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本編
第35話 舌を噛みそうだから却下
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へーファーマイアー公爵領の城では、集まった貴族達が顔を突き合わせて唸っていた。
「へーファーマイアー国――なぜダメなのですか」
侯爵家の当主が絞り出すように呟き、周囲も同調するように頷く。彼らが考えているのは、国家の名称だった。ほぼ全員が「へーファーマイアー国」でいいと納得している。問題は反対を口にするのが、当の公爵家の面々なのだ。
さすがに当事者の反対が根強い段階で、勝手に決められない。多数決なら、圧倒的賛成数で国名は公爵家の名を冠した。それを阻む新たな王族になるはずの一家が、明確に反対を表明する。
「我が家名を国家の名にするのは認めぬ」
アウグストがきっぱりと宣言した。後ろでカサンドラは困ったような顔で見守るが、この件に関して口出しする気は無いらしい。
「恥ずかしいですし。新しい国家なのに、旧名を継がなくてもよいでしょう」
穏やかな口調だが、反論を抑え込むベルンハルトの笑みは有無を言わせない。元々が大人しそうな風を装いながら、他者の選択肢を奪い、気づいたら自分が選んだような体で考えを押し付ける。ベルンハルトの手腕は優れていた。気づけば丸め込まれかけた数人の貴族がいる。
「こんな舌を噛みそうな名前をつけたら、他国の人や子供が読めずに苦労しますわ」
自分の家名だというのに、アゼリアは平然と貶した。何故だろう、今までの父や兄の発言より適当に聞こえるのに、核心をついている気がする。思わず隣や向かいの人と顔を見合わせた貴族達は、気まずそうに小声で呟いてみる。
「「「「へーファーマイアー」」」」
「「へーハーマイアー」」
「「へーファーマイヤー」」
多少方言が混じってる人もいるようだが、勝ち誇ったようにアゼリアが豊かな胸を張った。ポニーテールにした赤い髪を揺らし、得意げに「ほらご覧なさい」と言い放つ。
王太子ヨーゼフではないが、確かにいい間違えやすい。聞き取りも難しいし、マズルの長い獣人系は発音しづらい。魔族によっては発音できない可能性をメフィストが指摘していた。
「アゼリア、愛らしい我が婚約者殿。そのように胸を見せつけては……」
イヴリースは隣国の君主として参加しているのに、アゼリアを抱き寄せて膝に座らせる。発言のほとんどを宰相メフィストに任せ、ひたすらに婚約者を愛でていた。
「はしたない?」
「いや、余が煽られてしまう。この場で食べられたくなければ、少し抑えておくれ。世の狼にそなたの魅力を見せつけるのはもったいない」
美形が囁く甘い言葉に顔を赤らめたり、そわそわし始める貴族家当主が出るものの、誰も席は立たなかった。かろうじて場は保たれている。
「魔王陛下、ご自重ください」
「無理だ。こんなに美しいアゼリアを褒めずに過ごすなど、拷問に等しい」
目の前で娘を口説くイヴリースに、怒りで顔を真っ赤にして殴りかかろうとする夫を、カサンドラは腕を掴んで留めた。ベルンハルトも緊急時は間に割って入れるよう、少し腰を浮かせる。
緊迫した場面で、集まった貴族達は身の危険を感じた。このまま会議を続けても答えは出そうになく、また己が身も危ない。殺気が突き刺さる魔王は平然としているが、一般的に竜殺しの英雄が放つ威圧は鋭かった。部屋の温度が急激に下がったような気がする。
身を震わせ、アルブレヒト辺境伯が仲裁に入った。
「ここは持ち帰って議論を深め、明日また集まるとしようではないか」
実力者の発言に、誰もが飛びつく。そそくさと部屋を出る彼らの耳に届いたのは、怒号と何かが壊れる音だった。
「へーファーマイアー国――なぜダメなのですか」
侯爵家の当主が絞り出すように呟き、周囲も同調するように頷く。彼らが考えているのは、国家の名称だった。ほぼ全員が「へーファーマイアー国」でいいと納得している。問題は反対を口にするのが、当の公爵家の面々なのだ。
さすがに当事者の反対が根強い段階で、勝手に決められない。多数決なら、圧倒的賛成数で国名は公爵家の名を冠した。それを阻む新たな王族になるはずの一家が、明確に反対を表明する。
「我が家名を国家の名にするのは認めぬ」
アウグストがきっぱりと宣言した。後ろでカサンドラは困ったような顔で見守るが、この件に関して口出しする気は無いらしい。
「恥ずかしいですし。新しい国家なのに、旧名を継がなくてもよいでしょう」
穏やかな口調だが、反論を抑え込むベルンハルトの笑みは有無を言わせない。元々が大人しそうな風を装いながら、他者の選択肢を奪い、気づいたら自分が選んだような体で考えを押し付ける。ベルンハルトの手腕は優れていた。気づけば丸め込まれかけた数人の貴族がいる。
「こんな舌を噛みそうな名前をつけたら、他国の人や子供が読めずに苦労しますわ」
自分の家名だというのに、アゼリアは平然と貶した。何故だろう、今までの父や兄の発言より適当に聞こえるのに、核心をついている気がする。思わず隣や向かいの人と顔を見合わせた貴族達は、気まずそうに小声で呟いてみる。
「「「「へーファーマイアー」」」」
「「へーハーマイアー」」
「「へーファーマイヤー」」
多少方言が混じってる人もいるようだが、勝ち誇ったようにアゼリアが豊かな胸を張った。ポニーテールにした赤い髪を揺らし、得意げに「ほらご覧なさい」と言い放つ。
王太子ヨーゼフではないが、確かにいい間違えやすい。聞き取りも難しいし、マズルの長い獣人系は発音しづらい。魔族によっては発音できない可能性をメフィストが指摘していた。
「アゼリア、愛らしい我が婚約者殿。そのように胸を見せつけては……」
イヴリースは隣国の君主として参加しているのに、アゼリアを抱き寄せて膝に座らせる。発言のほとんどを宰相メフィストに任せ、ひたすらに婚約者を愛でていた。
「はしたない?」
「いや、余が煽られてしまう。この場で食べられたくなければ、少し抑えておくれ。世の狼にそなたの魅力を見せつけるのはもったいない」
美形が囁く甘い言葉に顔を赤らめたり、そわそわし始める貴族家当主が出るものの、誰も席は立たなかった。かろうじて場は保たれている。
「魔王陛下、ご自重ください」
「無理だ。こんなに美しいアゼリアを褒めずに過ごすなど、拷問に等しい」
目の前で娘を口説くイヴリースに、怒りで顔を真っ赤にして殴りかかろうとする夫を、カサンドラは腕を掴んで留めた。ベルンハルトも緊急時は間に割って入れるよう、少し腰を浮かせる。
緊迫した場面で、集まった貴族達は身の危険を感じた。このまま会議を続けても答えは出そうになく、また己が身も危ない。殺気が突き刺さる魔王は平然としているが、一般的に竜殺しの英雄が放つ威圧は鋭かった。部屋の温度が急激に下がったような気がする。
身を震わせ、アルブレヒト辺境伯が仲裁に入った。
「ここは持ち帰って議論を深め、明日また集まるとしようではないか」
実力者の発言に、誰もが飛びつく。そそくさと部屋を出る彼らの耳に届いたのは、怒号と何かが壊れる音だった。
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