110 / 238
本編
第107話 甘やかした父親の決断
しおりを挟む
駆け寄った父は一回り小さく見えた。他国から祖国を守った稀代の英雄――背は低くとも、闘気を纏った父は誰より大きく強かったのに。その姿に憧れて騎士を目指した。幼かった頃の気持ちが蘇る。私は父のようになりたかった。
息を切らせたブルーノに、ヘルマン男爵ロルフは穏やかな顔を向ける。その表情に息子は気づかされた。
ああ、この人の中で私はもう……他人同然なのだ。
「父、上」
「今日は休暇だと聞いた。ともに街に出ないか? なかなか時間が取れなかったからな」
他国の侵略から国を守った英雄を父に持ち、優秀な兄を見ながら育った次男は甘えることが下手だ。出来るだけ一緒にいる時間を作ってきたつもりだった。しかし、昨今の息子の言動や評判を伝え聞くに……英雄と呼ばれても子育ては失敗したのだろう。
「はい」
緊張した面持ちの息子を連れ出し、祭りの中でも門を守るブルーノの同僚に丁寧に挨拶をした。恐縮しきりの青年に背を向けた父は、さきほど俺を迎えた時と同じ笑みを浮かべている。昔からそうだった。父が厳しくするのは愛情の裏返し……ならば、今の表情は他人へ向けるものだ。
屋台を数件回って食べ物や酒を両手に抱え、ひょこひょこと人波を抜ける父の背中を見つめた。何を思って私を誘ったのか。見捨てられていないのだとしたら、謝れば許される? そんな期待を打ち砕くために来てくれたのかも知れない。
気づけば裏の路地を抜けた石畳の広場にいた。表の騒動はかすかに届くものの、人の気配がほとんど感じられない。この賑やかな街に、こんな場所があったなんて。街を巡回する騎士でも気づけないだろう。ぐるりと見まわす周囲は建物に覆われていた。まるで貴族家の中庭だ。
ブルーノは緊張した面持ちで、父からの断罪を待った。それが最後の……別れの言葉になるなら真摯に受け止めようと、覚悟を決める。ぐっと握り締めた拳を震わせ、熱くなる目を見開いて……。
「ブルーノ、わしは子育てを間違えた」
ああ、やはり出来の悪い次男は見捨てられた。親子の縁を切ると言うのだろうか。最後まで父の顔を見て、父の声を遮らずに聞こう。それがどんなに辛いことであっても、エルザに惑わされて大義を見失い、その彼女すら放り出した私に相応しい罰だ。
「だからの……わしと来ぬか? 家督は譲った隠居だ。贅沢はできんし、英雄ではない。剣を捨て、鍬を手に大地を耕してみんか?」
思いがけない誘いだった。剣で男爵位をもらった父が、英雄ヘルマン男爵が、愚息のために鍬を振るう決断をしたのか。伸ばされた手に残る胼胝は剣によるもので、鍬なんて持ったこともないだろ。
堪えきれなかった涙が頬を伝う。みっともなく声が震え、鼻が詰まって垂れた。幼子のようなみっともない顔を、目尻を垂らして父は見守る。ああ、この笑みは見捨てたんじゃない。強くあることをやめた証だった。
「もう少し頑張る。償いが終わるまで、父上は見守ってくれないか。私が挫けないよう……俺が投げ出さないように」
もう、私などと自称しない。近衛騎士じゃなく、外壁を守る砦の一兵士だ。気取ったってしょうがない。父を養うくらい十分すぎるほど貰っているから。伸ばされたままのゴツゴツした手を、しっかり握り返した。
息を切らせたブルーノに、ヘルマン男爵ロルフは穏やかな顔を向ける。その表情に息子は気づかされた。
ああ、この人の中で私はもう……他人同然なのだ。
「父、上」
「今日は休暇だと聞いた。ともに街に出ないか? なかなか時間が取れなかったからな」
他国の侵略から国を守った英雄を父に持ち、優秀な兄を見ながら育った次男は甘えることが下手だ。出来るだけ一緒にいる時間を作ってきたつもりだった。しかし、昨今の息子の言動や評判を伝え聞くに……英雄と呼ばれても子育ては失敗したのだろう。
「はい」
緊張した面持ちの息子を連れ出し、祭りの中でも門を守るブルーノの同僚に丁寧に挨拶をした。恐縮しきりの青年に背を向けた父は、さきほど俺を迎えた時と同じ笑みを浮かべている。昔からそうだった。父が厳しくするのは愛情の裏返し……ならば、今の表情は他人へ向けるものだ。
屋台を数件回って食べ物や酒を両手に抱え、ひょこひょこと人波を抜ける父の背中を見つめた。何を思って私を誘ったのか。見捨てられていないのだとしたら、謝れば許される? そんな期待を打ち砕くために来てくれたのかも知れない。
気づけば裏の路地を抜けた石畳の広場にいた。表の騒動はかすかに届くものの、人の気配がほとんど感じられない。この賑やかな街に、こんな場所があったなんて。街を巡回する騎士でも気づけないだろう。ぐるりと見まわす周囲は建物に覆われていた。まるで貴族家の中庭だ。
ブルーノは緊張した面持ちで、父からの断罪を待った。それが最後の……別れの言葉になるなら真摯に受け止めようと、覚悟を決める。ぐっと握り締めた拳を震わせ、熱くなる目を見開いて……。
「ブルーノ、わしは子育てを間違えた」
ああ、やはり出来の悪い次男は見捨てられた。親子の縁を切ると言うのだろうか。最後まで父の顔を見て、父の声を遮らずに聞こう。それがどんなに辛いことであっても、エルザに惑わされて大義を見失い、その彼女すら放り出した私に相応しい罰だ。
「だからの……わしと来ぬか? 家督は譲った隠居だ。贅沢はできんし、英雄ではない。剣を捨て、鍬を手に大地を耕してみんか?」
思いがけない誘いだった。剣で男爵位をもらった父が、英雄ヘルマン男爵が、愚息のために鍬を振るう決断をしたのか。伸ばされた手に残る胼胝は剣によるもので、鍬なんて持ったこともないだろ。
堪えきれなかった涙が頬を伝う。みっともなく声が震え、鼻が詰まって垂れた。幼子のようなみっともない顔を、目尻を垂らして父は見守る。ああ、この笑みは見捨てたんじゃない。強くあることをやめた証だった。
「もう少し頑張る。償いが終わるまで、父上は見守ってくれないか。私が挫けないよう……俺が投げ出さないように」
もう、私などと自称しない。近衛騎士じゃなく、外壁を守る砦の一兵士だ。気取ったってしょうがない。父を養うくらい十分すぎるほど貰っているから。伸ばされたままのゴツゴツした手を、しっかり握り返した。
12
あなたにおすすめの小説
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
処刑された王女は隣国に転生して聖女となる
空飛ぶひよこ
恋愛
旧題:魔女として処刑された王女は、隣国に転生し聖女となる
生まれ持った「癒し」の力を、民の為に惜しみなく使って来た王女アシュリナ。
しかし、その人気を妬む腹違いの兄ルイスに疎まれ、彼が連れてきたアシュリナと同じ「癒し」の力を持つ聖女ユーリアの謀略により、魔女のレッテルを貼られ処刑されてしまう。
同じ力を持ったまま、隣国にディアナという名で転生した彼女は、6歳の頃に全てを思い出す。
「ーーこの力を、誰にも知られてはいけない」
しかし、森で倒れている王子を見過ごせずに、力を使って助けたことにより、ディアナの人生は一変する。
「どうか、この国で聖女になってくれませんか。貴女の力が必要なんです」
これは、理不尽に生涯を終わらされた一人の少女が、生まれ変わって幸福を掴む物語。
偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて
奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】
※ヒロインがアンハッピーエンドです。
痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。
爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。
執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。
だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。
ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。
広場を埋め尽くす、人。
ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。
この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。
そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。
わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。
国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。
今日は、二人の婚姻の日だったはず。
婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。
王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。
『ごめんなさい』
歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。
無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
私、魅了魔法なんて使ってません! なのに冷徹魔道士様の視線が熱すぎるんですけど
紗幸
恋愛
社畜女子だったユイは、気づけば異世界に召喚されていた。
慣れない魔法の世界と貴族社会の中で右往左往しながらも、なんとか穏やかに暮らし始めたある日。
なぜか王立魔道士団の団長カイルが、やたらと家に顔を出すようになる。
氷のように冷静で、美しく、周囲の誰もが一目置く男。
そんな彼が、ある日突然ユイの前で言い放った。
「……俺にかけた魅了魔法を解け」
私、そんな魔法かけてないんですけど!?
穏やかなはずの日々に彼の存在が、ユイの心を少しずつ波立たせていく。
まったりとした日常の中に、時折起こる小さな事件。
人との絆、魔法の力、そして胸の奥に芽生え始めた“想い”
異世界で、ユイは少しずつ——この世界で生きる力と、誰かを想う心を知っていく。
※タイトルのシーンは7話辺りからになります。
ゆったりと話が進みますが、よろしければお付き合いください。
※カクヨム様にも投稿しています。
ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています
木漏れ日
恋愛
天才魔術師セディが自分の番である『異界渡りの姫』を召喚したとき、16歳の少女奈緒はそれに巻き込まれて、壁外という身分を持たない人々が住む場所に落ちました。
少女は自分を異世界トリップに巻き込んだ『異界渡り姫』に復讐しようとして失敗。なぜかロビン辺境伯は少女も『異界渡りの姫』だと言って溺愛するのですが……
陰陽の姫シリーズ『図書館の幽霊って私のことですか?』と連動しています。
どちらからお読み頂いても話は通じます。
昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど
睦月はむ
恋愛
剣と魔法の国オルランディア王国。坂下莉愛は知らぬ間に神薙として転移し、一方的にその使命を知らされた。
そこは東西南北4つの大陸からなる世界。各大陸には一人ずつ聖女がいるものの、リアが降りた東大陸だけは諸事情あって聖女がおらず、代わりに神薙がいた。
予期せぬ転移にショックを受けるリア。神薙はその職務上の理由から一妻多夫を認められており、王国は大々的にリアの夫を募集する。しかし一人だけ選ぶつもりのリアと、多くの夫を持たせたい王との思惑は初めからすれ違っていた。
リアが真実の愛を見つける異世界恋愛ファンタジー。
基本まったり時々シリアスな超長編です。複数のパースペクティブで書いています。
気に入って頂けましたら、お気に入り登録etc.で応援を頂けますと幸いです。
連載中のサイトは下記4か所です
・note(メンバー限定先読み他)
・アルファポリス
・カクヨム
・小説家になろう
※最新の更新情報などは下記のサイトで発信しています。
https://note.com/mutsukihamu
※表紙などで使われている画像は、特に記載がない場合PixAIにて作成しています
喪女なのに狼さんたちに溺愛されています
和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です!
聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。
ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。
森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ?
ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる