半竜の心臓〜私を刺したのはとても優しい人でした〜

織部

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鳥の囀りさえずよりも喧しい。
 これが初めて王都に足を踏み入れた少女の感想だった。
 車の窓のどこを見回しても人間種だらけ。
 人間、エルフ、ドワーフ、小人、獣人と多種多様な種族が入り混じって驚くほど平らな石の道・・石畳の道路を闊歩し、話し、騒いでいる。
 保護施設よりも小さいが美しい造りの建物が隙間なく並び、その中にもたくさんの人間種が詰められるように住んでいるようで窓からは夜行種の動物の目のような灯りが灯っているのが見える。店先と呼ばれるところには見たこともない食べ物や人間種が身につける衣類や装飾品や生活に使う雑貨と呼ばれる物、そして武器が並べられている。
 そして街並みのさらに奥、半竜で目の良い少女にすら小さく映るくらい離れた場所に山のように膨らんだ頭の尖った建物が見える。恐らく近づけば見上げるほどに大きく、父たる白竜の王が洞穴に集めていた金銀と同じくらいの絢爛なものなのだろう。
「王城ですよ」
 車の後部座席に座るヤタが優しく声を掛けてくる。
「王様が住む建物です。王様は知ってますよね?」
 ヤタの問いに少女は頷く。
「それは良かった」
 ヤタは、小さく微笑む。
 人を心から安心させる柔らかく優しい笑顔だ。
「こんなにたくさんの人間種を見たのは初めてではないですか?王都にも驚いたでしょう?」
「は・・はいっ」
 少女は、戸惑い気味に返事する。
 それは話したことのない人に声をかけられて返答に困ったと言うのもあるが別の理由もあった。
 ヤタの言うように少女は王都に来るのは初めてのはずだ。
 それなのに何故かこの光景に見覚えがあった。
 建物の形も、たくさんの人間種も、そして奥に見える王城も圧倒こそさせるがそれは初めて見たからではなく、既視感デジャビュのような懐かしい感覚からだった。
(なんで?なんでこんな気持ちになるの?)
 目を覚ましてからこんなことが何度も起きてる。
 いや、正確には目を覚ます前からだ。
 誰だか知らないあの夢を見てからずっとおかしい。
 まるで自分の中にもう1人誰かがいるようなそんな妙な感覚に陥る。
 少女は、隣で黙々と運転するアメノを見る。
 ヤタの仲裁により兵士たちから解放されてからアメノはむすっと口を閉じて運転し続けていた。
 彼は、なんで自分の里親になってくれたのだろう?
 流れに飲み込まれるままに王都まで連れてこられ、実際に王都を見て少女はようやくその疑問に辿り着いた。
 よくよく考えればおかしい。
 彼にして見れば自分は抹殺対象ターゲットに囚われていた捕虜に過ぎず、それ以上の価値なんてないはずだ。
 それなのに何の価値メリットを感じて自分を引き取ったと言うのだろうか?
 少女は、意を決して彼に聞こうと口を開いた。
 しかし、先に意見をぶつけたのは口ではなく、お腹だった。
 綺麗な着物帯に包まれた少女のお腹から盛大な音が鳴り響く。
 少女は、頬を真っ赤にして両手でお腹を押さえる。
 ヤタの口から笑い声が上がる。
「相変わらず貴方のお腹は正直だ」
 そんなにおかしかったのか、ヤタの目には涙が溜まる。
 アメノは、横目で少女を見て、そして後ろに座るヤタをバックミラー越しに睨む。
 少女は、恥ずかしさのあまり身を小さくする。
「アメノ。そこの角を曲がったところに小洒落なレストランがあります。駐車場もありますしそこに寄っていきましょう」
 バックミラー越しにアメノが猛禽類のような目を細めてヤタを見る。
「店に入るのか?」
「個室があるのでそこに行きましょう」
 ヤタは、眼鏡の奥で目を細める。
「お願いしたいこともあるので」
 アメノは、渋々と頷き、ハンドルを切って曲がる。
 少女は、恥ずかしさにボンネットに頭をぶつけるのではないかくらい身体を丸める。
 そのせいで少女は気づかなかった。
 ヤタの発した言葉の違和感に。

 小洒落たというのはよく分からないがレストランと呼ばれる店は確かに清潔で綺麗であった。建物の柱は爪が立てられないくらい綺麗に磨かれ、屋根の色も夕日に当てられた山のような橙色、並べられたテーブルも保護施設の食堂とは比べてものにならないくらい輝いており、鉢植えに植えられた植物も元気に天井に向かって伸びている。
 そして店員の教育と言うものも行き届いているのだろう。少女の姿を見ても露骨に顔を顰めるだけでそれ以上は何も言わないかったのだから。
 いや、言わなかったのは教育が行き届いていたからではなく、少女を挟むように立つ2人の存在に・・かもしれない。
 ヤタは、店員に個室をお願いすると店員は恭しく頭を下げて3人を案内する。
 案内された個室は手狭だが掃除は行き届いており、真ん中に置かれた白いテーブルも洒落ている。
 アメノは、少女に奥の席に座るように言う。
 少女は、言われるがままに座るとその隣にアメノが触り、向かいの席にヤタが座る。
 ヤタは、テーブルに置かれたメニューを開き、少女に見せる。
 メニューには字だけでなく、そのメニューを載せた写真も付いていたのでどんな料理なのかイメージが付いたが、それがどんな物かまでは分からなかった。
「お肉とお魚どちらがお好きですか?」
 ヤタが優しい口調で聞いてくる。
「・・火が通ってれば何でも・・」
 少女は、恥ずかしそうに言う。
 少女の言葉にヤタは眼鏡の奥の目を丸くし。そして微笑む。
「それじゃあ両方頼みましょうか?それとサラダと飲み物も」
 ヤタは、アメノに目を向ける。
「甘い物は最後ですよ」
「分かってるよ」
 ヤタは、店員を呼ぶとメニューに書かれたものを適当に、しかし慣れた様子で注文する。
 少女は、雪のように冷たい水に口を付けながらその様子を見る。
 アメノは、何故かむすっとした顔をして背もたれに寄りかかる。
「ここのご飯は美味しいですよ」
 ヤタは、穏やかに微笑んで言う。
 料理はすぐに運ばれてきた。
 アボガドと卵とレタスをマヨネーズで和えたコブサラダ。
 皮をパリッと焼いた川魚と香味野菜のグリル。
 甘辛いタレで焼き上げたスペアリブ。
 小さなパンが数種と付け合わせのバター。
 そして飲み物。ヤタにはアイスコーヒー、少女には果汁を絞ったオレンジジュース、そしてアメノの前に置かれたのは・・。
「緑茶?」
 少女がぼそりっと口にしたのをヤタは驚いた目で見る。
「知っているのですか?」
 少女は、ヤタに言われて「えっ?」と驚いた顔をして口元を押さえる。
 無意識に言葉が口から飛び出したらしい。
 夢の中で誰かが誰かの為に用意した緑茶。
 しかし、そんなことを言っても信じてもらえるはずがない。むしろおかしな奴だと思われるので・・。
「亡くなった母が・・飲んでました」
 そう言って誤魔化した。
 ヤタの目が曇る。
「そうでしたか。中々の通だったのですね。お母様は」
「そんなんですか・・ね?」
 少女は、躊躇いがちに言う。
 口から出まかせだったが信じてもらえたようだ。
 アメノは、少女をじっと横目で見て緑茶を啜った。
 味の付いた肉や魚を食べるのは初めてであったがどれも涙が出そうなくらいに美味しかった。
 表面に白い粉のようなものが降られた魚は最初、飛び上がるくらい塩っぱかったがその身はとても甘く、口の中で解けていき、何度でも口に運びたくなる。
 肉は、少し齧っただけで身が千切れ、獣臭さなんてまるでない。濃厚な旨みが油と一緒に口の中に広がる。それを少し硬めのパンにバターを塗って一緒に食べるとさらに旨さが際立つ。
 少女の舌と胃袋は料理の虜になってしまい、黙々と、しかし止まることなく食べていき、プレートに乗った料理が消えていく。
 その様子をアメノは猛禽類のような目を大きく開いて見て、ヤタもサラダを食べる手を止めてぽかんっと口を開いて見た。
 全ての料理を食べ終えて満腹に心と胃袋を満たしてからようやく少女は自分が見られていることに気づき、きょとんっと2人を見て、アメノ達の分までも消え失せてしまったプレートを見て、顔を真っ赤に染める。
「申し訳ありません!」
 少女は、大きく頭を下げる。
「はしたないところだけでなく、皆様のお食事まで!」
 あまりにも美味しくて夢中になってしまい、周りが見えていなかった。
 少女は、どこかに巣穴があったら入りたい気分になる。
 アメノとヤタは、お互いの目を合わせる。
「構いませんよ」
 ヤタは、小さく笑う。
「よほど美味しかったんですね」
「・・・はいっ」
 少女は、消え入りそうな声で頷く。
「やはり半竜はよく食べますね。アメノ」
 そう言ってヤタは、アメノを見る。
 アメノは、何も言わずに緑茶を啜る。
 それを見てヤタは眉根を寄せる。
「もう少し愛想を良くしたらどうですか?」
 ヤタは、少女をちらりっと見る。
「貴方はこの子の里親になるんですよ。そんなのでは先が思いやられます」
 アメノは、緑茶のカップを口に当てたままヤタを見る。
「さっきの兵士達のこともそうです。この子を守ろうとしたんでしょうけどあれじゃあ逆効果ですよ。喧嘩を売ってるのと変わりません」
「・・・俺はごめんなさいって言えって言っただけだ」
「あれは促してるのではなく脅してるって言うんです」
 ヤタは、呆れて肩を竦める。
 アメノは、拗ねたようにそっぽ向く。
 少女は、アメノをじっと見る。
 この人は・・本当にツンデレ鳶なんだな、と改めて思う。
 とんでもなく優しい癖にとんでもなく不器用だから柄の悪い対応しか出来ないのだ。
「本当に仕方のない人・・」
 少女は、自分でも気づかないくらい小さな声でぼそりっと言う。
 ヤタの目が小さく細まる。
「さあ、そろそろ甘い物でも食べますか?」
 ヤタは、メニューを取る。
「話したいことがあったんじゃないのか?」
「重苦しい話しは後でいいですよ」
 ヤタは、少女を見る。
「彼女も食べたいでしょうし」
 そう言って食べ終えたプレートを横にどかしてメニューを彼女の前に置く。
「何にします?この店ならアイスとかプリンがおすすめですが?」
「良く知ってるな?」
「常連な物で」
 少女は、促させるままにメニューを見て一つの写真の前に目が止まる。
 石のような歪な球体で砂金のような粒に覆われた明るい茶色の食べ物・・。
「チョコ」
 少女は、目を丸くして言う。
「ああっチョコがいいんですか」
 ヤタは、笑顔で言うと直ぐに店員を呼び、写真のチョコと自分はプリン、アメノはメニューの欄外に乗っていた餅入りのお汁粉と言うものを頼んだ。
 店員は、頷いて注文を取り、カウンターに戻ると物の数分で注文の品を持って戻ってきた。
「プリンにございます」
 ヤタの前にガラスの器に盛られたプリンを丁寧に置く。
「お汁粉にございます」
 少し怯えた様子でアメノの前にそっと黒いお椀に入ったお汁粉を置く。
 そして少女に極力堪えているとあからさまに分かるような固い笑みを浮かべて白い籠のような造りの器を置く。
「ロシェにございます」
 店員が告げた名前に少女は目を大きく開いて驚く。
「ロシェ⁉︎」
 少女は、目の前に置かれた砂金を散りばめた石のようなチョコレートと店員の顔を交互に見る。
 店員が堪えきれなくなり、嫌悪を顔に浮かべる。
「なんでございましょうか?」
 それでもプロというべきか?口調はとても丁寧だ。
 店員の声に少女は、我に帰り途端に恥ずかしくなって頬を赤らめる。
「もっ申し訳ありません」
 少女は、深々と頭を下げる。
「これが・・ロシェなのでしょうか?」
 店員は、頷く。
「はいっ。乱れのない球体で提供するお店もございますが本来はこの石のような形が正しい物です」
 店員は、頭を下げる。
「どうぞご賞味ください」
 そう言って店員は去っていく。
 少女は、運ばれてきたロシェから目を反らせない。
 アメノは、猛禽類のような目で少女の顔を見る。
「知ってるのか?」
 アメノの問いに少女は首を横に振る。
「いえ、夢で・・」
 言いかけて少女は口を押さえる。
 アメノは、目を細める。
 まるで何かを読み取るように。
「なっ・・何でもございません」
「そうか」
 アメノは、そう言って目線を外す。
「・・食べたらどうだ?」
「よくは知らんがせっかく注文したんだ。食べたらどうだ」
 そう言って自身も丁寧に箸を使ってお汁粉を食べる。
 少女は、じっとロシェを睨む。
 恐る恐る白い指先を伸ばし、ロシェを一つ摘むと意を決して口の中に放り込む。
 あまりの甘さに身体中が歓喜に震えた。
 チョコレートの表面が舌の熱で溶けて染み込んでいく。金色と勘違いするまで燻されたナッツの歯応えに歯が喜ぶ。
 涙が溢れそうになるほど美味しい。
 こんな美味しい物、今まで食べたこと・・。
(ある?)
 絶対に食べたことないはずなのに何故か凄く懐かしい。
 昔、何度も何度も味わったことがある気がする。
 少女は、まだ残ってるロシェをじっと凝視する。
「気に入ったのか?」
 アメノの言葉に少女は我に返る。
「えっ?」
「気に入ったのかチョコレート?」
 アメノは、猛禽類のような目を細める。
「凄い恍惚とした顔をしてましたね」
 ヤタも蕩けるような顔をしてプリンを食べてる。
「甘いものは天国への一番の近道ですから。色んな意味で」
 色んな意味とはどういう意味なんだろう?
「・・とても美味しいです」
 少女は、正直に感想を述べる。
 どこかで食べたことがあるとは言えなかった。
「そうか」
 アメノは、視線を下に反らす。
「半竜はチョコレートが好きなんだな」
 アメノがぼそりっと言う。
「いや、半竜がみんなチョコレートが好きかまでは・・」
 と、いうか自分以外の半竜を知らないので比べようがない。
 しかし、何故か少女の言葉にアメノは驚いたように目を剥く。
 どうやら言葉として口から出たとは思わなかった様子だ。
「そう・・だな」
 アメノは、弱々しく呟く。
 触れてはいけなかったのだろうか?少女は、不安になる。
「ロシェにするか」
「えっ?」
 アメノの目が少女を見る。
 少女のきょとんとした顔を映す。
「お前の名だよ。そんなに気に入ったならロシェにするか」
「ロ・・シェ?」
 少女は、ロシェという言葉を聞きなれない言葉のように繰り返す。
「まあ、確かにチョコよりは名前らしいですね」
 ヤタも笑顔で賛成する。
「よし決まりだ」
 アメノは、ポンと両手を叩く。
「今日からお前はロシェだ。それでいいな?」
 少女は、ぽかんっと口を開く。
 アメノの言葉の意味がしっかりと理解出来ず、何度も頭の中で繰り返していく。そして少しずつ言葉が染み込んでいくと少女の顔がぱっと華やいだ。
 感じたことのない喜びが心を満たす。
「はいっ!」
 この瞬間、少女はロシェとなった。

 それからロシェは自分の名前の由来となったチョコを心からゆっくり味わって胃袋に納める。
 幸せがじんわりと胃の中に広がるようだった。
 アメノも笑顔こそないが少し嬉しそうにお汁粉を食べ終え、緑茶を飲み干した。
「さてと、じゃあ貴方の名前も決まったことだし」
 ヤタは、アイスコーヒーの残ったグラスをテーブルに置く。
「そろそろ私の話しをしてよろしいでしょうか?」
 ヤタの言葉にロシェはそう言えばと思い出す。
 アメノも猛禽類のような目を細めて小さく息を吐く。
「どうせ厄介ごとだろ?」
「その通りです」
 ヤタは、にっこり笑って肯定する。
「聖剣アメノにしか頼めないことです」
 ヤタの顔から笑みが消え、眼鏡の奥が薄く光る。
「ちょっと不死の王リッチ退治に付き合ってくださいな」
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