268 / 627
第3章 帝都潜入作戦
第44話 真の正義とは
しおりを挟む
岸に戻ると、もう軍勢はまとまっていた。
一応、斥候は出しているらしいが、今のところ敵が近くでまとまっている気配はないという。
そしてそこには懐かしい顔があった。
「ウィット、無事だったか!」
ウィット、マール、ルックら帝都方面へ陽動のために出した面々が戻ってきたのだ。
「ええ。兵糧の持つギリギリのところまで粘って戻ったら、軍がどこにもいないから焦りました」
「いや、そうだな。無事でよかった」
いや、無事でよかったと言って良いのか。
400騎で出したのが200騎くらいしかいないのだ。
俺の顔が暗くなるのを察したらしい、ウィットが慌てて付け足した。
「あ、いえ。残りの200は連環用の馬でちょっと動きが重かったので、解散させました。兵たちは鎧を脱いで農民としてこっちに戻って来てます。200騎はちょっともったいなかったけど、すみません。ただ、ほとんどぶつかり合いらしいぶつかり合いはなかったので、犠牲は出てないです」
「お前ら……良くやる」
本筋の陽動の役目をしっかり果たし、逃げきれないと思うと軍を解散させる臨機の判断も悪くない。
なんだかそれが嬉しかった。
「おーのーれー、ウィットー。無駄に活躍してー!」
「ふん、貴様が何もしていないからってひがむなよ」
「いいんですー。私は隊長殿をいっぱい守ってもふもふしたのでー。私の勝ちですー」
「なんだもふもふって。まさか貴様……隊長になにをした!」
「うへへー、ごっちゃんでした!」
はぁ……これも定常通り。
「これこれ、騒いでないで早く撤退の準備をせんか」
そこへハワードの爺さんが来た。
もしやと思ったけど、その言葉を聞いてやはりと納得する。
「やっぱり撤退か」
「それが妥当じゃろ」
確かにこちら側に留まるメリットはない。
砦も燃やしてしまったし、激戦で兵たちの疲れもピークに達している。何より食料がもうほとんどない。
エイン帝国の注意を引き付けるという当初の目的は果たしたのだ。
しかもそれを撃退したのだから、大成功と言ってもいいだろう。
「俺からは異存はないよ」
「うむ。では進めるとしよう」
それから船の手配。怪我人の応急手当。それから乗船の順番決め。ゴードンとの共闘について。犠牲の確認。などなど対処しているうちに、陽が傾いてきた。
船は対岸からどんどん来て、ピストン輸送をしている。
俺は最後の方に乗ることになっていたので、気晴らしに少し岸辺を歩いていると、前方にぽつんと立つ人影を見つけた。
「竜胆、何してるんだ?」
「あ、先輩。お疲れ様です」
「あぁ、くたくただよ……」
思えば3日間、野営をしながら戦い続けてきたのだ。
疲労もかなり溜まっている。
今はとにかく風呂に入りたい。
体と髪を洗って思いっきりお湯で手足を伸ばしたかった。
「…………」
竜胆の様子が何かおかしい。
いつもなら「正義!」とか言ってきそうなのに。
「何かあったのか?」
「いえ……」
やはり変だ。元気がないというか。
しばらくの沈黙。
そして竜胆は意を決したのか、こちらを見ずに口を開いた。
「先輩はいつもこんなことをやっているのですか?」
「え?」
「その…………戦争、です」
その言葉に、俺は心臓を掴まれたような気分になった。
そう、彼女にとってはこの戦争という行為は異常な行為なのだ。
俺はいつの間にか、それに慣れてしまっているのか。
元の世界にいたころ、いや、この世界に来たころはそれが異常だった。
けど1年が経って、今や自分はその中心にいると言っていい。異常が日常になっていると言ってもいいのだ。
「ザインさんが、その……亡くなられた時。正直、ショックでした……。まさか、こんなに近くに、死があるなんて」
「ああ……」
「それから、戦争が始まって。自分は、別のところにいたので直接は見ていないですけど……その後に合流した時に、見たんです。傷つき、それでも戦おうとしている人たちを」
この世界に来てすぐにこれだ。
普通の人にはきついだろう。
「それから遠くで見ていました。皆さんが戦う姿を。多くの人が死んだんだと思います。それは、とても哀しいことで……」
竜胆がきつく口を結ぶ。
その後に、彼女が何をいいたいのかなんとなくわかった気がした。
「そして、私のスキル。それで何が起こったか、なんとなくわかります。あれが、必要だったんだって、そう思いますけど。でも、私のせいで、あの人たちが……」
「分かった。ごめん。俺が無神経だった」
罪悪感がここにも1つ。
けど、あの時はそうするのが最善だと思った。ああするしか、敵の鉄砲隊と騎馬隊を封じる策はなかったから。
「いえ……いいんです。こういう世界だって、言われてきたのに。ここまで私、無自覚で……」
竜胆は俯いて顔を見せない。
泣いているのか、と思う。
悲しいのか、それとも怖かったのか。どっちもだろう。
「……“正義”ってなんですかね」
初めて彼女の口から『正義』という言葉を聞いた気がした。
正義の定義。
世界に数多ある正義。
その本質。
「……分からない」
「分からないのに、戦争してるんですか?」
竜胆の言葉がぐさりと刺さる。
けど、彼女の誠実な意見に答えないわけにはいかない。
嘘で逃げるのは、よくないと思う。
だから答える。
「……ああ」
「そう、なんですか」
「戦争をする。人を殺す。それは正義じゃない。それは分かってる……つもりだ。だけど、俺はこれしかない。間違ってると分かっていても、駄目だと理解していても、こうするしか、皆を守る方法が分からないんだ。天才軍師なんて言われてるけど、その程度の人間なんだよ、俺は……」
「そんなことは……ないと、思います」
「いや、いいんだ。無理に言わなくても。俺は、俺のことを一番分かってるから」
「…………不器用、なんですね」
「そうだな」
「なんで平和にならないんですかね」
その呟きは、この世界のことだけじゃないことを指しているような気がした。
彼女の親は警察官だと言っていた。きっと、犯罪とかそういったことも含めての言葉なのだろう。
「ごめん。俺にはそれも分からない。なんで犯罪ができるのか。戦争が起きるのか。ただ、元をただせば1人の感情によるものなのだと思う」
「感情、ですか」
「人より裕福になりたい。人より秀でていたい。人より偉く思われたい。人より優位でありたい。そんなちょっとの思いが、争いを引き起こす。そんな気はしている」
「でも、そんなの皆思う事ですよ」
「そうだな……だから争いが終わらないんだろうな」
人より先んじて、元の世界に戻りたい。
だから俺たちプレイヤーの間にも、争いが起きる。
その争いの螺旋に、この娘を巻き込んでいいのかと思う。
いや、ダメだろ。これ以上はもう。もし竜胆に何かあったら俺はきっと立ち直れなくなる。
「帝都までって話だけど、。本当に感謝しかない。けど、これ以上付き合うのは辛いよな。なんならオムカに家を用意するし、暮らしに困らないようにはできる。王都も危険だと思ったら南郡とかシータ王国にも紹介できるけど」
そっちの方が彼女にとっては良いことだ。
そう思ったのだが――
「む、なんですかそれ。先輩、私はお払い箱ってことですか?」
と、不意に噛みつくように竜胆がこちらを見た。その瞳が燃えるような色を持っているのを感じた。
「い、いや。そういうわけじゃないけど……」
「いーや! 今、先輩思ったです。こんな正義も分かってない迷える正義にこれ以上の正義は無理だと正義したんですね!?」
うわ、いきなり正義が復活しやがった。
その反動か、なんだか正義がゲシュタルト崩壊しそうだ。
「私がいつまでもしょげ返ってると思ったら大違いですよ! それはもちろん怖くて悲しくてアンニュイな感じでしたけど、それは一時の迷い! 正義は勝つのです!」
「そ、そうか……」
「この世界に戦争という悪があるのなら、それを正すのが正義! きっと先輩もそれと戦ってるってことですよね!? だから竜胆は先輩と一緒にいます!」
あれ、そういう話なんだっけ?
なんだか一周回ってよく分からなくなった。
「というわけで特訓です! 世界を平和にする正義! まずはあの神父さんと互角に戦えるよう、強くなるのです! 拳で語ってこそお互いを理解できる! それこそ世界平和の一歩です!」
「世界平和なのに暴力使ってどうする……」
「暴力ではありません! 正義です!」
うん、全然意味が分からない。
分からないけど、さっきよりは元気になったようで何よりだ。
しかし、あの煌夜をねぇ……。
確かにそれが出来たら戦なんて起きない平和な世の中になるんだろうけど……。
講和かぁ……。
蹴ったよな、俺。
講和による完全平和。
正直、その壁となっている人間が何を言うかって話だけど、互角に戦ったということからこそ起こる和平というのもあるんじゃないか?
これまでの命を無駄にせず、この世界の未来のために。
――だが、俺はこの時知らなかった。
そんな講和なんてものをぶち壊す事件が、この世界には生まれようとしていたということを。
「おぅい、ジャンヌや。そろそろ最後の船が出るぞ」
のんびりとこちらに歩いてくるハワードの爺さんが見えた。
「なんだよ、爺さんこそまだ行ってなかったのかよ。総司令がそれでいいのか」
「いいんじゃよ。げふっ……お主と一緒の……げふっげふっ」
「おい、爺さん風邪か? 年なんだから気をつけ――」
「違います、先輩。なんか……おかしいです」
竜胆に言われてハッとする。
ハワードの爺さんの咳が止まらない。
それにどこか普通の咳とは違う、嫌な音に聞こえる。
「ぐっ!」
ついに爺さんが膝をついた。
「おい、爺さん!」
駆け寄って、そして気付く。
爺さんが口を押える手から、水がしたたり落ちるのを。
それは赤い色をしていて、夕陽に当てられて鈍く光っていた。
「ふふ……バレてしまったかの」
「だ、誰か! 救護兵!」
「いいんじゃよ。慣れておる」
「いやよくないだろ! そんな血を……慣れてる? まさか爺さん」
「おお、最近は少し調子がよかったんじゃが、少し無理をしすぎたかのぅ」
そういえば咳の数は多かった気がする。
それでもいつもの調子だったから、ただの咳だと思っていた。
くそっ。俺の目はどこまで節穴なんだ。
「なんで、そんな無理して。王都にいればよかっただろ」
「ふん、あと30年は現役を続けるって言ったじゃろ。お主らが不甲斐ないから、こうやって出張ってきたんじゃよ」
「なんだよ……それ」
「ふっ、冗談じゃよ。半分はな」
「半分?」
「そう、単なる我がままじゃよ。死ぬなら戦場で。しかも、オムカを守るために死ねるなら、それでいいと思った。まぁ、生き残ってしまったがの」
「なんだよ、死ぬとか……まさか、ジルじゃなく爺さんが出てきたのは勝ち目の薄い戦いになると読んで?」
「ふん、そんなはずなかろう。ただ久しぶりに戦場に立ちたかっただけじゃ。それにわしはまだまだ死なんわい。ほれ、さっさと帰るぞ。わしらはこれからが忙しいじゃからの」
そう言ってハワードの爺さんは笑う。
自分の体のことを分かっていないはずがない。
それでも、俺たちに心配をかけまいとして笑う。
本当に、この爺さんは……。
だから俺は爺さんの肩を持つ。
俺が右、竜胆は左だ。
「お主ら……」
「年寄なんだから若いのこき使えばいいんだよ。サカキもそろそろ復帰するだろうし、そこらへんに任せて休んでろよ」
「ほほぅ、合法的にサボれるというわけじゃな? 悪くない。さすが軍師じゃ」
「うるせ」
「ならば今夜はお主ら2人でベッドに――」
「河に捨ててくぞ、クソジジイ」
「それはノー正義です!」
ったく、こいつは本当に変わらない。
けど……これからもずっと変わらないでいて欲しい。
俺はこの世界にあと何年いるのか分からない。
元の世界に戻れるかもしれないし、あるいはぽっくりと死んでしまうかもしれない。
けど、俺が生きている限り、俺の前で親しい人が死ぬのを見たくない。
そんな淡い正義を思っても、それでバチは当たらないだろ。
なぁ、爺さん。
一応、斥候は出しているらしいが、今のところ敵が近くでまとまっている気配はないという。
そしてそこには懐かしい顔があった。
「ウィット、無事だったか!」
ウィット、マール、ルックら帝都方面へ陽動のために出した面々が戻ってきたのだ。
「ええ。兵糧の持つギリギリのところまで粘って戻ったら、軍がどこにもいないから焦りました」
「いや、そうだな。無事でよかった」
いや、無事でよかったと言って良いのか。
400騎で出したのが200騎くらいしかいないのだ。
俺の顔が暗くなるのを察したらしい、ウィットが慌てて付け足した。
「あ、いえ。残りの200は連環用の馬でちょっと動きが重かったので、解散させました。兵たちは鎧を脱いで農民としてこっちに戻って来てます。200騎はちょっともったいなかったけど、すみません。ただ、ほとんどぶつかり合いらしいぶつかり合いはなかったので、犠牲は出てないです」
「お前ら……良くやる」
本筋の陽動の役目をしっかり果たし、逃げきれないと思うと軍を解散させる臨機の判断も悪くない。
なんだかそれが嬉しかった。
「おーのーれー、ウィットー。無駄に活躍してー!」
「ふん、貴様が何もしていないからってひがむなよ」
「いいんですー。私は隊長殿をいっぱい守ってもふもふしたのでー。私の勝ちですー」
「なんだもふもふって。まさか貴様……隊長になにをした!」
「うへへー、ごっちゃんでした!」
はぁ……これも定常通り。
「これこれ、騒いでないで早く撤退の準備をせんか」
そこへハワードの爺さんが来た。
もしやと思ったけど、その言葉を聞いてやはりと納得する。
「やっぱり撤退か」
「それが妥当じゃろ」
確かにこちら側に留まるメリットはない。
砦も燃やしてしまったし、激戦で兵たちの疲れもピークに達している。何より食料がもうほとんどない。
エイン帝国の注意を引き付けるという当初の目的は果たしたのだ。
しかもそれを撃退したのだから、大成功と言ってもいいだろう。
「俺からは異存はないよ」
「うむ。では進めるとしよう」
それから船の手配。怪我人の応急手当。それから乗船の順番決め。ゴードンとの共闘について。犠牲の確認。などなど対処しているうちに、陽が傾いてきた。
船は対岸からどんどん来て、ピストン輸送をしている。
俺は最後の方に乗ることになっていたので、気晴らしに少し岸辺を歩いていると、前方にぽつんと立つ人影を見つけた。
「竜胆、何してるんだ?」
「あ、先輩。お疲れ様です」
「あぁ、くたくただよ……」
思えば3日間、野営をしながら戦い続けてきたのだ。
疲労もかなり溜まっている。
今はとにかく風呂に入りたい。
体と髪を洗って思いっきりお湯で手足を伸ばしたかった。
「…………」
竜胆の様子が何かおかしい。
いつもなら「正義!」とか言ってきそうなのに。
「何かあったのか?」
「いえ……」
やはり変だ。元気がないというか。
しばらくの沈黙。
そして竜胆は意を決したのか、こちらを見ずに口を開いた。
「先輩はいつもこんなことをやっているのですか?」
「え?」
「その…………戦争、です」
その言葉に、俺は心臓を掴まれたような気分になった。
そう、彼女にとってはこの戦争という行為は異常な行為なのだ。
俺はいつの間にか、それに慣れてしまっているのか。
元の世界にいたころ、いや、この世界に来たころはそれが異常だった。
けど1年が経って、今や自分はその中心にいると言っていい。異常が日常になっていると言ってもいいのだ。
「ザインさんが、その……亡くなられた時。正直、ショックでした……。まさか、こんなに近くに、死があるなんて」
「ああ……」
「それから、戦争が始まって。自分は、別のところにいたので直接は見ていないですけど……その後に合流した時に、見たんです。傷つき、それでも戦おうとしている人たちを」
この世界に来てすぐにこれだ。
普通の人にはきついだろう。
「それから遠くで見ていました。皆さんが戦う姿を。多くの人が死んだんだと思います。それは、とても哀しいことで……」
竜胆がきつく口を結ぶ。
その後に、彼女が何をいいたいのかなんとなくわかった気がした。
「そして、私のスキル。それで何が起こったか、なんとなくわかります。あれが、必要だったんだって、そう思いますけど。でも、私のせいで、あの人たちが……」
「分かった。ごめん。俺が無神経だった」
罪悪感がここにも1つ。
けど、あの時はそうするのが最善だと思った。ああするしか、敵の鉄砲隊と騎馬隊を封じる策はなかったから。
「いえ……いいんです。こういう世界だって、言われてきたのに。ここまで私、無自覚で……」
竜胆は俯いて顔を見せない。
泣いているのか、と思う。
悲しいのか、それとも怖かったのか。どっちもだろう。
「……“正義”ってなんですかね」
初めて彼女の口から『正義』という言葉を聞いた気がした。
正義の定義。
世界に数多ある正義。
その本質。
「……分からない」
「分からないのに、戦争してるんですか?」
竜胆の言葉がぐさりと刺さる。
けど、彼女の誠実な意見に答えないわけにはいかない。
嘘で逃げるのは、よくないと思う。
だから答える。
「……ああ」
「そう、なんですか」
「戦争をする。人を殺す。それは正義じゃない。それは分かってる……つもりだ。だけど、俺はこれしかない。間違ってると分かっていても、駄目だと理解していても、こうするしか、皆を守る方法が分からないんだ。天才軍師なんて言われてるけど、その程度の人間なんだよ、俺は……」
「そんなことは……ないと、思います」
「いや、いいんだ。無理に言わなくても。俺は、俺のことを一番分かってるから」
「…………不器用、なんですね」
「そうだな」
「なんで平和にならないんですかね」
その呟きは、この世界のことだけじゃないことを指しているような気がした。
彼女の親は警察官だと言っていた。きっと、犯罪とかそういったことも含めての言葉なのだろう。
「ごめん。俺にはそれも分からない。なんで犯罪ができるのか。戦争が起きるのか。ただ、元をただせば1人の感情によるものなのだと思う」
「感情、ですか」
「人より裕福になりたい。人より秀でていたい。人より偉く思われたい。人より優位でありたい。そんなちょっとの思いが、争いを引き起こす。そんな気はしている」
「でも、そんなの皆思う事ですよ」
「そうだな……だから争いが終わらないんだろうな」
人より先んじて、元の世界に戻りたい。
だから俺たちプレイヤーの間にも、争いが起きる。
その争いの螺旋に、この娘を巻き込んでいいのかと思う。
いや、ダメだろ。これ以上はもう。もし竜胆に何かあったら俺はきっと立ち直れなくなる。
「帝都までって話だけど、。本当に感謝しかない。けど、これ以上付き合うのは辛いよな。なんならオムカに家を用意するし、暮らしに困らないようにはできる。王都も危険だと思ったら南郡とかシータ王国にも紹介できるけど」
そっちの方が彼女にとっては良いことだ。
そう思ったのだが――
「む、なんですかそれ。先輩、私はお払い箱ってことですか?」
と、不意に噛みつくように竜胆がこちらを見た。その瞳が燃えるような色を持っているのを感じた。
「い、いや。そういうわけじゃないけど……」
「いーや! 今、先輩思ったです。こんな正義も分かってない迷える正義にこれ以上の正義は無理だと正義したんですね!?」
うわ、いきなり正義が復活しやがった。
その反動か、なんだか正義がゲシュタルト崩壊しそうだ。
「私がいつまでもしょげ返ってると思ったら大違いですよ! それはもちろん怖くて悲しくてアンニュイな感じでしたけど、それは一時の迷い! 正義は勝つのです!」
「そ、そうか……」
「この世界に戦争という悪があるのなら、それを正すのが正義! きっと先輩もそれと戦ってるってことですよね!? だから竜胆は先輩と一緒にいます!」
あれ、そういう話なんだっけ?
なんだか一周回ってよく分からなくなった。
「というわけで特訓です! 世界を平和にする正義! まずはあの神父さんと互角に戦えるよう、強くなるのです! 拳で語ってこそお互いを理解できる! それこそ世界平和の一歩です!」
「世界平和なのに暴力使ってどうする……」
「暴力ではありません! 正義です!」
うん、全然意味が分からない。
分からないけど、さっきよりは元気になったようで何よりだ。
しかし、あの煌夜をねぇ……。
確かにそれが出来たら戦なんて起きない平和な世の中になるんだろうけど……。
講和かぁ……。
蹴ったよな、俺。
講和による完全平和。
正直、その壁となっている人間が何を言うかって話だけど、互角に戦ったということからこそ起こる和平というのもあるんじゃないか?
これまでの命を無駄にせず、この世界の未来のために。
――だが、俺はこの時知らなかった。
そんな講和なんてものをぶち壊す事件が、この世界には生まれようとしていたということを。
「おぅい、ジャンヌや。そろそろ最後の船が出るぞ」
のんびりとこちらに歩いてくるハワードの爺さんが見えた。
「なんだよ、爺さんこそまだ行ってなかったのかよ。総司令がそれでいいのか」
「いいんじゃよ。げふっ……お主と一緒の……げふっげふっ」
「おい、爺さん風邪か? 年なんだから気をつけ――」
「違います、先輩。なんか……おかしいです」
竜胆に言われてハッとする。
ハワードの爺さんの咳が止まらない。
それにどこか普通の咳とは違う、嫌な音に聞こえる。
「ぐっ!」
ついに爺さんが膝をついた。
「おい、爺さん!」
駆け寄って、そして気付く。
爺さんが口を押える手から、水がしたたり落ちるのを。
それは赤い色をしていて、夕陽に当てられて鈍く光っていた。
「ふふ……バレてしまったかの」
「だ、誰か! 救護兵!」
「いいんじゃよ。慣れておる」
「いやよくないだろ! そんな血を……慣れてる? まさか爺さん」
「おお、最近は少し調子がよかったんじゃが、少し無理をしすぎたかのぅ」
そういえば咳の数は多かった気がする。
それでもいつもの調子だったから、ただの咳だと思っていた。
くそっ。俺の目はどこまで節穴なんだ。
「なんで、そんな無理して。王都にいればよかっただろ」
「ふん、あと30年は現役を続けるって言ったじゃろ。お主らが不甲斐ないから、こうやって出張ってきたんじゃよ」
「なんだよ……それ」
「ふっ、冗談じゃよ。半分はな」
「半分?」
「そう、単なる我がままじゃよ。死ぬなら戦場で。しかも、オムカを守るために死ねるなら、それでいいと思った。まぁ、生き残ってしまったがの」
「なんだよ、死ぬとか……まさか、ジルじゃなく爺さんが出てきたのは勝ち目の薄い戦いになると読んで?」
「ふん、そんなはずなかろう。ただ久しぶりに戦場に立ちたかっただけじゃ。それにわしはまだまだ死なんわい。ほれ、さっさと帰るぞ。わしらはこれからが忙しいじゃからの」
そう言ってハワードの爺さんは笑う。
自分の体のことを分かっていないはずがない。
それでも、俺たちに心配をかけまいとして笑う。
本当に、この爺さんは……。
だから俺は爺さんの肩を持つ。
俺が右、竜胆は左だ。
「お主ら……」
「年寄なんだから若いのこき使えばいいんだよ。サカキもそろそろ復帰するだろうし、そこらへんに任せて休んでろよ」
「ほほぅ、合法的にサボれるというわけじゃな? 悪くない。さすが軍師じゃ」
「うるせ」
「ならば今夜はお主ら2人でベッドに――」
「河に捨ててくぞ、クソジジイ」
「それはノー正義です!」
ったく、こいつは本当に変わらない。
けど……これからもずっと変わらないでいて欲しい。
俺はこの世界にあと何年いるのか分からない。
元の世界に戻れるかもしれないし、あるいはぽっくりと死んでしまうかもしれない。
けど、俺が生きている限り、俺の前で親しい人が死ぬのを見たくない。
そんな淡い正義を思っても、それでバチは当たらないだろ。
なぁ、爺さん。
0
あなたにおすすめの小説
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
レベルアップは異世界がおすすめ!
まったりー
ファンタジー
レベルの上がらない世界にダンジョンが出現し、誰もが装備や技術を鍛えて攻略していました。
そんな中、異世界ではレベルが上がることを記憶で知っていた主人公は、手芸スキルと言う生産スキルで異世界に行ける手段を作り、自分たちだけレベルを上げてダンジョンに挑むお話です。
【完結】487222760年間女神様に仕えてきた俺は、そろそろ普通の異世界転生をしてもいいと思う
こすもすさんど(元:ムメイザクラ)
ファンタジー
異世界転生の女神様に四億年近くも仕えてきた、名も無きオリ主。
億千の異世界転生を繰り返してきた彼は、女神様に"休暇"と称して『普通の異世界転生がしたい』とお願いする。
彼の願いを聞き入れた女神様は、彼を無難な異世界へと送り出す。
四億年の経験知識と共に異世界へ降り立ったオリ主――『アヤト』は、自由気ままな転生者生活を満喫しようとするのだが、そんなぶっ壊れチートを持ったなろう系オリ主が平穏無事な"普通の異世界転生"など出来るはずもなく……?
道行く美少女ヒロイン達をスパルタ特訓で徹底的に鍛え上げ、邪魔する奴はただのパンチで滅殺抹殺一撃必殺、それも全ては"普通の異世界転生"をするために!
気が付けばヒロインが増え、気が付けば厄介事に巻き込まれる、テメーの頭はハッピーセットな、なろう系最強チーレム無双オリ主の明日はどっちだ!?
※小説家になろう、エブリスタ、ノベルアップ+にも掲載しております。
神様、ちょっとチートがすぎませんか?
ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】
未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。
本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!
おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!
僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。
しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。
自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。
へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/
---------------
※カクヨムとなろうにも投稿しています
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~
ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。
食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。
最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。
それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。
※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。
カクヨムで先行投稿中!
異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
ガチャと異世界転生 システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!
よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。
獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。
俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。
単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。
ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。
大抵ガチャがあるんだよな。
幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。
だが俺は運がなかった。
ゲームの話ではないぞ?
現実で、だ。
疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。
そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。
そのまま帰らぬ人となったようだ。
で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。
どうやら異世界だ。
魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。
しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。
10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。
そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。
5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。
残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。
そんなある日、変化がやってきた。
疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。
その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる