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第3章 帝都潜入作戦
閑話8 マール(ジャンヌ隊部隊長)
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何もかもが中途半端だったと思う。
剣の腕も、弓の腕も、馬の扱いも、走ることも指揮も平凡。
料理、家事、洗濯といった内向きのこともとびぬけた才能もない。
そんな自分が、初陣に独立戦争に籠城戦に帝国戦にワーンス救援に南郡侵攻で生き延びたのは、何かの間違いだったと思う。
私より強くて可愛くて人気者のサリナも死んだし、ザインと仲の良かったリュースも、人懐っこいヨハンも、力もちのグライスも、馬術が得意なロウも死んだ。そのほか、同じ部隊で命を落とした人間は何十人もいる。
それでも私はまだ生きている。
それが不思議でならない。
それ以上に不思議なのが、南郡での最終決戦を前に、私がジャンヌ隊の中の一隊を任されたことだ。
最初は冗談だと思った。
けど実際に隊長に言われて、いざ仲間を前にして私の頭は凍った。
こんな中途半端な私が、十人規模とはいえ人の命を預かるなんて、できっこないと思っていた。
他の皆、死んでいった4人に加えてザインとルック、そして副官のクロエとウィット。
その誰もが何らかに長けていて、かつ個性的だ。
そんな他の皆と比べられることを恐れて、ただただ突っ走る皆になんとかついていこうと必死に奔走した。
どこかであっさり死ぬだろう。
そんなことを思って、南郡の戦いに挑んだ。
それでも生き延びた。
多くの人が死んだのに、私はまた生き延びてしまった。
それが何か理不尽な気がして、それでも何も言い出せなくって、でもそれがすごい嫌で。
だから王都に帰ったら退役しよう。そう決意を固めていた時に、ジャンヌ隊長に言われた。
『マール、良かった。お前は死なないでいてくれて』
なんでそう言われたのか分からない。あるいは全員に言っているのかもしれない。
けど、それで私の心は救われた。
死んでいった仲間たちには申し訳ないけど、私は生きていていいんだと許されたようなものだから。
その時だ。初めて、生きようと思ったのは。
といっても私がそう変わるわけはない。
ただ普通に、平凡な能力で、当たり障りなく頑張る。そしてジャンヌ隊長のお役に立つ。
それが私の生きる目標になった。
正直、今のジャンヌ隊はとても居心地が良かったのだ。
死と隣り合わせの軍隊だからか、皆明るいし、そこに積極的に交わることはできなくても、いるだけでなんだか幸せな気分になれるのだ。だから年末年始の騒ぎや、ジャンヌ隊長の誕生日会などは楽しかったし、その時は生きていてよかったと思った。
そして今。
帝都潜入という超重要作戦に抜擢されて、私は再び戸惑い始めている。
そんな大事な作戦に私なんていていいのか。もっと適役がいるんじゃないのかと思ってしまうのだ。
ジャンヌ隊長は自分より年下なのに、あんなにしっかりして、頭も良くて、部隊の指揮もできる。
そんな人の下に自分みたいなのがいる。その劣等感が激しく自分を苛(さいな)むんだ。
だからこれで終わりにしよう。
ここに私の居場所はない。だから退役、それが認められないなら平隊員にしてもらう。
隊長から名前を呼ばれることはもうないかもしれない。それを思うと悲しいけど、部隊のため、隊長のためならそれがいいと思った。
そしてそれを言い出すチャンスが、来た。
「ふぅー……」
隊長の部屋決めから2日目。
ジャンヌ隊長はお疲れのようで、部屋に戻るなり椅子にドカリと座ると天井を見上げて黙り込んでしまった。
狭い個室に2人きり。それが妙に落ち着かなくする。
「お疲れ、ですよね隊長」
「ん……ああ、すまん。ちょっとさすがにね……この人数をまとめるのは骨が折れるというか」
やっぱり。
今までもあの副長2人に振り回されているっぽいのに、新しく来たリンドーという子。彼女の取り扱いは、なかなか骨を折るだろう。
そこまで背負う必要はないと思う。
だから口を開こうとして――
「ありがとな、マール」
「は、はい……え?」
今なんて?
ありがとう?
隊長が、私に何を感謝するのだろう。
私、何もしてないのに。
「いや、こんなことがやれるのマールくらいしかいないからさ。お前が色々と皆をまとめてくれてるから、俺の苦労もこれだけで済んでるわけで」
「え、その……私は別に」
「うん。でもこういった宿の手配とか、馬の管理とか、他の連中じゃ絶対無理だし。それに個性派すぎるうちの連中の中で、ほぼ唯一の常識人で、うまく皆の均衡を図ってくれてるからさ。あいつらが好き勝手してられるの、お前がいてくれるからだ」
「はぁ……」
言われた内容は理解した。とはいえ実感がない。
宿の手配なんて私ができることをしただけだし、馬をちゃんと預けるのも普通のことだ。皆をまとめるとかやったことはない。
「ま、本人には自覚ないんだろうなぁ。正直、面倒と思った竜胆だって、お風呂の時から色々世話焼いてくれただろ?」
「それは、まぁ、ちょっと目が離せなかったんで」
「それが助かるんだよ。うん、まぁあまり言う機会がなかったからな。一度だけ言っておくって感じで」
ジャンヌ隊長は体を起こしてこちらを向く。
その瞳には真剣でありながら人情味に溢れた色があって、
「お前、自分で自分を卑下してるのかもしれないけど、そういう人が1人、部隊にいるとビシッとするんだよ。芯が入るっていうのかな。だから俺はお前を部隊長の1人にした。何もないからじゃなく、必要だったからそうしたんだ」
それは私の心に染み渡る言葉だった。
何もできない私が、中途半端で器用貧乏な私が。
誰かに必要とされるなんて、思ってもみなかったから。
だから自然と涙腺が緩む。
「…………」
承諾の言葉を吐きたい。
お礼の言葉を紡ぎたい。
けど声にならないから、何度か頭を上下させるしかない。
ジャンヌ隊長はそれを微笑んでみてくれている。
「ま、だからあんま思い悩むなよ。って、ここら辺、ザインも気にしてたみたいでさ」
ザイン……。
なんで彼の名前が出てきたのか分からなかったけど、それほど傍から見て分かりやすかったのかもしれない。
「というわけで色々頼むよ。特にクロエとウィットとか。あと竜胆な。あれは戦力として申し分ないんだけど、ちょっと取り扱いがなぁ。色々お前に任せるかもしれないから、ちょっと覚悟しといて」
それは一種の丸投げというものかもしれない。
けど、今の私はそれが嬉しかった。
この人の役に立つ。
年下の女の子にもかかわらず、そう思わせるだけの何かが彼女にはある。
だから丸投げだろうと、やることを与えてくれるならそれでいい。
たとえ中途半端でも、器用貧乏でも、熱量が小さくても、それでも私だからと与えられた仕事。
だから返す言葉は1つだ。
一言、2文字の言葉に込めて答える。
「はい!」
この答えが私の新しい出発点になる。
そんな気がした。
剣の腕も、弓の腕も、馬の扱いも、走ることも指揮も平凡。
料理、家事、洗濯といった内向きのこともとびぬけた才能もない。
そんな自分が、初陣に独立戦争に籠城戦に帝国戦にワーンス救援に南郡侵攻で生き延びたのは、何かの間違いだったと思う。
私より強くて可愛くて人気者のサリナも死んだし、ザインと仲の良かったリュースも、人懐っこいヨハンも、力もちのグライスも、馬術が得意なロウも死んだ。そのほか、同じ部隊で命を落とした人間は何十人もいる。
それでも私はまだ生きている。
それが不思議でならない。
それ以上に不思議なのが、南郡での最終決戦を前に、私がジャンヌ隊の中の一隊を任されたことだ。
最初は冗談だと思った。
けど実際に隊長に言われて、いざ仲間を前にして私の頭は凍った。
こんな中途半端な私が、十人規模とはいえ人の命を預かるなんて、できっこないと思っていた。
他の皆、死んでいった4人に加えてザインとルック、そして副官のクロエとウィット。
その誰もが何らかに長けていて、かつ個性的だ。
そんな他の皆と比べられることを恐れて、ただただ突っ走る皆になんとかついていこうと必死に奔走した。
どこかであっさり死ぬだろう。
そんなことを思って、南郡の戦いに挑んだ。
それでも生き延びた。
多くの人が死んだのに、私はまた生き延びてしまった。
それが何か理不尽な気がして、それでも何も言い出せなくって、でもそれがすごい嫌で。
だから王都に帰ったら退役しよう。そう決意を固めていた時に、ジャンヌ隊長に言われた。
『マール、良かった。お前は死なないでいてくれて』
なんでそう言われたのか分からない。あるいは全員に言っているのかもしれない。
けど、それで私の心は救われた。
死んでいった仲間たちには申し訳ないけど、私は生きていていいんだと許されたようなものだから。
その時だ。初めて、生きようと思ったのは。
といっても私がそう変わるわけはない。
ただ普通に、平凡な能力で、当たり障りなく頑張る。そしてジャンヌ隊長のお役に立つ。
それが私の生きる目標になった。
正直、今のジャンヌ隊はとても居心地が良かったのだ。
死と隣り合わせの軍隊だからか、皆明るいし、そこに積極的に交わることはできなくても、いるだけでなんだか幸せな気分になれるのだ。だから年末年始の騒ぎや、ジャンヌ隊長の誕生日会などは楽しかったし、その時は生きていてよかったと思った。
そして今。
帝都潜入という超重要作戦に抜擢されて、私は再び戸惑い始めている。
そんな大事な作戦に私なんていていいのか。もっと適役がいるんじゃないのかと思ってしまうのだ。
ジャンヌ隊長は自分より年下なのに、あんなにしっかりして、頭も良くて、部隊の指揮もできる。
そんな人の下に自分みたいなのがいる。その劣等感が激しく自分を苛(さいな)むんだ。
だからこれで終わりにしよう。
ここに私の居場所はない。だから退役、それが認められないなら平隊員にしてもらう。
隊長から名前を呼ばれることはもうないかもしれない。それを思うと悲しいけど、部隊のため、隊長のためならそれがいいと思った。
そしてそれを言い出すチャンスが、来た。
「ふぅー……」
隊長の部屋決めから2日目。
ジャンヌ隊長はお疲れのようで、部屋に戻るなり椅子にドカリと座ると天井を見上げて黙り込んでしまった。
狭い個室に2人きり。それが妙に落ち着かなくする。
「お疲れ、ですよね隊長」
「ん……ああ、すまん。ちょっとさすがにね……この人数をまとめるのは骨が折れるというか」
やっぱり。
今までもあの副長2人に振り回されているっぽいのに、新しく来たリンドーという子。彼女の取り扱いは、なかなか骨を折るだろう。
そこまで背負う必要はないと思う。
だから口を開こうとして――
「ありがとな、マール」
「は、はい……え?」
今なんて?
ありがとう?
隊長が、私に何を感謝するのだろう。
私、何もしてないのに。
「いや、こんなことがやれるのマールくらいしかいないからさ。お前が色々と皆をまとめてくれてるから、俺の苦労もこれだけで済んでるわけで」
「え、その……私は別に」
「うん。でもこういった宿の手配とか、馬の管理とか、他の連中じゃ絶対無理だし。それに個性派すぎるうちの連中の中で、ほぼ唯一の常識人で、うまく皆の均衡を図ってくれてるからさ。あいつらが好き勝手してられるの、お前がいてくれるからだ」
「はぁ……」
言われた内容は理解した。とはいえ実感がない。
宿の手配なんて私ができることをしただけだし、馬をちゃんと預けるのも普通のことだ。皆をまとめるとかやったことはない。
「ま、本人には自覚ないんだろうなぁ。正直、面倒と思った竜胆だって、お風呂の時から色々世話焼いてくれただろ?」
「それは、まぁ、ちょっと目が離せなかったんで」
「それが助かるんだよ。うん、まぁあまり言う機会がなかったからな。一度だけ言っておくって感じで」
ジャンヌ隊長は体を起こしてこちらを向く。
その瞳には真剣でありながら人情味に溢れた色があって、
「お前、自分で自分を卑下してるのかもしれないけど、そういう人が1人、部隊にいるとビシッとするんだよ。芯が入るっていうのかな。だから俺はお前を部隊長の1人にした。何もないからじゃなく、必要だったからそうしたんだ」
それは私の心に染み渡る言葉だった。
何もできない私が、中途半端で器用貧乏な私が。
誰かに必要とされるなんて、思ってもみなかったから。
だから自然と涙腺が緩む。
「…………」
承諾の言葉を吐きたい。
お礼の言葉を紡ぎたい。
けど声にならないから、何度か頭を上下させるしかない。
ジャンヌ隊長はそれを微笑んでみてくれている。
「ま、だからあんま思い悩むなよ。って、ここら辺、ザインも気にしてたみたいでさ」
ザイン……。
なんで彼の名前が出てきたのか分からなかったけど、それほど傍から見て分かりやすかったのかもしれない。
「というわけで色々頼むよ。特にクロエとウィットとか。あと竜胆な。あれは戦力として申し分ないんだけど、ちょっと取り扱いがなぁ。色々お前に任せるかもしれないから、ちょっと覚悟しといて」
それは一種の丸投げというものかもしれない。
けど、今の私はそれが嬉しかった。
この人の役に立つ。
年下の女の子にもかかわらず、そう思わせるだけの何かが彼女にはある。
だから丸投げだろうと、やることを与えてくれるならそれでいい。
たとえ中途半端でも、器用貧乏でも、熱量が小さくても、それでも私だからと与えられた仕事。
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