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第3章 帝都潜入作戦
第44話 真の正義とは
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岸に戻ると、もう軍勢はまとまっていた。
一応、斥候は出しているらしいが、今のところ敵が近くでまとまっている気配はないという。
そしてそこには懐かしい顔があった。
「ウィット、無事だったか!」
ウィット、マール、ルックら帝都方面へ陽動のために出した面々が戻ってきたのだ。
「ええ。兵糧の持つギリギリのところまで粘って戻ったら、軍がどこにもいないから焦りました」
「いや、そうだな。無事でよかった」
いや、無事でよかったと言って良いのか。
400騎で出したのが200騎くらいしかいないのだ。
俺の顔が暗くなるのを察したらしい、ウィットが慌てて付け足した。
「あ、いえ。残りの200は連環用の馬でちょっと動きが重かったので、解散させました。兵たちは鎧を脱いで農民としてこっちに戻って来てます。200騎はちょっともったいなかったけど、すみません。ただ、ほとんどぶつかり合いらしいぶつかり合いはなかったので、犠牲は出てないです」
「お前ら……良くやる」
本筋の陽動の役目をしっかり果たし、逃げきれないと思うと軍を解散させる臨機の判断も悪くない。
なんだかそれが嬉しかった。
「おーのーれー、ウィットー。無駄に活躍してー!」
「ふん、貴様が何もしていないからってひがむなよ」
「いいんですー。私は隊長殿をいっぱい守ってもふもふしたのでー。私の勝ちですー」
「なんだもふもふって。まさか貴様……隊長になにをした!」
「うへへー、ごっちゃんでした!」
はぁ……これも定常通り。
「これこれ、騒いでないで早く撤退の準備をせんか」
そこへハワードの爺さんが来た。
もしやと思ったけど、その言葉を聞いてやはりと納得する。
「やっぱり撤退か」
「それが妥当じゃろ」
確かにこちら側に留まるメリットはない。
砦も燃やしてしまったし、激戦で兵たちの疲れもピークに達している。何より食料がもうほとんどない。
エイン帝国の注意を引き付けるという当初の目的は果たしたのだ。
しかもそれを撃退したのだから、大成功と言ってもいいだろう。
「俺からは異存はないよ」
「うむ。では進めるとしよう」
それから船の手配。怪我人の応急手当。それから乗船の順番決め。ゴードンとの共闘について。犠牲の確認。などなど対処しているうちに、陽が傾いてきた。
船は対岸からどんどん来て、ピストン輸送をしている。
俺は最後の方に乗ることになっていたので、気晴らしに少し岸辺を歩いていると、前方にぽつんと立つ人影を見つけた。
「竜胆、何してるんだ?」
「あ、先輩。お疲れ様です」
「あぁ、くたくただよ……」
思えば3日間、野営をしながら戦い続けてきたのだ。
疲労もかなり溜まっている。
今はとにかく風呂に入りたい。
体と髪を洗って思いっきりお湯で手足を伸ばしたかった。
「…………」
竜胆の様子が何かおかしい。
いつもなら「正義!」とか言ってきそうなのに。
「何かあったのか?」
「いえ……」
やはり変だ。元気がないというか。
しばらくの沈黙。
そして竜胆は意を決したのか、こちらを見ずに口を開いた。
「先輩はいつもこんなことをやっているのですか?」
「え?」
「その…………戦争、です」
その言葉に、俺は心臓を掴まれたような気分になった。
そう、彼女にとってはこの戦争という行為は異常な行為なのだ。
俺はいつの間にか、それに慣れてしまっているのか。
元の世界にいたころ、いや、この世界に来たころはそれが異常だった。
けど1年が経って、今や自分はその中心にいると言っていい。異常が日常になっていると言ってもいいのだ。
「ザインさんが、その……亡くなられた時。正直、ショックでした……。まさか、こんなに近くに、死があるなんて」
「ああ……」
「それから、戦争が始まって。自分は、別のところにいたので直接は見ていないですけど……その後に合流した時に、見たんです。傷つき、それでも戦おうとしている人たちを」
この世界に来てすぐにこれだ。
普通の人にはきついだろう。
「それから遠くで見ていました。皆さんが戦う姿を。多くの人が死んだんだと思います。それは、とても哀しいことで……」
竜胆がきつく口を結ぶ。
その後に、彼女が何をいいたいのかなんとなくわかった気がした。
「そして、私のスキル。それで何が起こったか、なんとなくわかります。あれが、必要だったんだって、そう思いますけど。でも、私のせいで、あの人たちが……」
「分かった。ごめん。俺が無神経だった」
罪悪感がここにも1つ。
けど、あの時はそうするのが最善だと思った。ああするしか、敵の鉄砲隊と騎馬隊を封じる策はなかったから。
「いえ……いいんです。こういう世界だって、言われてきたのに。ここまで私、無自覚で……」
竜胆は俯いて顔を見せない。
泣いているのか、と思う。
悲しいのか、それとも怖かったのか。どっちもだろう。
「……“正義”ってなんですかね」
初めて彼女の口から『正義』という言葉を聞いた気がした。
正義の定義。
世界に数多ある正義。
その本質。
「……分からない」
「分からないのに、戦争してるんですか?」
竜胆の言葉がぐさりと刺さる。
けど、彼女の誠実な意見に答えないわけにはいかない。
嘘で逃げるのは、よくないと思う。
だから答える。
「……ああ」
「そう、なんですか」
「戦争をする。人を殺す。それは正義じゃない。それは分かってる……つもりだ。だけど、俺はこれしかない。間違ってると分かっていても、駄目だと理解していても、こうするしか、皆を守る方法が分からないんだ。天才軍師なんて言われてるけど、その程度の人間なんだよ、俺は……」
「そんなことは……ないと、思います」
「いや、いいんだ。無理に言わなくても。俺は、俺のことを一番分かってるから」
「…………不器用、なんですね」
「そうだな」
「なんで平和にならないんですかね」
その呟きは、この世界のことだけじゃないことを指しているような気がした。
彼女の親は警察官だと言っていた。きっと、犯罪とかそういったことも含めての言葉なのだろう。
「ごめん。俺にはそれも分からない。なんで犯罪ができるのか。戦争が起きるのか。ただ、元をただせば1人の感情によるものなのだと思う」
「感情、ですか」
「人より裕福になりたい。人より秀でていたい。人より偉く思われたい。人より優位でありたい。そんなちょっとの思いが、争いを引き起こす。そんな気はしている」
「でも、そんなの皆思う事ですよ」
「そうだな……だから争いが終わらないんだろうな」
人より先んじて、元の世界に戻りたい。
だから俺たちプレイヤーの間にも、争いが起きる。
その争いの螺旋に、この娘を巻き込んでいいのかと思う。
いや、ダメだろ。これ以上はもう。もし竜胆に何かあったら俺はきっと立ち直れなくなる。
「帝都までって話だけど、。本当に感謝しかない。けど、これ以上付き合うのは辛いよな。なんならオムカに家を用意するし、暮らしに困らないようにはできる。王都も危険だと思ったら南郡とかシータ王国にも紹介できるけど」
そっちの方が彼女にとっては良いことだ。
そう思ったのだが――
「む、なんですかそれ。先輩、私はお払い箱ってことですか?」
と、不意に噛みつくように竜胆がこちらを見た。その瞳が燃えるような色を持っているのを感じた。
「い、いや。そういうわけじゃないけど……」
「いーや! 今、先輩思ったです。こんな正義も分かってない迷える正義にこれ以上の正義は無理だと正義したんですね!?」
うわ、いきなり正義が復活しやがった。
その反動か、なんだか正義がゲシュタルト崩壊しそうだ。
「私がいつまでもしょげ返ってると思ったら大違いですよ! それはもちろん怖くて悲しくてアンニュイな感じでしたけど、それは一時の迷い! 正義は勝つのです!」
「そ、そうか……」
「この世界に戦争という悪があるのなら、それを正すのが正義! きっと先輩もそれと戦ってるってことですよね!? だから竜胆は先輩と一緒にいます!」
あれ、そういう話なんだっけ?
なんだか一周回ってよく分からなくなった。
「というわけで特訓です! 世界を平和にする正義! まずはあの神父さんと互角に戦えるよう、強くなるのです! 拳で語ってこそお互いを理解できる! それこそ世界平和の一歩です!」
「世界平和なのに暴力使ってどうする……」
「暴力ではありません! 正義です!」
うん、全然意味が分からない。
分からないけど、さっきよりは元気になったようで何よりだ。
しかし、あの煌夜をねぇ……。
確かにそれが出来たら戦なんて起きない平和な世の中になるんだろうけど……。
講和かぁ……。
蹴ったよな、俺。
講和による完全平和。
正直、その壁となっている人間が何を言うかって話だけど、互角に戦ったということからこそ起こる和平というのもあるんじゃないか?
これまでの命を無駄にせず、この世界の未来のために。
――だが、俺はこの時知らなかった。
そんな講和なんてものをぶち壊す事件が、この世界には生まれようとしていたということを。
「おぅい、ジャンヌや。そろそろ最後の船が出るぞ」
のんびりとこちらに歩いてくるハワードの爺さんが見えた。
「なんだよ、爺さんこそまだ行ってなかったのかよ。総司令がそれでいいのか」
「いいんじゃよ。げふっ……お主と一緒の……げふっげふっ」
「おい、爺さん風邪か? 年なんだから気をつけ――」
「違います、先輩。なんか……おかしいです」
竜胆に言われてハッとする。
ハワードの爺さんの咳が止まらない。
それにどこか普通の咳とは違う、嫌な音に聞こえる。
「ぐっ!」
ついに爺さんが膝をついた。
「おい、爺さん!」
駆け寄って、そして気付く。
爺さんが口を押える手から、水がしたたり落ちるのを。
それは赤い色をしていて、夕陽に当てられて鈍く光っていた。
「ふふ……バレてしまったかの」
「だ、誰か! 救護兵!」
「いいんじゃよ。慣れておる」
「いやよくないだろ! そんな血を……慣れてる? まさか爺さん」
「おお、最近は少し調子がよかったんじゃが、少し無理をしすぎたかのぅ」
そういえば咳の数は多かった気がする。
それでもいつもの調子だったから、ただの咳だと思っていた。
くそっ。俺の目はどこまで節穴なんだ。
「なんで、そんな無理して。王都にいればよかっただろ」
「ふん、あと30年は現役を続けるって言ったじゃろ。お主らが不甲斐ないから、こうやって出張ってきたんじゃよ」
「なんだよ……それ」
「ふっ、冗談じゃよ。半分はな」
「半分?」
「そう、単なる我がままじゃよ。死ぬなら戦場で。しかも、オムカを守るために死ねるなら、それでいいと思った。まぁ、生き残ってしまったがの」
「なんだよ、死ぬとか……まさか、ジルじゃなく爺さんが出てきたのは勝ち目の薄い戦いになると読んで?」
「ふん、そんなはずなかろう。ただ久しぶりに戦場に立ちたかっただけじゃ。それにわしはまだまだ死なんわい。ほれ、さっさと帰るぞ。わしらはこれからが忙しいじゃからの」
そう言ってハワードの爺さんは笑う。
自分の体のことを分かっていないはずがない。
それでも、俺たちに心配をかけまいとして笑う。
本当に、この爺さんは……。
だから俺は爺さんの肩を持つ。
俺が右、竜胆は左だ。
「お主ら……」
「年寄なんだから若いのこき使えばいいんだよ。サカキもそろそろ復帰するだろうし、そこらへんに任せて休んでろよ」
「ほほぅ、合法的にサボれるというわけじゃな? 悪くない。さすが軍師じゃ」
「うるせ」
「ならば今夜はお主ら2人でベッドに――」
「河に捨ててくぞ、クソジジイ」
「それはノー正義です!」
ったく、こいつは本当に変わらない。
けど……これからもずっと変わらないでいて欲しい。
俺はこの世界にあと何年いるのか分からない。
元の世界に戻れるかもしれないし、あるいはぽっくりと死んでしまうかもしれない。
けど、俺が生きている限り、俺の前で親しい人が死ぬのを見たくない。
そんな淡い正義を思っても、それでバチは当たらないだろ。
なぁ、爺さん。
一応、斥候は出しているらしいが、今のところ敵が近くでまとまっている気配はないという。
そしてそこには懐かしい顔があった。
「ウィット、無事だったか!」
ウィット、マール、ルックら帝都方面へ陽動のために出した面々が戻ってきたのだ。
「ええ。兵糧の持つギリギリのところまで粘って戻ったら、軍がどこにもいないから焦りました」
「いや、そうだな。無事でよかった」
いや、無事でよかったと言って良いのか。
400騎で出したのが200騎くらいしかいないのだ。
俺の顔が暗くなるのを察したらしい、ウィットが慌てて付け足した。
「あ、いえ。残りの200は連環用の馬でちょっと動きが重かったので、解散させました。兵たちは鎧を脱いで農民としてこっちに戻って来てます。200騎はちょっともったいなかったけど、すみません。ただ、ほとんどぶつかり合いらしいぶつかり合いはなかったので、犠牲は出てないです」
「お前ら……良くやる」
本筋の陽動の役目をしっかり果たし、逃げきれないと思うと軍を解散させる臨機の判断も悪くない。
なんだかそれが嬉しかった。
「おーのーれー、ウィットー。無駄に活躍してー!」
「ふん、貴様が何もしていないからってひがむなよ」
「いいんですー。私は隊長殿をいっぱい守ってもふもふしたのでー。私の勝ちですー」
「なんだもふもふって。まさか貴様……隊長になにをした!」
「うへへー、ごっちゃんでした!」
はぁ……これも定常通り。
「これこれ、騒いでないで早く撤退の準備をせんか」
そこへハワードの爺さんが来た。
もしやと思ったけど、その言葉を聞いてやはりと納得する。
「やっぱり撤退か」
「それが妥当じゃろ」
確かにこちら側に留まるメリットはない。
砦も燃やしてしまったし、激戦で兵たちの疲れもピークに達している。何より食料がもうほとんどない。
エイン帝国の注意を引き付けるという当初の目的は果たしたのだ。
しかもそれを撃退したのだから、大成功と言ってもいいだろう。
「俺からは異存はないよ」
「うむ。では進めるとしよう」
それから船の手配。怪我人の応急手当。それから乗船の順番決め。ゴードンとの共闘について。犠牲の確認。などなど対処しているうちに、陽が傾いてきた。
船は対岸からどんどん来て、ピストン輸送をしている。
俺は最後の方に乗ることになっていたので、気晴らしに少し岸辺を歩いていると、前方にぽつんと立つ人影を見つけた。
「竜胆、何してるんだ?」
「あ、先輩。お疲れ様です」
「あぁ、くたくただよ……」
思えば3日間、野営をしながら戦い続けてきたのだ。
疲労もかなり溜まっている。
今はとにかく風呂に入りたい。
体と髪を洗って思いっきりお湯で手足を伸ばしたかった。
「…………」
竜胆の様子が何かおかしい。
いつもなら「正義!」とか言ってきそうなのに。
「何かあったのか?」
「いえ……」
やはり変だ。元気がないというか。
しばらくの沈黙。
そして竜胆は意を決したのか、こちらを見ずに口を開いた。
「先輩はいつもこんなことをやっているのですか?」
「え?」
「その…………戦争、です」
その言葉に、俺は心臓を掴まれたような気分になった。
そう、彼女にとってはこの戦争という行為は異常な行為なのだ。
俺はいつの間にか、それに慣れてしまっているのか。
元の世界にいたころ、いや、この世界に来たころはそれが異常だった。
けど1年が経って、今や自分はその中心にいると言っていい。異常が日常になっていると言ってもいいのだ。
「ザインさんが、その……亡くなられた時。正直、ショックでした……。まさか、こんなに近くに、死があるなんて」
「ああ……」
「それから、戦争が始まって。自分は、別のところにいたので直接は見ていないですけど……その後に合流した時に、見たんです。傷つき、それでも戦おうとしている人たちを」
この世界に来てすぐにこれだ。
普通の人にはきついだろう。
「それから遠くで見ていました。皆さんが戦う姿を。多くの人が死んだんだと思います。それは、とても哀しいことで……」
竜胆がきつく口を結ぶ。
その後に、彼女が何をいいたいのかなんとなくわかった気がした。
「そして、私のスキル。それで何が起こったか、なんとなくわかります。あれが、必要だったんだって、そう思いますけど。でも、私のせいで、あの人たちが……」
「分かった。ごめん。俺が無神経だった」
罪悪感がここにも1つ。
けど、あの時はそうするのが最善だと思った。ああするしか、敵の鉄砲隊と騎馬隊を封じる策はなかったから。
「いえ……いいんです。こういう世界だって、言われてきたのに。ここまで私、無自覚で……」
竜胆は俯いて顔を見せない。
泣いているのか、と思う。
悲しいのか、それとも怖かったのか。どっちもだろう。
「……“正義”ってなんですかね」
初めて彼女の口から『正義』という言葉を聞いた気がした。
正義の定義。
世界に数多ある正義。
その本質。
「……分からない」
「分からないのに、戦争してるんですか?」
竜胆の言葉がぐさりと刺さる。
けど、彼女の誠実な意見に答えないわけにはいかない。
嘘で逃げるのは、よくないと思う。
だから答える。
「……ああ」
「そう、なんですか」
「戦争をする。人を殺す。それは正義じゃない。それは分かってる……つもりだ。だけど、俺はこれしかない。間違ってると分かっていても、駄目だと理解していても、こうするしか、皆を守る方法が分からないんだ。天才軍師なんて言われてるけど、その程度の人間なんだよ、俺は……」
「そんなことは……ないと、思います」
「いや、いいんだ。無理に言わなくても。俺は、俺のことを一番分かってるから」
「…………不器用、なんですね」
「そうだな」
「なんで平和にならないんですかね」
その呟きは、この世界のことだけじゃないことを指しているような気がした。
彼女の親は警察官だと言っていた。きっと、犯罪とかそういったことも含めての言葉なのだろう。
「ごめん。俺にはそれも分からない。なんで犯罪ができるのか。戦争が起きるのか。ただ、元をただせば1人の感情によるものなのだと思う」
「感情、ですか」
「人より裕福になりたい。人より秀でていたい。人より偉く思われたい。人より優位でありたい。そんなちょっとの思いが、争いを引き起こす。そんな気はしている」
「でも、そんなの皆思う事ですよ」
「そうだな……だから争いが終わらないんだろうな」
人より先んじて、元の世界に戻りたい。
だから俺たちプレイヤーの間にも、争いが起きる。
その争いの螺旋に、この娘を巻き込んでいいのかと思う。
いや、ダメだろ。これ以上はもう。もし竜胆に何かあったら俺はきっと立ち直れなくなる。
「帝都までって話だけど、。本当に感謝しかない。けど、これ以上付き合うのは辛いよな。なんならオムカに家を用意するし、暮らしに困らないようにはできる。王都も危険だと思ったら南郡とかシータ王国にも紹介できるけど」
そっちの方が彼女にとっては良いことだ。
そう思ったのだが――
「む、なんですかそれ。先輩、私はお払い箱ってことですか?」
と、不意に噛みつくように竜胆がこちらを見た。その瞳が燃えるような色を持っているのを感じた。
「い、いや。そういうわけじゃないけど……」
「いーや! 今、先輩思ったです。こんな正義も分かってない迷える正義にこれ以上の正義は無理だと正義したんですね!?」
うわ、いきなり正義が復活しやがった。
その反動か、なんだか正義がゲシュタルト崩壊しそうだ。
「私がいつまでもしょげ返ってると思ったら大違いですよ! それはもちろん怖くて悲しくてアンニュイな感じでしたけど、それは一時の迷い! 正義は勝つのです!」
「そ、そうか……」
「この世界に戦争という悪があるのなら、それを正すのが正義! きっと先輩もそれと戦ってるってことですよね!? だから竜胆は先輩と一緒にいます!」
あれ、そういう話なんだっけ?
なんだか一周回ってよく分からなくなった。
「というわけで特訓です! 世界を平和にする正義! まずはあの神父さんと互角に戦えるよう、強くなるのです! 拳で語ってこそお互いを理解できる! それこそ世界平和の一歩です!」
「世界平和なのに暴力使ってどうする……」
「暴力ではありません! 正義です!」
うん、全然意味が分からない。
分からないけど、さっきよりは元気になったようで何よりだ。
しかし、あの煌夜をねぇ……。
確かにそれが出来たら戦なんて起きない平和な世の中になるんだろうけど……。
講和かぁ……。
蹴ったよな、俺。
講和による完全平和。
正直、その壁となっている人間が何を言うかって話だけど、互角に戦ったということからこそ起こる和平というのもあるんじゃないか?
これまでの命を無駄にせず、この世界の未来のために。
――だが、俺はこの時知らなかった。
そんな講和なんてものをぶち壊す事件が、この世界には生まれようとしていたということを。
「おぅい、ジャンヌや。そろそろ最後の船が出るぞ」
のんびりとこちらに歩いてくるハワードの爺さんが見えた。
「なんだよ、爺さんこそまだ行ってなかったのかよ。総司令がそれでいいのか」
「いいんじゃよ。げふっ……お主と一緒の……げふっげふっ」
「おい、爺さん風邪か? 年なんだから気をつけ――」
「違います、先輩。なんか……おかしいです」
竜胆に言われてハッとする。
ハワードの爺さんの咳が止まらない。
それにどこか普通の咳とは違う、嫌な音に聞こえる。
「ぐっ!」
ついに爺さんが膝をついた。
「おい、爺さん!」
駆け寄って、そして気付く。
爺さんが口を押える手から、水がしたたり落ちるのを。
それは赤い色をしていて、夕陽に当てられて鈍く光っていた。
「ふふ……バレてしまったかの」
「だ、誰か! 救護兵!」
「いいんじゃよ。慣れておる」
「いやよくないだろ! そんな血を……慣れてる? まさか爺さん」
「おお、最近は少し調子がよかったんじゃが、少し無理をしすぎたかのぅ」
そういえば咳の数は多かった気がする。
それでもいつもの調子だったから、ただの咳だと思っていた。
くそっ。俺の目はどこまで節穴なんだ。
「なんで、そんな無理して。王都にいればよかっただろ」
「ふん、あと30年は現役を続けるって言ったじゃろ。お主らが不甲斐ないから、こうやって出張ってきたんじゃよ」
「なんだよ……それ」
「ふっ、冗談じゃよ。半分はな」
「半分?」
「そう、単なる我がままじゃよ。死ぬなら戦場で。しかも、オムカを守るために死ねるなら、それでいいと思った。まぁ、生き残ってしまったがの」
「なんだよ、死ぬとか……まさか、ジルじゃなく爺さんが出てきたのは勝ち目の薄い戦いになると読んで?」
「ふん、そんなはずなかろう。ただ久しぶりに戦場に立ちたかっただけじゃ。それにわしはまだまだ死なんわい。ほれ、さっさと帰るぞ。わしらはこれからが忙しいじゃからの」
そう言ってハワードの爺さんは笑う。
自分の体のことを分かっていないはずがない。
それでも、俺たちに心配をかけまいとして笑う。
本当に、この爺さんは……。
だから俺は爺さんの肩を持つ。
俺が右、竜胆は左だ。
「お主ら……」
「年寄なんだから若いのこき使えばいいんだよ。サカキもそろそろ復帰するだろうし、そこらへんに任せて休んでろよ」
「ほほぅ、合法的にサボれるというわけじゃな? 悪くない。さすが軍師じゃ」
「うるせ」
「ならば今夜はお主ら2人でベッドに――」
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ったく、こいつは本当に変わらない。
けど……これからもずっと変わらないでいて欲しい。
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まずは1話だけでも良いので試し読みをしていただけると幸いです。
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