【完結】魔王様、溺愛しすぎです!

綾雅(りょうが)今年は7冊!

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32章 怯える聖女、追う幼女

430. 暴走する忠臣のすれ違い

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 大きな咆哮に魔の森が振動した。国の首都を囲む壁が振動し、非番の兵士や騎士に緊急招集がかかる。魔の森の上に大きな飛翔物体が見え、あっという間に都の上空を覆うほどのドラゴンや龍が飛来した。

 その頃の地上では、獣王と呼ばれるフェンリルが魔獣を率いて駆け付ける。巨体で威嚇された門番は気を失い、かき集められた冒険者達も身動きできずに震えた。

 魔獣の特徴は動物より明らかに大きな身体と、巨体に見合った豊富な魔力量、そして賢さが上げられる。獣用の罠にかかることはなく、群れを作って意思疎通を図り、連携して襲ってくるので厄介だった。そんな魔獣が魔の森から溢れて襲ってきたのだ。パニックになるのは仕方ない。

 武器を構えて対抗する姿勢を作るものの、腰がひけて逃げるまで秒読み段階だった。

「魔王陛下に忠誠を! 主君に勝利を!!」

 黒銀の鱗を持つドラゴンの号令に、すべてのドラゴンが唱和で応じる。響き渡るドラゴンの声に、龍が吠えた。

「魔王陛下へ我らの忠誠を捧げる時だ! 御威光に逆らう愚か者に恐怖と死を与えよ!」

 不吉な言霊を孕んだ声が唱和され、ついに壁の上の兵士が数人逃げ出した。逃げる者は無視した神龍族シェンロンが炎を放つ。ドラゴンが水や風を叩きつけ、大きな身体で壁を壊し始めた。鋭い爪が掴んだ石壁は、まるで砂のように崩れて落ちる。

 追いついた魔獣達が、先を越された悔しさに叫んだ。

「我が君の恩に報いる機会だ! 行け!! 獲物は早い者勝ちだぞ」

 フェンリルの叫びに応じた魔獣が崩れた門や壁を乗り越えて飛び込む。街の中は悲鳴と血の惨劇で彩られた。

 その頃、ルシファーは転移した都の上で首をかしげた。先に駆けつけたドラゴンや魔獣が見当たらないのだ。何かおかしいが、いきなり血塗れの街を献上されても困るので、まあいいかと軽く考えた。

 ざわつく街を囲う壁に作られた門の前に現れたルシファーは、光る魔法陣をひらりと振った手で消した。ドワーフは剣や槍を引っ張りだし、エルフが弓矢を準備する。獣人達も得意な武器を用意して構えた。

「パパ、おっきい壁!」

「欲しいなら魔王城にも作ろうか?」

「ほんと!?」

 なぜか喜ぶリリスに頬を緩めるルシファーだが、冷静な突っ込みが横から入った。

「アスタロトやベールが許しませんわよ、陛下」

 ベルゼビュートが真剣に止めに入る。景観条例はないが、権力者は上から見下ろすものと考えるベールやアスタロトが、民との間に壁を作らせるわけがない。期待するドワーフには悪いが、早いうちに火消しするのが安全だと忠告した。

「リリス、塔を作るから壁を諦めよう」

「アシュタが怒るから?」

「……景色が悪くなるからだ」

 愛娘の前で虚勢を張ってみる。これでも魔族の王なのだ。配下が恐くて前言撤回のレッテルは全力で拒否したい。瞬きしたリリスは「こーんなの建てて」と塔の大きさを強請った。両手を広げて上まで背伸びする姿に、戦闘準備を終えた獣人達が「癒される」と呟く。

「魔族が何用だっ! さっさと消えろ」

 上から叫ぶ人族の声を無視して、リリスに頬ずりした。

「いいぞ、大きい塔を建ててもらおうな」

「わしらにお任せくださいっ!」

 ドワーフの言葉に頷く。費用をポケットマネーでまかなえば、塔を増やすくらい怒られないだろう。安易な決断が恐怖の制裁を招くことを、未だ理解しきれていないルシファーだった。

「聞いているのか、この化け物がっ!!」

 再び叫んだ人族に、ようやくルシファーが振り返った。純白の髪で魔王だと気づいた兵士や騎士が顔を赤らめる。あまりに整った顔立ちに見惚れる者も多数いた。その腕に抱かれた黒髪の幼女も可愛らしい。どう見ても「化け物」呼ばわりされるのは人族側だった。

「ふむ。化け物と呼ばれるのは久しぶりだ」

 かつて勇者(本物)と戦った際に、卑怯だなんだと罵られた。その時に混じっていた言葉だ。懐かしいと笑うルシファーだが、周囲は怒り狂っていた。

「陛下になんたる暴言っ! 引き裂いてさしあげますわ」

 いらっとしたオレリアの声に、エルフやドワーフが「失礼だわ」「そうだ」と同意した。ルキフェルも目を細めて舌打ちする。

「しょーだ! ひふれーらぁ」

 呂律が回らないリリスを見ると、頬っぺたが大きく膨らんでいた。白い毛皮のポシェットが開いているので、飴を頬張ったらしい。くすくす笑いながら、リリスの膨らんだ頬をつついた。

「陛下、先陣は我らに」

「いえ、私達がぜひ」

「肝心な時に、うちのドラゴンはどこいったのさ」

 魔力感知でドラゴンを探し始めるルキフェルが、左手に魔法陣をひとつ作り出した。

 ヤン、オレリアの言葉を受けて指示を出す。

「聖女探しを優先する。獣人で鼻が利く者は余に付いてまいれ。残りは各自人族の兵士を減らせ。半分までは構わぬが、すべて殺してはならぬ。あと」

「戦わない民には手を出すな、でしょ?」

 知っているよと言わんばかりの口調で、最後の命令をさらうルキフェル。その水色の髪を撫でてやり、ルシファーは頷いた。

「聞こえた? 殺しすぎないようにね」

 ルキフェルの命令に獣人達が駆け出した。身軽な猫科の豹獣人が壁を駆けのぼり、上から矢を射る兵士の首に短剣を突き刺す。そのまま腕の力で壁から落とした。少し離れた位置でエルフが矢をつがえる。弓の周囲を風が舞い踊り、放たれた矢はまっすぐに兵士を貫いた。
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