魔女見習いは王女の復讐の依頼を受けた

マスカレード 

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密命

魔女見習いは王女の復讐の依頼を受けた

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 両側の壁に取り付けられた金の燭台のキャンドルが、赤々と炎を揺らしながらアルバートの影をも揺らしている。見事な曲線を描く花瓶と溢れる花。絵画とタペストリーが並ぶ壁に挟まれた廊下には、足が沈む絨毯が敷かれていた。 
 アルバートは母の離宮の寒々とした石壁の廊下を思い出し唇を歪めたが、サッと表情を消して先を急いだ。

 王妃の部屋の扉の両側には、腕に自信がありそうな筋骨隆々の兵士が立っていた。
 近衛兵は採用の際に見目も考慮に入れるのだが、どうやらこの兵士たちは即戦力に特化した兵士らしい。
 アルバートが来ることは事前に聞かされているようで、扉をノックする際にも問われることなく前方を向いたままだった。

 侍従長に迎えられ、控えの間から来客用の謁見室を通り、奥の部屋に入っていく。
 前室まではブリティアン王国式の繊細な彫刻を施した家具類が置かれていたが、この部屋は背の高いがっしりした家具が多く、椅子の背も瀟洒な柄の布ではなく革張りだった。
 重厚な雰囲気は部屋の家具のせいだけではないことを、アルバートは椅子に座った王妃とその隣に立つ男から感じ取っていた。

 黒いローブを羽織りフードを被って立つ男の重々しい雰囲気から察するに、同じ男だとは思うが、アルバートはこの男に一度会っている。ハインツの信頼をようやく勝ち取り、王妃からお茶に呼ばれたときだった。
 ハインツがお茶の時間を間違えて、早めに王妃の部屋を訪ねたときに、ばったりと出くわしたのだ。確かあのときは、フードを被っておらず、顔がはっきりと見えた。

 銀色の髪に、鋭い銀色の目を持つ男の名は、ルーカス・バルモアといって、ブリティアン王国のお抱え大魔導師だということを、後でハインツから聞いて知ったのだが、王妃との話を邪魔された不快さを隠しもせずに、アルバートをギロリと睨んで去っていった男に対し、いい印象を抱かなかったのを覚えている。

 だが、今のルーカスを見て、アルバートは自分の記憶に疑いを持った。なぜなら、目の前の大魔導師の髪は黒いフードに紛れるほど真っ黒で、目はブリティアン国民が好んで飲む紅茶のように温かな琥珀色をしていたからだ。

 大魔導師が変わったのだろうか?
 一瞬そう考えたが、王族、諸侯が通うロイヤルスクールの授業でも、国に関する事業や改善案や人事の変更の知らせは聞いていない。
 アルバートがあまりにもその男を見過ぎていたせいで、琥珀色の瞳が冷気を孕んだ。
 
 やはりあいつだ。いったいどうして大魔導師がここに? 
 不審といえば、王妃に会う時にはいつもハインツが横にいたのに、今日呼ばれたのはアルバ―ト一人だ。何のためにと考えた途端に警戒心が湧いた。

「アルバート、そう硬くならずともよい。今日はそなたの武術の腕を見込んで、秘密裏に処理してもらいたいことがあって呼んだ。したがって、これから聞くことを誰にも漏らしてはならぬ。よいな?」

「はい。ガルレアさま。しかと心得ました」

「よろしい。顔をあげなさい。実は近々隣国府ランセン王国からエリザ王女が訪問される。パウロン王と側近たちが勝手に決めたことだが、ゆくゆくは皇太子の妃にと望んでいるらしい」

「ではその前に、王と議会がハインツさまを皇太子に定め、正式な発表を行うのでしょうか?」

 一瞬の間をおいて、王妃が弾かれたように笑った。
「ホホホホ……不愛想なのは相変わらずだが、そなたはずいぶん処世術を身につけたようだ。そのままハインツの剣となり盾となって役立ってほしいものだ」

「もちろん、そのつもりでお仕えしております」

「そうか、では大事な密命を与えよう。未来の皇太子の妃に何かあってはならぬと思い、実はルーカス大魔導師に、王女が無事に到着できるかどうか占ってもらった。そうしたら、とんでもない陰謀が隠されていることが分かったのだ」

「それはどのような陰謀ですか」

 驚いて身を乗り出したアルバートを制し、続きを話したのはルーカスだった。
 地を這うような低く不気味な声で語られたのは、フランセン王国の西に位置するスパナン王国が、フランセン王国の国威を落としてその地位を奪取するために、ブリティアン王国に来る途中でエリザ王女を偽の王女にすり替え、次期皇太子の命を狙うという謀略だった。

 アルバートは頭の中で、フランセン王国からブリティアン王国に抜けるまでの山間の狭い道を展開し、片側に切り立った山肌、片方に深い崖では、王女を護る騎兵隊と戦えるほどの兵士が潜む場所はないのではないかと疑問を持った。

「しかし、スパナン王国が偽装した兵士を送り込もうにも、一度はフランセン王国の国境を越えねばらない。エリザ王女がブリティアン王国に出立する前に、他所の国の兵士たちを同じルートで進ませるとは思えないが」

 一瞬ルーカスの目が銀色に光ったように感じた。杖が振られた直後、アルバートは宙に放り出されたような眩暈を感じ瞼をきつく閉じる。足元が床に触れ重力が戻り、風を感じて目を開ければ、王城の中の一番高い塔から突き出したバルコニーを囲む壁に立っていた。

 遠くまで見渡せる街並みに息を飲む。落ちれば足元に連なる尖塔のアイアン飾りに突き刺さり、人間風見鶏になるかもしれない。


 背中に押し当てられたのは、ルーカスの杖か。
 アルバートは靴幅もない壁から後方へジャンプし、回転しながら剣を抜いて、ルーカスの背中に剣先を押し当てる。
 やるなと呟くルーカスの声が、再び形を失った世界に響き、気が付くとアルバートは元の部屋に戻っていた。

「今のは何だ? 幻覚か?」

「転移魔法だ。私と同じくらいの魔力量を持つ大魔導師なら、人と物を瞬時に移動させられる」

「そんなことをできる魔法使いが他にもいるのか? では、スパナン王国の偽装兵士と王女は国境を通ることなく、本物の王女一行を待ち伏せできるということか」

 勢い込んで尋ねるアルバートに、ルーカスは冷酷な笑いを浮かべておもむろに頷いた。

「私が水晶で見た未来では、ブリティアン王国の国境から少し進んだ箇所の迫り出した岩壁と崖が終わる辺りの山道で、豪華な馬車が道を塞いでいて、その中には高貴な女性に扮した刺客が乗っていた。後から来た王女の一行がその馬車に足止めをされているうちに、周囲の森から仲間たちが湧いて出て、フランセン王国の姫と騎兵隊を殲滅。死体は森に隠され、襲撃したスパナン王国の兵士たちがフランセン王国の兵士に成りすまし、ブリティアン王国の王城に到着する。美しい王女に惹かれた皇太子は……」

「分かった。全てを言う必要はない。俺がその王女の偽物を仕留めよう。馬車の形態と色、出没する場所を教えてくれ」

「色か……水晶に浮かび上がったのはモノクロで色は定かでない。フランセン王国特有の美を施した馬車だ」

 アルバートは母の伯父から聞いたフランセン王国の話を思い出した。芸術を好むフランセン王国の馬車には、絵画や花が描かれ、黄金色の装飾がされているのだということを。

「分かった。では偽物が出没する箇所を記した地図と、転移魔法が使えそうな大魔導師の名前を教えて欲しい。そいつを捕まえれば大事に至らないかもしれないからな」

「地図は後で離宮に送り届けよう。大魔導師は身を隠していて居場所が分からない。名前は……グッ」

 ルーカスが顔を歪めて、うめき声を上げた。喉に何かが巻き付いているように、指で首を掻きむしる。指先に何かを引っかけたのか、その部分が線状にへこんで白く変色していた。

「ええい! くそ、いまいましい!」

 ブチッと音がして、辺りに黒い糸のようなものが散った。アルバートの足元にも飛んでくる。
 アルバートが拾ってみると、それは糸ではなく、長くて黒い髪の毛だった。

「悪魔のような大魔導師サン…サ……が、私に制御魔法をかけたのだ。アルバート王子よ、今の私の魔力では、スパナン王国の兵士たちが出没したときに、一気に送り返すことはできぬ。先に偽物の王女を成敗すれば、隠れている兵士たちも目的を果たせず逃げていくにちがいない」

 ルーカスの言葉を継いで、ガルレア王妃がアルバートに言った。

「頼みましたよ。スパナン王国とフランセン王国の争いごとに巻き込まれることなく、未来の皇太子妃を護るよう、アルバート、あなたに重要な任務を任せます」

「畏まりました。必ずやスパナン王国の野望を打ち砕き、エリザ王女が無事に着けるようこの身を挺してお守りいたします」
 
 王妃に最上の礼を取ったアルバートは、すぐに離宮へと向かった。頭の中は、スパナン王国の陰謀をどのように防ぐかで一杯になっていた。


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