 その時の光景を俺は忘れない。
 まさにあの瞬間、ジャンヌ・ダルクは――隊長は俺にとっての神となった。
 俺の命に、俺たちの戦いに意味を持たせてくれた女神。
 だからその部下であることを俺は誇り高く思った。
 そしてそれからは自主練を増やして武技を磨いた。もともと才能はあったんだと思う。すぐに隊内でも上位を争うほどの腕前になった。

 そんな俺だからこそ、べたべたと隊長にまとわりつくクロエは忌々しい存在だったし、淡々と部隊をまとめていくサリナには好意を持って、彼女を支えることが今の俺にできることだと理解した。

 だが、そのサリナも死んだ。
 隊長を守って死んだ。

 その時の喪失感はなんだったのだろう。あるいは俺はサリナに恋愛感情を持っていたのだろうか。分からない。それほど真面目に考えてなかったんだと思う。
 ただ、女神を守って死んだ彼女が羨ましい。ひそかにそう思った。

 そしてオムカは独立を果たし、俺はサリナの跡を継いで副隊長となった。
 クロエと一緒というのがかんに障るが、隊員の中の1人から、女神と部隊をつなぐ1人になれたのはそれはもう嬉しかった。大歓喜だ。一日、体の震えが止まらなかった。この幸福に死んでもいいと思った。

 同時にプレッシャーにもなった。
 隊長の前で下手な戦いはできない。
 無様に負けることも許されない。
 格好悪い死にざまは見せられない。

 そのためにはひたすら自分を磨くしかなかった。誰と戦っても負けないよう、ひたすらに稽古に打ち込み、土木作業を命じられても黙々と従った。

 そして今、その武威をお披露目する場所を与えられた。ついに女神様の前で存分に刀を振るえると思うと、心が高鳴る。身が震える。早く命令をとはやる気持ちを押さえる。

『これよりドスガ王国と雌雄を決する。陣立ては先鋒が俺の隊。中軍にジルとサカキのオムカの主力。そして後軍にはワーンス王国にお願いする。戦法は単純。我々の隊が突っ込む。合図があったら全軍で中央のドスガ本陣になだれ込み、ドスガ王を捕らえる。他の軍にわき目を振るな。ドスガ王を捕らえれば我らの勝ちだ。ワーンスの皆さまにもそれを徹底してもらいたい』

 正直、隊長が何を狙っているのかは分からなかった。
 けどそれでいい。
 俺たちは隊長が策を完成させるために動く手足。それ以上でも以下でもない。それを悲しいとは思わない。なぜならこれまでの隊長の作戦に間違いはなく、それで勝ってきたのだから。
 たとえ目の前に万を超える敵が並ぶとしても、おそろしいとは思わない。だって隊長がついているのだから。旗を振ってくれるのだから負けるはずがない。

 鉄砲が鳴った。
 一斉射ではなく、タン・タン・タンと一拍ずつ置くように3回鳴り響く。敵に被害はない。まだ射程距離外だからだ。

 なぜそんな意味のないことをしたのか。
 その答えは隊長が自ら示した。

「悪逆非道のドスガ王よ! 南郡という狭い地方で粋がる孤独の王よ! 聞く耳を持つなら聞くがいい。見る目を持つなら見るがいい! 我こそはオムカ国軍師ジャンヌ・ダルク! 我が盟友のワーンス王、ならびにしいたげられた3つの国を解放するため、貴様を討つ者の名だ!」

 隊長が敵の目の前で口舌を振るう。

 美しい。
 その一声一声が自分の耳を揺るがし、同時に魂をも揺さぶる。それを証明するかのように、敵も味方も誰もがその声を聴き、そして我が主の姿を見つめるのだ。
 なるほど、先ほどの鉄砲は敵の耳目じもくを集めるためのものだったのか。

「悪逆非道の悪王に仕えるドスガの民よ! 死にたくなければ我々に下れ!」

「城に籠る腰抜け風情が何を言うか!」

 敵から反論が出る。
 中央の軍の中ほど。そこに豪奢ごうしゃな身なりの大男が出てきた。どうやらあれが敵の大将のようだ。

 しかしそれに揺るぐ隊長ではない。

「城に籠るも戦術の1つ。それを理解もせず前へ前へと進むだけは猪のごとき鬼畜の所業! これは愉快! 貴様らの王は畜生の頭を持つ王だぞ!」

「うぬぬ……女の子供ごときが、言わせておけば!」

「そうも簡単に頭に血が上るから畜生というのだ! すでに我が必殺の策にからめとられているとも知らず! さぁ、降伏するなら今の内だ! 泣いて許しを請えば聞いてやるぞ?」

「ええい、誰か奴を八つ裂きにせい!」

 敵の大将が怒声を発するのを、隣にいる人物がなだめているように見えた。
 だが、それより早く部隊の前方から1人の人物が出てきた。

「我はドスガ王国四天王の1人、ゾージ! オムカの鼠共! 腰抜けでないと示すのであれば、その証明としてこの一騎討ちを受けよ!」

「ウィット」

 来た!
 女神様が俺の名前を呼んでくれた。それだけでも感極まり涙が溢れそうなのに、この重要な場面を自分に任せてくれるのは、隊長が俺を信頼してくれるからに他ならない。だからそれに応えなければ男ではない。

「はっ! 奴めの首を城門に掲げてやりましょう!」

「ああ。けど気を付けて」

 女神様が俺ごときを心配してくれる。
 それだけでもう俺は昇天しそうなほど夢心地だった。

 だがそれを破壊する音が響く。

「ウィット、ずるい! 私もやる!」

 クロエが馬を前に進めてきた。

 ええい、この至福の時を汚すんじゃない!

「怪我人に何ができる。貴様は大人しく俺の活躍を見てるがいい!」

「ふぬぬ……」

「クロエ。まだ怪我が癒えたわけじゃないだろ。今日は大人しく俺の護衛に徹してくれ」

「うぅ……承知しました、隊長殿」

 あぁ、隊長。こんな奴にそんな恩情などもったいない。
 だがクロエがそれで黙ってしまったのだから、俺としては複雑だ。

 気を取り直して馬を進めて前に出る。
 数万人が見守る中心で、俺と敵が馬上で向かい合う。

「ジャンヌ隊副隊長にして第一の部下ウィットだ! 貴様ごとき下賤げせんやから、隊長が出る必要もない。大人しくその首を置いて帰れ!」

 そう言い切ると背後から、

「第一の部下は私だ!」

 なんて声が聞こえるが無視。
 さすがに今この場でよそ見をするほど、俺は戦場を舐めてはいない。

「ガキが……舐めた口を利くな!」

 敵が槍を右わきに手挟たばさんで馬を駆けさせる。
 それが合図だった。俺は腰にはいた両刃の剣を抜くと、左手を手綱、右手に剣という形で敵の突進を待つ。

「馬上で剣など! 戦いを知らぬガキだな!」

 確かに騎兵同士の戦いならば、槍の方が圧倒的にがある。特にこのような場合にものを言うのは武器の長さだ。先に攻撃して、先に倒せばそれで勝ちだからだ。
 だから太刀ならまだしも、普通の剣で槍を相手にするのは愚策だ。

 それでも俺が剣にこだわったのは、クロエがべんなんて剣よりも扱いにくい武器を選んだことへの反抗心もあったが、何よりこれは特別な剣だった。

 隊長を凶賊の刃から守ったサリナの剣。これを身に着けることで俺もサリナと一緒に隊長を守っている、そんな気がする。感傷だ。分かってる。でもそれの何が悪い。そもそもが俺が戦う理由は全て感傷から始まっているのだ。

 あの美しい存在を守りたい。何よりクロエなんかに負けたくない。
 だから俺はひたすら武技を磨き、そしてあの人の手ほどきを受けたのだ。

「死ねや!」

 敵が槍を突き出してくる。
 馬の加速に加え、体重を乗せた容赦のない一撃。速い。狙いは俺の胴。回避は無理。避けようにもどこかに引っ掛けられ、その隙に引き戻して次の一撃を今度は確実に急所に入れられる。

 それを一瞬で理解した。
 理解できてしまった。

 それは死の間際に見るという走馬灯そうまとうのようなものではなく、ただ顕然けんぜんとした事実を受け入れるほど思考が回転していたからに他ならない。

 速い。
 けど遅い。

 この数か月。あの人の槍を受けてきた。
 何度突き倒され、何度叩きのめされ、何度胃のものを吐き出されたか。100から先は数えてない。

『あっはっはー、弱弱よわよわだなー、ウィーウィーは。ほらほら、そんなんじゃジャンヌを守れないよー?」

 今思い出してもイラっとする。
 なんであの教官殿はあんな適当なのに強いんだ。不公平だ。
 それでも、俺の訓練を手伝ってくれたのは確かで。
 その速さには最終的に慣れたのも確かで。

 だから――

 敵が繰り出す渾身こんしんの一突き。
 全く動かない俺のことを見て、勝利を確信しているだろう。

 だから――

「すっとろい!」

 剣を振り、槍を弾く。右へ。
 甘かった。いや想像以上に鋭かった。右肩に痛み。斬られた。痛い。いや、痛くない。右手は、動く。問題ない。だから行く。

 俺が右に打ち払ったということは、敵の槍は空を切り、前につんのめる形になる。
 そこを一歩、馬を進ませる。敵の右。槍の欠点。真横だ。

 そして駆ける。
 ただ駆け抜けるだけじゃ芸がない。
 だから払った剣を真横にして相手の首の位置に置いた。何かに当たる。そして馬の速度に合わせて、思いっきり横に振った。

 手ごたえ、ありだ。
 水が降った。雨か。いや、雨雲1つない晴天だ。ならばこの生ぬるい液体は、そうか血か。

 振り返る。
 馬上に首のない死体が乗っている。

 どさり、と近くにモノが落ちた。

 誰もが目を見開いたまま動かない。
 数万の人間がいるのにこの静寂。今さらながらに心臓が激しく鳴っているのに気づく。小さく深呼吸。それで幾分か落ち着いた。

「ドスガ四天王、討ち取った!」

 背後から声。そして味方の歓声が鳴り響く。
 隊長だ。
 その声が帰って来い、と言っているような気がして、俺は馬を背後に回した。

 首級は捨て置いた。
 俺が欲しいのはそんなものじゃない。隊長が欲しいのもそんなものじゃないだろう。

 だからそのまま馬を走らせる。
 ぐんぐんと近づく。1万を超える人々が、俺の帰還を待ちわびている。
 だが俺の目には1人しか映らなかった。

 数百メートル離れていようが一目見ればわかる。光を放つように存在感を出し続けているのだ。この小さな体にどれほどのエネルギーが入っているのか。そのことすらも誇らしく、素晴らしく、愛おしい。
 その顔、その瞳、その唇。
 それが笑みを浮かべて俺を待ってくれているのだから、それだけで命を賭けた甲斐があったと実感できる。

「よくやってくれた、ウィット。俺はお前のような部下がいて幸せだ」

 その言葉が俺の全身に染み込む。
 嗚呼ああ、今この瞬間のために生きてきた。俺は国のためにでもなく、自分のためにでもなく、この人のために生きてきた。そしてこれからも、この人のために戦い続ける。

 クロエの嫉妬にまみれた視線を感じる。ざまぁみろ。今この瞬間は俺だけが女神の抱擁を受けているのだ。甘美のひと時を与えられるのだ。
 俺はこの時を得るために、これから何度でも戦い続けるだろう。
 剣が折れようが、腕が折れようが、四肢を失おうが、魂が燃え尽きようが、死してもなお戦い続ける。

 これが俺の誓い。
 絶望に満ちた将来を、輝かしいものに変えてくれた女神に対する俺の想いだ。

 だから俺は答える。
 何度でも、女神様の期待に応えるために。

「我が剣は、いつも貴女のために」
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