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ダンジョン・ロマンティカ
第5話「鷹司家のパーティー」
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九歳。小学三年生の秋。
季節が巡るごとに、世界は少しずつ変わっていた。
ダンジョンの数は世界中で百を超え、探索ビジネスは一大産業に成長しつつある。ダンジョン産の鉱石を使った新素材、深層で採れる希少な薬草から作られた新薬、一口で人を虜にする異界の食材――。テレビをつければ、毎日のようにダンジョン関連のニュースが流れていた。
そして俺のもとに、一通の招待状が届いた。
金箔の押された重厚な封筒。差出人は、鷹司家。
『鷹司家主催 秋季懇親会のご案内』
母さんが封筒を開けた瞬間、目を丸くした。
「……鷹司さんのパーティーに、招待されたの?」
「沙耶が手紙で言ってたよ。今年のパーティーにはおれも来てほしいって」
「れんくん……これ、普通の招待じゃないのよ。鷹司家の懇親会って、政治家や大企業の役員が集まるような場なの」
母さんの声には、明らかな緊張があった。
俺は九歳の子供だ。そんな場に呼ばれる理由は一つしかない。「男の子」だからだ。しかも、鷹司家の令嬢と親交のある男の子。
要するに、品定めの場。
前世の感覚では面倒くさい以外の何物でもないが――沙耶と紫月に久しぶりに会えるのは、素直に嬉しかった。
---
パーティー当日。
母さんが奮発してくれた新しい服に袖を通し、鷹司家の屋敷に向かった。りんねえは「わたしも行く」と主張したが、招待状に名前がなかったため泣く泣く留守番だ。玄関で「れんくんを変な女に取られないように気をつけて」と母さんに真剣な顔で言い残していた。十一歳にもなると、言葉に重みが出てくる。
屋敷の門をくぐると、幼稚園の時とは比べ物にならない賑わいがあった。高級車が並び、着飾った大人たちが庭園を歩いている。
「蓮」
人混みの中から、聞き覚えのある静かな声。
振り返ると、沙耶が立っていた。
――息を呑んだ。
沙耶は紺色の和装だった。大人びた色合いに、銀色の帯留め。黒髪をきちんと結い上げて、白い首筋がすっと伸びている。九歳とは思えない気品。鷹司の血、というやつだろうか。
「……久しぶり」
「おう、久しぶり。沙耶、すごい格好だな。きれいだよ」
「……っ」
沙耶の頬に、淡い紅が差した。
「……お世辞はいいわ」
「お世辞じゃないって。ほんとにきれい」
「…………ありがとう」
最後の一言は、ほとんど聞こえないくらい小さかった。
沙耶は咳払いをして、俺の隣に並んだ。
「案内するわ。……あと、紫月があなたを探してた。先に見つかると面倒だから、わたしが先に確保したの」
「確保って」
「来なさい」
沙耶に手を引かれて、庭園の奥へ進む。九歳の手は幼稚園の頃より大きくなっていたが、指先の冷たさは変わらなかった。
---
庭園の東屋に着くと、そこに紫月がいた。
紫月もまた和装だったが、沙耶の静かな装いとは対照的に、鮮やかな赤。まるで炎を纏っているような艶やかさ。腕を組んで東屋の柱に寄りかかる姿は、九歳にして堂に入っていた。
「――遅い」
開口一番がそれだった。二年ぶりに会ったのに。
「久しぶり、しづきちゃん。元気だった?」
「ちゃん付けするなと何度言えば――……まあいいわ。元気よ。見れば分かるでしょう」
紫月は俺を頭のてっぺんからつま先まで見て、ふん、と鼻を鳴らした。
「……少しはまともな服を着てきたじゃない」
「母さんが頑張ってくれた」
「そう。……お母様に感謝しなさい」
手紙では散々毒舌だった紫月だが、実際に会うと少しだけ声が柔らかい。二年分の手紙のやり取りが、多少は距離を縮めたのだろうか。
「剣道はどう? 手紙に三段になったって書いてあったけど」
「当然よ。鷹司の人間が中途半端なことをするわけないでしょう」
「九歳で三段ってすごくない?」
「すごいに決まってるでしょう。……褒めても何も出ないわよ」
紫月は顔を背けた。耳が赤い。二年経っても変わらないな、この反応。
三人で東屋のベンチに座る。沙耶が俺の右、紫月が左。挟まれる形になった。
「ねえ、沙耶。こっちの学校はどう?」
「……退屈よ。あなたがいないから」
「え」
「あなたがいないと退屈だと言っているの。聞こえなかった?」
「いや、聞こえたけど……」
沙耶の目はまっすぐで、照れている様子はない。ただ事実を述べただけ、という顔だ。それがかえって破壊力が高い。
「わたしだって退屈よ」
紫月がすかさず割り込んだ。
「手紙だけじゃ物足りないの。あなたの馬鹿な発言をリアルタイムで聞いて突っ込みたいのに」
「それ、会いたいって言ってるのと同じでは」
「違うわよ! 突っ込みたいだけよ!」
二人の鷹司のお嬢様に挟まれながら、俺は笑った。会えなかった時間が嘘みたいに、距離が一瞬で縮まる。
---
「――あら。これが噂の男の子?」
不意に、大人の声が降ってきた。
東屋に近づいてきたのは、四十代ほどの女性。上品な洋装に、鋭い目。沙耶と紫月が同時に背筋を伸ばしたのが分かった。
「沙耶、紫月。こちらの方が日向蓮くん?」
「はい、おばあさま」
――おばあさま?
四十代に見えるが。この世界は女性が多い分、美容技術も発達しているのかもしれない。
「鷹司家当主、鷹司 鉄花(たかつかさ てっか)です。お会いできて光栄ですわ、蓮くん」
当主。鷹司家の頂点。
九歳の子供相手に、最上級の礼を見せる。これが「男」に対するこの世界の扱いだ。
「はじめまして。日向蓮です。今日はお招きいただいてありがとうございます」
前世仕込みの礼儀。子供らしからぬ受け答えに、鉄花の目が光った。
「まあ、しっかりした子。沙耶と紫月が夢中になるのも分かるわ」
「おばあさまっ……!」
沙耶と紫月が同時に声を上げた。珍しい、二人のハモり。
「ふふ。蓮くん、うちの孫たちをよろしくね。それと――」
鉄花は微笑みを保ったまま、ほんの一瞬だけ目を細めた。
「ダンジョンに興味があるそうね」
空気が変わった。
「はい」
「沙耶から聞いたわ。……男の身で、ダンジョンに挑みたいと」
「はい。いつか必ず」
鉄花は数秒の沈黙の後、小さく笑った。
「……面白い子。十年後が楽しみだわ」
それだけ言い残して、鉄花は去っていった。
隣で沙耶が「おばあさまに気に入られたみたい」と小さく呟き、紫月が「あのおばあさまが笑うなんて珍しい」と驚いた顔をしていた。
鷹司家当主に「面白い」と言われた。それが良いことなのか悪いことなのか、九歳の俺にはまだ分からなかった。
---
パーティーの帰り道。
星がきれいな夜だった。母さんと二人、住宅街を歩きながら、今日の出来事を反芻する。
「母さん、おれ、鷹司の当主さんに面白いって言われた」
「そう聞いたわ。……大丈夫?」
「大丈夫って?」
「鷹司さんは、大きな力を持ったお家よ。面白いと思われるのは、目をつけられるということでもあるの」
母さんの声は穏やかだが、その奥に心配が滲んでいた。
「おれは、沙耶と紫月の友達でいたいだけだよ。家とかは関係ない」
「……そうね。れんは、いつもそうね」
母さんが、ふっと笑った。
「それでいい。あなたは、あなたのままでいて」
繋いだ手が、温かかった。
---
第5話 了
九歳。小学三年生の秋。
季節が巡るごとに、世界は少しずつ変わっていた。
ダンジョンの数は世界中で百を超え、探索ビジネスは一大産業に成長しつつある。ダンジョン産の鉱石を使った新素材、深層で採れる希少な薬草から作られた新薬、一口で人を虜にする異界の食材――。テレビをつければ、毎日のようにダンジョン関連のニュースが流れていた。
そして俺のもとに、一通の招待状が届いた。
金箔の押された重厚な封筒。差出人は、鷹司家。
『鷹司家主催 秋季懇親会のご案内』
母さんが封筒を開けた瞬間、目を丸くした。
「……鷹司さんのパーティーに、招待されたの?」
「沙耶が手紙で言ってたよ。今年のパーティーにはおれも来てほしいって」
「れんくん……これ、普通の招待じゃないのよ。鷹司家の懇親会って、政治家や大企業の役員が集まるような場なの」
母さんの声には、明らかな緊張があった。
俺は九歳の子供だ。そんな場に呼ばれる理由は一つしかない。「男の子」だからだ。しかも、鷹司家の令嬢と親交のある男の子。
要するに、品定めの場。
前世の感覚では面倒くさい以外の何物でもないが――沙耶と紫月に久しぶりに会えるのは、素直に嬉しかった。
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パーティー当日。
母さんが奮発してくれた新しい服に袖を通し、鷹司家の屋敷に向かった。りんねえは「わたしも行く」と主張したが、招待状に名前がなかったため泣く泣く留守番だ。玄関で「れんくんを変な女に取られないように気をつけて」と母さんに真剣な顔で言い残していた。十一歳にもなると、言葉に重みが出てくる。
屋敷の門をくぐると、幼稚園の時とは比べ物にならない賑わいがあった。高級車が並び、着飾った大人たちが庭園を歩いている。
「蓮」
人混みの中から、聞き覚えのある静かな声。
振り返ると、沙耶が立っていた。
――息を呑んだ。
沙耶は紺色の和装だった。大人びた色合いに、銀色の帯留め。黒髪をきちんと結い上げて、白い首筋がすっと伸びている。九歳とは思えない気品。鷹司の血、というやつだろうか。
「……久しぶり」
「おう、久しぶり。沙耶、すごい格好だな。きれいだよ」
「……っ」
沙耶の頬に、淡い紅が差した。
「……お世辞はいいわ」
「お世辞じゃないって。ほんとにきれい」
「…………ありがとう」
最後の一言は、ほとんど聞こえないくらい小さかった。
沙耶は咳払いをして、俺の隣に並んだ。
「案内するわ。……あと、紫月があなたを探してた。先に見つかると面倒だから、わたしが先に確保したの」
「確保って」
「来なさい」
沙耶に手を引かれて、庭園の奥へ進む。九歳の手は幼稚園の頃より大きくなっていたが、指先の冷たさは変わらなかった。
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庭園の東屋に着くと、そこに紫月がいた。
紫月もまた和装だったが、沙耶の静かな装いとは対照的に、鮮やかな赤。まるで炎を纏っているような艶やかさ。腕を組んで東屋の柱に寄りかかる姿は、九歳にして堂に入っていた。
「――遅い」
開口一番がそれだった。二年ぶりに会ったのに。
「久しぶり、しづきちゃん。元気だった?」
「ちゃん付けするなと何度言えば――……まあいいわ。元気よ。見れば分かるでしょう」
紫月は俺を頭のてっぺんからつま先まで見て、ふん、と鼻を鳴らした。
「……少しはまともな服を着てきたじゃない」
「母さんが頑張ってくれた」
「そう。……お母様に感謝しなさい」
手紙では散々毒舌だった紫月だが、実際に会うと少しだけ声が柔らかい。二年分の手紙のやり取りが、多少は距離を縮めたのだろうか。
「剣道はどう? 手紙に三段になったって書いてあったけど」
「当然よ。鷹司の人間が中途半端なことをするわけないでしょう」
「九歳で三段ってすごくない?」
「すごいに決まってるでしょう。……褒めても何も出ないわよ」
紫月は顔を背けた。耳が赤い。二年経っても変わらないな、この反応。
三人で東屋のベンチに座る。沙耶が俺の右、紫月が左。挟まれる形になった。
「ねえ、沙耶。こっちの学校はどう?」
「……退屈よ。あなたがいないから」
「え」
「あなたがいないと退屈だと言っているの。聞こえなかった?」
「いや、聞こえたけど……」
沙耶の目はまっすぐで、照れている様子はない。ただ事実を述べただけ、という顔だ。それがかえって破壊力が高い。
「わたしだって退屈よ」
紫月がすかさず割り込んだ。
「手紙だけじゃ物足りないの。あなたの馬鹿な発言をリアルタイムで聞いて突っ込みたいのに」
「それ、会いたいって言ってるのと同じでは」
「違うわよ! 突っ込みたいだけよ!」
二人の鷹司のお嬢様に挟まれながら、俺は笑った。会えなかった時間が嘘みたいに、距離が一瞬で縮まる。
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「――あら。これが噂の男の子?」
不意に、大人の声が降ってきた。
東屋に近づいてきたのは、四十代ほどの女性。上品な洋装に、鋭い目。沙耶と紫月が同時に背筋を伸ばしたのが分かった。
「沙耶、紫月。こちらの方が日向蓮くん?」
「はい、おばあさま」
――おばあさま?
四十代に見えるが。この世界は女性が多い分、美容技術も発達しているのかもしれない。
「鷹司家当主、鷹司 鉄花(たかつかさ てっか)です。お会いできて光栄ですわ、蓮くん」
当主。鷹司家の頂点。
九歳の子供相手に、最上級の礼を見せる。これが「男」に対するこの世界の扱いだ。
「はじめまして。日向蓮です。今日はお招きいただいてありがとうございます」
前世仕込みの礼儀。子供らしからぬ受け答えに、鉄花の目が光った。
「まあ、しっかりした子。沙耶と紫月が夢中になるのも分かるわ」
「おばあさまっ……!」
沙耶と紫月が同時に声を上げた。珍しい、二人のハモり。
「ふふ。蓮くん、うちの孫たちをよろしくね。それと――」
鉄花は微笑みを保ったまま、ほんの一瞬だけ目を細めた。
「ダンジョンに興味があるそうね」
空気が変わった。
「はい」
「沙耶から聞いたわ。……男の身で、ダンジョンに挑みたいと」
「はい。いつか必ず」
鉄花は数秒の沈黙の後、小さく笑った。
「……面白い子。十年後が楽しみだわ」
それだけ言い残して、鉄花は去っていった。
隣で沙耶が「おばあさまに気に入られたみたい」と小さく呟き、紫月が「あのおばあさまが笑うなんて珍しい」と驚いた顔をしていた。
鷹司家当主に「面白い」と言われた。それが良いことなのか悪いことなのか、九歳の俺にはまだ分からなかった。
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パーティーの帰り道。
星がきれいな夜だった。母さんと二人、住宅街を歩きながら、今日の出来事を反芻する。
「母さん、おれ、鷹司の当主さんに面白いって言われた」
「そう聞いたわ。……大丈夫?」
「大丈夫って?」
「鷹司さんは、大きな力を持ったお家よ。面白いと思われるのは、目をつけられるということでもあるの」
母さんの声は穏やかだが、その奥に心配が滲んでいた。
「おれは、沙耶と紫月の友達でいたいだけだよ。家とかは関係ない」
「……そうね。れんは、いつもそうね」
母さんが、ふっと笑った。
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第5話 了
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