半身転生

片山瑛二朗

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第4章 灼眼虎狼編

第246話 もういいや

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「アラタがBランクになったら、私の特別感が薄れてしまうじゃないか」

「……話聞いてた? ギルドで襲われたんだけど」

「だから?」

「だからって、なぁ?」

 日中の件についてノエルに話しても、どうにも反応が薄い。
 アラタがそれを望んだわけではないが、ノエルのことだから怒り狂ってギルドにカチコミかけるくらいのことはしかねないと思っていた。
 それを家で話しておくことで、彼なりに穏便な方向にもっていくための知恵だった。
 けれども、その懸念が的中することは無かった。
 ノエルもリーゼも、大して取り乱したり激昂するようなことは無い。
 それが無いと、それはそれで怖い。
 クリスに同意を求めたアラタだが、彼女は彼女で少し変わっている。

「イーデンの頼みも無駄になってしまったが、娘があれでは仕方ない」

 なんて冷たく言い放つものなのだから、アラタは自分がおかしいのかと思えてくる。
 この場で事態を深刻に受け止めているのが自分一人だけだと、なんだかばかばかしくなってきた。

「何かこうさぁ、出来ることあったんじゃないかなって。俺的には思うわけですよ」

「何かってなんだ?」

「そりゃあ……何だろうな」

「アラタも分からないんじゃないか」

 彼の中で上手く言語化できないモヤモヤが溜まっていく。
 レイヒムに言われたように、逆恨みと言い切ってしまえばそこまでの話、重く受け止める方が間違っているのかもしれない。
 でも、経緯はどうであれ、アラタやクリス、特配課は誰かにとって大事な人を傷つけた。
 それが合法的に認められるところだったとしても、傷つけたことに変わりない。
 それで悲しみに暮れる人がいるのなら、きっともっといい方法があったはずなんだと、アラタはそう言いたいのだ。
 でも、そこまで彼に文章力は無い。

「結局」

 リーゼは食事を終えて立ち上がった。

「アラタは悪くないわけですし、気に病んでも仕方ないですよ」

「それはそうだけどさ」

「じゃあ殺されれば満足だったんですか?」

「それは違う」

「なら、相手の想いを曲げてでもアラタはアラタの正しいと思ったことをしなきゃいけませんよ。今までだってそうしてきたわけでしょ?」

「いいこと言うな。それいただき」

「ふふっ、こういうのも久しぶりな気がしますね」

 確かに、とアラタは笑った。
 このやり取り自体が新鮮で、懐かしくもあった。
 トレス家の問題に答えが無くても、彼は彼の人生を歩まなければならない。
 イーデンの娘がどう思っていようと、イーデンはアラタに対して、言葉を託した。
 気が付いたら引き返せなくなっていた、君はそうなるな、と。
 大公選の後、エリザベスを連れて国に反逆した時点で、彼はもう引き返せなくなっていた。
 でも、一度状況はリセットされたのだ。
 もう一度、チャンスを与えられたのだ。
 まともに、正しく生きる機会を、周りの協力で手に入れることが出来たのだ。
 生きている者も死んだ者も、ボロボロになって傷ついたアラタという男の幸せを願っている。
 だから、『気にするな』ということだ。

※※※※※※※※※※※※※※※

 翌日、パーティーは再始動する。

「いい天気だ!」

「今日は一日地下ですけどね」

「いいの!」

 いつにもましてノエルは明るい。
 約1年、この日を待ち望んでいたのだから、テンションがあがりまくるのも無理はない。
 この日の為に、ずっと頑張って来たのだから。

「お待たせ。行こっか」

「よし、出発!」

 こうして4人はシルに見送られながら、ギルドへ向けて出発した。
 まず冒険者ギルドでダンジョン探索の常駐クエストを受注して、それからアトラダンジョンに潜る。
 まだ明確な目標の無いこのパーティーだが、4人の動き方を練習する意味でも浅い階層のダンジョンは良い練習場所になる。
 Bランクが2人、Cランクが2人、メンバー構成としては申し分ない。
 ノエルが勢いよくギルドの扉を開くと、大きな音に一同が振り返る。
 まだ朝早くということもあって、かなりの数の冒険者たちが仕事を物色している。
 ダンジョン探索のような空きの多いクエストと違って、緊急性が高かったり希少なクエストは早い段階で受注先が決まってしまう。
 だからこうして冒険者たちは、朝からギルドに集まるのだ。
 Cランク以上になると指名クエストが入ることがあるので、必ずしも自分で仕事を見つけてくる必要は無いのだが、これはいいだろう。
 とにかく、彼ら4人はダンジョン探索に出る。

「ノエル筆頭に4名でダンジョン探索だ」

 トレードマークのポニーテールを振りながら、ノエルは受付カウンターに張り付いた。
 いつもこんなテンションで疲れないのかな、と朝に弱いクリスは思っている。
 特に朝弱いわけではないアラタも同様に、低いテンションでノエルのことを見ている。
 彼の中には、昨日の一件が残り続けている。
 アラタは一度起こった出来事に対して割と引きずるタイプだ。
 それに、と男は周囲を見渡す。

 ——見られてんな。

 複数の視線、それも好意的ではないそれが、アラタに向けられている。
 あまり気持ちの良いものでもないし、彼はこれがトラウマになっている。
 それほど、彼が甲子園で負った心の傷は深い。

「冒険者証を確認させてください」

 値踏みするというか、何というか、疑いの目という表現が最も適切だろうか。
 受付の人間は4人の冒険者証を確認する。
 特におかしなことは記載されていないし、形式上こうする必要があるだけで、そこで手間取ることはほとんどなかった。
 しかし、ほとんどから溢れた極僅かなケースに当たらない保証もない訳で、今回は運が悪かったというか、タイミングが悪かったというか、理不尽だった。

「ノエル様、リーゼ様、クリス様はダンジョン入場許可を出せます。ただ、アラタ様は許可できません」

「なんで?」

 ノエルは純粋に聞き返した。
 ありえないというよりも先に、3人とアラタの間にどんな違いがあるのか分からなかった。
 しかし、世界は彼女ほど清純にできていない。

「昨日アラタ様はランク適正試験を受けておられますね」

「そうです」

 アラタが答える。

「その際の記録で、アラタ様の戦い方がダンジョン内部の環境に影響を及ぼす可能性があると指摘がありまして。それはこちらとしても困ると言いますか」

「つまり? どうすれば入ることが出来ますか?」

「現状では何とも。戦い方を制限したところで状況が悪化すればやむを得ない場合もあるでしょうし。とにかくこちらから許可を出すことは出来ません」

「横暴だ! 支部長を呼べ!」

 ノエルの発言だけ切り取ればクレーマーそのものだが、気持ちは汲める。
 彼女はこの日を待ち望んでいた。
 それをこんな形で邪魔されたら、怒りたくもなる。

「支部長は留守にしています」

 ——またこんなかよ。
 いつもいつも、いい加減ムカついてくるぜ。

 アラタは、刀に手をかけた。

「アラタ!?」

 焦ったリーゼとクリスが止めに掛かる。
 彼が本気なら2人がかりでも止まらないが、まさかと思った。
 結果として踏みとどまったから、アラタも本気でやる気はなかったらしい。

「……萎えたわ。もういいや」

 柄から手を離すと、アラタは冒険者証を取って踵を返した。
 自分の為と、ノエルの為。
 それだけの動機があって、ようやく前に進もうと思えてきたというのに、周囲の邪魔はいつだって彼の歩みを止めようとしてくる。
 アラタはもう面倒くさくなった。

「待って、アラタ! アラタ!」

 アラタを追いかけるノエルと、その後を追うリーゼ。
 そして最後尾のクリスは、3人分の冒険者証を取ると、吐き捨てるように言った。

「貴様らがこれでは、アラタや死んだみんなが報われない」

 命を賭して守ったものの先に、こんな現実しか待っていなかったのなら、彼らももう少し違う生き方があったはずだと、クリスは拳を握り締めた。
 自分一人が、仲間だけが無事でいいのなら、この国から出てどこか辺境の土地で暮らせばよかった。
 そうしなかったのは、偏に自分の命よりも大事なものがそこにあったから。
 そうして身を粉にして働いて、その先にこんな報酬しか用意できないのなら、初めから私たちを用いるなと、クリスはシャノンに文句を言いたい気分だった。

「アラタ、その、あの受付が悪かったんだ。別の人の所でもう一回やってみようよ」

「そうですよ。あんなの叔父様に頼めば一発です!」

「それじゃダメなんだよ」

「じゃ、じゃあ勝手にダンジョンに入ってしまおう!」

「結果を出せばギルドも認めないわけにはいきませんよね。それなら——」

「2人ともその辺にしろ」

 クリスから注意警告だ。

「私やアラタがしたことは、そんなことでどうにかできるほど軽くなかったということだ。それに、私たちの身元までバレているとなると、敵の姿は想像以上に大きい」

「じゃあどうすればいいんだ!」

「少し一人にしてくれ」

「あ……待ってよ」

 伸ばしたノエルの手は、アラタの裾を掴むことが出来なかった。
 空振りに終わった右手は虚空を掴み、空の手を見る。
 アラタは腰に下げていた仮面を着け、フードを被って気配を消してしまった。
 あっという間に彼の姿は人ごみの中に消えて行った。

※※※※※※※※※※※※※※※

 カジノのルーレットを見ていると、気がいくらか紛れる。
 ぐるぐる回転して、ボールもその中をぐるぐる巡り巡って、約束された場所に落ちる。

 アラタはいつぞやのカジノに来ていた。
 刀やナイフなどの武器はエントランスに預けておく。
 金は銀貨5枚。
 大博打を仕掛けなければそれなりに長く遊べる金額だ。
 カードなどもやっているこの場所で、アラタは一つのルーレットテーブルにずっと張り付いていた。
 初めの方、彼は連続して勝ちを当てる。
 決まった倍数のチップが手元に増えて、それなりに嬉しさを与えてくれた。
 そして、彼は気づいた。
 自分がルーレットを楽しむことが出来なくなっていることに。
 ルーレットはディーラーがベットを終了するまでチップを積むことが出来る。
 一点突破でも構わないし、ちりばめてもいい。
 組み合わせれば非常に倍率の高い勝ち方をすることも出来るし、逆にちまちまと勝つことも可能だ。
 しかしあくまでもギャンブル、そこには常に運と可能性が入り混じっている。
 ギャンブルが楽しめなくなる時、それはきっと、運と可能性が消えたときだろう。
 ここに落ちると明確に分かった時、それはただの作業に成り下がる。
 イカサマと指摘されても、分かる物は仕方ないのだ。
 基本的にディーラーはボールを投げてからしばらくベットを締め切らない。
 その間にアラタは、どのあたりに落ちるのか何となく予測がつく。
 あとはそのあたりにいくつかチップを置いてやれば、驚くほど簡単にチップは増える。
 彼はもう、自分が人並みの娯楽を楽しむことのできる体ではなくなったことを自覚した。
 鋭すぎる感覚に音楽や人の喧騒は耳障りで、どこに落ちるかわかるルーレットは酷く退屈で、クエストを受注できないギルドに登録する意味はない。
 仕事を紹介してくれない派遣サイトくらい存在価値が無い。

 だが、彼は思い出す。
 エリザベスのこと以外もうどうでもいいと思ったあの時、こうなる可能性だって十二分に考えられた。
 それを無視して、飲み込んでまで、自分は彼女を選んだ。
 なら、今自分に起こっていることは因果応報なのではないか。
 自業自得なのではないかと、そう思えてくる。
 とにかく、出鼻をくじかれたアラタが思うことはただ一つ。

 ——もういいや。
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