276 / 627
第3章 帝都潜入作戦
第49話 対話
しおりを挟む
「くそ、ミストのやつ。里奈が目覚めてるなら、さっさと連絡くれればいいのに、あいつは。マネージャーか!」
いつまでも目を覚まさない里奈にヤキモキして、
目覚めたら目覚めたで体調とかにヤキモキして、
ようやく面会の日取りが決まってヤキモキする。
くそ、ミストに上手く転がされた気分だ。
けどそれも今日終わる。
仕事終わりに里奈のところに行けるようになったのだ。
ただその代わり、仕事は終日どこか上の空で、
「ジャンヌ様。なんだか、その……今日は、少しミスが目立つといいますか、何かあったのでしょうか」
「ん? あぁ、ごめんジーン。ちょっとぼーっとしてた」
「わ、私のことをジーンと……おお、ジャンヌ様が私のことを忘れてしまったのか……」
「あ、ごめんって! な、だから機嫌を直してくれ、リン」
「リン……ついにジャンヌ様は私の存在すら……しくしく」
うーん。
今日は無理に来ない方がよかったかな。なんかいらぬ犠牲者を出した気がした。
というわけで今日の分の仕事をイイ感じにテキトーに片づけると、おっとり刀で飛び出す。
目指すはミストの隠れ家の1つ。王都の外に出る必要があるから、必然的に今日はミストの家でお泊りだ。
まぁ、お泊りと言ってもミストもいるだろうし、3人で色々積もる話をすればあっという間だろう。
明日は非番だし! てか非番にしたし!
王都の門を出て、ミストに教えられた道を行く。
ミストはまだ王都内で商用があるとかで、先に行って会って良いと言われた。
だから馬で駆けて少し――1時間くらい早いけどまぁ誤差だろう。
言われた場所は、木製の一軒家のようでどうやらミストが私的に使っている家のようだ。
ノックする。
返事がない。
再びノック。
……返事がない?
留守か?
いや、鍵は……開いてる。
まさか――敵か!?
「里奈!」
ドアを開いて中へ。
ガチャン
音。
奥だ。
目的の部屋までずんずん進むと、そのままドアを開け放った。
「里奈!」
入る。部屋。
敵……いない?
というか部屋には1人だけ。
テーブルの前に座る、元気そうな里奈だけだ。
1年以上前。
元の世界で見た里奈と、ほとんど変わらない。
いや、顔かたちは変わっていないが、それ以上に大きな変化がある。
「ふぁ、ふぁひひほ……ふん?」
「里奈……?」
時間が止まった。
テーブルに座り、パンをほおばる里奈。
それ以外にもサラダやらお肉やらが乗ったお皿がいくつかテーブルに並んでいて、空になったお皿が里奈の目線の高さまで積み重なっていた。わんこそばか。
ふと時間が高速で流れ出したかのように、里奈は慌ててかじっていたパンを飲み込むと、水をぐびぐび、そして大きくため息。
そして、一気にまくしたてた。
「えっと、違うの。そうじゃなくて。や、約束の時間まで、あと1時間あるからちょっと小腹が空いたなって感じだったから……えっと……だから別に食いしん坊とかそういうわけじゃないからね! あ、あはははは……」
うん……そうだよな。
1時間も前に来るなんて空気読めってことだよな。
てか小腹ってレベルじゃないんだけど。大丈夫なのか?
「…………」
「…………」
「……………………」
「……………………」
「……………………は、恥ずかしい!」
里奈は顔を真っ赤にすると、食器を放り出して奥へと走り去ってしまった。
「いや、里奈! 俺が悪かった!」
慌てて里奈の後を追う。
家の中をぐるぐる回り、体力のない俺がなんとか捕まえた里奈を落ち着かせるのに30分かかった。
あぁ……なんかもっとドラマチックな出会いを期待してたのに。
なんだ、このグダグダ。
「前はこんなことなかったんだけど……なんだか今はよくお腹がすくようになったの。だからちょっと……」
「ちょっとの量じゃなかったけど」
「そうなの! だから私、太っちゃうんじゃないかって」
「いや、全然変わらないよ。里奈は、前も今も」
それは本心だったから言葉がすんなり出た。
言ってから、なんかとんでもないことを言ってしまったと思ったのは、里奈が顔を赤らめたのを見てからだ。
「え、えっと!? その……スキルは、もう大丈夫なのか?」
言ってから後悔した。
話の方向転換として最低の話題だった。
こういう時、対人スキルがないのが悔やまれる。
「うん……前はちょっと頭が痛かったけど。今はだいぶ平気かな」
「聞いたよ。なんか変な刀のせいだって」
あの女神からの情報がソースというのはいただけないが、この世界の仕組みについては何よりも詳しいのだから嘘はないだろう。
「そう、なんだか力が溢れてきて。それで…………あぁなっちゃうの」
なるほど。
その刀が何らかの作用を起こしてパラメータを倍にして、パラメータ100ボーナスを引き起こしているということか。
「パラメータ100ボーナス? ……そんなのがあったの」
「そうか、聞いてなかったのか」
「うん。あの女神さんとは、最初以外会ってないから」
「……あの野郎なんで俺のとこだけ」
「え? どうしたの?」
「いや、なんでもない。とにかくその刀。もうないんだろ? なら大丈夫じゃないのか?」
「それが……そうでもないの。あの刀はなくなったけど……分かるの。今も、私の中に呪いみたいな感じで、その力はあるって」
呪い、か。
媒体がなくても発生する呪い。
それが今も里奈を苦しめていると思うと、無力感に近い思いがある。
「……ごめんな。里奈がそんなに苦しんでるのに、俺は……」
「あ、明彦くんが謝ることない! これは、その……自分が蒔いた種だから」
「うん。それでも、だよ。こんなわけのわからない世界に来させられて、それで里奈が困ってるのに、里奈が苦しんでるのに、助けにいけなくて、ごめん」
「……うん。ありがと、明彦くん」
寂し気に笑う里奈。
その姿を見て、胸から想いが溢れる。
帝都で里奈と別れて、もしまた再会できたら絶対言おうと思っていたこと。
いつ切り出そうか迷っていたけど、それでも今なら言える気がした。
「里奈が何をしてきたとしても、俺は里奈を大事に思ってる。だから、たとえどれだけの人が里奈を恨もうとも、俺は里奈を信じてる。何があっても、里奈を守るから」
それは俺の覚悟。
そのためなら、今の地位も何もかもいらない。
そう思ってしまうほどの決意。
「…………いいの?」
「当たり前だろ、俺と里奈の仲だ」
「でも……私、人を殺しちゃったんだよ」
「それがどうした」
「いっぱい、いっぱい殺したんだよ?」
「俺だってそうだ」
「オムカの人に……恨まれてるよ?」
「関係ない。なんだったら俺が恨まれてやる」
「…………」
里奈はきょろきょろと視線を動かし、それでも一度こちらを見て、すぐに視線を下げ、それでもまたあげて俺を見る。
俺は、小さく頷いた。
すると里奈の瞳からぽろりと水が溢れ、
「うわああああああああ!」
大きな声で泣いた。
恥じも外聞もかなぐりすてて、俺にしがみつくようにして泣く。
きっと、辛かったんだろう。
こんな風に吐き出すこともできなかったんだろう。
理解してくれる人もいなかったに違いない。
だから俺は里奈が落ち着くまで、じっくり待った。
体で感じる里奈の重み、体温、吐息。
あの女神以外に神がいるのなら、こうやった時間をくれたことに感謝したい。
やがて里奈の嗚咽が収まり、そして顔をあげた。
「大丈夫か?」
「うん…………ごめんね」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった里奈は、チリ紙で顔を拭く。その間、俺はそっぽを向いて見ないふりをした。
「ちょっと、落ち着いた。大声を出すとストレス発散になるんだね」
「まぁ、そうだな」
「みっともないとこ、見せちゃったね」
「別に、いいだろ……これくらいなら、いつでも付き合ってやるし」
やべ、なんか今さらになって恥ずかしくなってきた。
なんでこんなこと言っちゃったんだろう。いや、里奈を元気にするため仕方ないとはいえ、キャラじゃないんだよなぁ。
「…………」
恥ずかしくなって里奈に顔を戻せない。
里奈も黙って沈黙が支配する。
「…………」
「…………」
「……………………」
「……………………ぎゅ」
包まれた。
暖かく、やわらかい中へ。
里奈の手が、俺の背中に回り、そのまま引き寄せられた。
石鹸のにおいが鼻腔をくすぐる。
つかの間、寝てしまおうかと思った。
それほどに心地よい。
――いや、いやいやいやいやいやいや!
正気を取り戻せ写楽明彦!
これは、この状況は、この構図は全力でまずい!
「里奈!?」
俺は全力で里奈の腕の中から離脱した。
「あ、いや、違うの! これは、その……妹だなって!?」
いや、全然意味が分からん。
抱きしめた理由が妹だから。
妹だったら抱きしめていいのか?
「え、えっと! 釈明させてもらいます!」
急に真面目ぶった様子で里奈は手を挙げてそう告げる。
「……えと、どうぞ」
「私には妹がいません」
「あぁ」
「明彦くんは今女の子です」
「うん?」
「だから私は抱きつきました」
「ちょっと待て!」
思わずツッコんでしまうほど、その三段論法はおかしい。
てかなに? その英会話の訳みたいな不自然な日本語。
「だ、だって! だって! しょうがないじゃん! 今の明彦くん可愛いんだもん。妹みたいで! それで照れてるんだもん。だから、そりゃぎゅっとしたくなっちゃうでしょ!」
「いや、だからそれとこれとは……」
「これもそれも可愛くなった明彦くんのせいだから!」
なぜゆえに……。
全然意味が分からないけど、なんかだからこれ――
「ぷっ……」
それからは発作的だった。
笑った。
大声で。
腹がよじれるくらいに。
里奈も笑っていた。
お腹に手を当てて笑っていた。
ありのままの、里奈の素顔を見た気がした。
ありのままの、俺の心を見せた気がした。
そう、なんだか普通の友達――大学生活に戻ったみたいだった。
あるいは起こりえなかったかもしれない光景。
ここまで里奈と抵抗なく話せたのは初めてだったから。
この世界がなければ、俺が女の姿じゃなければ、俺は里奈とここまで自由に喋ることはなかったかもしれない。
「こういうことならこの格好も、あの女神に感謝するしかないか。すごい癪だけど」
「うん、そうだね。でも……本当よくできてるね。髪の毛もさらさらだし。てかこの金色、地毛? うわー、羨ましいー。本当に女の子見たい。む、ふわふわ」
里奈が俺の髪、頬、唇と触れてくる。
女同士ということで、里奈に抵抗感はないのだろうけど、俺としては違和感ありまくりで心臓バクバクだった。
なんかマリアとかニーアに触られるより変な気分になる。
さらには里奈の手が胸元にまで伸びてきた。
さすがに俺は耐えきれなくなって、話を別に振ろうとして――
「も、もういいだろ。別に変わらないって。ちょっと里奈よりも大きいかも――あ」
失敗した。
横目で里奈を見れば、顔を真っ赤にして、ふるふると震えて、
「明彦くんの馬鹿ぁ!」
ビンタが飛んできた。
なんで俺が悪いんだよ……。いや、悪かったけどさ!
そんなわけで、俺の里奈との再会はなんともしまらない感じで終わった。
夕方にはミストが帰ってきて、3人のプレイヤーで団らんを飾る。
まさに平和だ。
ここにオムカの将来への心配や、帝国への恨みも何もない。
ジャンヌ・ダルクじゃない、写楽明彦という一個人でしかなかった。
ふと思ってしまう。
もう、これでいいんじゃないか。
俺はここでいい。
里奈といられればそれでいい。
そう……思ってしまった。
//////////////////////////////////////
3章完結…いよいよ間近です。
改めてここまで読んでいただいて、本当にありがとうございます。
ようやく明彦と里奈が再会できました。
しかし彼らを取り巻く状況は2人が平和に暮らすことを許しません。
この後、徐々に(色々な意味で)壊れていく里奈と、それに振り回される明彦2人の関係を応援していただければと思います。
いいねやお気に入りをいただけると励みになります。軽い気持ちでもいただけると嬉しく思いますので、どうぞよろしくお願いします。
いつまでも目を覚まさない里奈にヤキモキして、
目覚めたら目覚めたで体調とかにヤキモキして、
ようやく面会の日取りが決まってヤキモキする。
くそ、ミストに上手く転がされた気分だ。
けどそれも今日終わる。
仕事終わりに里奈のところに行けるようになったのだ。
ただその代わり、仕事は終日どこか上の空で、
「ジャンヌ様。なんだか、その……今日は、少しミスが目立つといいますか、何かあったのでしょうか」
「ん? あぁ、ごめんジーン。ちょっとぼーっとしてた」
「わ、私のことをジーンと……おお、ジャンヌ様が私のことを忘れてしまったのか……」
「あ、ごめんって! な、だから機嫌を直してくれ、リン」
「リン……ついにジャンヌ様は私の存在すら……しくしく」
うーん。
今日は無理に来ない方がよかったかな。なんかいらぬ犠牲者を出した気がした。
というわけで今日の分の仕事をイイ感じにテキトーに片づけると、おっとり刀で飛び出す。
目指すはミストの隠れ家の1つ。王都の外に出る必要があるから、必然的に今日はミストの家でお泊りだ。
まぁ、お泊りと言ってもミストもいるだろうし、3人で色々積もる話をすればあっという間だろう。
明日は非番だし! てか非番にしたし!
王都の門を出て、ミストに教えられた道を行く。
ミストはまだ王都内で商用があるとかで、先に行って会って良いと言われた。
だから馬で駆けて少し――1時間くらい早いけどまぁ誤差だろう。
言われた場所は、木製の一軒家のようでどうやらミストが私的に使っている家のようだ。
ノックする。
返事がない。
再びノック。
……返事がない?
留守か?
いや、鍵は……開いてる。
まさか――敵か!?
「里奈!」
ドアを開いて中へ。
ガチャン
音。
奥だ。
目的の部屋までずんずん進むと、そのままドアを開け放った。
「里奈!」
入る。部屋。
敵……いない?
というか部屋には1人だけ。
テーブルの前に座る、元気そうな里奈だけだ。
1年以上前。
元の世界で見た里奈と、ほとんど変わらない。
いや、顔かたちは変わっていないが、それ以上に大きな変化がある。
「ふぁ、ふぁひひほ……ふん?」
「里奈……?」
時間が止まった。
テーブルに座り、パンをほおばる里奈。
それ以外にもサラダやらお肉やらが乗ったお皿がいくつかテーブルに並んでいて、空になったお皿が里奈の目線の高さまで積み重なっていた。わんこそばか。
ふと時間が高速で流れ出したかのように、里奈は慌ててかじっていたパンを飲み込むと、水をぐびぐび、そして大きくため息。
そして、一気にまくしたてた。
「えっと、違うの。そうじゃなくて。や、約束の時間まで、あと1時間あるからちょっと小腹が空いたなって感じだったから……えっと……だから別に食いしん坊とかそういうわけじゃないからね! あ、あはははは……」
うん……そうだよな。
1時間も前に来るなんて空気読めってことだよな。
てか小腹ってレベルじゃないんだけど。大丈夫なのか?
「…………」
「…………」
「……………………」
「……………………」
「……………………は、恥ずかしい!」
里奈は顔を真っ赤にすると、食器を放り出して奥へと走り去ってしまった。
「いや、里奈! 俺が悪かった!」
慌てて里奈の後を追う。
家の中をぐるぐる回り、体力のない俺がなんとか捕まえた里奈を落ち着かせるのに30分かかった。
あぁ……なんかもっとドラマチックな出会いを期待してたのに。
なんだ、このグダグダ。
「前はこんなことなかったんだけど……なんだか今はよくお腹がすくようになったの。だからちょっと……」
「ちょっとの量じゃなかったけど」
「そうなの! だから私、太っちゃうんじゃないかって」
「いや、全然変わらないよ。里奈は、前も今も」
それは本心だったから言葉がすんなり出た。
言ってから、なんかとんでもないことを言ってしまったと思ったのは、里奈が顔を赤らめたのを見てからだ。
「え、えっと!? その……スキルは、もう大丈夫なのか?」
言ってから後悔した。
話の方向転換として最低の話題だった。
こういう時、対人スキルがないのが悔やまれる。
「うん……前はちょっと頭が痛かったけど。今はだいぶ平気かな」
「聞いたよ。なんか変な刀のせいだって」
あの女神からの情報がソースというのはいただけないが、この世界の仕組みについては何よりも詳しいのだから嘘はないだろう。
「そう、なんだか力が溢れてきて。それで…………あぁなっちゃうの」
なるほど。
その刀が何らかの作用を起こしてパラメータを倍にして、パラメータ100ボーナスを引き起こしているということか。
「パラメータ100ボーナス? ……そんなのがあったの」
「そうか、聞いてなかったのか」
「うん。あの女神さんとは、最初以外会ってないから」
「……あの野郎なんで俺のとこだけ」
「え? どうしたの?」
「いや、なんでもない。とにかくその刀。もうないんだろ? なら大丈夫じゃないのか?」
「それが……そうでもないの。あの刀はなくなったけど……分かるの。今も、私の中に呪いみたいな感じで、その力はあるって」
呪い、か。
媒体がなくても発生する呪い。
それが今も里奈を苦しめていると思うと、無力感に近い思いがある。
「……ごめんな。里奈がそんなに苦しんでるのに、俺は……」
「あ、明彦くんが謝ることない! これは、その……自分が蒔いた種だから」
「うん。それでも、だよ。こんなわけのわからない世界に来させられて、それで里奈が困ってるのに、里奈が苦しんでるのに、助けにいけなくて、ごめん」
「……うん。ありがと、明彦くん」
寂し気に笑う里奈。
その姿を見て、胸から想いが溢れる。
帝都で里奈と別れて、もしまた再会できたら絶対言おうと思っていたこと。
いつ切り出そうか迷っていたけど、それでも今なら言える気がした。
「里奈が何をしてきたとしても、俺は里奈を大事に思ってる。だから、たとえどれだけの人が里奈を恨もうとも、俺は里奈を信じてる。何があっても、里奈を守るから」
それは俺の覚悟。
そのためなら、今の地位も何もかもいらない。
そう思ってしまうほどの決意。
「…………いいの?」
「当たり前だろ、俺と里奈の仲だ」
「でも……私、人を殺しちゃったんだよ」
「それがどうした」
「いっぱい、いっぱい殺したんだよ?」
「俺だってそうだ」
「オムカの人に……恨まれてるよ?」
「関係ない。なんだったら俺が恨まれてやる」
「…………」
里奈はきょろきょろと視線を動かし、それでも一度こちらを見て、すぐに視線を下げ、それでもまたあげて俺を見る。
俺は、小さく頷いた。
すると里奈の瞳からぽろりと水が溢れ、
「うわああああああああ!」
大きな声で泣いた。
恥じも外聞もかなぐりすてて、俺にしがみつくようにして泣く。
きっと、辛かったんだろう。
こんな風に吐き出すこともできなかったんだろう。
理解してくれる人もいなかったに違いない。
だから俺は里奈が落ち着くまで、じっくり待った。
体で感じる里奈の重み、体温、吐息。
あの女神以外に神がいるのなら、こうやった時間をくれたことに感謝したい。
やがて里奈の嗚咽が収まり、そして顔をあげた。
「大丈夫か?」
「うん…………ごめんね」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった里奈は、チリ紙で顔を拭く。その間、俺はそっぽを向いて見ないふりをした。
「ちょっと、落ち着いた。大声を出すとストレス発散になるんだね」
「まぁ、そうだな」
「みっともないとこ、見せちゃったね」
「別に、いいだろ……これくらいなら、いつでも付き合ってやるし」
やべ、なんか今さらになって恥ずかしくなってきた。
なんでこんなこと言っちゃったんだろう。いや、里奈を元気にするため仕方ないとはいえ、キャラじゃないんだよなぁ。
「…………」
恥ずかしくなって里奈に顔を戻せない。
里奈も黙って沈黙が支配する。
「…………」
「…………」
「……………………」
「……………………ぎゅ」
包まれた。
暖かく、やわらかい中へ。
里奈の手が、俺の背中に回り、そのまま引き寄せられた。
石鹸のにおいが鼻腔をくすぐる。
つかの間、寝てしまおうかと思った。
それほどに心地よい。
――いや、いやいやいやいやいやいや!
正気を取り戻せ写楽明彦!
これは、この状況は、この構図は全力でまずい!
「里奈!?」
俺は全力で里奈の腕の中から離脱した。
「あ、いや、違うの! これは、その……妹だなって!?」
いや、全然意味が分からん。
抱きしめた理由が妹だから。
妹だったら抱きしめていいのか?
「え、えっと! 釈明させてもらいます!」
急に真面目ぶった様子で里奈は手を挙げてそう告げる。
「……えと、どうぞ」
「私には妹がいません」
「あぁ」
「明彦くんは今女の子です」
「うん?」
「だから私は抱きつきました」
「ちょっと待て!」
思わずツッコんでしまうほど、その三段論法はおかしい。
てかなに? その英会話の訳みたいな不自然な日本語。
「だ、だって! だって! しょうがないじゃん! 今の明彦くん可愛いんだもん。妹みたいで! それで照れてるんだもん。だから、そりゃぎゅっとしたくなっちゃうでしょ!」
「いや、だからそれとこれとは……」
「これもそれも可愛くなった明彦くんのせいだから!」
なぜゆえに……。
全然意味が分からないけど、なんかだからこれ――
「ぷっ……」
それからは発作的だった。
笑った。
大声で。
腹がよじれるくらいに。
里奈も笑っていた。
お腹に手を当てて笑っていた。
ありのままの、里奈の素顔を見た気がした。
ありのままの、俺の心を見せた気がした。
そう、なんだか普通の友達――大学生活に戻ったみたいだった。
あるいは起こりえなかったかもしれない光景。
ここまで里奈と抵抗なく話せたのは初めてだったから。
この世界がなければ、俺が女の姿じゃなければ、俺は里奈とここまで自由に喋ることはなかったかもしれない。
「こういうことならこの格好も、あの女神に感謝するしかないか。すごい癪だけど」
「うん、そうだね。でも……本当よくできてるね。髪の毛もさらさらだし。てかこの金色、地毛? うわー、羨ましいー。本当に女の子見たい。む、ふわふわ」
里奈が俺の髪、頬、唇と触れてくる。
女同士ということで、里奈に抵抗感はないのだろうけど、俺としては違和感ありまくりで心臓バクバクだった。
なんかマリアとかニーアに触られるより変な気分になる。
さらには里奈の手が胸元にまで伸びてきた。
さすがに俺は耐えきれなくなって、話を別に振ろうとして――
「も、もういいだろ。別に変わらないって。ちょっと里奈よりも大きいかも――あ」
失敗した。
横目で里奈を見れば、顔を真っ赤にして、ふるふると震えて、
「明彦くんの馬鹿ぁ!」
ビンタが飛んできた。
なんで俺が悪いんだよ……。いや、悪かったけどさ!
そんなわけで、俺の里奈との再会はなんともしまらない感じで終わった。
夕方にはミストが帰ってきて、3人のプレイヤーで団らんを飾る。
まさに平和だ。
ここにオムカの将来への心配や、帝国への恨みも何もない。
ジャンヌ・ダルクじゃない、写楽明彦という一個人でしかなかった。
ふと思ってしまう。
もう、これでいいんじゃないか。
俺はここでいい。
里奈といられればそれでいい。
そう……思ってしまった。
//////////////////////////////////////
3章完結…いよいよ間近です。
改めてここまで読んでいただいて、本当にありがとうございます。
ようやく明彦と里奈が再会できました。
しかし彼らを取り巻く状況は2人が平和に暮らすことを許しません。
この後、徐々に(色々な意味で)壊れていく里奈と、それに振り回される明彦2人の関係を応援していただければと思います。
いいねやお気に入りをいただけると励みになります。軽い気持ちでもいただけると嬉しく思いますので、どうぞよろしくお願いします。
0
あなたにおすすめの小説
異世界亜人熟女ハーレム製作者
†真・筋坊主 しんなるきんちゃん†
ファンタジー
異世界転生して亜人の熟女ハーレムを作る話です
【注意】この作品は全てフィクションであり実在、歴史上の人物、場所、概念とは異なります。
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
レベルアップは異世界がおすすめ!
まったりー
ファンタジー
レベルの上がらない世界にダンジョンが出現し、誰もが装備や技術を鍛えて攻略していました。
そんな中、異世界ではレベルが上がることを記憶で知っていた主人公は、手芸スキルと言う生産スキルで異世界に行ける手段を作り、自分たちだけレベルを上げてダンジョンに挑むお話です。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
スキルで最強神を召喚して、無双してしまうんだが〜パーティーを追放された勇者は、召喚した神達と共に無双する。神達が強すぎて困ってます〜
東雲ハヤブサ
ファンタジー
勇者に選ばれたライ・サーベルズは、他にも選ばれた五人の勇者とパーティーを組んでいた。
ところが、勇者達の実略は凄まじく、ライでは到底敵う相手ではなかった。
「おい雑魚、これを持っていけ」
ライがそう言われるのは日常茶飯事であり、荷物持ちや雑用などをさせられる始末だ。
ある日、洞窟に六人でいると、ライがきっかけで他の勇者の怒りを買ってしまう。
怒りが頂点に達した他の勇者は、胸ぐらを掴まれた後壁に投げつけた。
いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。
だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。
ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。
勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。
自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。
今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。
だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。
その時だった。
目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。
その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。
ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。
そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。
これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。
※小説家になろうにて掲載中
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる