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第5章 母と息子
雲嵐の詰問
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目の前に、長いまつ毛が見えている。
パチパチと瞬きを繰り返しながら、羅刹はいつ呼吸をすればいいのかなどと考えていた。
雲嵐がしてきたことが信じられず、呆然としているうち。彼は二度、三度と口付けをしてきた。
「ちょ、ちょっと待ったあああああ!」
どん、と雲嵐を突き飛ばせば、彼は呆気に取られた顔をしている。
「なんだ、いきなり」
「なんだいきなりはこっちのセリフです! 何さも当たり前のように接吻など」
「あ」
ブワッ、という音が聞こえそうなほどの勢いで、雲嵐の顔色が朱に染まった。
羅刹に突き飛ばされた格好のまま、彼は狼狽始め、先ほど取り外した狐の面をさっと顔に装着する。
「あの……申し訳ない」
落ち着きなく手を動かす雲嵐が、いつも以上に滑稽に見える。
「申し訳ないで済むものですか! なんであんな、あんな……!」
「お前が無事だったことが嬉しくて。これまで味わったことがないほどに、胸が押しつぶされそうだった。羅刹がいなくなったら、どうしようかと。顔を見たらほっとして、それで」
「それでなんですか」
「抱きしめたくなった」
雲嵐は両手で狐の面を覆っている。面をつけている上にさらに手で覆う意味とは。
ずいぶんと恥ずかしいことを言ってくれる。
恋愛とは縁遠い人生を歩んできた羅刹も、これにはこたえた。
なんなの急に。これまで全然そんな空気なかったのに。こっちまで恥ずかしくなってくるじゃない。
「おい……俺を無視していちゃつくんじゃねえよ」
背後からかけられた声に、羅刹と雲嵐は振り返る。
後頭部をさすりながら、吊り目の監察史が起き上がっていた。
「結局女ってことでいいのか? それともお前ら男色か」
羅刹が言い返そうと口を開くと、雲嵐が羅刹と漢林の間に立ち塞がった。彼には珍しく怒っている様子で、漢林の官服の首元を掴むと、壁際に追い詰めた。
「俺を東宮と知っての発言か」
「……東宮? そうか、なるほど、うっ」
漢林はそう言葉を振り絞るも、どんどん顔色が悪くなっていく。雲嵐が首を絞めていた。
「雲嵐! 死んじゃう、死んじゃう死んじゃいます!」
「進士が一人死のうと、国政に支障はない」
「ダメですって!」
雲嵐は舌打ちをすると、漢林を床に下ろした。ゲホゲホと咳き込む彼を見下ろしながら、羅刹は言う。
「漢林、君、蔡華さんと協力関係にあるの?」
「はぁ? 何言ってんだ。なんでそんな話になるんだよ」
涙目で答える漢林を見ながら、羅刹は顎に手を置き、考え込む。てっきり二人が通じていて、羅刹を陥れようとしたのだと思った。これが演技とも取れるが、今のところ彼は「不正を働いた可能性のある官吏に聞き取りをする」という監察史の仕事をしているに過ぎない。
これまでの犯行に関しても、最後の侍女が大麻飴を持っていた以外、証拠が残っていなかった。もし蔡華が真犯人だとして、彼なら自分が直接羅刹を排除したという痕跡は残すまい。漢林を利用して、あくまで御史台が不正を犯した官吏を処分した、という形で邪魔者である羅刹を追い払おうとしたのかもしれない。
ようやく顔色が戻った漢林は、姿勢を正すと雲嵐に向かって礼をとった。
「東宮様、知らなかったとはいえ、無礼な態度をお詫びいたします」
「貴様が詫びるのは俺ではない、羅刹にだ」
雲嵐の怒りはまだおさまっていないらしい。
「……乱暴なことをして悪かった」
納得いかない様子で謝る漢林の頭に、雲嵐がゲンコツをくらわす。漢林は小さな声で、申し訳ありませんでしたと謝った。
「いや、別に。漢林は漢林の仕事をしただけだろうから」
女を隠して官吏として働くのは、そもそも罪である。本来なら彼を責める謂れはない。
「お前、仲間を使って羅刹に馬糞を投げつけたやつだな」
指摘され、漢林は大変気まずそうな顔をする。
「え、なんで雲嵐がそれを知ってるの?」
「あの時助けたのは俺だ」
「え」
なるほど。てっきり蔡華が助けてくれたのだと思っていたが、雲嵐が皇家の紋の入った品物を持っていてもなんらおかしくない。その後着替えているところを目撃されたのも、心配してついてきてくれたからだろう。とんだ勘違いをしていた。
「それとお前。玉龍宮でも度々見かけたことがあるな」
雲嵐の言葉に漢林が一瞬狼狽えた。玉龍宮。徳妃鏡花の住まう宮だ。
漢林は、「まさかそんな」と目を逸らすが、疑わしいことこの上ない。
「お前、徳妃に命じられて、羅刹のことを調べていたな?」
パチパチと瞬きを繰り返しながら、羅刹はいつ呼吸をすればいいのかなどと考えていた。
雲嵐がしてきたことが信じられず、呆然としているうち。彼は二度、三度と口付けをしてきた。
「ちょ、ちょっと待ったあああああ!」
どん、と雲嵐を突き飛ばせば、彼は呆気に取られた顔をしている。
「なんだ、いきなり」
「なんだいきなりはこっちのセリフです! 何さも当たり前のように接吻など」
「あ」
ブワッ、という音が聞こえそうなほどの勢いで、雲嵐の顔色が朱に染まった。
羅刹に突き飛ばされた格好のまま、彼は狼狽始め、先ほど取り外した狐の面をさっと顔に装着する。
「あの……申し訳ない」
落ち着きなく手を動かす雲嵐が、いつも以上に滑稽に見える。
「申し訳ないで済むものですか! なんであんな、あんな……!」
「お前が無事だったことが嬉しくて。これまで味わったことがないほどに、胸が押しつぶされそうだった。羅刹がいなくなったら、どうしようかと。顔を見たらほっとして、それで」
「それでなんですか」
「抱きしめたくなった」
雲嵐は両手で狐の面を覆っている。面をつけている上にさらに手で覆う意味とは。
ずいぶんと恥ずかしいことを言ってくれる。
恋愛とは縁遠い人生を歩んできた羅刹も、これにはこたえた。
なんなの急に。これまで全然そんな空気なかったのに。こっちまで恥ずかしくなってくるじゃない。
「おい……俺を無視していちゃつくんじゃねえよ」
背後からかけられた声に、羅刹と雲嵐は振り返る。
後頭部をさすりながら、吊り目の監察史が起き上がっていた。
「結局女ってことでいいのか? それともお前ら男色か」
羅刹が言い返そうと口を開くと、雲嵐が羅刹と漢林の間に立ち塞がった。彼には珍しく怒っている様子で、漢林の官服の首元を掴むと、壁際に追い詰めた。
「俺を東宮と知っての発言か」
「……東宮? そうか、なるほど、うっ」
漢林はそう言葉を振り絞るも、どんどん顔色が悪くなっていく。雲嵐が首を絞めていた。
「雲嵐! 死んじゃう、死んじゃう死んじゃいます!」
「進士が一人死のうと、国政に支障はない」
「ダメですって!」
雲嵐は舌打ちをすると、漢林を床に下ろした。ゲホゲホと咳き込む彼を見下ろしながら、羅刹は言う。
「漢林、君、蔡華さんと協力関係にあるの?」
「はぁ? 何言ってんだ。なんでそんな話になるんだよ」
涙目で答える漢林を見ながら、羅刹は顎に手を置き、考え込む。てっきり二人が通じていて、羅刹を陥れようとしたのだと思った。これが演技とも取れるが、今のところ彼は「不正を働いた可能性のある官吏に聞き取りをする」という監察史の仕事をしているに過ぎない。
これまでの犯行に関しても、最後の侍女が大麻飴を持っていた以外、証拠が残っていなかった。もし蔡華が真犯人だとして、彼なら自分が直接羅刹を排除したという痕跡は残すまい。漢林を利用して、あくまで御史台が不正を犯した官吏を処分した、という形で邪魔者である羅刹を追い払おうとしたのかもしれない。
ようやく顔色が戻った漢林は、姿勢を正すと雲嵐に向かって礼をとった。
「東宮様、知らなかったとはいえ、無礼な態度をお詫びいたします」
「貴様が詫びるのは俺ではない、羅刹にだ」
雲嵐の怒りはまだおさまっていないらしい。
「……乱暴なことをして悪かった」
納得いかない様子で謝る漢林の頭に、雲嵐がゲンコツをくらわす。漢林は小さな声で、申し訳ありませんでしたと謝った。
「いや、別に。漢林は漢林の仕事をしただけだろうから」
女を隠して官吏として働くのは、そもそも罪である。本来なら彼を責める謂れはない。
「お前、仲間を使って羅刹に馬糞を投げつけたやつだな」
指摘され、漢林は大変気まずそうな顔をする。
「え、なんで雲嵐がそれを知ってるの?」
「あの時助けたのは俺だ」
「え」
なるほど。てっきり蔡華が助けてくれたのだと思っていたが、雲嵐が皇家の紋の入った品物を持っていてもなんらおかしくない。その後着替えているところを目撃されたのも、心配してついてきてくれたからだろう。とんだ勘違いをしていた。
「それとお前。玉龍宮でも度々見かけたことがあるな」
雲嵐の言葉に漢林が一瞬狼狽えた。玉龍宮。徳妃鏡花の住まう宮だ。
漢林は、「まさかそんな」と目を逸らすが、疑わしいことこの上ない。
「お前、徳妃に命じられて、羅刹のことを調べていたな?」
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