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本編
第95話 それぞれ止まれない歯車
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「これ、私が……」
「そなたに頼られた勲章だ。もう消すゆえ、そう気にするでない」
優しく赤毛にキスを落とされ、自分の状態に気づいた。乾燥して老婆のようだった肌は弾力が戻り、鮮やかな赤毛は艶を取り戻している。己の手足を動かして確認し、痛くない事実に頬が緩んだ。関節の軋みや熱がなく、軽い身体は元通りだった。
「よかった、イヴリースのお嫁さんになれるわ」
死んでしまうと思ったけど、まだ隣にいられる。そう口にしたアゼリアを強く抱き締めた。壊れそうで儚かった姿を、追い払うように。
アゼリアの肌についた擦り傷を治すイヴリースは、己の傷も消した。愛するアゼリアの爪が突き立てられた傷を残したいが、見えると彼女が気にする。しかたなく幻術で覆って治ったフリを装った。この傷を堪能するのは後だ。
イヴリースの小細工に気づいたメフィストが、眼鏡を掛けて溜め息をつく。番を見つけてからの主君は、冷淡さや残酷な一面をそのままに、新しい一面を増やした。婚約者がつけた傷を愛でる異常さは、先代魔王にそっくりだ。危うさも含め……悪い場所ばかり似ましたね。側近は諦めを滲ませた笑みを口元に浮かべた。
この感情の歪さが、魔王たる強さの裏付けかも知れない。魔力が多く、手足の如く魔法を操る者は他にもいる。しかし魔王として立つ者は一様に、感情が乏しかった。他者へ向ける感情がほぼない。なのに番となる存在を見つけると、今までの感情をすべて注ぎ、激しく重い愛し方をした。
相手のすべてを欲しがり、僅かな感情すら求めて懇願する。選ばれる番はそれに応じ、互いが分かたれた半身であるかのように寄り添った。だから喪われると壊れてしまう。
少なくとも私には理解できません。その愛し方も、歪んだ感情も、つけられた傷すら愛おしむ異常さは受け付けない。私が魔王に向いていなかった理由がこれならば、素質を持たないことは幸せなのでしょう。
「そろそろ、かな」
止まらない魔法陣による巻き戻しを眺めていたバラムが注意を促す。数十年分を狂わせた空間で、アゼリアの下で時間軸の違う魔法陣が作動していた。巻き戻し続ける時間に、人間や獣人が干渉されれば狂う。耐性があるのは魔族だけだった。
「魔王陛下、姫を魔法陣から出さないで」
兄の魔法陣をよく知るバールの言葉に、イヴリースは深く頷いた。
「アゼリア、心配はいらぬ。何があろうと絶対に動くな」
アゼリアを守るための魔法陣は、ひとつだけ逆回転だった。周囲が戻った分だけ、逆にまわり時間を固定する。これだけ大量の魔法陣を使いながら、バラムは逆転すら自在に操作する。その才能は研究者の面目躍如だった。
失われ続ける兄の魔力を補うため、バールが背中に抱きつく。解呪の途中で魔力が尽きれば、主君や姫はもちろん兄も損なわれる。魔力を供給しながら、久しぶりに触れる兄の背に体重を預けた。
「少し……重くなった?」
「妹でも女なのよ、失礼だわ」
「いや、胸が大きくなったかなって」
軽口で茶化した兄を、軽く叩いて黙らせたバールは幼い頃によく触れた兄の首筋に唇を押し当てる。よく魔力の制御に失敗した妹に、兄がしてくれたお呪いだった。そこに含まれた想いを知らずか、バールは魔力を流し込む。目を細めたバラムが、最後の仕掛けを解放した。
「そなたに頼られた勲章だ。もう消すゆえ、そう気にするでない」
優しく赤毛にキスを落とされ、自分の状態に気づいた。乾燥して老婆のようだった肌は弾力が戻り、鮮やかな赤毛は艶を取り戻している。己の手足を動かして確認し、痛くない事実に頬が緩んだ。関節の軋みや熱がなく、軽い身体は元通りだった。
「よかった、イヴリースのお嫁さんになれるわ」
死んでしまうと思ったけど、まだ隣にいられる。そう口にしたアゼリアを強く抱き締めた。壊れそうで儚かった姿を、追い払うように。
アゼリアの肌についた擦り傷を治すイヴリースは、己の傷も消した。愛するアゼリアの爪が突き立てられた傷を残したいが、見えると彼女が気にする。しかたなく幻術で覆って治ったフリを装った。この傷を堪能するのは後だ。
イヴリースの小細工に気づいたメフィストが、眼鏡を掛けて溜め息をつく。番を見つけてからの主君は、冷淡さや残酷な一面をそのままに、新しい一面を増やした。婚約者がつけた傷を愛でる異常さは、先代魔王にそっくりだ。危うさも含め……悪い場所ばかり似ましたね。側近は諦めを滲ませた笑みを口元に浮かべた。
この感情の歪さが、魔王たる強さの裏付けかも知れない。魔力が多く、手足の如く魔法を操る者は他にもいる。しかし魔王として立つ者は一様に、感情が乏しかった。他者へ向ける感情がほぼない。なのに番となる存在を見つけると、今までの感情をすべて注ぎ、激しく重い愛し方をした。
相手のすべてを欲しがり、僅かな感情すら求めて懇願する。選ばれる番はそれに応じ、互いが分かたれた半身であるかのように寄り添った。だから喪われると壊れてしまう。
少なくとも私には理解できません。その愛し方も、歪んだ感情も、つけられた傷すら愛おしむ異常さは受け付けない。私が魔王に向いていなかった理由がこれならば、素質を持たないことは幸せなのでしょう。
「そろそろ、かな」
止まらない魔法陣による巻き戻しを眺めていたバラムが注意を促す。数十年分を狂わせた空間で、アゼリアの下で時間軸の違う魔法陣が作動していた。巻き戻し続ける時間に、人間や獣人が干渉されれば狂う。耐性があるのは魔族だけだった。
「魔王陛下、姫を魔法陣から出さないで」
兄の魔法陣をよく知るバールの言葉に、イヴリースは深く頷いた。
「アゼリア、心配はいらぬ。何があろうと絶対に動くな」
アゼリアを守るための魔法陣は、ひとつだけ逆回転だった。周囲が戻った分だけ、逆にまわり時間を固定する。これだけ大量の魔法陣を使いながら、バラムは逆転すら自在に操作する。その才能は研究者の面目躍如だった。
失われ続ける兄の魔力を補うため、バールが背中に抱きつく。解呪の途中で魔力が尽きれば、主君や姫はもちろん兄も損なわれる。魔力を供給しながら、久しぶりに触れる兄の背に体重を預けた。
「少し……重くなった?」
「妹でも女なのよ、失礼だわ」
「いや、胸が大きくなったかなって」
軽口で茶化した兄を、軽く叩いて黙らせたバールは幼い頃によく触れた兄の首筋に唇を押し当てる。よく魔力の制御に失敗した妹に、兄がしてくれたお呪いだった。そこに含まれた想いを知らずか、バールは魔力を流し込む。目を細めたバラムが、最後の仕掛けを解放した。
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