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第3章 帝都潜入作戦
閑話37 堂島美柑(エイン帝国軍元帥)
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苛立ちが顔に出ることはあまりなかったと思う。
ただそれが限界に達した時、自分では制御できない衝動が走ることを知っている。
今も、そうだった。
杏が言っていたオムカ王国のジャンヌ・ダルクという少女。
その面白そうな相手を、杏ごときに取られたのが悔しかった。
あぁ見えて杏は天才だ。それが鍛えた精鋭を連れて行くのだから、オムカは滅亡すると思った。
だから5千を率いて帝都から離れた。
帝都にいると、じっとしていられなくなって自国と戦争でも始めそうだったから。
帝国軍最後の要である、元帥府にいる私と杏が帝都を留守にする。
それは異常事態だが構わない。
私の旗下2万は残してあるし、杏お気に入りの尾田張人もいるというのだから攻められたとしてもなんとでもなるはずだ。
それで負けて滅びるなら、帝室もろとも滅びればいい。
そもそも国民の前で私が出ると告げたのは帝室の方だ。
ならば勝手にやらせてもらう。
進路は西にとった。
西には以前、そこそこやる相手がいたし、何より会っておきたい人物がいた。
その人物はもちろんプレイヤーで、煌夜が何度も招聘したものの首を縦に振らなかった男だ。
以前、私はその人物を私的に訪れ、そして私的に協力を取り付けた。
それほどの人物だと考えたからだ。
今頼んでいるのは、ビンゴ王国の内部かく乱。
去年の中頃から頼んでいるのだが、まぁ1年かそこらでは動かないだろうと見ていた。
だが――
「敵の将軍が変わった?」
対ビンゴ王国の最前線に陣を構えている将軍からその報告を聞いた時、軽く眉をひそめた。
どこかに陰謀の匂いを嗅いだからだ。
ともあれ前回、こちらを攻めに攻め、崩れるべきところを踏ん張ったあの将軍がいなくなったとなれば、代わりに来るのはそれ以上の戦上手かあるいは――
「敵軍7万。どうも、大攻勢の準備を進めているようです。敵の陣が大きく動いています」
副官のボージャンがそう告げてきた。
先行してこの陣には入っていたので、相手の動きを把握している。
「分かりやすいな。偽装か?」
「いえ、おそらく攻める気かと。一部、南の間道に軍を回しておりますので」
「あの間道を……? 数は?」
「1万です」
間道。それはこの防衛陣地の裏に出る狭い道だ。
もちろんそこを敵に攻められれば一大事なので、見張りは厳重にしている。それゆえに前の将軍は攻めてこなかったのだが、そこを通ろうとするならば……。
「どっちだと思う?」
副官のボージャンに聞く。
もちろん自分の中では答えは出ている。
「おそらく陽動かと。あれほどあからさまな戦準備は、奇襲部隊がたどり着くまでの偽装でしょう。まぁ、こちらにはバレてしまっているわけですが」
「違うな。その本隊も攻めてくるぞ。陽動にしては本陣の慌ただしさも、奇襲の兵も中途半端さすぎる」
確証はない。
けど、長年戦ってきた勘。そしてスキルがささやくのだ。
そしてそれは間違ったことはない。
「そもそも間道から奇襲を行うのであれば、1万の軍は中途半端すぎる。見つからないのを想定して動くならばそれ以下にすべきだし、見つかってもいいから強襲するのであれば2万か3万は持ってくるはずだ。そのどちらでもないのだから、何も考えてない証拠。それに本陣の大騒ぎを加えれば、とりあえず挟み撃ちにして大勝を狙おうという、功を焦った馬鹿の顔しか思い浮かばん」
「……お見それしました」
将軍が頭を下げる。
それが癇に障った。
「お前は敵を見ろ。すぐに敵が来るぞ。どうということのない敵だが、それゆえにそんな奴に負けることは許さん。ただちに迎撃の陣を敷け。私は出る」
「は、はっ! し、しかし元帥閣下はどこへ……」
「別動隊に当たる」
「て、敵は1万ですぞ!?」
「私がたった1万の敵に後れを取るとでも?」
凄んでみせたわけではないが、将軍が明らかに怯んだ。
なんだかそれ、私に対して失礼じゃないか?
「し、失礼をばいたしました!」
「いい。軍人は結果を出せば」
まぁいい。
こうやって尻を叩けばそれで最低限の戦果は出るだろう。
「では、出るぞ」
率いるのは5千の騎馬隊。
敵は倍。
だが負ける気はしない。
腰の引けた敵。そうスキルが告げている。
私のスキル『疾風怒濤』改め『抜山蓋世』。
あの転生の女神いわく『勤続5年ボーナス』による強化とかいうことだが、ふん、なかなかどうして。
陣地の背後に通る山道。
敵の本陣からかなり迂回路になるが、多少の高低差もあり、一部は崖になっているので大部隊が動くには適さない。だが1万はあまりに弱気だ。
駆け下りた。
山道をひたすらに疾駆する。
曲がりくねった細道を、1列縦隊で突き進んだ。
山道だがそれくらいの動きはできるよう、徹底的にしごいたからこれくらいはできる。
ボージャンは頼むから後ろにいてくれと懇願してくるが、それは断った。
何より私のスキルの発動条件がそれなのだ。
部隊の先頭にいる時、部隊数が少なければ少ないほど部隊を強化するというもの。
人馬問わず、脚力、持続力、筋力、肺活力、集中力、知力、俊敏力すべてを底上げする。
ただそれだけ。
それだけだが、戦場においては大いなるアドバンテージだ。
一般的な大人5人と小学生10人ならば、数で劣ろうとも基本大人が勝つ。
戦場でもそれは同様で、スキルで強化された精鋭なら倍の敵でも真っ向勝負で粉砕できる。しかも奇襲になるのだ。
だから、今はただ行く。
強化された馬の足は通常の5割増しの速度で移動し、かつ全速で走ってもいつもより長く走れる。
こんな悪路だろうと飛ぶように駆けるのだ。
敵。見つけた。
手で合図する。
一列縦隊から広がり鋒矢の陣へと陣形を変えた。
敵の方もこちらを発見したらしい。驚いたような顔をしているのが見える。
それから周囲を見渡し、事態を把握し、武器を取り――
――遅い。
突っ込んだ。
剣で斬る。
自分みたいな細腕でも、馬上で剣を振るえるほどに強化されている。そして剣自体も強化されて、折れるどころか刃こぼれ1つ見たことがない。
後ろに続く部下たちも無言で敵を屠っていく。
その力強さは心地よい。
伝え聞く里奈くんの力には及ぶまいが、あの力はオーバーキルでしかない。
これくらい剣が使えれば、軍では十分なのだ。
敵が逃げ始める。
派手な格好をしていたから斬ったが、おそらくそれが隊長格だったのだろう。
1万が潰走するのを追撃して、追い討ちに討った。途中にあった崖から落ちた敵も多いだろう。
こちらの被害はゼロ。傷を負ったとしても軽傷。
だから戦闘続行だ。
逃げる敵を途中で追い抜き、そのまま敵の本陣に真横から突入した。
すでに本隊は帝国の陣に攻めた後なのだろう。がらんとしていた。
だから居留守部隊を追い払い、陣を燃やした。
まだ止まらない。
味方の軍と対峙している敵本隊に後ろから突っ込んだ。
いよいよ戦闘開始という時に本陣を焼かれて動揺していたらしい。
そこに後方からの奇襲なのだから、もろいものだ。味方の軍と挟撃となり、勝負は一瞬でついた。
敵の本陣の旗が倒れる。
あとはもはや軍の体をなしていない敵をひたすらに討った。
踏みとどまろうとしているところがあったから、そこに突っ込んで蹴散らした。
それを3度ほどやると、全軍が潰走という形になった。
一部の兵が、高所に陣取って踏みとどまろうとする。
そこに兵が集まり1万ほどになった。
攻め込もうと思えば攻め込めたが、逆落としになるのでこちらにも犠牲が出ると見た。
それに、こんな混戦でもそこそこできる敵もいるのだと、褒めたい気分になったからそれは無視した。
結果、戦闘自体は1時間ほどで終わっただろう。
敵軍7万。死んだ者、捕虜となった者。生きて故郷に戻れたのは2万ほどか。
それほどの大勝利だったが、あまり喜びは湧かなかった。
愚かな将の下につけば、それだけ人は死ぬ。
そのことが何よりも悲しい。
本陣に戻ると、事後処理は前線の将軍とボージャンに任せて、軍服から動きやすい服に着替えると私は単騎で近くにある街へと入っていった。
そこは戦場からいくばくも離れていないのに、平和そのものだった。
帝国が勝つと信じているのか、それとも町の外はどうでもいいと思っているのか。分からない。どうでもよかった。
その街のはずれにある、一軒のさびれた家の前で馬を降りる。
訪いを入れると、中から声がした。
入る。
瞬間、咳き込んだ。
掃除がされていないのだろう、埃のせいでむせたのだ。
書物が山のようになって、足の踏み場もない。その奥、布団を敷いただけの簡素な居間に、男は寝転がって本を読んでいた。
「どうやら勝ったようだね」
本から目を離さず、寝転がったまま彼は聞いてきた。
本来なら行儀が悪いと咎めるところだったが、いつの間にかそんな気は失せていた。
「他愛のない相手だった。あれが前と同じ軍なのかと思ったほどだ」
「軍の質は指揮官による。『帝国不敗』と呼ばれる君なら言うまでもないか」
「まぁ、な。誰かさんが余計なことをしたから欲求不満だ」
「さぁ、なんのことやら」
敵の将軍が代わったのはこいつの謀略だろうが。
ふん、まぁいい。そういうことにしておいてやろう。
「それで? 今日はそれだけかな?」
「それもある。だが、もう一度言っておこうと思った。お前の話だ」
「またか」
「あぁ。そろそろお前も世に出てこい」
「お断りするよ。おっと気を悪くしないでほしい。これは僕の身勝手だよ」
「私は首都まで行く。それまでの兵糧を都合してもらいたい」
「首都? 撤退するのに兵糧が必要なのかい?」
「違う。ビンゴ王国の主都までだ」
ぴくり、と男が何かに反応した。
そして本を閉じ、ゆっくりと体を起こして初めてこちらを見る。
どうということのない優男だ。
だがその丸い眼鏡の中に見える鋭い眼光がタダ者ではないことを示している。
「……本気かい?」
その鋭い視線で聞いてくる。
「当然」
特に前もって計画していたことではなかった。
前の将軍が更迭され、あの最前線を容易く破れたからそう思っただけだ。
「ふぅ……ついに三国の均衡が破られる、か」
「あぁ。そういうことになる」
「…………」
男は何か考えるように、右手の人差し指でこめかみを何度も突っつく。
1分。2分。待った。けど答えはない。
5分。まだ迷っている。ならばもう1押し。
「頼む」
私が頭を下げたのによほど驚いたらしい。
男は目を丸くして、そして、ふぅ、と大きくため息をついた。
「……元帥閣下に頭を下げさせた、ということで良しとするか」
「では?」
「ああ、しょうがない。僕もそろそろ立とうか。隠棲の日々に飽きたところでもあるし」
「あぁ、それは喜ばしいことだ。歓迎しよう――椎葉達臣くん」
//////////////////////////////////////
3章完結…もうちょっとです。
ここまで読んでいただいて、大変ありがとうございます。
ラスボス的転生者に最強の転生者、そして真のライバル出現とようやく敵主要キャラが出揃いました。
(誰も覚えていないかもですが、椎葉達臣とは明彦や里奈の友人の彼です)
これから加熱する戦局にジャンヌがどう立ち向かうか、見守っていただけると幸いです。
いいねやお気に入りをいただけると励みになります。軽い気持ちでもいただけると嬉しく思いますので、どうぞよろしくお願いします。
ただそれが限界に達した時、自分では制御できない衝動が走ることを知っている。
今も、そうだった。
杏が言っていたオムカ王国のジャンヌ・ダルクという少女。
その面白そうな相手を、杏ごときに取られたのが悔しかった。
あぁ見えて杏は天才だ。それが鍛えた精鋭を連れて行くのだから、オムカは滅亡すると思った。
だから5千を率いて帝都から離れた。
帝都にいると、じっとしていられなくなって自国と戦争でも始めそうだったから。
帝国軍最後の要である、元帥府にいる私と杏が帝都を留守にする。
それは異常事態だが構わない。
私の旗下2万は残してあるし、杏お気に入りの尾田張人もいるというのだから攻められたとしてもなんとでもなるはずだ。
それで負けて滅びるなら、帝室もろとも滅びればいい。
そもそも国民の前で私が出ると告げたのは帝室の方だ。
ならば勝手にやらせてもらう。
進路は西にとった。
西には以前、そこそこやる相手がいたし、何より会っておきたい人物がいた。
その人物はもちろんプレイヤーで、煌夜が何度も招聘したものの首を縦に振らなかった男だ。
以前、私はその人物を私的に訪れ、そして私的に協力を取り付けた。
それほどの人物だと考えたからだ。
今頼んでいるのは、ビンゴ王国の内部かく乱。
去年の中頃から頼んでいるのだが、まぁ1年かそこらでは動かないだろうと見ていた。
だが――
「敵の将軍が変わった?」
対ビンゴ王国の最前線に陣を構えている将軍からその報告を聞いた時、軽く眉をひそめた。
どこかに陰謀の匂いを嗅いだからだ。
ともあれ前回、こちらを攻めに攻め、崩れるべきところを踏ん張ったあの将軍がいなくなったとなれば、代わりに来るのはそれ以上の戦上手かあるいは――
「敵軍7万。どうも、大攻勢の準備を進めているようです。敵の陣が大きく動いています」
副官のボージャンがそう告げてきた。
先行してこの陣には入っていたので、相手の動きを把握している。
「分かりやすいな。偽装か?」
「いえ、おそらく攻める気かと。一部、南の間道に軍を回しておりますので」
「あの間道を……? 数は?」
「1万です」
間道。それはこの防衛陣地の裏に出る狭い道だ。
もちろんそこを敵に攻められれば一大事なので、見張りは厳重にしている。それゆえに前の将軍は攻めてこなかったのだが、そこを通ろうとするならば……。
「どっちだと思う?」
副官のボージャンに聞く。
もちろん自分の中では答えは出ている。
「おそらく陽動かと。あれほどあからさまな戦準備は、奇襲部隊がたどり着くまでの偽装でしょう。まぁ、こちらにはバレてしまっているわけですが」
「違うな。その本隊も攻めてくるぞ。陽動にしては本陣の慌ただしさも、奇襲の兵も中途半端さすぎる」
確証はない。
けど、長年戦ってきた勘。そしてスキルがささやくのだ。
そしてそれは間違ったことはない。
「そもそも間道から奇襲を行うのであれば、1万の軍は中途半端すぎる。見つからないのを想定して動くならばそれ以下にすべきだし、見つかってもいいから強襲するのであれば2万か3万は持ってくるはずだ。そのどちらでもないのだから、何も考えてない証拠。それに本陣の大騒ぎを加えれば、とりあえず挟み撃ちにして大勝を狙おうという、功を焦った馬鹿の顔しか思い浮かばん」
「……お見それしました」
将軍が頭を下げる。
それが癇に障った。
「お前は敵を見ろ。すぐに敵が来るぞ。どうということのない敵だが、それゆえにそんな奴に負けることは許さん。ただちに迎撃の陣を敷け。私は出る」
「は、はっ! し、しかし元帥閣下はどこへ……」
「別動隊に当たる」
「て、敵は1万ですぞ!?」
「私がたった1万の敵に後れを取るとでも?」
凄んでみせたわけではないが、将軍が明らかに怯んだ。
なんだかそれ、私に対して失礼じゃないか?
「し、失礼をばいたしました!」
「いい。軍人は結果を出せば」
まぁいい。
こうやって尻を叩けばそれで最低限の戦果は出るだろう。
「では、出るぞ」
率いるのは5千の騎馬隊。
敵は倍。
だが負ける気はしない。
腰の引けた敵。そうスキルが告げている。
私のスキル『疾風怒濤』改め『抜山蓋世』。
あの転生の女神いわく『勤続5年ボーナス』による強化とかいうことだが、ふん、なかなかどうして。
陣地の背後に通る山道。
敵の本陣からかなり迂回路になるが、多少の高低差もあり、一部は崖になっているので大部隊が動くには適さない。だが1万はあまりに弱気だ。
駆け下りた。
山道をひたすらに疾駆する。
曲がりくねった細道を、1列縦隊で突き進んだ。
山道だがそれくらいの動きはできるよう、徹底的にしごいたからこれくらいはできる。
ボージャンは頼むから後ろにいてくれと懇願してくるが、それは断った。
何より私のスキルの発動条件がそれなのだ。
部隊の先頭にいる時、部隊数が少なければ少ないほど部隊を強化するというもの。
人馬問わず、脚力、持続力、筋力、肺活力、集中力、知力、俊敏力すべてを底上げする。
ただそれだけ。
それだけだが、戦場においては大いなるアドバンテージだ。
一般的な大人5人と小学生10人ならば、数で劣ろうとも基本大人が勝つ。
戦場でもそれは同様で、スキルで強化された精鋭なら倍の敵でも真っ向勝負で粉砕できる。しかも奇襲になるのだ。
だから、今はただ行く。
強化された馬の足は通常の5割増しの速度で移動し、かつ全速で走ってもいつもより長く走れる。
こんな悪路だろうと飛ぶように駆けるのだ。
敵。見つけた。
手で合図する。
一列縦隊から広がり鋒矢の陣へと陣形を変えた。
敵の方もこちらを発見したらしい。驚いたような顔をしているのが見える。
それから周囲を見渡し、事態を把握し、武器を取り――
――遅い。
突っ込んだ。
剣で斬る。
自分みたいな細腕でも、馬上で剣を振るえるほどに強化されている。そして剣自体も強化されて、折れるどころか刃こぼれ1つ見たことがない。
後ろに続く部下たちも無言で敵を屠っていく。
その力強さは心地よい。
伝え聞く里奈くんの力には及ぶまいが、あの力はオーバーキルでしかない。
これくらい剣が使えれば、軍では十分なのだ。
敵が逃げ始める。
派手な格好をしていたから斬ったが、おそらくそれが隊長格だったのだろう。
1万が潰走するのを追撃して、追い討ちに討った。途中にあった崖から落ちた敵も多いだろう。
こちらの被害はゼロ。傷を負ったとしても軽傷。
だから戦闘続行だ。
逃げる敵を途中で追い抜き、そのまま敵の本陣に真横から突入した。
すでに本隊は帝国の陣に攻めた後なのだろう。がらんとしていた。
だから居留守部隊を追い払い、陣を燃やした。
まだ止まらない。
味方の軍と対峙している敵本隊に後ろから突っ込んだ。
いよいよ戦闘開始という時に本陣を焼かれて動揺していたらしい。
そこに後方からの奇襲なのだから、もろいものだ。味方の軍と挟撃となり、勝負は一瞬でついた。
敵の本陣の旗が倒れる。
あとはもはや軍の体をなしていない敵をひたすらに討った。
踏みとどまろうとしているところがあったから、そこに突っ込んで蹴散らした。
それを3度ほどやると、全軍が潰走という形になった。
一部の兵が、高所に陣取って踏みとどまろうとする。
そこに兵が集まり1万ほどになった。
攻め込もうと思えば攻め込めたが、逆落としになるのでこちらにも犠牲が出ると見た。
それに、こんな混戦でもそこそこできる敵もいるのだと、褒めたい気分になったからそれは無視した。
結果、戦闘自体は1時間ほどで終わっただろう。
敵軍7万。死んだ者、捕虜となった者。生きて故郷に戻れたのは2万ほどか。
それほどの大勝利だったが、あまり喜びは湧かなかった。
愚かな将の下につけば、それだけ人は死ぬ。
そのことが何よりも悲しい。
本陣に戻ると、事後処理は前線の将軍とボージャンに任せて、軍服から動きやすい服に着替えると私は単騎で近くにある街へと入っていった。
そこは戦場からいくばくも離れていないのに、平和そのものだった。
帝国が勝つと信じているのか、それとも町の外はどうでもいいと思っているのか。分からない。どうでもよかった。
その街のはずれにある、一軒のさびれた家の前で馬を降りる。
訪いを入れると、中から声がした。
入る。
瞬間、咳き込んだ。
掃除がされていないのだろう、埃のせいでむせたのだ。
書物が山のようになって、足の踏み場もない。その奥、布団を敷いただけの簡素な居間に、男は寝転がって本を読んでいた。
「どうやら勝ったようだね」
本から目を離さず、寝転がったまま彼は聞いてきた。
本来なら行儀が悪いと咎めるところだったが、いつの間にかそんな気は失せていた。
「他愛のない相手だった。あれが前と同じ軍なのかと思ったほどだ」
「軍の質は指揮官による。『帝国不敗』と呼ばれる君なら言うまでもないか」
「まぁ、な。誰かさんが余計なことをしたから欲求不満だ」
「さぁ、なんのことやら」
敵の将軍が代わったのはこいつの謀略だろうが。
ふん、まぁいい。そういうことにしておいてやろう。
「それで? 今日はそれだけかな?」
「それもある。だが、もう一度言っておこうと思った。お前の話だ」
「またか」
「あぁ。そろそろお前も世に出てこい」
「お断りするよ。おっと気を悪くしないでほしい。これは僕の身勝手だよ」
「私は首都まで行く。それまでの兵糧を都合してもらいたい」
「首都? 撤退するのに兵糧が必要なのかい?」
「違う。ビンゴ王国の主都までだ」
ぴくり、と男が何かに反応した。
そして本を閉じ、ゆっくりと体を起こして初めてこちらを見る。
どうということのない優男だ。
だがその丸い眼鏡の中に見える鋭い眼光がタダ者ではないことを示している。
「……本気かい?」
その鋭い視線で聞いてくる。
「当然」
特に前もって計画していたことではなかった。
前の将軍が更迭され、あの最前線を容易く破れたからそう思っただけだ。
「ふぅ……ついに三国の均衡が破られる、か」
「あぁ。そういうことになる」
「…………」
男は何か考えるように、右手の人差し指でこめかみを何度も突っつく。
1分。2分。待った。けど答えはない。
5分。まだ迷っている。ならばもう1押し。
「頼む」
私が頭を下げたのによほど驚いたらしい。
男は目を丸くして、そして、ふぅ、と大きくため息をついた。
「……元帥閣下に頭を下げさせた、ということで良しとするか」
「では?」
「ああ、しょうがない。僕もそろそろ立とうか。隠棲の日々に飽きたところでもあるし」
「あぁ、それは喜ばしいことだ。歓迎しよう――椎葉達臣くん」
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3章完結…もうちょっとです。
ここまで読んでいただいて、大変ありがとうございます。
ラスボス的転生者に最強の転生者、そして真のライバル出現とようやく敵主要キャラが出揃いました。
(誰も覚えていないかもですが、椎葉達臣とは明彦や里奈の友人の彼です)
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「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
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幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜
霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……?
生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。
これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。
(小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)
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