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本編
第28話 竜の末席に座す権利(2)(SIDEアグニ)
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頭の中で賛同の声を上げる同族に口元が緩んだ。
「構わぬ、終わった後に洗えばよい」
「でしたら、手を洗った後にお渡しします」
日常会話を平然と行う我らの常識に、牢番もクラウディオも目を見開いた。きちんと会話が噛み合っているのに、状況を考えると異常そのものだろう。竜の思考は自分たちとそれ以外を明確に区別する。
縦に裂けた獣の目に捉えたクラウディオが、我に返って逃げようと身をくねらせた。
汚れ切った地下牢の床は、過去の罪人の血や汚物が染みついている。多少の掃除はされるが、綺麗に磨かれた王宮の廊下とは雲泥の差があった。その汚れを纏う若者を、俺は冷たい眼差しで観察する。
「殺さずに仕置きか……ふむ。それもよい」
誰かと会話する竜の不思議を、エミリオは黙って見守った。それでよい。場を弁えずに口を挟めば評価が下がることを、彼は知っている。この者ならば竜の末席に加えても、誰も異論は挟まぬだろう。
「お前には竜の末席に加わる権利を与えよう。さて、どうする?」
行使してもいい。捨てても構わない。保留して後で答えを出すのもひとつだろう。与えたのは権利であって義務ではなかった。
提示した俺に、エミリオはすこし考える仕草を見せる。
「竜に前世という概念はありますか?」
俺は目を見開いた。この世界に前世という概念はない。だが俺が生まれたときに、竜の中で共有されている。俺は転生者であり、前世の記憶を持っている。
観察するようにエミリオを見つめるが、彼が前世の記憶もちか判断が出来ない。一番簡単な確認方法は、彼を共有の輪に取り込むことだった。彼が持つ知識や考えが流れ込む。同時に彼に対しても知識を与えることになるだろう。
他の竜が告げる懸念を頭の片隅に残し、俺はひとつの罠を仕掛けた。
「前世なら、記憶があるぞ」
転生か転移か。はたまた本当に偶然記憶があるだけか。エミリオはどう答える?
「そう、ですか。僕はないのですが、持っている人を知っています。その人の知識も共有されるのであれば、一度相談させてください」
罠を避けるのでも解除するのでもなく、堂々と踏み抜いた。その覚悟に敬意を表し、この場はこちらが引こう。
「わかった。それは後で話し合えばいい」
視線の先で牢番がきょとんとした顔をしている。そうだ、概念がないこの世界では牢番の反応が正しい。
エミリオは前世の記憶持ちと親しい間柄である可能性が高かった。彼が相談してだす結論を楽しみに、目の前の仕事から片付けるとしようか。
「この者らに相応しい罰を用意しよう。我ら竜は……愚者に祝福を与える種族ではない」
「呪い祟る――神より人に近い、けれど人より優れた種族でしたね」
初代竜の乙女の手記に残された一文だ。己の子孫が竜の恩恵に溺れぬよう、警告として記された文面だった。エミリオの表情が曇った。さては――呪い祟るなら、妹と伯母を苦しめる王家を滅ぼせばいいのに、とでも願ったか?
「構わぬ、終わった後に洗えばよい」
「でしたら、手を洗った後にお渡しします」
日常会話を平然と行う我らの常識に、牢番もクラウディオも目を見開いた。きちんと会話が噛み合っているのに、状況を考えると異常そのものだろう。竜の思考は自分たちとそれ以外を明確に区別する。
縦に裂けた獣の目に捉えたクラウディオが、我に返って逃げようと身をくねらせた。
汚れ切った地下牢の床は、過去の罪人の血や汚物が染みついている。多少の掃除はされるが、綺麗に磨かれた王宮の廊下とは雲泥の差があった。その汚れを纏う若者を、俺は冷たい眼差しで観察する。
「殺さずに仕置きか……ふむ。それもよい」
誰かと会話する竜の不思議を、エミリオは黙って見守った。それでよい。場を弁えずに口を挟めば評価が下がることを、彼は知っている。この者ならば竜の末席に加えても、誰も異論は挟まぬだろう。
「お前には竜の末席に加わる権利を与えよう。さて、どうする?」
行使してもいい。捨てても構わない。保留して後で答えを出すのもひとつだろう。与えたのは権利であって義務ではなかった。
提示した俺に、エミリオはすこし考える仕草を見せる。
「竜に前世という概念はありますか?」
俺は目を見開いた。この世界に前世という概念はない。だが俺が生まれたときに、竜の中で共有されている。俺は転生者であり、前世の記憶を持っている。
観察するようにエミリオを見つめるが、彼が前世の記憶もちか判断が出来ない。一番簡単な確認方法は、彼を共有の輪に取り込むことだった。彼が持つ知識や考えが流れ込む。同時に彼に対しても知識を与えることになるだろう。
他の竜が告げる懸念を頭の片隅に残し、俺はひとつの罠を仕掛けた。
「前世なら、記憶があるぞ」
転生か転移か。はたまた本当に偶然記憶があるだけか。エミリオはどう答える?
「そう、ですか。僕はないのですが、持っている人を知っています。その人の知識も共有されるのであれば、一度相談させてください」
罠を避けるのでも解除するのでもなく、堂々と踏み抜いた。その覚悟に敬意を表し、この場はこちらが引こう。
「わかった。それは後で話し合えばいい」
視線の先で牢番がきょとんとした顔をしている。そうだ、概念がないこの世界では牢番の反応が正しい。
エミリオは前世の記憶持ちと親しい間柄である可能性が高かった。彼が相談してだす結論を楽しみに、目の前の仕事から片付けるとしようか。
「この者らに相応しい罰を用意しよう。我ら竜は……愚者に祝福を与える種族ではない」
「呪い祟る――神より人に近い、けれど人より優れた種族でしたね」
初代竜の乙女の手記に残された一文だ。己の子孫が竜の恩恵に溺れぬよう、警告として記された文面だった。エミリオの表情が曇った。さては――呪い祟るなら、妹と伯母を苦しめる王家を滅ぼせばいいのに、とでも願ったか?
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