249 / 544
第4章 灼眼虎狼編
第245話 過去は消えない
しおりを挟む
「いやぁ、ここまでとは思わなかったよ」
「ども」
「流石は大公選の切り札だっただけはある」
「できればその話はあまり…………」
試合が終わり、アラタに絡まった三節棍は解除された。
アラタも雷槍を未完成のまま手放し、これで終わりとなる。
元の約束を履行するならば、アラタがBランク、クリスがCランク冒険者だ。
この国では現役最高位の冒険者として彼は再スタートを切るのだから、この待遇は破格の扱いと言える。
「試験はこれで終わりだ。以後よろしく、Bランク冒険者殿」
レイヒムは爽やかな笑顔と共に、握手を求めた。
スポーツマン然としていて、潔い男だ。
アラタは握手を交わし、彼から認定証を受け取る。
これを冒険者証と共にギルドへ持っていき、所定の手続きを完結させることで、ランクは確定する。
以前と変わらない、昇級の手順だ。
「仕事が一緒になった時はよろしくお願いします」
「アラタ君、冒険者は仕事のことをクエストと呼ぶんだ。その方がそれっぽいだろう?」
「……そうですね。クエスト頑張ります」
「よし。時にアラタ君」
「何でしょうか」
試験官たちが撤収準備と後片付けに追われている時、レイヒムはアラタに耳打ちをする。
余人には聞かれてはならない話をするためだ。
「周りの人とうまく折り合いをつけるのも、冒険者の重要な資質だ」
「はぁ」
「君の働きは国を救ってくれた。しかし全ての人を助けたわけではないだろう?」
「それは、そうですね」
「逆恨みもある、ということだ」
アラタは頷き、それを見てレイヒムは離れた。
「折れろとは言わない。ただ、目を背けたい現実も待っているということだよ。困ったら相談するといい」
「もしその時があれば、お願いします」
彼を筆頭とした試験官たちはギルドに戻る必要がある。
しかし、アラタが滅茶苦茶にした会場の後片付けがあるのだから、彼らと一緒に戻ることは出来ない。
彼は自分のしでかした後片付けを手伝おうと名乗り出るも、それは自分たちの仕事だからと追い払われた。
それよりも早くランクを確定させてこい、と。
2人は今日試験を同じくした新米たちと、ギルドの方へ向かう。
その道中、意外なことにも誰もアラタに話しかけない。
力の差があり過ぎて近寄りがたかったのか、心なしか距離も空いているように見える。
同じ扱いをされるのは嫌だが、これはこれでなんか違うな、とクリスは首をかしげる。
もう少しこう、すごいとか、素敵とか、そんな感想と共に近づいてくるものだと思っていたから。
別にそうして欲しかったとかではないと、心の中で言い訳をする。
闘技場から隣のギルドまで戻ってくると、職員たちはランク確定手続きの為に待ち構えていた。
これから試験に参加した全ての新人冒険者の事務手続きがあるのだから、それはもう大変に違いない。
4つあるレーンに分かれて並び、それぞれ係の人間が捌くのを待つ。
今日の分のクエストはもう無いが、明日以降のクエスト受注も考えると、今日から彼らの冒険者生活はスタートする。
アラタ、クリスは連番で左から2列目の中央付近に連ねる。
大体の冒険者がFかEランクから始まるのに対して、彼らはBとCランクから始まる。
さぞかし受付の人間も驚くことだろうな、とクリスは今の内から予想しておくことにした。
そして、アラタの番が巡ってきた。
その次がクリス。
受付に必要物を提出し、確定手続きを進めてもらう。
手続き自体は流れ作業で、名前と更新されるランクの確認、間違いが無ければ手続きをして終了となる。
「ではお名前とランクをお願いします」
「アラタ、Bランクです」
「Bランクですか、凄いですね~」
「ありがとうございます」
他愛のない会話を交わしながらも、アラタは一抹の違和感を覚えていた。
この受付の人、行儀が悪いのか何なのか、左手を使おうとしていない。
台の下に隠したまま、右手一本で作業をしている。
少し紺色が混ざっているような、黒髪。
目の色も同じような感じで、ほぼ黒。
これと言って特徴は無いが、全体的に顔のパーツは整っている。
だが、何かが彼の中で引っかかる。
「真っ黒な服なんて、暑くならないんですか?」
手を動かしつつ、受付は軽い質問をした。
意外とおしゃべりな受付なのかもしれない。
「暑い時もありますけど、我慢できますよ」
「そうなんですか、私なんて暑がりだからとても……」
やっぱり何かぎこちないな、と彼は感じた。
こういった直感は大事にしたいと、アラタはスキルを起動する。
【身体強化】と【敵感知】だ。
結果、彼は機先を制することが出来た。
彼女から自分に向けて、ありったけの敵意が向けられていたから。
「左手を見せてもらえますか」
「……いやよ」
カウンターを挟んで繰り出されたナイフ。
だが動きは緩慢だ。
アラタは既に刀に手をかけていて、居合でそれに合わせる。
黒装束に魔力を流し込んで、防御力も上げた。
この時点で、彼女は彼を殺すことが出来なくなった。
キィン、と甲高い金属音がギルドに響いた。
それだけではなく、肉を叩く嫌な音も。
アラタはナイフを叩き落とし、左手で彼女の胸ぐらを掴み、受付カウンターに押し当てた。
鈍い音はその際に鳴ったものだ。
「何事だ!」
周囲が騒然となる。
突然受付がアラタに、新人冒険者に向けて襲い掛かったのだから、驚きもするだろう。
しかし、操られている様子は無く、アラタに向けて高い純度の殺意を向けている。
「お前どこの……いや、それはどうでもいい。死ぬ覚悟があって俺を襲ったんだろうな」
刀の鋒を突き付けて、男は問う。
襲われる心当たりが多すぎる彼にとって、動機など些細なものでしかない。
むしろ重要なのは、命を捨てる気で行動を起こしたんだろうな、という確認だ。
彼女はアラタの問いに答えなかったが、目は正直に語る。
自分の命など、これっぽっちも惜しくない。
「トレスさん! なんでこんなことを!」
彼女の同僚と思われる職員が、悲鳴にも近い叫びをあげた。
ナイフでアラタを攻撃しようとした彼女の名前は、トレスというらしい。
「トレス、トレス……クリス、心当たりは?」
少しの間考え込んでいたクリスは、脳内データベースから該当する人名を引っ張り出す。
「イーデン・トレスだな。前ギルド支部長、ドラールで命を落とした男だ」
殺した人間なんていちいち覚えていない男が、珍しく記憶に残していた戦い相手。
元Aランク冒険者、カナン公国内における薬物不正取引などに関与、自身も常用していたという嫌疑で追跡開始。
その最中に決定的な証拠が出てきて、拘束から討伐に任務変更。
特殊配達課が数名の犠牲を出しながら、任務を完遂。
アラタが追い込んだところを、クリスがとどめを刺した。
思い返せば、あの頃はまだ大公選の初期だった。
去年の話だ、アラタが特殊配達課に在籍していた期間の出来事だから、記憶に埋もれていた。
余談だが、あの後彼の家族がどうなったのか、アラタは知らない。
知っているのはクリスの方だ。
「死は落差って言っていた人だっけ」
「そうだ。そして私も思い出した。お前はあいつの娘だな」
彼女は否定も肯定もしない。
アラタはその姿を見て、いらいらと感情を募らせていた。
彼女のその目が、自分のやりたいことを、やるべきことを完遂したのだから、悔いはないと言わんばかりのその目が、大嫌いだった。
自分もそうだったが、他にも何人かそんな目を見たことがあったから。
この女がどうなろうと、アラタは知ったこっちゃない。
しかし、任務終了後、クリスが彼との約束に基づいて、彼の家族にいらぬ責任が及ばないように気をもんでいたことは知っていた。
今自分が刀を突き付けて、テーブルに押さえつけているこの女は、その努力を踏みにじったのだ。
「全員離れろ! 剣を持っている君! 拘束は緩めずに、ゆっくりと剣を離してくれ!」
上級冒険者なのか、それともオフの警邏なのか、場を収めるべく、数名の男が動き出した。
彼らの腰にも剣が提げられていて、受付ひとり拘束することは十分可能だと判断する。
「ナイフを持っていました。他にも無いか気を付けてください」
そう言うと、アラタは刀をどけた。
【身体強化】ありの左手は万力のような力が込められていて、抜け出せそうにない。
トレスも逃げるつもりは無さそうでもある。
「確保!」
アラタからバトンを受け渡されるように、男が彼女を取り押さえた。
受付の内側から後ろ手に動きを封じ、これ以上の反撃を予防する。
もしも彼女が魔術を使おうとしたときの為に、アラタは魔力を練り続けているが、それも杞憂に終わりそうだ。
「真っ黒な服装に白い仮面。お前らが! お前らがお父さんを殺したんだろ!」
「静かにしなさい」
ギルド内に響き渡る叫び声は、悲痛なまでの憎悪を宿している。
「人殺し! お前らのせいでお父さんは!」
はたから見れば、親を殺された可哀そうな子供の復讐にしか見えない。
でも、当人たちからすれば違う。
全く、濡れ衣もいいところだ。
特殊配達課に関して言えば、彼らはいい訳のしようもないほど悪事に手を染めている。
でも、それと同時に、れっきとした正規の任務も請け負っていた。
冒険者や特務警邏がやりたがらないような、身の毛もよだつ汚れ仕事を。
そのうちの一つがギルド支部長イーデン・トレス、彼女の父親の殺害であり、彼らはそれをやり遂げた。
任務だったし、法律に照らし合わせても即時処刑が認められる犯罪内容だった。
だから、アラタは怒りをため込む。
「お前が! お前が!」
泣き叫ぶ娘に対して、アラタは刀を収めてから近づく。
仮面は着けていない。
「イーデン・トレスは、俺が殺した」
ギルドが静寂に包まれる。
全員が、彼の言葉に注目していた。
「イーデンは、自分の死後家族が好奇の視線に晒される事の無いように、必要以上に社会的制裁を受けないように、俺たちに頼んで死んでいった。俺の仲間たちは、その約束をしっかりと守った。だが、全て台無しだ。お前のせいで、あいつの頼みは、俺の仲間たちの努力は台無しになった。それは他の誰でもない、お前のせいだ」
「離れなさい!」
「こいつっ、やめなさい!」
イーデンの娘の傍から離れようとしないアラタを、男たちは必死に引き剥がそうとする。
彼の言うことは尤もで、至極正論なのだが、自身のやって来たことがただの逆恨みでしかないことを知れば、受付の彼女はどう思うことだろう。
それは、出来れば知らないままの方が良かった真実だ。
呆然自失とした彼女の体から、力が抜けていく。
事実を突きつけられて、正気を保てそうにない。
父親の頼みが、彼らの良心が自分を守ってくれていたのに、それを無碍にしてしまったから。
当分社会復帰は厳しそうに思える。
「いくぞ、自分で歩け」
拘束されたまま、彼女はギルドから連行されていく。
あとで知ることとなったのだが、あの時彼女を連れて行ったのはギルドに用事があって立ち寄っていた警邏機構の職員だったらしい。
そして、残されたギルドでは、彼女が最後に手続きを行ったBランク冒険者の冒険者証が残されていた。
過去は消えない。
そして、追いかけてくる過去が、常に正しい罪の追及をしてくるとも限らない。
「ども」
「流石は大公選の切り札だっただけはある」
「できればその話はあまり…………」
試合が終わり、アラタに絡まった三節棍は解除された。
アラタも雷槍を未完成のまま手放し、これで終わりとなる。
元の約束を履行するならば、アラタがBランク、クリスがCランク冒険者だ。
この国では現役最高位の冒険者として彼は再スタートを切るのだから、この待遇は破格の扱いと言える。
「試験はこれで終わりだ。以後よろしく、Bランク冒険者殿」
レイヒムは爽やかな笑顔と共に、握手を求めた。
スポーツマン然としていて、潔い男だ。
アラタは握手を交わし、彼から認定証を受け取る。
これを冒険者証と共にギルドへ持っていき、所定の手続きを完結させることで、ランクは確定する。
以前と変わらない、昇級の手順だ。
「仕事が一緒になった時はよろしくお願いします」
「アラタ君、冒険者は仕事のことをクエストと呼ぶんだ。その方がそれっぽいだろう?」
「……そうですね。クエスト頑張ります」
「よし。時にアラタ君」
「何でしょうか」
試験官たちが撤収準備と後片付けに追われている時、レイヒムはアラタに耳打ちをする。
余人には聞かれてはならない話をするためだ。
「周りの人とうまく折り合いをつけるのも、冒険者の重要な資質だ」
「はぁ」
「君の働きは国を救ってくれた。しかし全ての人を助けたわけではないだろう?」
「それは、そうですね」
「逆恨みもある、ということだ」
アラタは頷き、それを見てレイヒムは離れた。
「折れろとは言わない。ただ、目を背けたい現実も待っているということだよ。困ったら相談するといい」
「もしその時があれば、お願いします」
彼を筆頭とした試験官たちはギルドに戻る必要がある。
しかし、アラタが滅茶苦茶にした会場の後片付けがあるのだから、彼らと一緒に戻ることは出来ない。
彼は自分のしでかした後片付けを手伝おうと名乗り出るも、それは自分たちの仕事だからと追い払われた。
それよりも早くランクを確定させてこい、と。
2人は今日試験を同じくした新米たちと、ギルドの方へ向かう。
その道中、意外なことにも誰もアラタに話しかけない。
力の差があり過ぎて近寄りがたかったのか、心なしか距離も空いているように見える。
同じ扱いをされるのは嫌だが、これはこれでなんか違うな、とクリスは首をかしげる。
もう少しこう、すごいとか、素敵とか、そんな感想と共に近づいてくるものだと思っていたから。
別にそうして欲しかったとかではないと、心の中で言い訳をする。
闘技場から隣のギルドまで戻ってくると、職員たちはランク確定手続きの為に待ち構えていた。
これから試験に参加した全ての新人冒険者の事務手続きがあるのだから、それはもう大変に違いない。
4つあるレーンに分かれて並び、それぞれ係の人間が捌くのを待つ。
今日の分のクエストはもう無いが、明日以降のクエスト受注も考えると、今日から彼らの冒険者生活はスタートする。
アラタ、クリスは連番で左から2列目の中央付近に連ねる。
大体の冒険者がFかEランクから始まるのに対して、彼らはBとCランクから始まる。
さぞかし受付の人間も驚くことだろうな、とクリスは今の内から予想しておくことにした。
そして、アラタの番が巡ってきた。
その次がクリス。
受付に必要物を提出し、確定手続きを進めてもらう。
手続き自体は流れ作業で、名前と更新されるランクの確認、間違いが無ければ手続きをして終了となる。
「ではお名前とランクをお願いします」
「アラタ、Bランクです」
「Bランクですか、凄いですね~」
「ありがとうございます」
他愛のない会話を交わしながらも、アラタは一抹の違和感を覚えていた。
この受付の人、行儀が悪いのか何なのか、左手を使おうとしていない。
台の下に隠したまま、右手一本で作業をしている。
少し紺色が混ざっているような、黒髪。
目の色も同じような感じで、ほぼ黒。
これと言って特徴は無いが、全体的に顔のパーツは整っている。
だが、何かが彼の中で引っかかる。
「真っ黒な服なんて、暑くならないんですか?」
手を動かしつつ、受付は軽い質問をした。
意外とおしゃべりな受付なのかもしれない。
「暑い時もありますけど、我慢できますよ」
「そうなんですか、私なんて暑がりだからとても……」
やっぱり何かぎこちないな、と彼は感じた。
こういった直感は大事にしたいと、アラタはスキルを起動する。
【身体強化】と【敵感知】だ。
結果、彼は機先を制することが出来た。
彼女から自分に向けて、ありったけの敵意が向けられていたから。
「左手を見せてもらえますか」
「……いやよ」
カウンターを挟んで繰り出されたナイフ。
だが動きは緩慢だ。
アラタは既に刀に手をかけていて、居合でそれに合わせる。
黒装束に魔力を流し込んで、防御力も上げた。
この時点で、彼女は彼を殺すことが出来なくなった。
キィン、と甲高い金属音がギルドに響いた。
それだけではなく、肉を叩く嫌な音も。
アラタはナイフを叩き落とし、左手で彼女の胸ぐらを掴み、受付カウンターに押し当てた。
鈍い音はその際に鳴ったものだ。
「何事だ!」
周囲が騒然となる。
突然受付がアラタに、新人冒険者に向けて襲い掛かったのだから、驚きもするだろう。
しかし、操られている様子は無く、アラタに向けて高い純度の殺意を向けている。
「お前どこの……いや、それはどうでもいい。死ぬ覚悟があって俺を襲ったんだろうな」
刀の鋒を突き付けて、男は問う。
襲われる心当たりが多すぎる彼にとって、動機など些細なものでしかない。
むしろ重要なのは、命を捨てる気で行動を起こしたんだろうな、という確認だ。
彼女はアラタの問いに答えなかったが、目は正直に語る。
自分の命など、これっぽっちも惜しくない。
「トレスさん! なんでこんなことを!」
彼女の同僚と思われる職員が、悲鳴にも近い叫びをあげた。
ナイフでアラタを攻撃しようとした彼女の名前は、トレスというらしい。
「トレス、トレス……クリス、心当たりは?」
少しの間考え込んでいたクリスは、脳内データベースから該当する人名を引っ張り出す。
「イーデン・トレスだな。前ギルド支部長、ドラールで命を落とした男だ」
殺した人間なんていちいち覚えていない男が、珍しく記憶に残していた戦い相手。
元Aランク冒険者、カナン公国内における薬物不正取引などに関与、自身も常用していたという嫌疑で追跡開始。
その最中に決定的な証拠が出てきて、拘束から討伐に任務変更。
特殊配達課が数名の犠牲を出しながら、任務を完遂。
アラタが追い込んだところを、クリスがとどめを刺した。
思い返せば、あの頃はまだ大公選の初期だった。
去年の話だ、アラタが特殊配達課に在籍していた期間の出来事だから、記憶に埋もれていた。
余談だが、あの後彼の家族がどうなったのか、アラタは知らない。
知っているのはクリスの方だ。
「死は落差って言っていた人だっけ」
「そうだ。そして私も思い出した。お前はあいつの娘だな」
彼女は否定も肯定もしない。
アラタはその姿を見て、いらいらと感情を募らせていた。
彼女のその目が、自分のやりたいことを、やるべきことを完遂したのだから、悔いはないと言わんばかりのその目が、大嫌いだった。
自分もそうだったが、他にも何人かそんな目を見たことがあったから。
この女がどうなろうと、アラタは知ったこっちゃない。
しかし、任務終了後、クリスが彼との約束に基づいて、彼の家族にいらぬ責任が及ばないように気をもんでいたことは知っていた。
今自分が刀を突き付けて、テーブルに押さえつけているこの女は、その努力を踏みにじったのだ。
「全員離れろ! 剣を持っている君! 拘束は緩めずに、ゆっくりと剣を離してくれ!」
上級冒険者なのか、それともオフの警邏なのか、場を収めるべく、数名の男が動き出した。
彼らの腰にも剣が提げられていて、受付ひとり拘束することは十分可能だと判断する。
「ナイフを持っていました。他にも無いか気を付けてください」
そう言うと、アラタは刀をどけた。
【身体強化】ありの左手は万力のような力が込められていて、抜け出せそうにない。
トレスも逃げるつもりは無さそうでもある。
「確保!」
アラタからバトンを受け渡されるように、男が彼女を取り押さえた。
受付の内側から後ろ手に動きを封じ、これ以上の反撃を予防する。
もしも彼女が魔術を使おうとしたときの為に、アラタは魔力を練り続けているが、それも杞憂に終わりそうだ。
「真っ黒な服装に白い仮面。お前らが! お前らがお父さんを殺したんだろ!」
「静かにしなさい」
ギルド内に響き渡る叫び声は、悲痛なまでの憎悪を宿している。
「人殺し! お前らのせいでお父さんは!」
はたから見れば、親を殺された可哀そうな子供の復讐にしか見えない。
でも、当人たちからすれば違う。
全く、濡れ衣もいいところだ。
特殊配達課に関して言えば、彼らはいい訳のしようもないほど悪事に手を染めている。
でも、それと同時に、れっきとした正規の任務も請け負っていた。
冒険者や特務警邏がやりたがらないような、身の毛もよだつ汚れ仕事を。
そのうちの一つがギルド支部長イーデン・トレス、彼女の父親の殺害であり、彼らはそれをやり遂げた。
任務だったし、法律に照らし合わせても即時処刑が認められる犯罪内容だった。
だから、アラタは怒りをため込む。
「お前が! お前が!」
泣き叫ぶ娘に対して、アラタは刀を収めてから近づく。
仮面は着けていない。
「イーデン・トレスは、俺が殺した」
ギルドが静寂に包まれる。
全員が、彼の言葉に注目していた。
「イーデンは、自分の死後家族が好奇の視線に晒される事の無いように、必要以上に社会的制裁を受けないように、俺たちに頼んで死んでいった。俺の仲間たちは、その約束をしっかりと守った。だが、全て台無しだ。お前のせいで、あいつの頼みは、俺の仲間たちの努力は台無しになった。それは他の誰でもない、お前のせいだ」
「離れなさい!」
「こいつっ、やめなさい!」
イーデンの娘の傍から離れようとしないアラタを、男たちは必死に引き剥がそうとする。
彼の言うことは尤もで、至極正論なのだが、自身のやって来たことがただの逆恨みでしかないことを知れば、受付の彼女はどう思うことだろう。
それは、出来れば知らないままの方が良かった真実だ。
呆然自失とした彼女の体から、力が抜けていく。
事実を突きつけられて、正気を保てそうにない。
父親の頼みが、彼らの良心が自分を守ってくれていたのに、それを無碍にしてしまったから。
当分社会復帰は厳しそうに思える。
「いくぞ、自分で歩け」
拘束されたまま、彼女はギルドから連行されていく。
あとで知ることとなったのだが、あの時彼女を連れて行ったのはギルドに用事があって立ち寄っていた警邏機構の職員だったらしい。
そして、残されたギルドでは、彼女が最後に手続きを行ったBランク冒険者の冒険者証が残されていた。
過去は消えない。
そして、追いかけてくる過去が、常に正しい罪の追及をしてくるとも限らない。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。
水定ゆう
ファンタジー
村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。
異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。
そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。
生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!
※とりあえず、一時完結いたしました。
今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。
その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-
ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。
困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。
はい、ご注文は?
調味料、それとも武器ですか?
カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。
村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。
いずれは世界へ通じる道を繋げるために。
※本作はカクヨム様にも掲載しております。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣
織部
ファンタジー
ノルドは、古き風の島、正式名称シシルナ・アエリア・エルダで育った。母セラと二人きりで暮らし。
背は低く猫背で、隻眼で、両手は動くものの、左腕は上がらず、左足もほとんど動かない、生まれつき障害を抱えていた。
母セラもまた、頭に毒薬を浴びたような痣がある。彼女はスカーフで頭を覆い、人目を避けてひっそりと暮らしていた。
セラ親子がシシルナ島に渡ってきたのは、ノルドがわずか2歳の時だった。
彼の中で最も古い記憶。船のデッキで、母セラに抱かれながら、この新たな島がゆっくりと近づいてくるのを見つめた瞬間だ。
セラの腕の中で、ぽつりと一言、彼がつぶやく。
「セラ、ウミ」
「ええ、そうよ。海」
ノルドの成長譚と冒険譚の物語が開幕します!
カクヨム様 小説家になろう様でも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる