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第3章 帝都潜入作戦
第43話 戦闘終了
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船上から戦場を見渡す。
丘の上では怒声と悲鳴の阿鼻叫喚となっているにもかかわらず、水の上は静かだ。
まるで人と人の殺し合いを、大河はせせら笑っているように思える。
「まさか相手より兵が少ないのに、本当に包囲しちゃいましたね……」
「あぁ、地形を使ったからな」
「ふーん。でも相手って、こんな猪突猛進なタイプだったんでしたっけ? 昨日の戦いで一気に本陣を突こうとする感じ、獲物をじっと待って飛びかかる、ハンターみたいな感じだったんですけど」
なるほど。ハンターか。
クロエらしい感じ方だ。
ただそれだけじゃないと思う。
最初の鶴翼の陣という定石に、大軍をもとに押しつぶそうとする冷静さ。さらに一気に勝負をつけようとする果断さ。さらに砦に罠がないかを何度も調べようとした用心深さ。
それぞれこれまでに会った誰よりも秀でた名将だったと思う。
けど、それでも人間だ。
人間でありすぎた。
「怒ったんだろ。色々やられて。こっちは逃げてばかりなのに」
ひたすらオムカ軍は逃げてきた。
そのうえで、連環馬とか伏兵とか砦の罠とかちょくちょくカウンターを仕掛けていったのだから、相手としては頭をコツコツ叩かれているみたいで、大いに苛立ちが積ったことだろう。
そしてダメ押しで俺が姿を現してああでも言えば、相手は相当頭に来る。
もちろん相手はプレイヤーだったからスキルで性格を見抜くことはできなかった。
けど北で連戦連勝し、元帥府とかいう軍のトップに立つ人間が、兵力に劣る相手にこうまでコケにされたらどうなるか。間違いなくプライドを傷つけられ、怒り心頭で追ってくるに違いないと読んだ。
そして、その通りになった。
あとは俺に敵を引きつけつつ、敵の勢いに押されたようにして兵を左右に分けた。
左右に別れた軍は、敵の攻撃を受け流しながら敵の背後に出たのだ。
そのうえで俺は河の上に逃げる。
すると相手の目の前には河、そして後ろと左右には敵軍という包囲が完成したのだ。
もちろんこちらの方が兵力が少ないから、敵が一丸となれば突破されることは間違いない。
そこで川下の兵は少な目にした。そうすればそこから逃げるのは予想できるし、そこに虎の子のクルレーンの鉄砲隊を置けば、大打撃を与えられると踏んだ。
先日砦の攻略に使った囲師必闕の応用だ。
結果、思い描いた絵図通りになったわけだが、かなり綱渡りだったと思う。
相手が俺を追わず、隊を3つに分けたら各個撃破されて終わっただろう。
そもそも、大軍を使ってじわじわと押されれば、河に突き落とされることになったのは俺たちだったかもしれない。
薄氷の上で勝利をつかんだわけだ。
「あー、隊長殿のしつこくて悪質で人を小ばかにしたような策を何度もくらったんですからねぇ。そりゃ怒りますよ」
「だからそれ流行ってるのかよ……。俺だって傷つくんだからな?」
けど、その言葉はある意味、俺の本質をついているのかもしれなかった。
俺の策はしつこくて悪質で人を小ばかにして悪辣で非人道的でえげつなくて最低なんだ。
だとしたら、それを考える俺自身も、しつこくて悪質で人を小ばかにして悪辣で非人道的でえげつなくて最低ということになる。
相手の人間らしさにつけ込んだ、最低最悪の人間。
それが、俺という人間の本質なのかもしれない。
そう考えてみれば、やはり里奈なんかより、俺の方が酷い。
人の命を奪う里奈。
人の命を奪うだけじゃなく、人の尊厳を壊し、信頼を潰し、本質を汚し、その涙と絶望をもって暗い喜びにひたる。
やっぱり、俺の方が極悪人だ。
あぁ、里奈。
無性にお前に会いたくなってきた。
生きてるよな。
あんなところで死ぬなんて。そんなわけないよな。
「隊長殿?」
「ん、どうしたクロエ?」
「あ、いえ。敵が逃げたようです。なので岸に戻しますね」
「あぁ、うん」
見れば川岸の喧騒は収まっており、川下に敵が逃げていくのが見える。
代わりにオムカ軍の戦勝を告げる歓喜の雄たけびがここまで響いてくる。
終わった。
勝った。
多くの犠牲の上に、勝った。
そう考えると、皆のように喜ぶような感情ではなくなる。
「やりましたね、隊長殿! これでオムカは安全ですね」
「あぁ……そうだな」
「ん、なんかちょっとブルーな感じですね。もっとうぉぉぉって騒ぎましょうよ」
「おい、ちょっ、あまり動くな。落ちるだろ」
「むむ、もしかして隊長殿……水が怖いです?」
「ば、馬鹿言うな。ちゃんと泳げるぞ。ニーアから聞いてなかったのか? シータ王国では水上の戦にも加わったし、プールでも泳いだって」
「あれ? 隊長殿、ずっと日向ぼっこしてて一度もプールに入らなかったって聞きましたよ?」
「…………あの時は、気分が乗らなかったからな」
「……………うりうり」
「ばっ! やめろ! 揺らすな! 落ちて溺れたらどうするんだ!」
「溺れませんよ。ほら、もう岸ですから。浅瀬ですよ」
「け、けどな。浅瀬でも溺れることはあるんだぞ。経験者が言うんだから間違いない」
「隊長殿……」
「な、なんだ、その目は!? 俺は泳げるぞ! ただ、その……無理して泳ぐ必要がないというか。必然性を見いだせないというか。それに暑いんだったら水に浸かるだけでも充分だろ。泳ぐことに意味を見出すなんて馬鹿らしい。そもそも人間は自ら丘に上がった生物として進化してきたんだ。わざわざ先祖返りするのもおかしいし、肺呼吸なんだからそんな危険なことをしなくても生きていける! だから俺は泳ぐ必要がないんだ!」
あれ、なんか語れば語るほど、泳げないことを白状しているみたいな気分だぞ。
「大丈夫です、誰にも言いません。教官殿……ニーアにバレたら大変ですからね」
「だから違うって!」
揺れる舟の上で叫ぶ。
けど、なんとなく気分が楽になった気がした。
血で染まった陸でもなく、人々を飲み込む河でもなく、青く、ただ青くどこまでも澄み渡る空にその声は響いた。
丘の上では怒声と悲鳴の阿鼻叫喚となっているにもかかわらず、水の上は静かだ。
まるで人と人の殺し合いを、大河はせせら笑っているように思える。
「まさか相手より兵が少ないのに、本当に包囲しちゃいましたね……」
「あぁ、地形を使ったからな」
「ふーん。でも相手って、こんな猪突猛進なタイプだったんでしたっけ? 昨日の戦いで一気に本陣を突こうとする感じ、獲物をじっと待って飛びかかる、ハンターみたいな感じだったんですけど」
なるほど。ハンターか。
クロエらしい感じ方だ。
ただそれだけじゃないと思う。
最初の鶴翼の陣という定石に、大軍をもとに押しつぶそうとする冷静さ。さらに一気に勝負をつけようとする果断さ。さらに砦に罠がないかを何度も調べようとした用心深さ。
それぞれこれまでに会った誰よりも秀でた名将だったと思う。
けど、それでも人間だ。
人間でありすぎた。
「怒ったんだろ。色々やられて。こっちは逃げてばかりなのに」
ひたすらオムカ軍は逃げてきた。
そのうえで、連環馬とか伏兵とか砦の罠とかちょくちょくカウンターを仕掛けていったのだから、相手としては頭をコツコツ叩かれているみたいで、大いに苛立ちが積ったことだろう。
そしてダメ押しで俺が姿を現してああでも言えば、相手は相当頭に来る。
もちろん相手はプレイヤーだったからスキルで性格を見抜くことはできなかった。
けど北で連戦連勝し、元帥府とかいう軍のトップに立つ人間が、兵力に劣る相手にこうまでコケにされたらどうなるか。間違いなくプライドを傷つけられ、怒り心頭で追ってくるに違いないと読んだ。
そして、その通りになった。
あとは俺に敵を引きつけつつ、敵の勢いに押されたようにして兵を左右に分けた。
左右に別れた軍は、敵の攻撃を受け流しながら敵の背後に出たのだ。
そのうえで俺は河の上に逃げる。
すると相手の目の前には河、そして後ろと左右には敵軍という包囲が完成したのだ。
もちろんこちらの方が兵力が少ないから、敵が一丸となれば突破されることは間違いない。
そこで川下の兵は少な目にした。そうすればそこから逃げるのは予想できるし、そこに虎の子のクルレーンの鉄砲隊を置けば、大打撃を与えられると踏んだ。
先日砦の攻略に使った囲師必闕の応用だ。
結果、思い描いた絵図通りになったわけだが、かなり綱渡りだったと思う。
相手が俺を追わず、隊を3つに分けたら各個撃破されて終わっただろう。
そもそも、大軍を使ってじわじわと押されれば、河に突き落とされることになったのは俺たちだったかもしれない。
薄氷の上で勝利をつかんだわけだ。
「あー、隊長殿のしつこくて悪質で人を小ばかにしたような策を何度もくらったんですからねぇ。そりゃ怒りますよ」
「だからそれ流行ってるのかよ……。俺だって傷つくんだからな?」
けど、その言葉はある意味、俺の本質をついているのかもしれなかった。
俺の策はしつこくて悪質で人を小ばかにして悪辣で非人道的でえげつなくて最低なんだ。
だとしたら、それを考える俺自身も、しつこくて悪質で人を小ばかにして悪辣で非人道的でえげつなくて最低ということになる。
相手の人間らしさにつけ込んだ、最低最悪の人間。
それが、俺という人間の本質なのかもしれない。
そう考えてみれば、やはり里奈なんかより、俺の方が酷い。
人の命を奪う里奈。
人の命を奪うだけじゃなく、人の尊厳を壊し、信頼を潰し、本質を汚し、その涙と絶望をもって暗い喜びにひたる。
やっぱり、俺の方が極悪人だ。
あぁ、里奈。
無性にお前に会いたくなってきた。
生きてるよな。
あんなところで死ぬなんて。そんなわけないよな。
「隊長殿?」
「ん、どうしたクロエ?」
「あ、いえ。敵が逃げたようです。なので岸に戻しますね」
「あぁ、うん」
見れば川岸の喧騒は収まっており、川下に敵が逃げていくのが見える。
代わりにオムカ軍の戦勝を告げる歓喜の雄たけびがここまで響いてくる。
終わった。
勝った。
多くの犠牲の上に、勝った。
そう考えると、皆のように喜ぶような感情ではなくなる。
「やりましたね、隊長殿! これでオムカは安全ですね」
「あぁ……そうだな」
「ん、なんかちょっとブルーな感じですね。もっとうぉぉぉって騒ぎましょうよ」
「おい、ちょっ、あまり動くな。落ちるだろ」
「むむ、もしかして隊長殿……水が怖いです?」
「ば、馬鹿言うな。ちゃんと泳げるぞ。ニーアから聞いてなかったのか? シータ王国では水上の戦にも加わったし、プールでも泳いだって」
「あれ? 隊長殿、ずっと日向ぼっこしてて一度もプールに入らなかったって聞きましたよ?」
「…………あの時は、気分が乗らなかったからな」
「……………うりうり」
「ばっ! やめろ! 揺らすな! 落ちて溺れたらどうするんだ!」
「溺れませんよ。ほら、もう岸ですから。浅瀬ですよ」
「け、けどな。浅瀬でも溺れることはあるんだぞ。経験者が言うんだから間違いない」
「隊長殿……」
「な、なんだ、その目は!? 俺は泳げるぞ! ただ、その……無理して泳ぐ必要がないというか。必然性を見いだせないというか。それに暑いんだったら水に浸かるだけでも充分だろ。泳ぐことに意味を見出すなんて馬鹿らしい。そもそも人間は自ら丘に上がった生物として進化してきたんだ。わざわざ先祖返りするのもおかしいし、肺呼吸なんだからそんな危険なことをしなくても生きていける! だから俺は泳ぐ必要がないんだ!」
あれ、なんか語れば語るほど、泳げないことを白状しているみたいな気分だぞ。
「大丈夫です、誰にも言いません。教官殿……ニーアにバレたら大変ですからね」
「だから違うって!」
揺れる舟の上で叫ぶ。
けど、なんとなく気分が楽になった気がした。
血で染まった陸でもなく、人々を飲み込む河でもなく、青く、ただ青くどこまでも澄み渡る空にその声は響いた。
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