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第4章 ジャンヌの西進
第49話 崩壊への序曲
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結局、生き残ったのは女子供を中心に100名ほどしかいなかった。
留守居の兵も含めると1千人近い人が犠牲になったことに、憤りを感じずにはいられない。
里奈、竜胆、愛良らは無事だった。
だが喜志田はどこへ行ったか分からない。捜索したが見つからなかった。
ただ死体もないし、殺されたといった報告もないからとりあえず捨て置いた。
いずれひょっこり帰ってくるだろう。
夜が明けると村を焼いた炎はほぼ鎮まり、死者の埋葬もほどなく終わった。
後に残ったのはわずかな生存者と、荒廃した村。
ヴィレスと相談して、別のところに移り住む者は援助金を渡して解放、それ以外の者は共に山を降りることになる。
結果、ほぼ全員が共に山を降りることになった。当然だろう。年寄りや怪我した人は即席の担架で運び、敵襲を警戒しながら戻ったため、元の砦に帰ってくるまで日数がかかった。
ともあれ、村の救援作戦は成功とも失敗とも言いづらい結果に終わった。
良かった点を1つ挙げるとすれば、軍略的にはあの村についてを今後、心配しなくて良いという点は不幸中の幸いか。
いや、分かってる。失われたものに比べて、それのなんと小さなことかということは。
だがそれ以上の難題が俺に降りかかってきた。
「だから! 全軍で川を渡れば問題ない!」
「守りはどうすんだよ! 砦9つ、全部空にする気か!?」
「攻撃こそ最大の防御! 相手を受けに回せばそんな暇はないでしょう!」
「相手の方が数は多いんだぞ! 5千でもこっちに回されたら、俺たちに帰る場所はなくなる!」
「そうなる前に決着をつければ問題ありません」
「だからって! そんな無茶は許容できない!」
「ならオムカには留守番願いたい。たった500で、変わる戦局じゃありませんからね」
「それにこれは兵たちの総意です。貴女に彼らが抑えられますか?」
食って掛かって来たのは、ヴィレスとセンド、そしてクロスらビンゴの将たちだ。
彼らは怒りをあらわにして、総攻撃を主張してくる。帝国にやられたことをやりかえさんと、かっかと燃え上がっているのだ。
女神の高笑いが聞こえてきそうだ。
あいつが言ってたのはこのことか。
あれだけ同胞の村がひどい目に遭わされたんだ。
同じ国民のビンゴ軍だけでなく、義憤にかられたオムカの将兵も「帝国許すまじ」の機運が高まっているのは頭が痛い。
正直、俺だって許せない気持ちはある。
だけど、マールに言ったようにお互い様なのだ。
俺だって帝国の人間を数万人、殺している。彼らの家族や友人からすれば「ジャンヌ許すまじ」ということになるだろう。
だからこそ、他の皆よりは若干物事を俯瞰して見ていられたのだが……。
状況は俺が想像していたよりはるかに悪い。
最初、俺はこの村への攻撃は囮で、慌てて巣穴から出てきた俺たちを伏兵で壊滅させるだけの策だと思った。
けど無理をしてでも実際に村を潰したのだから、それ以上のリターンを考えたのだろう。
それがこの状況。
誰もが怒りに燃え、すぐにでも川を渡ろうという空気になっている。
もし俺が帝国軍だとしたら、この状況はもろ手を挙げて歓迎するだろう。
猪突してくる敵は怖くない。闘牛士のように、突っ込んできたところをひらりとかわし、罠に嵌めることができるだからだ。
例えば砦の攻防でわざと負けて、俺たちが砦に入ったところを爆弾で吹き飛ばせば、一網打尽でケリがつく。
しかも内通者の存在がある。
本拠地の村の場所が簡単に分かったのを鑑みると、それはもう確定だ。なぜあのタイミングでピンポイントで村を襲えたのか。それには内通者が手引きしたと考えるのが一番自然だった。
次点でスキルの可能性もあるが、あまりに限定的すぎるし、タイミング的な問題もあるから違うだろう。
この機運、そして内通者。
何度考えてもこの状況はかなり辛い。一刻も早く、皆を落ち着かせてせめて膠着状態に戻さなければ敗北は決定的なものになる。
そしてその敗北はオムカの滅亡に直結するのだ。
くそ、こういう時に喜志田がいてくれればいいのに。
あいつ、なんでこういう時に消えるんだよ。本当に死んでなんかいないよな。大丈夫だよな。
結局その日の議論も喧々諤々のまま物別れに終わった。
「どうすんだ、ジャンヌちゃん。このままじゃ、色々やべーだろ」
作戦会議室となっている小屋を出ると、サカキが聞いてきた。
「正直、俺も分からないことはないんだよな。あいつらの言ってること。あんな光景見せられちゃ、誰だってそうなる」
「分かってる。分かってるさ。けど……」
それでも、安直に頷くわけにはいかない。
一時の感情に身を任せれば、その先に待っているのは破滅という二文字。
この場にいる1万以上の命。そしてビンゴ領に住む何十万人という人間。
そしてオムカの人たちのことを思うと、そう簡単に決断はできない。
空を見上げる。
夕暮れに染まる空が、砦の枠に切り取られたように見える。
「少し、考えさせてくれ」
「ジャンヌちゃん……」
何か言いたげなサカキを振り切って、俺は砦を出た。
正直、自信を失いかけていたところがある。
村を守れなかったこともそうだが、この展開を読み切れなかったことが俺の自信を傷つけていた。
いや、元から自信なんて大層なものはなかった。
それでも、オムカがここまで成長できたことに、多少なりとも貢献できた自負はあるし、失敗はありながらも生き延びてこれたことに手ごたえは感じていた。
それが、今揺らぎ、崩れている。
だから頭を冷やす意味で、少し独りになりたかったのだろう。
出たのが西門だったので、そのまま少し歩けばゾイ川に出る。
対岸の見張りもいるが、500メートル近い川幅を持つ南北に長いこの大河の前には人などほぼいないも同然。
だから独り、夕焼けを見ながら気分転換でも。そう思ったのだが、夕陽が川面を照らすそこには先客がいた。
そしてそれは今の俺には困った相手で……。
「ん……明彦くん?」
「り、里奈……」
「どうしたの? 明彦くんも夕涼み?」
そう言いながら体育座りで川面を眺める里奈。
いつも通りに思える彼女に、俺は正直どう対応したらいいか分からない。
未だに彼女を見ると鼓動が激しくなって、何を言っていいか分からなくなるのだ。
それほどあのキスは衝撃的で、電撃的で、破壊的だった。
「ここ、座る?」
「あ、ああ」
それなのに里奈は普通にふるまっている。
こうして近くに寄るだけでも卒倒しそうなほど緊張してるのに、なんで里奈はそんな自然にしてられるんだ。
もしかして俺が気にしすぎなのか? 里奈の家ではアメリカンで、キスなんて挨拶くらいのものでしかないのか? あるいは俺にとってはファーストだったけど、里奈にとってはそうじゃなかったとか? あるいはあるいは。今の俺の姿からして、女友達にしか思っていないのか? それ以前に、例の妹くらいにしか思ってなかったとか?
あぁ、もうくそ! わけが分からない!
何が知力99だ。こんな問題にも解決が見えやしない。
「大丈夫? 疲れてない?」
「お、おお……」
「私にはよくわからないけど、大変なんでしょう?」
「まぁ、な」
「難しいね、色んな人がいるから」
「そうだな」
駄目だ。
頭が固まって単語でしか返せない。
今、顔が真っ赤になってないか? 夕陽でバレてないよな?
てかどうも気を使われてるみたいで、居心地が悪い。
だから話を変える意味で、彼女のことを聞いてみた。
「り、里奈は……なんで、ここに?」
その問いは、里奈を少し驚かせたようだ。
息を呑む音がして、少しの間をあけてから、寂しく笑うようにして呟く。
「私には……ここには居場所がないから」
途端、なんてデリカシーのないことを聞いたのだと悔やんだ。
暴かれた里奈の正体。あの場は収まったとはいえ、誰もが今までのまま普通に対応できるはずがないのだ。
俺の隊の皆はザインや仲間を殺されたことを恨み、ビンゴ兵は過去の戦闘に加え今回の虐殺を見て敵視している。
この場所に、里奈の居場所がないといっても否定はできない。
なのに、俺ときたら……。
「ご、ごめん里奈。そんな状況、俺は全然気づかなくって」
「いいんだよ、明彦くんが謝らなくても。私の蒔いた種だから」
「いや、違うんだ。里奈がそんな状況なのに、俺は……その……」
口にするのももどかしく、恥ずかしい。
けど、今の彼女には隠し事はしたくなかった。
世界に居場所がなく、誰も味方になってくれない孤独な状況。
少なくとも俺は違うと、その真心を届けたいと思ったから。
「里奈を、ちょっと……避けてた。その……あの時の…………なんだ、き……キスが…………なんつーか」
言えた。
それだけで汗まみれになっていた。
だが、その努力は報われることになった。
違う意味で。
「あはははっ!」
わ、笑われた!?
俺、そんな酷い事言ってたか? てか変だったのか?
ますます恥ずかしくなっていたたまれなくなる。
だが、里奈はくすくすと笑みを浮かべながらも、どこか嬉し気にこちらを見てこう言った。
「そっか、明彦くん“も”そうだったんだ」
「え、いやその……ん? も?」
「正直言うとね。なんで自分もあんなことしちゃったんだろうって。でも、なんか明彦くんを見てたら、ああしてた」
「そ、そうか……」
「でもね、後になって顔から火がでるくらい恥ずかしくて……それで、あの日は結局寝れなくてね。でも、頑張ってる明彦くん見てたら、それじゃ駄目だって思ったの。こんなに小さいのに、あんな大人たち相手に戦って、従えて、指導して。だから私ね。明彦くんの支えになるよう、恥ずかしいのを我慢して接しようって思ったんだ」
里奈が手を伸ばして俺の頭を撫でてくる。
それが無性に恥ずかしくて、でも払いのける手は持っていなくて、川原に顔を背けるしか逃げ場はなかった。
「ち、ちっこいは余計だろ」
「うふふ、本当可愛いなぁ。本当にお姉ちゃんになったみたい」
里奈の細い指が俺の髪にからみついてくる。
けどこの指がどれだけの死を量産したのか。そう思うと、どこかやるせない気分になる。
その指が髪から耳に伸び、頬を伝うとその頬をつんつんと突いてくる。
「り、里奈……」
「うふふー、明彦くんのほっぺたぷにぷに」
里奈がにこやかにほっぺたをつつく。
なんだこれ。凄い恥ずかしいぞ。
「ふふふーん……」
と、その里奈の指がさらに下へ。顎の先から喉元。それにゾクリとするものの、さらにその下に行き、
「り、里奈!?」
まさかの胸にソフトタッチ。というかがっつり来たのを、とっさに身を引いて回避。
少し物足りないように口をすぼめた里奈は、
「明彦くん、許せない」
「な、なにが!?」
「大きいもん」
「そ、それは……」
いや、それを俺に言われても……。
「冗談だよ」
くすり、と笑う。
本当に冗談だったのか。
ただそれ以上、深入りするのは怖かった。
それから沈黙が下りる。
それでもどこか心のわだかまりが解けたようで、ついこんなことも聞いてしまった。
「あの、さ。その、聞くけど。あの…………き、キスは。どのキス、だったんだ? 写楽明彦としての男の俺に対してなのか。ジャンヌ・ダルクという女の俺に対してなのか。それとも……その妹に対してなのか」
それは好奇心。だけど俺にとっては切実な問い。
それを里奈は「んー」と少し物憂げに首をかしげると、
「ひみつ」
そう言って微笑んだ。
あぁ、もう馬鹿だな俺は。
この答えが来るだろうと分かってたのに。
逆にどの答えなら満足だったんだって話だ。まったく。
留守居の兵も含めると1千人近い人が犠牲になったことに、憤りを感じずにはいられない。
里奈、竜胆、愛良らは無事だった。
だが喜志田はどこへ行ったか分からない。捜索したが見つからなかった。
ただ死体もないし、殺されたといった報告もないからとりあえず捨て置いた。
いずれひょっこり帰ってくるだろう。
夜が明けると村を焼いた炎はほぼ鎮まり、死者の埋葬もほどなく終わった。
後に残ったのはわずかな生存者と、荒廃した村。
ヴィレスと相談して、別のところに移り住む者は援助金を渡して解放、それ以外の者は共に山を降りることになる。
結果、ほぼ全員が共に山を降りることになった。当然だろう。年寄りや怪我した人は即席の担架で運び、敵襲を警戒しながら戻ったため、元の砦に帰ってくるまで日数がかかった。
ともあれ、村の救援作戦は成功とも失敗とも言いづらい結果に終わった。
良かった点を1つ挙げるとすれば、軍略的にはあの村についてを今後、心配しなくて良いという点は不幸中の幸いか。
いや、分かってる。失われたものに比べて、それのなんと小さなことかということは。
だがそれ以上の難題が俺に降りかかってきた。
「だから! 全軍で川を渡れば問題ない!」
「守りはどうすんだよ! 砦9つ、全部空にする気か!?」
「攻撃こそ最大の防御! 相手を受けに回せばそんな暇はないでしょう!」
「相手の方が数は多いんだぞ! 5千でもこっちに回されたら、俺たちに帰る場所はなくなる!」
「そうなる前に決着をつければ問題ありません」
「だからって! そんな無茶は許容できない!」
「ならオムカには留守番願いたい。たった500で、変わる戦局じゃありませんからね」
「それにこれは兵たちの総意です。貴女に彼らが抑えられますか?」
食って掛かって来たのは、ヴィレスとセンド、そしてクロスらビンゴの将たちだ。
彼らは怒りをあらわにして、総攻撃を主張してくる。帝国にやられたことをやりかえさんと、かっかと燃え上がっているのだ。
女神の高笑いが聞こえてきそうだ。
あいつが言ってたのはこのことか。
あれだけ同胞の村がひどい目に遭わされたんだ。
同じ国民のビンゴ軍だけでなく、義憤にかられたオムカの将兵も「帝国許すまじ」の機運が高まっているのは頭が痛い。
正直、俺だって許せない気持ちはある。
だけど、マールに言ったようにお互い様なのだ。
俺だって帝国の人間を数万人、殺している。彼らの家族や友人からすれば「ジャンヌ許すまじ」ということになるだろう。
だからこそ、他の皆よりは若干物事を俯瞰して見ていられたのだが……。
状況は俺が想像していたよりはるかに悪い。
最初、俺はこの村への攻撃は囮で、慌てて巣穴から出てきた俺たちを伏兵で壊滅させるだけの策だと思った。
けど無理をしてでも実際に村を潰したのだから、それ以上のリターンを考えたのだろう。
それがこの状況。
誰もが怒りに燃え、すぐにでも川を渡ろうという空気になっている。
もし俺が帝国軍だとしたら、この状況はもろ手を挙げて歓迎するだろう。
猪突してくる敵は怖くない。闘牛士のように、突っ込んできたところをひらりとかわし、罠に嵌めることができるだからだ。
例えば砦の攻防でわざと負けて、俺たちが砦に入ったところを爆弾で吹き飛ばせば、一網打尽でケリがつく。
しかも内通者の存在がある。
本拠地の村の場所が簡単に分かったのを鑑みると、それはもう確定だ。なぜあのタイミングでピンポイントで村を襲えたのか。それには内通者が手引きしたと考えるのが一番自然だった。
次点でスキルの可能性もあるが、あまりに限定的すぎるし、タイミング的な問題もあるから違うだろう。
この機運、そして内通者。
何度考えてもこの状況はかなり辛い。一刻も早く、皆を落ち着かせてせめて膠着状態に戻さなければ敗北は決定的なものになる。
そしてその敗北はオムカの滅亡に直結するのだ。
くそ、こういう時に喜志田がいてくれればいいのに。
あいつ、なんでこういう時に消えるんだよ。本当に死んでなんかいないよな。大丈夫だよな。
結局その日の議論も喧々諤々のまま物別れに終わった。
「どうすんだ、ジャンヌちゃん。このままじゃ、色々やべーだろ」
作戦会議室となっている小屋を出ると、サカキが聞いてきた。
「正直、俺も分からないことはないんだよな。あいつらの言ってること。あんな光景見せられちゃ、誰だってそうなる」
「分かってる。分かってるさ。けど……」
それでも、安直に頷くわけにはいかない。
一時の感情に身を任せれば、その先に待っているのは破滅という二文字。
この場にいる1万以上の命。そしてビンゴ領に住む何十万人という人間。
そしてオムカの人たちのことを思うと、そう簡単に決断はできない。
空を見上げる。
夕暮れに染まる空が、砦の枠に切り取られたように見える。
「少し、考えさせてくれ」
「ジャンヌちゃん……」
何か言いたげなサカキを振り切って、俺は砦を出た。
正直、自信を失いかけていたところがある。
村を守れなかったこともそうだが、この展開を読み切れなかったことが俺の自信を傷つけていた。
いや、元から自信なんて大層なものはなかった。
それでも、オムカがここまで成長できたことに、多少なりとも貢献できた自負はあるし、失敗はありながらも生き延びてこれたことに手ごたえは感じていた。
それが、今揺らぎ、崩れている。
だから頭を冷やす意味で、少し独りになりたかったのだろう。
出たのが西門だったので、そのまま少し歩けばゾイ川に出る。
対岸の見張りもいるが、500メートル近い川幅を持つ南北に長いこの大河の前には人などほぼいないも同然。
だから独り、夕焼けを見ながら気分転換でも。そう思ったのだが、夕陽が川面を照らすそこには先客がいた。
そしてそれは今の俺には困った相手で……。
「ん……明彦くん?」
「り、里奈……」
「どうしたの? 明彦くんも夕涼み?」
そう言いながら体育座りで川面を眺める里奈。
いつも通りに思える彼女に、俺は正直どう対応したらいいか分からない。
未だに彼女を見ると鼓動が激しくなって、何を言っていいか分からなくなるのだ。
それほどあのキスは衝撃的で、電撃的で、破壊的だった。
「ここ、座る?」
「あ、ああ」
それなのに里奈は普通にふるまっている。
こうして近くに寄るだけでも卒倒しそうなほど緊張してるのに、なんで里奈はそんな自然にしてられるんだ。
もしかして俺が気にしすぎなのか? 里奈の家ではアメリカンで、キスなんて挨拶くらいのものでしかないのか? あるいは俺にとってはファーストだったけど、里奈にとってはそうじゃなかったとか? あるいはあるいは。今の俺の姿からして、女友達にしか思っていないのか? それ以前に、例の妹くらいにしか思ってなかったとか?
あぁ、もうくそ! わけが分からない!
何が知力99だ。こんな問題にも解決が見えやしない。
「大丈夫? 疲れてない?」
「お、おお……」
「私にはよくわからないけど、大変なんでしょう?」
「まぁ、な」
「難しいね、色んな人がいるから」
「そうだな」
駄目だ。
頭が固まって単語でしか返せない。
今、顔が真っ赤になってないか? 夕陽でバレてないよな?
てかどうも気を使われてるみたいで、居心地が悪い。
だから話を変える意味で、彼女のことを聞いてみた。
「り、里奈は……なんで、ここに?」
その問いは、里奈を少し驚かせたようだ。
息を呑む音がして、少しの間をあけてから、寂しく笑うようにして呟く。
「私には……ここには居場所がないから」
途端、なんてデリカシーのないことを聞いたのだと悔やんだ。
暴かれた里奈の正体。あの場は収まったとはいえ、誰もが今までのまま普通に対応できるはずがないのだ。
俺の隊の皆はザインや仲間を殺されたことを恨み、ビンゴ兵は過去の戦闘に加え今回の虐殺を見て敵視している。
この場所に、里奈の居場所がないといっても否定はできない。
なのに、俺ときたら……。
「ご、ごめん里奈。そんな状況、俺は全然気づかなくって」
「いいんだよ、明彦くんが謝らなくても。私の蒔いた種だから」
「いや、違うんだ。里奈がそんな状況なのに、俺は……その……」
口にするのももどかしく、恥ずかしい。
けど、今の彼女には隠し事はしたくなかった。
世界に居場所がなく、誰も味方になってくれない孤独な状況。
少なくとも俺は違うと、その真心を届けたいと思ったから。
「里奈を、ちょっと……避けてた。その……あの時の…………なんだ、き……キスが…………なんつーか」
言えた。
それだけで汗まみれになっていた。
だが、その努力は報われることになった。
違う意味で。
「あはははっ!」
わ、笑われた!?
俺、そんな酷い事言ってたか? てか変だったのか?
ますます恥ずかしくなっていたたまれなくなる。
だが、里奈はくすくすと笑みを浮かべながらも、どこか嬉し気にこちらを見てこう言った。
「そっか、明彦くん“も”そうだったんだ」
「え、いやその……ん? も?」
「正直言うとね。なんで自分もあんなことしちゃったんだろうって。でも、なんか明彦くんを見てたら、ああしてた」
「そ、そうか……」
「でもね、後になって顔から火がでるくらい恥ずかしくて……それで、あの日は結局寝れなくてね。でも、頑張ってる明彦くん見てたら、それじゃ駄目だって思ったの。こんなに小さいのに、あんな大人たち相手に戦って、従えて、指導して。だから私ね。明彦くんの支えになるよう、恥ずかしいのを我慢して接しようって思ったんだ」
里奈が手を伸ばして俺の頭を撫でてくる。
それが無性に恥ずかしくて、でも払いのける手は持っていなくて、川原に顔を背けるしか逃げ場はなかった。
「ち、ちっこいは余計だろ」
「うふふ、本当可愛いなぁ。本当にお姉ちゃんになったみたい」
里奈の細い指が俺の髪にからみついてくる。
けどこの指がどれだけの死を量産したのか。そう思うと、どこかやるせない気分になる。
その指が髪から耳に伸び、頬を伝うとその頬をつんつんと突いてくる。
「り、里奈……」
「うふふー、明彦くんのほっぺたぷにぷに」
里奈がにこやかにほっぺたをつつく。
なんだこれ。凄い恥ずかしいぞ。
「ふふふーん……」
と、その里奈の指がさらに下へ。顎の先から喉元。それにゾクリとするものの、さらにその下に行き、
「り、里奈!?」
まさかの胸にソフトタッチ。というかがっつり来たのを、とっさに身を引いて回避。
少し物足りないように口をすぼめた里奈は、
「明彦くん、許せない」
「な、なにが!?」
「大きいもん」
「そ、それは……」
いや、それを俺に言われても……。
「冗談だよ」
くすり、と笑う。
本当に冗談だったのか。
ただそれ以上、深入りするのは怖かった。
それから沈黙が下りる。
それでもどこか心のわだかまりが解けたようで、ついこんなことも聞いてしまった。
「あの、さ。その、聞くけど。あの…………き、キスは。どのキス、だったんだ? 写楽明彦としての男の俺に対してなのか。ジャンヌ・ダルクという女の俺に対してなのか。それとも……その妹に対してなのか」
それは好奇心。だけど俺にとっては切実な問い。
それを里奈は「んー」と少し物憂げに首をかしげると、
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