【完結】妻ではなく他人ですわ【書籍化決定】

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢

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本編

172.婚約披露の宴の始まりよ

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 正装して着飾った姿のまま、宮殿へ戻る。表宮の大広間に宴の支度が整えられていた。控え室へ入って、ようやく皆が口を開く。神殿の祈りの間を出た時点で、声を出してよかったんだけれど。ついつい無言になってしまった。

 厳粛な神殿の雰囲気を引きずったような形ね。全員一緒の控え室のため、クラウスに話を聞くのは無理そう。後にしましょう。きっと二人きりの時のほうがいいわ。

「ああ、疲れた。こういう恰好は肩が凝る」

 文句を言いながら転がったのは、フォルト兄様だ。正装は疲れるとぼやくのに、座る姿は洗練されて優雅だった。幼い頃からの訓練……じゃなくて、教育ってこういう場面で出るのね。ガブリエラ様がそれは厳しく躾けていたもの。

「皆も座って休め」

 堂々と言い放つお父様に、呆れ交じりの視線を向ける。先に指摘したのは、エック兄様だった。

「父上は足と腕を折ったのでは?」

「神殿の手厚い看護で治った」

 物は言いようね。くすくす笑う私はクラウスと並んで腰かける。向かいにルヴィ兄様とマルグリットが座った。広い控え室の端に、ゆったり座ったのはライフアイゼン公爵、その向かいにザックス侯爵夫妻ね。アデリナの父君は、壁際に立って背を見せない。

「お座りになりませんか」

 ザックス侯爵夫人が声をかけると、タラバンテの長は首を横に振った。

「お気遣い痛み入る。が、立っているほうが楽なのだ」

 敵地ではないけれど、自領以外で隙を見せたくないとか? そんな理由みたいね。侯爵夫人もそれ以上は言葉を重ねなかった。

「叔父様は後からおいでになるわ」

「ん? 皇族としてか」

「正確には私達の叔父として、かしらね」

 神殿へ身を捧げると決めた時、叔父様は皇族籍を抜けている。だから叔父として参加するのよ。私達が皇族である限り、叔父様も皇族と同じ扱いを受けるわ。大神官の制服ではなく、正装で顔を見せると思う。きっと、アデリナの絹のお礼も……あっ!

「イエンチュ王国第三の部族タラバンテの長に、御礼申し上げます。ご令嬢の厚意で、素晴らしい絹を譲っていただきましたわ」

 すでにエック兄様がお礼を述べていたと返されたけれど、それはそれ。私自身はお礼を言っていない。そう伝えたら、長は驚いた顔をした後で大きく頷いた。

「なるほど、アデリナは良い義家族に恵まれたようだ」

 そう言っていただけるのは嬉しいわ。ルヴィ兄様やクラウスが続き、口々に女性達も続いた。フォルト兄様はお菓子を食べるのに夢中だったけれど、エック兄様に促されて義父になる長へ感謝を伝える。

 ガブリエラ様が礼がてら話しかけ、二人は近くで会話を始めた。お父様はライフアイゼン公爵と何やら笑っている。また何かしでかさないといいけれど。

 ノックして準備が整ったと伝えに来たのは、老執事コンラートだった。影のまとめ役もしているから、最近は忙しくて顔を見せていない。裏工作ばかりで、かなり負担をかけてしまったわ。報酬はもちろん、休暇も用意しないと。

「参りましょう」

 立ち上がって声を掛けたのは、ルヴィ兄様だった。マルグリットも合わせて腰を浮かせ、コンラートが一礼して扉を開け放つ。順番に主役が四組並び、後ろに親族が続く形で大広間へ向かった。

 叔父様は間に合わなかったわね。神殿の片付けもあるから、遅い時間かも。そう思ったのに、大広間の前で顔を合わせた。

「おお! ウルリヒ、こっちだ」

 お父様が大喜びで手招きし、ガブリエラ様が大笑いした。

「いっそ、私ではなくウルリヒと入場したらどうだ?」

「それはダメだ。異母弟がいくら可愛くても、愛しているのはそなただからな」

 にやりと笑ったお父様の斜め後ろに控え、叔父様がぼそっと呟いた。

「私のほうでお断りします」

 お父様、振られてしまったの? と揶揄うつもりが、扉が騎士の手で開き始めた。前を向き、順番に入場する。高らかに名を呼ぶ執事長の声が響き、背筋が伸びた。こうした公式行事の緊張感は久しぶりだわ。

 まだ午後のお茶の時間前、明るい大広間に間接照明が灯っていた。ほとんど飾りだけれど、明るいのはいいわね。頭を下げて迎える貴族達の前を横切った。一段高い場所から見下ろし、口角を持ち上げる。婚約を披露する宴の始まりね。きっと今夜は日が変わるまで、大広間の灯りは落ちないでしょう。

 盛大な拍手と祝いの声を浴びながら、私は隣に立つクラウスの腕に半歩距離を詰めた。
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