魔女見習いは王女の復讐の依頼を受けた

マスカレード 

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第二王子アルバ―ト

魔女見習いは王女の復讐の依頼を受けた

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 ブリティアン王国の王城の広大な敷地内には、本城を挟んで東と西の両側に側妃の住まう離宮がある。それぞれ長い渡り廊下で繋がっていて、王城の出入り口の物々しい警備と比べ、離宮の入り口に立つのはたった二名の兵士だけだ。
 その二名の若い兵士から礼を受け、第二王子のアルバートは母のシャーロットが住まう東の離宮に入っていった。

 石壁の廊下はヒンヤリしていて、足音が響く。無機質な灰色の壁を飾る絵画やタペストリーなどの装飾品が少ないせいで、この建物が曲りなりとも宮殿の一部だということを、忘れてしまうほど質素な佇まいだ。
 以前は国王からの贈り物が所せましと並んでいたのだが、王妃付きの侍従長や侍女がやってきて、何かと理由をつけて持って行ってしまい、残ったものはシャーロットの実家が贈ったものばかり。装飾品の数の少なさは、シャーロットの実家が、身分の低い子爵家であり、離宮を飾ってやれるほど財を持たないことを意味していた。

 本来なら子爵程度の身分では、国王に目通りすることも適わないところを、なぜ側妃になれたかというと、単なるパウロン王の気紛れに過ぎない。
 既に伯爵家から嫁いで側妃になっていたカルラの離宮を訪ねたパウロン王が、カルラの侍女シャーロットの美貌に目を留め、そのまま召し抱えたからだ。

 皮肉にもシャーロットの方が二か月ほど先に妊娠して出産したため、アルバートが第二王子、カルラの生んだザイアンが第三王子になった。
 だが、サバサバした性格のカルラは気にも留めず、お気に入りの侍女だったシャーロットに声をかけ、お互いに離宮を行き来する仲を築いていく。アルバートもザイアンも仲の良い二人の母親に見守られ、まるで兄弟のように育ち、幼いころからおもちゃの剣を交え、乗馬や勉学を競い合ううちに、良きライバルへと成長していった。

 アルバ―トは今でも、あの頃が一番幸せだったのではないかと思う。
 その幸せをぶち壊したのは、ブリティアン王国の東に位置するジャンマン王国から嫁いだ正妃ガルレアだ。

 自国に側妃の制度がなかったこともあり、祖国でも王女であった自分が、臣下である伯爵や子爵の令嬢と王を分け合うなど言語道断とばかりに、側妃をとことん蔑み、王から側妃へ贈られたものを、身分不相応だと取り上げるなどの嫌がらせを繰り返した。
 国王として王子を複数設ける役目を果たしたパウロン王が、離宮に足を運ばなくなったことも王妃の横暴さに拍車をかける原因となったのは言うまでもない。

 当時六歳だったアルバートは、ガルレア王妃に虐げられる母が不憫でならず、ひと月に一度設けられた父との会見で、王妃の暴挙を訴えたのだが、王から返ってきた返事は思いもよらないものだった。

「女の諍いの仲裁に国王の力を借りようとするとは、何と腑抜けな王子だ。そなたの母の価値は王子を産むまでで、王妃の背後にあるジャンマン王国との交易で産む富とは比べようがない。何とかしたければ、自分の頭で考えよ」

 ショックだった。父が王妃を宥めてくれれば、何とかなると思っていただけに、裏切られた気分だった。アルバートは奥歯を噛み締め、パウロン王を睨んだ。

「もう父上とは思わない。女の諍いも止められないあなたに、これから起きるかもしれない国同士の戦が止められるものか。ガルレア王妃とその祖国に、きっとこの国はいいようにされてしまうだろう」

 パウロン王の傍に控えていた騎士と、扉の前に立っていた近衛兵がすらりと剣を抜いた。
 アルバートは怯えも見せず、視線をパウロン王から外さない。パウロン王が手を上げて兵たちを制し、剣をしまわせた。

「良い目をしている。アルバート、悔しければ、生き抜いてこの王座まで上がってこい。世を憎んでも構わんが、そなたが今見ている小さな世界と、ここから見る大きな世界とでは価値観が違うと後で知るがよい。今日の会見はこれまでだ。ザイアンを呼べ」

「僕の価値観はきっと変わらない。か弱い女性を泣かさないよう側妃は持たないし、毒妃は妻に迎えない」

 礼も取らずにくるりと背を向けて歩き出したアルバートの背に、国王の哄笑が浴びせられた。
「ただの大口でないと、お前が証明するのを楽しみにしていよう」

 パウロン王は王子との会見の内容について、その場に居合わせた者にかん口令を敷いている。しかし、取り締まりがあるわけでもない建前だけの命令は、たいがいにして破られる。
 疚しいことを抱えている身の者に取って、身に降りかかる火の粉を未然に防ぐためには、どんな手を使っても情報を手に入れるのは当然のこと。近衛兵に袖の下を渡したり、弱みを見つけて揺すったりして、アルバートの直訴もガルレア王妃の耳に届くことになった。
 ただ、パウロン王がアルバートの言い分を退け、相手にしなかったことが、アルバートの命を救ったかもしれない。だが、王妃を増長させるのには十分だった。

 王妃からは頻繁にシャーロットの離宮に贈り物が届くようになる。それも、何の獣か分からない腐った肉や、毒のある草花や、一旦はガルレア王妃に取り上げられた王からの賜りものを壊したものと便せんに認められたアルファベットのAの文字が。
 恐る恐る中身を確かめる侍女が悲鳴をあげる度に、アルバートはこれが王妃からの警告だと思い知った。
 自分の父親であるとはいえ一国の王に、たかだか六歳の子供が正妃の愚行を告げ口した浅はかさを呪い、母を巻き込まないように慎重になることを学んだ。

 精神的なプレッシャーは感じたが、身体に実害のない不快な嫌がらせは数カ月で終わったように見えた。
 もし、ブリティアン王国の王位継承権が長子にあるなら、例え正妃と側妃の間にどんな軋轢があろうと、大きな事件に発展することはなく、嫌がらせ程度で終わったのかもしれない。

 王子たちは七歳になると、次代の統率者になるための皇太子教育を受ける。王子が正妃の生んだハインツ一人だけであったなら、ハインツが多少物覚えが悪く、運動神経に欠けるとしても、それを補うような側近を育てていけば問題は無かった。
 ところが、ハインツが九才になったとき、優秀な弟王子二名が皇太子教育を受けることになり、ハインツの出来の悪さが露見した。

 それから暫く経ち、授業の合間に出るお茶とお菓子を食べたアルバートとザイアンの気分が悪くなり、医者が駆けつける最悪の事態が発生する。アルバートは一時意識不明になるほどの重体だったが、誰もが毒殺未遂と察しながら、消されることを恐れて口を噤んだ。

 意識が戻ってからも数日の間、アルバートはベッドから起き上がれず、授業は中断。ザイアンは甘いものが苦手で摂取した毒が少量だったため、軽い食あたり程度で済み、休講となった時間を身体を鍛えることに充てた。 
 そんなある日、離宮の庭でザイアンが母カルラと一緒にティータイムを過ごしていたときのこと、突然賊が現れ、カルラは息子をかばって剣に刺し貫かれて死亡。必死で逃げたザイアンは近衛兵に助けられたものの、左目を失ってしまった。 
 捉えられた賊は、厳重な警備体制にも関わらず、牢の中で首が折られた状態で息絶えていたという。

 同時に王子二人を狙ったとなれば、おのずと犯人は決まってくる。だが、犯人もそこを見越したのか、カルラとザイアンが襲撃された日にハインツも賊に襲われていた。
 抜刀した賊を、ハインツが見事に剣で打ち負かした話は、王妃側の側近がまるで英雄伝のように触れ回り、「さすが未来の王に相応しい」と褒めそやしたせいで、アルバートとザイアンの影は一時期薄くなった。
 ただ、切られた賊の刀傷が子供の力で傷つけるには不可能なほど深かったことは、後からアルバートとザイアンの耳にも届いたが、やはり誰もそれ以上のことを口にはしない。

 いつか真相を暴いてやる! アルバートは殺されかけた怒りで拳を震わせ、復讐を胸に誓ったが、アルバートが聞き込みを開始するや否や、今度は母が毒に倒れた。
 それ以来寝込んでしまった母を危険にさらすこともできず、アルバートは王妃に太刀打ちできる大人になるまで剣の腕を磨き、知識を蓄えることを決意する。

 辺りを窺い、息を潜めるように暮らして五年。アルバートが十二歳になったとき、どう立ち回れば生き残れるかを考えに考えた末、ハインツに寄り添うことを選択。
 片目に革の眼帯をつけたザイアンから、お前は臆病で卑怯な裏切り者だと、思いつく限りの罵詈雑言を浴びせられ、アルバートは酷く辛い思いをした。

 その場で本心を告げてしまいたくなったが、必死で思いとどまった。
 ザイアンと手を組めば、王妃が手を回し、二人一緒に暗殺されるのは必至。それよりも王妃の味方だと安心させて、一矢を報いるチャンスを窺う方がいい。

 もし自分が機を逃しても、ザイアンならきっと難関を超えて王妃を仕留めるはず。
 側妃の母や義理の息子たちに刃を向けるだけでなく、最近は王の様子もおかしくなってきた。ジャンマンの国から使者が頻繁にくるのも、良からぬことを企んでいるに違いない。
 仮に王妃の仲間と見なされてザイアンの手にかかろうとも、国にとって害にしかならない王妃の息の根を止めてくれるなら本望だ。
物心ついてから十年以上も共に育ったザイアンに対し、アルバートは冷たい視線を投げた。

「悪いな。お前との兄弟ごっこもおしまいだ。俺は義兄を選ぶ。カルラさまのご実家の伯爵家が、お前を護ってくれることを祈ろう」

 背を向ける瞬間に目に入ったザイアンの驚愕した顔が、六年経った今でも胸に刺さる。
 アルバートは首を振って残像を散らし、離宮の暗い廊下を抜けて、春の陽光が差す明るいリビングに入っていくと、母のシャーロットがカウチに背をもたせかけお茶を飲んでいるところだった。

「母上、お加減はいかがですか?」

「まぁ、アルバート、午前中に来るなんて珍しいわね。ああ、ロイヤルスクールは春休みなのね。ここに来て一緒にお茶はいかが? おいしいお菓子があるのよ」

「ええ、では少しだけ」

 シャーロットの向かいの席に座ると、侍女がアルバートの分の紅茶とプティケーキを用意した。
 フォークで少し切り取り、鼻の先へ持っていき香りを嗅ぐ。優雅に香りを楽しんでいるのではなく、甘ったるい香料に隠された毒を見つけるためだ。アルバートは訓練により、調香師さながらの利き鼻を持っていた。
 察した侍従長が大丈夫だというように頷く。どうやら毒見はされているようだ。

 どんなに気を付けても、気を配りすぎることはない。この十一年間で三度の刺客を剣で防ぎ、毒を察知して口にせず、不慮の事故にあうところを忍ばせた情報屋からの知らせで回避して、二か月前にようやく十八歳を迎えることができた。

 いつまでこの幸運が続いてくれるのか、いつになったらこんな気の張る生活から解放されのかと思うと、知らず知らずにため息が出そうになる。
 漏れかけた吐息を瞬時に飲み込んだのは、王宮から来た使者が、王妃付の侍従長がしたためた手紙を持ってきたからだ。

【至急ガルレア王妃さまの部屋に参られたし】

 受け取った手紙は全て燃やすように指示されている。キャンドルの火に手紙の端をかざし、炎が燃え上がるのを待つ。暖炉に放った手紙の炎と黒煙が、王妃の別名デモネスを象ったように見えて、アルバートは胸騒ぎを覚えた。


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